宇多丸、『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』を語る!【映画評書き起こし】

ライムスター宇多丸がお送りする、カルチャーキュレーション番組、TBSラジオ「アフター6ジャンクション」。月~金曜18時より3時間の生放送。

 
TBSラジオ『アフター6ジャンクション』の看板コーナー「週刊映画時評ムービーウォッチメン」。ライムスター宇多丸が毎週ランダムに決まった映画を自腹で鑑賞し、生放送で評論します。
今週評論した映画は、『ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語』(2020年6月12日公開)です。

宇多丸:
さあ、ここからは私、宇多丸がランダムに決まった最新映画を自腹で鑑賞して評論する週刊映画時評ムービーウォッチメン。今夜から、劇場公開されている最新作を扱うという通常スタイルに戻りまして、本格復活です。一発目に扱うのは、6月12日に日本で公開されたこの作品……『ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語』。

(曲が流れる)

『レディ・バード』のグレタ・ガーウィグ監督が、1868年に発表されたルイザ・メイ・オルコットの名作小説『若草物語』……『Little Women』ですね。それを新たな視点で映画化。19世紀のマサチューセッツ州を舞台に、力強く生きる四姉妹の姿を描く。出演はシアーシャ・ローナン、エマ・ワトソン、フローレンス・ピュー、ティモシー・シャラメ、ローラ・ダーン、メリル・ストリープなど豪華色キャストが集結、ということございます。第92回アカデミー賞では作品賞をはじめ計6部門にノミネートされ、衣装デザイン賞を受賞いたしました。

ということで、この『ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語』をもう見たよ、というリスナーのみなさま、<ウォッチメン>からの監視報告(感想)をメールでいただいております。ありがとうございます。メールの量は、「とても多い」。久しぶりのね、最新映画ウォッチメンというのもありますし。あと前評判が非常に高い。まあ水曜パートナーの日比麻音子さんもね、「生涯ベスト映画になってしまった」なんてことを早くから言ってたこともあってか、注目度が高く大量、ということでございます。賛否の比率は絶賛が9割。やはり女性からの投稿が多かったということです。

主な褒める意見は「女性としてどんな人生も否定しない描き方に涙した。オールタイムベスト!」「ラスト、青春時代の終わりと孤独を噛みしめながら、ある行動に打ち込むジョーの姿に震えた」「 150年前の原作を今に蘇らせたグレタ・ガーウィグ監督、おそるべし」「俳優たちが全員よい。画面も見とれるほど美しい」などがございました。「劇場で久しぶりに見た映画がこれでよかった」という声も多かった。

一方、批判的な意見としては「前半の時系列シャッフルのせいで誰が何をしてるのかがわかりづらく、映画の中に入っていけなかった」という。あと、原作について非常にお詳しい方というか、原作について思い入れが強い方に、その改変に関するご意見が強かったというか。非常に、それはそれで説得力のあるご意見が多かった、というのも印象的でございました。


■「仕事も恋愛も家族も、私なりの“マイストーリー”で生きていいじゃないかと背中を押してくれた」(byリスナー)
代表的なところをね、ちょっと時間の関係もあって。皆さん、すごく長く熱く書いていただいてるんで、若干端折り気味でお送りしますが。ラジオネーム「滝川ながれ」さん。「アラサー女にドストライクなキャスティング。(色合いが違う)カラーグレーディングの手法により、時系列も分かりやすく、一気に物語に引き込まれました。また本作でオリジナルで付け加えられたラスト付近のワンシーン。これによって『結婚も女の幸せだけど、結婚だけが女の幸せでもないよね』というメッセージが強まりました。

アラサー独身女、親類にも『結婚しろ』と迫られ肩身が狭いものですが、かと言って仕事だけでは寂しい……」というようなご自身の環境とも重ね合わせつつ。「仕事も恋愛も家族も私なりのマイストーリーで生きていいじゃないかと背中を押してくれた作品です。自粛中、先の見えない孤独に潰されそうな時に鑑賞できて本当によかった。オールタイムベストになりそうな一作です」などのご意見もありましたし。

あとはいろいろね、いろんな立場から絶賛メールもあったんですが。あとね、たとえば褒める意見。ラジオネーム「雅哉」さん。こちら、男性。「中学生の時に読んだオルコットの小説『若草物語』が大好きで、映画などこれまでのいろんなバージョンの映像化作品を見てきました。そんな中、今回の最新版が最高の出来でした。文句なしです」ということでございます。

「今回のグレタ・ガーウィグ版で目を見張ったのは脚色の上手さです」ということで。後ほど私がね、言う解説とも重なりますのでここは端折らせていただきますが。「グレタにはぜひ今後、劇中でも言及されるブロンテ姉妹の『嵐が丘』や『ジェーン・エア』の再映画化にも取り組んでほしいと思います」というようなご意見でございます。

一方ですね、原作とその以前の映画化とか、いろんなものに思い入れがある方に若干批判的な意見もありました。ちょっとこれも省略させてください。皆さん、熱く書いていただいて本当にね、勉強にもなりました。ラジオネーム「バカ野郎」さんですかね。「物心ついた時から原作の『若草物語』が大好きで、数えきれないほどある映像化作品も可能な限り、見ています。今回の映画もとても楽しみにしていました。しかし残念ながら、どうも何かが違う。おかしい。なぜこうなった? という感想でした」ということでございます。

「原作や過去作では切られがちだった末っ子のエイミーを準主役に持ってくるという新しいチャレンジをしていますが、これが結果的には失敗だったと思います。エイミー役のフローレンス・ピュー。どう見ても三女ベス役のエリザ・スカンレンより年下には見えません」。それはたしかにあったかもね。「正直言って彼女が熱演するほど違和感が出てしまいました」という。「あと、エイミーのキャラクターの描き方も不満だ」ということを書いていただきつつ。

「あと、エイミーにスポットを当てすぎたせいでメグとベスが相当脇に追いやられたのも不満です」という。で、いろいろと書いていただいている。「ベスに関しては過去の映像化作品、今なお世界中のファンを魅了してやまない49年のマーガレット・オブライエンの圧倒的な名演があり、それがあるのが難しいのは分かるが……」というご意見でございます。

ということで、グレタ・ガーウィグのアレンジにちょっとがっかりしてしまったというこの「バカ野郎」さんのご意見。あるいはですね、ラジオネーム「みどりでフワフワの鳥」さん。この方も「私は『若草物語』原作原理主義者です」ということで。それで「グレタ・ガーウィグが駄作を撮るわけがないのはわかってるけども、グレタ・ガーウィグとの解釈違いが起きていたらどうしようという不安を抱えながら見た」というその結果、この方の結論は「今作の『ストーリー・オブ・マイライフ』は残念ながら私の理想の実写『若草物語』ではありませんでした。というのも、あまりにも改変された要素が『若草物語』的ではなく、オリジナルというにはあまりにその全てが『若草物語』だったためです」というね。

「でも決して酷評したいわけではなく、素晴らしい映画だと思っています。素晴らしい映画を見たからこその複雑な思いをどうか聞いていただきたい」ということで。まず、褒めてる点で言うと「恐ろしいまでの原作の再現性」ということ。いろいろとですね、書いていただいて。このあたりは原作至上主義者も大納得という感じみたいなんですけど。で、だから原作と違いすぎる2点。この方はそれぞれ評価できる点と評価できない点というところに分けて書いていただいて。「原作『若草物語』を映画に用いるにあたってはっきりと改悪だったと思う点、それに関してはジョー、ローリー、エイミーの関係性について。もっと詳しく言えば、ジョーがローリーに対して恋愛感情を抱くというところです」という。

まあ、これはちょっと解釈によって僕は分かれるところもあるかなと思います。要するにあの、「やっぱりプロポーズを受けておけばよかった」って後悔するくだりのことを指されてるんだと思いますが。まあこの方の解釈というか、もちろんそういう恋愛感情を抱いてるという風に取れなくもない。「それによって映画のテーマ性というのが本来であればさまざまな愛の形が描かれている原作『若草物語』に対し、映画『ストーリー・オブ・マイライフ』では愛は全て『恋愛』というひとつの形に均されてしまっているのではないか?この映画の世界は『友愛』というものが存在しない、ジョーが一番嫌がったはずの恋愛至上主義、結婚至上主義の世界のままになってしまっているのではないか?」という批判的ご指摘でした。

一方で評価をしているのはジョーの結婚というか、ラスト周りの改変について書いていただいていて。これは評価していただいております。「この作品は初めから出版社にいるオルコットの分身としてのジョーが主人公の映画で、私たちが見ていた『若草物語』の部分はその映画の長い劇中劇として登場する「自伝的小説『若草物語』」という重箱構造だったのではないでしょうか?」という。メタフィクションというかね、そういうことを指摘していただいています。

ということで、映画『ストーリー・オブ・マイライフ』は『若草物語』そのものではない、ひとつの独立な作品であり、オルコットという素晴らしい作家の残した物語をグレタが現代娯楽として蘇らせた映画として、これからを生きる誰かの大切な一作になることを感じさせるあたたかい作品でした」ということで。原作からの改編にはちょっといろいろとね、思いがありつつ……というアンビバレントな感想。でも非常に勉強になるメールでもございました。皆さんありがとうございました。

■25年前に一度『若草物語』を映画化した製作チーム+グレタ・ガーウィグ監督という組み合わせ
ということで『ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語(Little Women)』ですね、私もTOHOシネマズ六本木、TOHOシネマズ日比谷で2回、見てまいりました。どちらも平日昼の回。コロナ対策で間隔を空けるモードではありましたが、特に後者、TOHOシネマズ日比谷の方はですね、女性を中心にかなり埋まっていて。まあこれは間隔空けモードじゃなければさらに入っていっただろうな、という風に思わせる劇場の雰囲気でした。

ということで『若草物語』の最新映画化版ということですけども。何度となく映像化作品も出ているルイザ・メイ・オルコットの小説が原作で。これ、本物のオルコットさんのご家族……まあ非常に敬虔なピューリタンにして、当時としてはかなり進歩的、革新的な思想を持ったご両親で。この番組の関連で言うと、今週火曜日、作家の池澤夏樹さんが、娘さんの春菜さんの推薦図書である『ザリガニの鳴くところ』という小説に追加の解説として、ヘンリー・デイヴィッド・ソローのね、皆さんご存知の方も多いでしょう、『ウォールデン 森の生活』に連なる「ネイチャー・ライティング」の系譜でもある、なんてことを仰ってましたよね。

で、このオルコットのご両親はですね、このソローとか、あるいはエマーソンとかホーソーンとかですね、マーガレット・フラーとかとも、「超越主義」というですね、当時の進歩的な思想運動を通じて、非常に深い親交を持っていて。そのさっき言った『森の生活』の舞台となるまさにそのウォールデン池っていうのも、マサチューセッツ州コンコード、今回の映画でも実際に現地で多くロケをしているということなんですけど、そのコンコードにあるオルコット家から、わずか数キロというご近所さん。

というか、もうみんな、ソローだのなんだの、みんなご近所に住んでいる、というような感じだったということみたいですね。ということでまあ、非常に進歩的な考え方を持ったご家庭ということの反映もあって、この『若草物語』ですね、過去にも繰り返し繰り返し映像化作品が……要するに、その時代その時代の女性の生き方を問うような作品として、毎回語り直されてきたわけなんですけども。

面白いのは今回の最新『若草物語』、製作に名前を連ねているエイミー・パスカルさん、ロビン・スウィコードさん、デニース・ディ・ノビさんというこの3人は、1994年の、ウィノナ・ライダーがジョーを演じている1994年版の方でも、それぞれソニーピクチャーズの重役、脚本、製作として関わっていたという。つまり、前に一度『若草物語』の映画化をしているチームが、25年後に「いや、もっと違う、今にふさわしい語り方がこの作品、原作からできるんじゃないか?」という風に考えて動き出したのが、今回の『ストーリー・オブ・マイライフ』という日本題のこの作品でもあるわけですけど。

ということで、2015年にそのエイミー・パスカルさんがソニーの共同会長の座から降りて、パスカル・ピクチャーズというのを設立後、すぐに着手したのがこの企画という。で、さっき言ったそのデニース・ディ・ノビさんというプロデューサーの方が、グレタ・ガーウィグ……かつてはマンブルコア・ムーブメントのミューズとして非常に出てきた人ですけど、グレタ・ガーウィグの、特にあの『フランシス・ハ』というね、ノア・バームバックの作品がありますけど、『フランシス・ハ』の脚本を読んでピンと来て。

で、実際にグレタ・ガーウィグ自身に会ってみたら、原作小説の大ファンで、映画用の脚色にも、恐らく今回のできあがったこれ(に近いもの)でしょうね、非常に明確なビジョンを持っていたので、まずはその脚本をグレタ・ガーウィグが書くことになり。そして、そうこうするうちにグレタ・ガーウィグ、同時に脚本・監督を務めた『レディ・バード』、2017年のこれも本当にすごい作品でしたけど、これで非常に高い評価を得たことで、「じゃあ、監督もよろしく」ということでグレタ・ガーウィグがやることになった、という。

■「『若草物語』をいま作り直すなら、グレタ・ガーウィグ以外考えられないでしょう!」
実際、『フランシス・ハ』でも『レディ・バード』でも描かれていたのはですね、アーティスティックな情熱を抱えつつ、何者かになろうともがく若い女性、という。この原型こそが、まさに『若草物語』のジョー、とも言えるわけですし。特に『レディ・バード』でのね、その家族や異性との関係性描写のユニークな鋭さなんていうのも、あの『若草物語』を現代的に語り直すっていうその人としては、本当にうってつけ、という感じだと思いますし。

さらに言えば、グレタ・ガーウィグの脚本・監督作品となったことで、特にやっぱりその主演のシアーシャ・ローナン、そして今回ね、ローリー役を演じておりますティモシー・シャラメ、というですね、『レディ・バード』から引き続きの、気心が知れたコンビが醸し出す、自然な親密さ、そこで起こるマジック。要するにあの2人のじゃれ合いは、本当に仲がいい感じがするじゃないですか。つつきあったりして。

そういうものもやっぱりしっかり起きていて、このキャスティングも、グレタ・ガーウィグが脚本・監督になったからこそ、ということもあって。今となってはやっぱり、『若草物語』をいま作り直すなら、グレタ・ガーウィグ以外ちょっと考えられないでしょう!っていうぐらい、最良・最適の人選だったと言えるんじゃないかなという風に思いますが。

で、ですね、そのグレタ・ガーウィグがじゃあ、どのようにして『若草物語』という、古典ですね。古典を、今にふさわしく語り直したのか、ということですけど。

もちろん原作に忠実なところは忠実。起こってることそのもの、展開など自体も、割とこう、まあ同じだったりもする。あと、まあみんなが「『若草物語』といえば、ここ!」みたいな有名な場面もいっぱい出てきたりするんですけど……それぞれの場面の、解釈の角度とかをちょっと変えるだけで、新たな、というよりは、原作が恐らく元々持っていたポテンシャルっていうのを引き出して、鮮やかにフレッシュな、その今、作られて、見られるべきテーマ、メッセージっていうのを、くっきりと浮き上がらせて見せるという手際。

僕はこの感じはですね……やってること、話そのものをそんなに変えているわけじゃないのに、メッセージとして新しいものを引き出している、ポテンシャルを引き出している、っていう意味で、僕が個人的に連想したのは、高畑勲監督のあの超弩級の一作、『かぐや姫の物語』だったりしますけどね。ということで、今回の『若草物語』。まずですね、構成が独特というか、技あり!なところですね。

■「原作者は『若草物語』にどんなメッセージを込めようとしていたのか?」に対するグレタ・ガーウィグ監督の明確な解釈
これまでの映像化作品っていうのが、原作小説の一作目というかね、それを中心に、冒頭のそのクリスマスのエピソードから順に、最後は主人公のジョーがいろいろあってお相手を見つける、というね、『続若草物語』のオチに着地するという。基本的にストレートにお話をなぞっていく流れ、そしてジョーがお相手を見つけるというところに着地していく、という作りが多かったのに対して、今回の『ストーリー・オブ・マイライフ』、基本となる「今」の時制、要するに劇中の今という時制はですね、姉妹たちが既に家を出たりして、バラバラになった状態。原作で言うと『続』の途中ぐらいからの話。これが劇中における一応の「現在」の時制っていうことになっている。

で、そうしたその姉妹たちの、既にその牧歌的な子供時代はもう終わり……要するに1巻目の時代は終わって、それぞれに厳しい現実と直面しつつある「今」の地点から、これは単純な回想というよりは、後にジョーによって書かれることになる——つまりオルコットによって書かれることになる——『若草物語』1巻目、その元となるその7年前の家族のエピソードが、「現在」との対比で、その都度連想に導かれるように、並行して語られていく、という。

まあ、あたかもそのジョーによる過去の「物語化」というか、過去にあったことをジョーがその脳内で物語化していくプロセスとして見ていく感じ。要は「今」、『続 若草物語』のパートと、7年前、一作目の『若草物語』パートが交互に進行していく、という作り。で、この2つの時制は、先ほどのメールにもあった通り、現在が厳しい現実を表すかのように冷たい、ちょっと青みがかったような色調なのに対して、7年前、温かな子供時代は、色合いも暖色が強め、ノスタルジックな画調、という風になっていると。

これ、オリヴィエ・アサヤス作品などをいっぱい手掛けているヨリック・ル・ソーさんという撮影監督の手による、非常に美しいフィルム撮影もあって、見事に描き分けられていく、という感じですね。で、さらにその本作のその二重の構成が曲者なのは、さっき言ったように、その劇中のジョーというのは、即ちその原作者オルコットの投影でもあるわけですね。という点をさらに掘り下げて、なぜこの『若草物語』という小説が書かれるに至ったのか? 最終的には文字通りそれが「本」となっていくまでのプロセス込みで、言ってみればメタ的な視点、我々が知る『若草物語』っていうのができるまでのプロセスというのの、メタ的な視点を実は大胆に織り込んでもいる、と。

これが最終的に、非常にそのスリリングな、現代的な問いかけを投げかけてくる作りにもなっている、というところに、今回の『若草物語』、明らかに最大のポイントがあるわけですね。つまり原作者オルコットはですね、「本当には」どんなメッセージをこの物語に込めようとしたのか?っていう、グレタ・ガーウィグの解釈が入っている。まずグレタ・ガーウィグは、『若草物語』を……これはDU BOOKSから出てる『グレタ・ガーウィグの世界』という今回のメイキング本に書かれている言葉ですけど、明確にグレタ・ガーウィグ、この『若草物語』は、「お金に関する話」、「女性がお金を稼ぐのはなぜこれほど難しいのか、という本」という風に、明確に定義してみせています。そう解釈してみせています。

女性の生き方が制限、抑圧されているというのは、そもそも職業選択の幅を含め、経済的な可能性が閉ざされているからだ、そこと直結しているんだ、ということを言っている。だから、できればその経済力がある男性との結婚というのが、唯一にして最良のゴール、ということになってしまうのだ、と。つまり、女性にはそれしか選択肢が許されない、というか、そういう風に思い込まされているからだ、というような世界認識ですね。

で、ぶっちゃけこれ、2020年現在の世界、もしくは日本社会でも、まあ情けない話ですが、全然ちょっと通じてしまっている問題でもあると。で、本作におけるその主人公ジョーは、冒頭から、その不愉快な現実に直面し、戦い続けている、ということですね。まあ出版社のドアを前に、これからその向こうの世界……まあ男性がワーッといる世界と戦うんだ、という気負いと緊張をみなぎらせたそのジョーの背中を捉えた、このファーストショット。このファーストショットがいいですね。これから舞台に上がる、という手前のような背中。グッと来てしまう。

で、その出版社の中に入ると、ダッシュウッド氏というその出版社の編集長というか社長というか……これ、(演じている)トレイシー・レッツさん、最近だと『フォードvsフェラーリ』のフォード社長役ですけども、彼が「アドバイス」をする。「女性のキャラクターを出すなら、ラストは結婚するか死ぬかしかない」っていう……ジョーも思わず「えっ?」と聞き返すようなことを言ってくる。

まあそういう、女性にとっては抑圧的・差別的であることが今以上に当たり前の常識であった19世紀後半、っていうことなんですけど。とにかくそんな感じで、シアーシャ・ローナンが素晴らしく快活に演じるこの主人公ジョーがですね、ニューヨークでそういう、いろんな壁とか偏見とかと向かい合いつつ、作家修行中。で、その頃、フローレンス・ピュー演じる四女のエイミーはですね……これ、ちなみにエイミーと、メリル・ストリープ演じるマーチおばさん。このマーチおばさんのメリル・ストリープが演じるバランスは、僕、素晴らしいと思ってて。同役史上、最も厚みのある人物として僕は演じられてると思う。

つまり、「金持ち男と結婚するのが女性の唯一にして最良の幸せ」っていう彼女の持論、信念みたいなのも、さっき言ったようなその社会の現実、不公正に対する、ある種の諦観として行き着かざるをえないものだった、というバランスで今回、メリル・ストリープは演じてると僕は思うんですよね。同様にエイミーも、過去作とは違って、要するに彼女なりに現実の中で自分の生き方、もしくは幸せを見つけようと、彼女なりにもがいてる人っていうか、この条件の中でベストを尽くそうとしている人、っていう風なバランスになってて。僕はこの2者のバランスはすごく、過去最高に現代的というか、好ましい、という風に思ってるんですけど。

■「グレタ・ガーウィグ監督はティモシー・シャラメのベストな角度を知っている」(by日比麻音子アナウンサー)
とにかくそのおばさんとですね、絵の修行中という名目の婚活中に、幼なじみのローリーとばったり再会するエイミー。で、これを演じてるのはもちろん、ティモシー・シャラメ!というね。まあ日比さんならずともヨダレ必至、たしかにグレタ・ガーウィグがティモシー・シャラメのベストな角度を捉える名手である、というのは間違いない。特に、シアーシャ・ローナン演じるジョーとの、さっきも言いましたけど、本当に気心が知れてる者同士しか出せないヴァイブス、じゃれ合い感。

これは『若草物語』、特にまあその7年前パート、要するに少年・少女時代の2人、ジョーとローリーのですね……まあ要はジョーとローリーというのは男女が入れ替わった愛称でもあるわけですけど、この2人の正しくソウルメイトっぷり、「対」ぶりというかね、というのを非常に、過去最高に際立てている。この2人を見てるだけで何かこう、いい感じになるという。ベストを交換してたりとかね。

あと、あの出会いとなる舞踏会での、あのね、柱の影をふっとこう、ゲーム的によけて踊るダンスという、非常に映画的な見せ場にしてるところも、いいアレンジだという風に思いましたし。まあ彼らのそのいいヴァイブスが出てるからこそ、彼らが後に、その道を分かつことになるその場面が……というね。まあすでに彼らが別れることは、冒頭から、さっきの構造上明らかにされてるので。まさにその無邪気な少年時代の完全な終わり、っていうのを突きつけられるようで、非常に悲しい、という感じじゃないかと思います。

まあ要するに、今回のジョーは、そういうその少年・少女時代、子供時代との完全な決別っていうところをまず恐れて……それを実際に本を書いて総括するまでは、それがなかなかできずにいる、というバランス。だから僕は、ローリーに対する未練も、恋愛というよりは、子供時代的なるものへの未練、という風に僕は解釈した感じもあるんですが。で、一方、エマ・ワトソン演じる長女のメグさん。最もリアルな結婚の現実……つまりその、貧困というのに直面したりもするということですよね。はい。これもね、その過去との対比が本当に切なかったりもしますし。

■邦題『わたしの若草物語』は言い得て妙。なかなかすごいレベルの最新『若草物語』!
そして、三女のベスがですね、ローレンス氏との交流がすごくね、切ない!みたいなのは元々ある話ですけど、今回で言えば、たとえばジョーの視点から見た……「ベスがベッドにいない!」ってなって、階下に降りてみると、その「現在」と7年前の、映画的な「画で見せる」落差。その物語の語り口みたいなのが、グレタ・ガーウィグ、本当に映画的に、すごく見事にできてると思いますし。

あとはもちろん、ローラ・ダーンのお母さん役がすごくいい。その怒りの制御をめぐる対話と、その後、ある視線を交わす瞬間とかもすごくよかったりしますが。一番アレンジされてるのは、ニューヨークでジョーと親しくなるフレデリック・ベア教授。元々はドイツ系のおっさんという設定だったのが、今回、普通に二枚目フランス人。元々このキャラクター、オルコットが人に送った手紙の中で、ジョーは結婚しないでいるべきだ、というところ(オルコット本来の意図)に対して、そのファンからの要望が強くて、結婚をさせる(ことにはしたけれども)、そこであえてミスマッチなキャラクターを持ってくる、という。要するにオルコットの、一種の抵抗の跡でもあったわけです。このキャラクターは。

で、オルコット本人は生涯独身を貫いていたので、何をよしとしていたか?っていうのは明快なわけですね。なので、それを本作では、グレタ・ガーウィグ曰く、要するにティモシー・シャラメのローリーに対してあまりにも見劣りするような人であってほしくない、ということからのキャスティング、ということもあったりする一方で、同時に、さっき言ったように、女性の生き方を制限するような恋愛~結婚至上主義、それを裏付けている社会のシステムに対してですね、今作では、実際に書かれ出版された『若草物語』とその物語、そしてオルコットがそのためにどう戦ったのか?っていうメタ構造で、痛烈な、現代のフェミニズム視点での批評を加えてみせる、ということです。

なので終盤、現在と過去、現実とフィクションがトリッキーに行き来しつつ、それが本当に「本」として……つまり世界に向けたメッセージとして結実していく、その一点に向けて、そのフィクションと現実、過去と現在が、一点に集約されていく、という作り。ここが本当にスリリングだったりします。あとはね、彼女が開く学校が共学にされていたりというブラッシュアップがありつつ……冒頭に出るクレジット、「現実がつらいから私は楽しい話を書く」というオルコットの言葉と、最後に世界へのメッセージたる本を抱えながら、ちょっと厳しい目線で窓の外の世界を見つめる、あのジョーの視線。これは完全に対になっている。

それは、グレタ・ガーウィグをはじめ、世界中の女性クリエイターたちの原点となるその姿勢であり、目線である、という。そういう着地でもあるわけです。なので、これ日本のタイトル、たしかに言い得て妙。『わたしの若草物語』っていう。先ほどのね、原作が好きだという方のメール、批判も分かりますが、このグレタ・ガーウィグのその現代的再解釈という意味では、これは見事な作り、といったところじゃないでしょうか。

もちろん美術、衣装が目に美しいらみたいな話もありますが……すいません。時間が来てしまいました。語り尽くせないところもありますが、もういろんな面から語り甲斐のある、これはなかなかのすごいレベルの最新『若草物語』ではないでしょうか。ぜひぜひ、劇場でウォッチしてください。

(ガチャ回しパート中略 ~ 来週の課題映画は『グッド・ボーイズ』です)

宇多丸「アハハ、なんだよ! いや、すごいよね。『Little Women』に続くのが『グッド・ボーイズ』っていうね。うまいんだかなんだかわからないけども」


以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

 

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■牡羊座(おひつじ座)
カード:女教皇(正位置)


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■監修者プロフィール:石川白藍(いしかわ・はくらん)
天の後押しがあって、2018年、2019年のスキルシェアサイト「ココナラ」にて、高いリピート率で2万以上あるサービスのなかでランキング1位となる。第六感の精度・占いの技術だけではなく、SNSマーケティング、子どもたちに生き方を教える塾の経営、コミュニティ運営、資産の作り方、行動心理学の知識など、幅広く培った経験を活かして、抽象的なメッセージだけでなく具体的な指針を伝えることができる。
Webサイト:https://selene-uranai.com/
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