「ではキンタマの発生からお話します」前代未聞の奇書「世界金玉考」著者がゴールデンラジオでゴールデンボールを解説

前代未聞の光り輝く一冊!「世界金玉考」を著した元・文藝春秋編集長の西川清史さんが1月20日の大竹まことゴールデンラジオに出演。大竹と阿佐ヶ谷姉妹にキンタマの世界を解説した。

阿佐ヶ谷姉妹・江里子「本日のお客様をご紹介します。この度、キンタマを生物学・歴史・芸術・食などあらゆる分野から真剣に考察した「世界金玉考」というご本をお出しになりました。西川清史さんです。」

西川「ゴールデンラジオにお呼びいただいて、ゴールデンボールの話ができるなんて幸せです。」

大竹「ご本人からも、連呼して「大丈夫ですか?」と質問があったんですけど、大丈夫です。だけどこれはテレビではどうなんだろう?」

西川「新聞広告はキンタマという単語が引っかかってダメでしょう。「真面目な本だ」といっても、不真面目な書籍はいっぱいあるわけで、「おたくは不真面目なキンタマだからダメとは」言いたくないので、等し並にキンタマという単語はアウトという判断をされてんじゃないかなとは思います。」

大竹「このタイトルだとダメになるということは、本を作る前に予想できなかったんですか?」

西川「いや、本のタイトルは僕が考えたわけじゃなく出版社の方がお考えになって、責任はきっと出版社ですよ。そもそも「キンタマについて本を書きませんか」という風に言われて書き始めたんですけど、それを言ってきてくださったのは版元である左右社の小柳さんっていう社長さんで、定期的に喫茶店でお茶を飲みながら話をしてたんですけど、その時に「西川さん、キンタマについて本書きませんか?」とお誘いを頂いて、しかもまだ書いた人はいないと。「もしあなたが書けば本邦初です」ってうまい誘い文句でかなり前に引っ張られましたね。本邦初っていうのはやっぱり魅力的じゃないですか。じゃあやってやろうじゃないかと。」

大竹「世界でも最初?」

西川「世界でもないんじゃないかな。こんなに一生懸命キンタマに向き合った本は。」

大竹「この本を作るにあたって、どのくらいの時間がかかったんですか。」

西川「約1年間です。たぶんその小柳さんが温めてらっしゃった企画だと思うんですよ。参考図書も特にないわけで、これから始めればって本を5~6冊与えられて。それを読み始めると、もう芋づる式にキンタマにまつわる話だったら何でもいいやって、どんどん読み込んで無限に広がりましたね。今でこそ本の形になった時には章立てになって、生物学の話とか文学の話とか色々ありますけれど、書き始めた時はもう「ごたまぜ」状態で。それで1年間ずっとキンタマ。ご飯食べてるときもキンタマのことを考え、風呂に入ってる時も握りしめながらキンタマのことを考え、眠ってる時もキンタマのことを考えるわけです。まさかこの年になって1年間キンタマのことをずっと考えることが自分の身に降りかかるとは想像だにしてなかったですね。」

大竹「まず最初に、キンタマとはなんですか?定義は?」

西川「じゃあ、どうやってキンタマが出来たのか、キンタマの発生についてお話ししますね。お母さんのお腹の中の話です。受精した卵が子宮の中でだんだん大きくなって大体7週間目、さくらんぼぐらいの大きさで、4グラムぐらいの時には全員女性なんです。人間の基本仕様・デフォルトは女性で、その後少しずつ大きくなって、お前は男になれっていう指令が下るとホルモンのシャワーを浴びたりして男に改変していきます。男性器というのは女性器を作り替えて出来上がってくるものなんです。だから男はみんな知ってると思うんですけど、自分のキンタマを持ち上げて裏を覗いてみると筋が走ってるんですよ。今お見せすることはできないですけど。男になれって指令が下ると、少しずつ肛門の方から縫い合わさっていくの。今できたのは袋だけで、キンタマはその中に精巣という精子を作る工場のようなものが収まっています。精巣は最初〇〇のそばにあるんです。」

阿佐ヶ谷姉妹「ええ!?」

精巣はどこにあったのか?いかにキンタマが出来上がるのか?詳しくはradikoのタイムフリー機能でご確認下さい。

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戦後81年でつくっていきたい「新しい戦後」

大竹まことがパーソナリティを務める「大竹まことゴールデンラジオ」(文化放送・月曜日~金曜日11時30分~15時)、10月15日の放送に評論家で近現代史研究者の辻田真佐憲が出演。10月16日に発売となる著書『「戦後」とは何だったのか 未来を変える日本現代史』にちなみ、「戦後」とは何なのか、人々はそれにどう向き合えばいいか、解説を展開した。

大竹まこと「難しそうな本(10月16日発売『「戦後」とは何だったのか 未来を変える日本現代史』)ですけど、そんなことないんですか?」

辻田真佐憲「ないと思います(笑)。昨年が戦後80年ということで『「あの戦争」は何だったのか』という本を出しまして。これが電子を含めて11万部、行った感じで。80年でひと区切りがついて、今年で81年。戦前が77年でした、明治維新から敗戦まで。もう戦後のほうが長いんです。長いほうの戦後は学校の教科書でもそれほど扱っていない、意外と『これ1冊!』みたいな本がなかった。それに合わせて今年は“戦後とは何だったのか”と。タイトルも重ねてきました」

大竹「日本情勢や世界情勢、国会など、すべてが混乱しているように見えます。どの辺から手をつければ、新しい戦後みたいなことに近づいていくんでしょうか」

辻田「時代の切れ目が来ている、というふうに考えるべきでは、と。戦後ってずっとダラダラと続いている、というイメージがあると思うんですね。敗戦のとき、焼け野原になってすべてが失われた。8月になる度に強調されます。でもその結果、あの印象が強すぎて、それ以降に大きな変化がなかった、という印象が強くなった気がする。1945年の8月が悲惨だったことは事実です。ただそれ以降もいろいろな切れ目があったはずだと」

大竹「うん」

辻田「戦後の切れ目は認めたうえで、これまでの平和を、どういうふうに現代に対応させて維持していくか、と考え方を変えていくほうがいいのでは、と。そう思って『新しい戦後』という言い方をしたんですね」

青木理「タモリさんが数年前に『新しい戦前が来るんじゃないか』といったことをおっしゃって。僕も含め多くの人が、なんとなしに頷いたところはある。新しい戦前にしないために、新しい戦後を考察してつくりあげていかなくてはならない、ということでしょうか」

辻田「いまの我々って戦前か戦後かという二者択一になっていると思うんです。戦後を否定すると『戦前に戻ろうとしている』『戦前回帰なんだ』という批判が起こる。当たり前ですけど我々の世界は戦前か戦後かの二者択一ではない。別の選択肢だってあるはずで。たとえば戦後、中国は相対的に経済力も軍事力も弱かった、冷戦構造のもとでアメリカが日本に配慮してくれたなど。いろいろな条件があって戦後の平和や経済平和があったと思う」

大竹「うん」

辻田「でもその条件ってほとんど変わってしまっているわけです。中国は日本の遥かに先を行っています、冷戦も終わっています、と。アメリカは日本に様々な要求をしてくる。時代が変わっていることをまず認める必要があるのでしょう。でもそれは戦前に戻ろう、ということではない。戦後の良い部分がたくさんあったはずです」

大竹「はい」

辻田「変わったいまの環境の中で、どう守っていくのか、育てていくのか、発展させるのか。こういう観点が必要だと思うので、後ろ向きの『新しい戦前』よりも『新しい戦後』を今後、積極的につくっていこう、と。そういうメッセージを、今回の本には込めました」

このあとも「戦後」について辻田が語った。

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