デビュー50周年の山本譲二、メタルTシャツ売れすぎて製造機械が故障!

パンサー・向井慧メインパーソナリティを務めるラジオ番組。8月15日(木)はパンサー・向井慧が山籠もりのため『ヤーレンズの #ふらっと』

9時台の『ふらっとおいでよ!』、ゲストに デビュー50周年!メタル化計画が進む山本譲二さんをお迎えしました!メイロック・サイン!!!

故郷も両親も女房も捨てて…北島三郎に全てを捧げた!

出井:北島三郎さんのカバン持ちから『みちのくひとり旅』までは何年ぐらいですか。

山本:7年。

出井:この7年は結構しんどかったですか。

山本:しんどいっていうか、もうこの方に全て捧げないとね、24時間はオヤジ(北島三郎)のために動かないとこの方はつまんでくれないなって。そういうふうに思ったから故郷も捨てて父さん母さんも捨てて、今の女房も一応捨てて。

楢原:一応ね(笑)。

山本:全てをかけるほど捧げたいっていう、そういう思いでそういう情熱がないとね、やっぱりつまみ上げてくれないですよね。そういう7年でしたね。

出井:なるほど。そう思わせてくれる北島さんもすごいですよね。

山本:そりゃすごいです。オヤジは「山本、俺はね、満足してる若い奴はあんま好きじゃないんだ」と。「お前みたいに何か訴えるような目で、目がキラッキラしてな。そこがお前は好きだったんだよ」って。

楢原:そのギラギラが受け継がれてるわけですね。

山本:ギラギラはなくなった!

出井・楢原:(笑)。

楢原:いやいや、まだまだギラッギラしてますよ(笑)。

『みちのく一人旅』の大ヒットでもみくちゃに…けど「もっと触って!」

出井:『みちのく一人旅』がリリースされてしばらくしてからヒットされて。

山本:そうですね、30歳で出してヒットまで約1年かかったかな。

出井:ヒットしてだんだんヒットチャートを駆け上がっていくような、その状況っていうのはどういう気持ちだったんですか。

山本:本当すごかったよ。ベストテン出るじゃん?で、近藤くんとか田原くんとか一緒じゃん。演歌歌手なのにキャッキャ言われてたの。

楢原:いや~そうだよな~。

山本:番組が終わってTBSから出るときそれはあったけど…俺って本当にどうなんだろうって。当時、俺は原宿に住んでたから、竹下通りを歩いてみようと思って。

出井:おー!試しに。

山本:うん、試しに。マネージャーが2人いたんですけど、3人で竹下通りにポンと出たの。そしたらすごかったんだよ。若いコたちが「譲二ー!」ってぐわーって。もみくちゃにされて。それで2人のマネージャーは、「やめろ!」とか、「やめてくれ!」って言ってんだけど、「いいから言うな!」って。

出井:(笑)。

山本:心の中では、「もっと触って!」。

楢原:もっと来て!と(笑)。

山本:嬉しかったんです。

出井:ここまでの苦労がありますもんね。

山本:そうそう。こうなりたくて頑張ってた自分が確かにあったわけで、それが現実になったじゃん。もう本当にもっと触ってって(笑)。でも本当にね、数十年間は街を歩けなかったね。飛ぶ鳥を落とす勢いっていうか。今は違う、落ちた鳥が生き返る。

楢原:不死鳥のように(笑)。

出井:でもそうなるために灰皿ビールもあったし…(笑)。

楢原:1回医者にもブチ切れて(笑)。

出井:日本手ぬぐいもあったし(笑)。今のテレビとは影響力も全然違うでしょうしね。

楢原:徐々売れたっていうのがいいですよね。バーン!じゃなくて。

山本:オヤジがね、「24でデビューしてポンと売れたらね、本当に勘違いする」って。「でもね、その分苦労したから、ポンと売れた歌い手よりも数倍もやっぱり嬉しいしありがたみがわかる」。そのオヤジの言葉はね、効きましたね。

デビュー50周年!メタルTシャツ売れすぎて製造機械が故障!

出井:ボーナストラックの『言論の自由』という曲、こちらがメタル化計画ということでメタルも今挑戦されてると。

山本:1年ぐらい前からね…写真撮るときにこういうハートマークを作って撮るんだけど…。

出井:指ハートですね。

山本:うちのスタッフたちが「それ、もうやめてください」と。これをしてくださいってメタルのポーズを。わけがわかんなくて。

楢原:メタルのポーズがなんなのかもわからないと。

山本:わかんない、わかんない。このポーズしてくださいって、で、「あ、そうなんですか」ってやって。でみんな、演歌の仲間たちも写真撮ってくれるわけ。そのうちTシャツ作りますからっていうから、かっこいいの作ってくれよって。見たら…「もう!何このTシャツ!」って(笑)。

楢原:メタルのね(笑)。

山本:ゾンビみたいな感じの…「お前たちアホか!」って怒ったわけ。

出井・楢原:(笑)。

山本:だけどすごい売れちゃってって言われて。メーカーさんからもうちのスタッフからも聞いて…悪い気はしない。ああそうなの…?って。

楢原:売れちゃえば(笑)。

出井:のせられてのせられてのメタル化計画で(笑)。

山本:作れるだけ作りなさいって(笑)。作りすぎて売れすぎて機械が故障したって(笑)。

出井:本当に(笑)!

楢原:すごい!

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ゲストコーナー後半の『ガチ勢歓迎!ゲストマニアッククイズ』では、山本さんの意外な一面も…

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孫に会いたくて去年初Suicaに感激!「演歌界でSuica知っているの俺だけだと思う。」

出井:ラジオネーム:金曜日のタコさんからいただきましたマニアッククイズ。『2023年6月出演のあるテレビ番組で明かされていた。山本譲二さんが最近知った便利なものとは何でしょう?』の正解はですね…Suica!

山本:あ!Suica…すごいわ。

出井・楢原:(笑)!

楢原:Suicaを最近知ったってことですか(笑)!

山本:孫ができて、「じいじ、今度電車で来てね」って言われて。「わかった。今度じいじ電車で来るけど、なんで?」って。「改札口で待ってるからね。」って言われて。それで奥さんに…妻に…『妻よ…ありがとう』に(笑)。「まさか朝ごはん食べるなんていうんじゃないでしょうね」って言うような妻に聞いたの。

出井:はい(笑)。

山本:「電車で俺行くから」て言ったら「え?電車乗るの?乗り方わからないでしょ?」って。「いや、切符買って…」って言ったら、「あのねSuicaっていうのがある」って。その時俺が感じたのは…吉幾三の歌に『酔歌(すいか)』っていうヒットした歌があるんだよ。あいつはここまで食い込んでんだって。

出井:違う違う、違います(笑)。

山本:じゃなくて、そういうカードがあるっていう話で。買い方も知らない。で、目黒駅まで2人で行って…買ってくれた。

楢原:Suicamのカードを買ったんですね。

山本:すごいわ~。バッと当てたらカシャー!と開くし。

出井・楢原:(笑)。

山本:すごいもんが出てるんだなって。

楢原:夜汽車のところで記憶が止まってますもんね(笑)。

山本:それで品川駅で降りて…左側をパッと見たらガチャガチャが置いてあって。

出井:はいはい、ありますね。

山本:小銭が少しあってね、でも小銭を入れる穴がないの。どうやったら買えるんだって。え?ひょっとしてSuicaで買えるの…?Suicaをポッとやったらガチャって。

出井:Suicaのガチャガチャ!

山本:このSuicaの威力たるや。すげえもんだな!

出井:譲二さん、みんな知ってますよ、Suicaは(笑)。

山本:演歌歌手の中でそこそこの名前が知れてる歌い手さんの中でSuicaを知ってるのは俺だけじゃない…非常に嬉しい!

(TBSラジオ『パンサー向井の#ふらっと』より抜粋)

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戦後81年でつくっていきたい「新しい戦後」

大竹まことがパーソナリティを務める「大竹まことゴールデンラジオ」(文化放送・月曜日~金曜日11時30分~15時)、10月15日の放送に評論家で近現代史研究者の辻田真佐憲が出演。10月16日に発売となる著書『「戦後」とは何だったのか 未来を変える日本現代史』にちなみ、「戦後」とは何なのか、人々はそれにどう向き合えばいいか、解説を展開した。

大竹まこと「難しそうな本(10月16日発売『「戦後」とは何だったのか 未来を変える日本現代史』)ですけど、そんなことないんですか?」

辻田真佐憲「ないと思います(笑)。昨年が戦後80年ということで『「あの戦争」は何だったのか』という本を出しまして。これが電子を含めて11万部、行った感じで。80年でひと区切りがついて、今年で81年。戦前が77年でした、明治維新から敗戦まで。もう戦後のほうが長いんです。長いほうの戦後は学校の教科書でもそれほど扱っていない、意外と『これ1冊!』みたいな本がなかった。それに合わせて今年は“戦後とは何だったのか”と。タイトルも重ねてきました」

大竹「日本情勢や世界情勢、国会など、すべてが混乱しているように見えます。どの辺から手をつければ、新しい戦後みたいなことに近づいていくんでしょうか」

辻田「時代の切れ目が来ている、というふうに考えるべきでは、と。戦後ってずっとダラダラと続いている、というイメージがあると思うんですね。敗戦のとき、焼け野原になってすべてが失われた。8月になる度に強調されます。でもその結果、あの印象が強すぎて、それ以降に大きな変化がなかった、という印象が強くなった気がする。1945年の8月が悲惨だったことは事実です。ただそれ以降もいろいろな切れ目があったはずだと」

大竹「うん」

辻田「戦後の切れ目は認めたうえで、これまでの平和を、どういうふうに現代に対応させて維持していくか、と考え方を変えていくほうがいいのでは、と。そう思って『新しい戦後』という言い方をしたんですね」

青木理「タモリさんが数年前に『新しい戦前が来るんじゃないか』といったことをおっしゃって。僕も含め多くの人が、なんとなしに頷いたところはある。新しい戦前にしないために、新しい戦後を考察してつくりあげていかなくてはならない、ということでしょうか」

辻田「いまの我々って戦前か戦後かという二者択一になっていると思うんです。戦後を否定すると『戦前に戻ろうとしている』『戦前回帰なんだ』という批判が起こる。当たり前ですけど我々の世界は戦前か戦後かの二者択一ではない。別の選択肢だってあるはずで。たとえば戦後、中国は相対的に経済力も軍事力も弱かった、冷戦構造のもとでアメリカが日本に配慮してくれたなど。いろいろな条件があって戦後の平和や経済平和があったと思う」

大竹「うん」

辻田「でもその条件ってほとんど変わってしまっているわけです。中国は日本の遥かに先を行っています、冷戦も終わっています、と。アメリカは日本に様々な要求をしてくる。時代が変わっていることをまず認める必要があるのでしょう。でもそれは戦前に戻ろう、ということではない。戦後の良い部分がたくさんあったはずです」

大竹「はい」

辻田「変わったいまの環境の中で、どう守っていくのか、育てていくのか、発展させるのか。こういう観点が必要だと思うので、後ろ向きの『新しい戦前』よりも『新しい戦後』を今後、積極的につくっていこう、と。そういうメッセージを、今回の本には込めました」

このあとも「戦後」について辻田が語った。

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