国歌斉唱について考える

侍ジャパンの快進撃が続くWBCですが、試合前のセレモニーでは毎回“国歌斉唱”が行われています。3月14日「西川あやの おいでよ!クリエイティ部(文化放送)」では、国歌斉唱について議論した。

西川「スポーツイベントでの国歌の演奏はアメリカで始まったことなんですって。アメリカのスポーツイベントで国歌が流れるようになったのが1918年のことなんですが、当時は第1次世界大戦終結間近だったそうです。数多くのアメリカ人が死亡していたことで愛国心が高まっていたため、人が多く集まるスポーツイベントで国歌が流されたそうです。それから第2次世界大戦、9・11同時多発テロで独唱なども定着して、この慣例が100年ほど続いてきたということなんです」

バービー「へぇ~」

西川「では日本ではいつから始まったのか?プロ野球などスポーツを長年取材している記者によりますと、ここ10年ほどで増えてきた国歌演奏について現場でも違和感を持っている人が多いそうです。なぜ流すようになったのか明確な時期はわかっていないそうです」

青木「だから愛国心というものと直結しやすいってこともあるよね。この問題って突き詰めていくと、君が代が国歌、日の丸が国旗って定められたのって1999年なんですよ。僕、取材していたんですけど、国会では凄い反対の声もあったりしました。その時に政府の人たちが言ったのが強制はしない。国歌・国旗を定めるけれど色んな現場で強制してはいけませんよっていうふうに言ったんですよ。僕、今でも覚えているんですけど、ある愛国主義的な将棋の棋士が今の上皇陛下、当時の天皇陛下に向かって『君が代を歌わせるようにするのが私の仕事だと思っています』みたいなことを言った時に上皇陛下は『強制にならないのが望ましいですね』こう言ってるわけですよ」

バービー「はい」

青木「色んな考え方の人がいるので、スポーツ大会で歌うのはどうなんだろうという議論もありますが、少なくとも歌わない人に『歌わなくちゃダメじゃないか』って言ったりするのはやめた方がいいと僕は思うんですけど…」

番組では、この他にも国歌斉唱について話し合っています。もっと聴いてみたいという方はradikoのタイムフリー機能でお聴き下さい。

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同じ積極財政でも「狙いが違う」。サナエノミクスとアベノミクス

ニュースキャスターの長野智子がパーソナリティを務める「長野智子アップデート」(文化放送・月曜日15時~17時、火~金曜日15時~17時35分)、10月15日の放送にノンフィクション作家の常井健一が出演。高市早苗首相の掲げる経済政策「サナエノミクス」に現在について、城内実大臣へのインタビュー経験も踏まえて解説した。

常井健一「リフレ政策のリフレはリレーションの略で。簡単に言うとデフレから脱却するために金融緩和などによって需要を刺激して物価を適度に上げよう、という政策です。いわゆるリフレ派が主導した安倍晋三政権のアベノミクスでは、日銀による異次元の金融緩和が大きな柱でした。ところが現在、物価高が国民の生活を圧迫しています。日銀も金融政策を変えて金利は上がっている。そんな中、これまで安倍政権の継承を訴えてきた高市早苗政権の閣僚が、相次いでリフレ政策を否定していると」

長野智子「うん」

常井「特に城内実大臣は生前の安倍さんが高市陣営に送り込んだ参謀で。いまや自民党内に150人以上いる積極財政派のラスボスと目されています。実際、安倍さんに近かったリフレ派のブレーンたちを継承して7月の骨太の方針や成長戦略を策定してきた。当然、発言の真意に注目されているわけです」

長野「アメリカのベッセント財務長官が、リフレ生活はもう限界だ、やめるべきだ、と言いました。それに反応しているんですか?」

常井「まさにそれを(東洋経済オンラインの取材で)城内大臣に直撃して。『政権のスタンスはまったく変わっていない』と否定されました。強調していたのがサナエノミクスとアベノミクスの違いです。大きな違いは経済環境にあると。デフレ脱却のために大規模な金融緩和を続けたアベノミクスとは違って、いまは物価も金利も上がっています。政府としては『いつまでも異次元緩和を前提に経済政策を考える時代ではない』と言ってきたんです」

長野「なるほどね。だけどアベノミクスと同じ『積極財政』という言葉を掲げている」

常井「そうなんです。城内さん、『リフレ政策の局面は終わったが責任ある積極財政は続ける』と。アベノミクスは金融緩和によって需要を刺激することが柱でした。だけど今度のサナエノミクスは供給力だ、国内でモノやサービスをつくる力を強化するために官民で投資するんだ、と。同じ積極財政でもサナエノミクスとアベノミクスでは狙いが違う、ということですね。もう1つ、『米中の対立やパンデミックも経済環境を大きく変えた』と言っていて。東洋経済オンラインに掲載した発言を一部、ご紹介します」

長野「はい」

常井「『かつての小泉(純一郎)・竹中(平蔵)時代に象徴されるような新自由主義的な市場原理だけにゆだねる発想では、今日(こんにち)の経済安全保障や巨額の先行投資を必要とする分野に充分は対応できない、という現実がある』と。日本企業はひと昔前にコスト重視で、海外に製造拠点を移しましたね。あれが現在は地政学的に大きなリスクになっている、と指摘した。城内さんは『市場原理だけに任せる時代は終わった』と言い切っていて」

長野「ほう」

常井「こうした考え方は反・小泉という、大臣自身の独特な政治人生や色濃く反映されているな、という印象を持ちましたね。いまから21年前です。2005年の郵政選挙で当時、城内さんは1年生議員でした。郵政民営化に反対して、自民党の公認を得られず。無所属で戦った。そのとき小泉首相が送り込んだ刺客が、当時、財務官僚だった片山さつきさんですね」

長野「そうだったか」

常井「城内さん、片山さんに748票差で負ける。それから4年間、リュックサック1つで天竜川を上流から下流にくだるように選挙区をくまなく歩いた。今度は片山さんに7万票差で勝った。片山さんは静岡から追い出されて、参議院の全国比例に鞍替えしたんです」

放送では城内大臣と片山大臣の因縁、サナエノミクスのさらなる詳細などについても常井が語った。

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