宇多丸、『ウルフウォーカー』を語る!【映画評書き起こし】

ライムスター宇多丸がお送りする、カルチャーキュレーション番組、TBSラジオ「アフター6ジャンクション」。月~金曜18時より3時間の生放送。


『アフター6ジャンクション』の看板コーナー「週刊映画時評ムービーウォッチメン」。ライムスター宇多丸が毎週ランダムに決まった映画を自腹で鑑賞し、生放送で評論します。
今週評論した映画は、『ウルフウォーカー』(2020年10月30日公開)です。

宇多丸:
さあここからは、私、宇多丸が、ランダムに決まった最新映画を自腹で鑑賞し評論する、週刊映画時評ムービーウォッチメン。今週扱うのは、10月30日に公開されたこの作品、『ウルフウォーカー』。

(曲が流れる)

はい。4度のアメリカ・アカデミー賞ノミネートの実績を持つアニメーションスタジオ、カートゥーン・サルーン最新作。『ブレンダンとケルズの秘密』『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』に続くケルト3部作の最終作でもあります。眠ると魂が抜け出し、狼になるというアイルランドのウルフウォーカー伝説を題材に、狼ハンターを父に持つ少女ロビンとウルフウォーカーの少女メーヴの冒険を描く。過去二作の監督トム・ムーアと、本作で監督デビューしたロス・スチュアートが共同で監督を務めた、ということでございます。

ということで、この『ウルフウォーカー』をもう見たよ、というリスナーのみなさま、<ウォッチメン>からの監視報告(感想)をメールでいただいております。ありがとうございます。メールの量は、「少なめ」。あらま。なんですけど、公開館数がね、そんなに多くないですからね。ですが、賛否の比率は、ほとんどが褒める意見で、全面的に否定する意見はありませんでした。非常に評価が高いです。

褒める意見の主な内容は、「どのシーンもまるで絵画のような美しさ。街と森とで背景美術の表現が違うなど、アニメーションらしいアイデアが詰まっている」「話のテンポもよく、自然破壊や人間同士の抑圧などメッセージもスマートに伝わってきた」などがございました。アニメーション技術の見事さについては、『羅小黒戦記』や『スパイダーバース』などを例に出しながら褒める声も多かったです。

一方、ごくわずかな否定的な意見……まあ、全面的に否定してる方はいらっしゃいませんでしたが、こういうところがいまいちだったという意見としては、「ラストが丸く収まり過ぎ」とか「画はいいが、ストーリーがいまいちだった」といったところがございました。

■「アート性とエンタメ性がものすごく高いレベルで両立できている」byリスナー
代表的なところをご紹介いたしましょう。まずはラジオネーム「ギリギリおすぎ」さん。「『ウルフウォーカー』字幕版を見てきました。大傑作だったと思います。この感動をどうしてもお伝えしたく、勤務時間中ではありますがデスクにて上司や同僚の目を盗みながらこの文章を書いております。私のように仕事や日常の中で抑圧を感じる全ての方が勇気をもらえる作品ではないかと思います」という。主人公ロビンのようにね、いろんな目をかいくぐってメールを書いていただいている(笑)。ちょっと話が違うんじゃないか、という気がしなくもないが、そこは置いておこう。

「この作品の素晴らしさはアート性とエンタメ性がものすごく高いレベルで両立できている点にあります。まず画が美しい。どのシーンで一時停止してもまるで絵画や絵本の1ページのように見えるのではないでしょうか? ラフな線をあえて残すことでキャラクターや大自然の躍動感が生き生きと伝わってきました」。そうですね。今回は特に、これまでのカートゥーン・サルーン作品と比べても、輪郭線がちょっとラフな、ちょっとガッと太い、時にはみ出た線とかになって。これが非常に生命感に溢れてる、というのはたしかにありますよね。

「この『リアル』とはひと味違うビジュアルが物語の寓話性を高める上で大きな仕事をしていたと思います。アニメーション技術そのものに感動させられるこの感覚、私は『スパイダーマン:スパイダーバース』や『かぐや姫の物語』を連想しました。『あなたのことを思って言ってるんだよ。あなたのためなのよ。わかってくれるよね?』といった大人の言動がロビンを檻の中へと閉じ込めていきます」。しかもね、これ、ロビンが同じセリフを、後半で繰り返してしまうんですよね。これも非常に見事な作劇でしたね。

「これらは『善意からだけに尚厄介』です」という、これはRHYMESTERの『余計なお世話だバカヤロウ』の一節ですね。「ですが、ぶっちゃけ的外れなおせっかいでもあるわけで、彼女が抑圧から解放され、自由に森を躍動するシーンには強いカタルシスがありました。もちろん、ロビンの父親の顛末にはグッときたし、メーヴ&ロビンのシスターフッド作品としても問答無用に面白かったですよ」というギリギリおすぎさん。

一方、ちょっとよくなかったという方。「オムライス食べ太郎」さん。「カートゥーン・サルーンの前作の『ブレッドウィナー』がとてもよかったので今作も期待していたのですが、期待通りでした」と。まあ、すごくよかったということも書いていただいて。「ただ個人的にはラストが丸く収まり過ぎているのが物足りなかったです。彼女たちの生活にはまだいろいろあるはずなのに、『新天地で幸せに暮らしました。めでたし、めでたし』で終わってるように見えてしまいました。テーマ的に、抑圧や男性中心主義からの解放や自立には、物語の終わりの先、みたいなものがあってもよかったと思います」という。

はい。まあこの終わり方に関しては、私なりの意見みたいなのもありますので、後ほど言ってみたいと思います。

■アニメーション表現の最前線にして現状の到達点、文句のつけようもない一作
ということで、皆さんメールありがとうございます。私も『ウルフウォーカー』、久しぶりに恵比寿ガーデンシネマに行って、2回、見てまいりました。ちょっと今週、どうしても時間が合わず、日本語吹替版は拝見できておりません。申し訳ございません。こっちも非常に出来がいいなんてことも聞いております。

ということで、この僕の映画時評コーナーで、このカートゥーン・サルーンというアイルランドのアニメーション会社の作品を扱うのはこれが初、ということになってしまいましたが。ただ、この『アフター6ジャンクション』という番組では、実は2018年9月18日(火)、土居伸彰さんをお招きしての「最新インディペンデント・アニメ入門特集」という中で、このカートゥーン・サルーンの作品、先ほども名前が出てます2009年のこれ、最初の長編作品ですね、『ブレンダンとケルズの秘密』。そして、2016年『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』という、その『ウルフウォーカー』に連なる通称ケルト三部作の前二作と。あとは2017年のこれ、『ブレッドウィナー』というタイトルでも劇場公開されていますが、Netflixなどではね、『生きのびるために』という日本タイトルが付いて見れる作品でもあります。『生きのびるために』=『ブレッドウィナー』、要はタリバン支配下のアフガニスタンで生きる少女の話なんですけど。

これらの、その時点までのカートゥーン・サルーン作品を、この土居伸彰さんにご紹介いただきました。そこで土居さんね、説明の仕方として、「実験的だが娯楽的」「昔は短編でしかできなかった実験が、今は長編でもできるようになった」という、まあ世界的なそのインディペンデント・アニメーションシーンの潮流と重ねて説明してくださいましたけども。

その意味で今回の『ウルフウォーカー』もまさしく、先ほどのメールにあった通りですね、アート性の高い実験的手法と、エンターテイメントとしてもしっかりと質が高い、確かなストーリーテリング力。さらには、現実の歴史や社会問題をその中に織り込んでみせる、意識の高さ。アート性、エンタメ性、社会性、全てが非常に高いレベルで、しかもバランスよく長編アニメとして結実した、まさにアニメーション表現の最前線にして現状の到達点、と言っても本当に大げさではないような、それはそれは見事な……僕はつい何度もこの表現を使いたくなってしまうんですが、「文句のつけようもない一作」だ、という感じになっております。

特にですね、カートゥーン・サルーン作品としても……ちなみにこのカートゥーン・サルーンという会社、先ほども「4度のアカデミー賞ノミネート」って言っていましたけども、とにかく、これまでに作った長編全てがアカデミー賞ノミネート、というすごい集団なわけですけども。それで、そのカートゥーン・サルーン作品としても今回の『ウルフウォーカー』は、これまでの集大成にして、さらにネクストレベルにちょっと進んだ一作とも言えるものになっていて。

■街や人間が四角、森や狼の世界は丸。手法は実験的だが、誰もが見て分かるその効果
たとえばカートゥーン・サルーン、特に今回も監督をしていらっしゃいますトム・ムーアさんという方が得意とする、手描き2Dアニメーションならではの、あえての平面的な、非常にグラフィカルにデザイン、様式化された、まさにアートアニメ的な表現っていうね。たとえば今回、共同監督になっていますロス・スチュアートさんと実は一緒に演出した、オムニバスというか、複数のアニメ監督が参加した2014年の『預言者』という作品があって。この中の『On Love』っていう……まあ「愛について」みたいなことかな、『On Love』っていうパートは、完全にクリムトの絵画風に描かれていたりして。

ちなみにこの、平面的にデザインされた、まさにアートアニメ的な表現っていうのは……これね、この番組にも出ていただいた叶精二さんのツイートっていうのを、番組構成作家の古川耕さんに教えていただきまして。なんとトム・ムーアさんは、あのミッシェル・オスロさんに師事した、ということなんですね。『キリクと魔女』とか『ディリリとパリの時間旅行』なんていうのもありましたけども、ミッシェル・オスロさんに師事していた時に、その平面的レイアウトや美術のやり方みたいなのを学んだ、ということらしくて。本当に筋金入り、というね。まあ、とにかくその平面的なデザインという。

今回も、人間が住む世界……まあ本当に『進撃の巨人』よろしくというか、『ゲーム・オブ・スローンズ』よろしくと言いましょうか、あとは『ブレンダンとケルズの秘密』でも出てきましたけど、壁で囲まれた人間が住む世界、街の中を描く際の、文字通り本当に「四角四面」という言葉が比喩じゃない、本当に「四角」ですね、直線と平面で、堅苦しく狭苦しく重苦しく、それでいてのっぺりと、平面的に構成、表現された絵面、っていうね。

これはまあ、パンフレットに書かれた監督インタビューによれば、ポーランドの版画家のマルタ・ワクラさんという方の作品を参照した、ということらしいですけどね。まあ、そういう昔の版画っぽく、色がちょっとはみ出て、ズレて表現される……ちょっと輪郭線からズレて出ていたりする、なんか昔の版画の感じ、みたいなのを表現していたりする。

それがその人間の街、とにかく四角四角していて、押し込まれていて、っていう、そういう絵ヅラに対して、対照的に、丸みを帯びた、線のタッチも鉛筆とか水彩画風で柔らかい、森の中、狼たちの世界の対比……先ほどね、(金曜パートナー)山本匠晃さんも言ってましたけど。要するに街、人間が、四角四角っていう、四角のモチーフで描かれるのに対して、森の中とか狼の世界は、丸とか円とかっていうモチーフで描かれていく、ということですね。やっぱり円というのは当然、調和とか、地球全体っていう、ガイア的なところも表わしているとも言えるでしょうね。

とにかく、それが視覚的に表わされている。こちらはエミリー・ヒューズさんという方の絵本とか、シリル・ペトロサさんという方のイラストを参考にしたなんて言ってますけど。とにかくこんな感じで、2D手描きアニメならではの表現の可能性を、しかも、ストーリーテリングと不可分な……つまり、誰の目にも効果が明らかな構造の中で、いろいろと追求してみせている、という、まさにカートゥーン・サルーンの真骨頂!っていう感じですよね。

つまり、人間の街中は四角。森の中は丸。あるいはその線描の、その線自体が違う。これがもう、お話と一致してるから。どんなちっちゃい子が見ても……手法としては実験的なのに、それらがもたらす効果とか意味っていうのは、誰が見ても、ちっちゃい子が見てもわかる、という。見事なもんですよね。それが非常に今回の『ウルフウォーカー』、さらに洗練された形で展開されている。その上にですね、今回の『ウルフウォーカー』、過去作とちょっと違うところもあって。

■本作は誰もがコミットできるアクションエンターテイメント
要はですね、アクション性が、過去作と比べて非常に高いんですね。アクションエンターテイメントなんですね。故にですね、まあ3D的なと言うんでしょうかね、奥行きの表現……まあ、アクションですから当然、空間を使った動きが出てくるわけで。奥行き表現、格闘であるとか、逃走であるとか、追跡であるとかっていう奥行き表現も、要所で非常に効果的に使われていたりする。たとえば、本作でも非常に印象的なパートだと思いますが、狼から見た主観視点というか、「狼から見た世界はこう見えているよ」という描写。

つまり、人間のように視覚が中心ではなく、嗅覚や聴覚がより豊かという、そういう知覚世界っていうのを織りなしているその狼の主観を、やはりアニメならではの抽象性を利用して、視覚化してみせている、というショットたちなどには、今回は2D手描きだけではなくて、3Dのソフトウェアも活用されているということですし。

あと、クライマックスに向けて、どんどんすごくアクションシーンが加速していって。非常にスリリングなアクションシーンが続くんですけども、やはりここはですね、アクションといえば日本のアニメ表現……井上俊之さんもおっしゃっていました、日本のアニメの空間表現が非常に優れてるっていうのもありますけども、日本のアニメとか、僕は個人的には特に、日本のマンガ表現の影響を強く感じました。まあもちろんトム・ムーアさんは、ジブリから非常に強く影響を受けてますよ、っていうのは公言してたりするんですけど。

これ、どういうことかっていうと、カートゥーン・サルーン作品はこれまでも、画面分割(スプリット・スクリーン)っていう、要するに画面を線で割って、同時に進行している事柄を、ひとつの画面の中の割った画面の中で見せる、っていう……皆さんもご覧になったことがあると思いますが、要所でそれを、やはりグラフィカルに活用してきて。今回も、たとえば主人公のロビンが労働をさせられている、というシーンなどで、とても効果的に使われていましたね。こういう風にあえて左右対称で……要するに非常に閉塞感がある、それから繰り返し感がある、というような状態を描いていていて。そこはスプリット・スクリーン、非常に効果的な使われ方をしてるんですけど。

クライマックス周辺のアクションシーンになると、このスプリット・スクリーンの使い方が、まるで日本のマンガ独特のコマ割りのように機能させられていて。つまり、たとえば狼が向こうからバンバンバンッて来るところを、スプリット・スクリーンでコマ的に割ることで、だんだん奥からガンガンガンッ!って、ボンボンボンッ!って、段階的に近付いてくる、というような感じ……非常に奥行きを感じさせるダイナミックな動き、しかし同時に、非常に平面的な、グラフィカルな表現でもある、っていう。

だから、奥行きも感じさせるけど、平面的でもある、っていう。非常にすごい面白いなっていう……日本のマンガ的だし、そこから発展していった日本のアニメ的な文法というのも、今回は非常に取り入れてると。で、お話としても、今回はっきり、「倒されるべき悪役」というのが置かれていたりして。この悪役、要するに凝り固まった自分の思想、信仰とかっていうのと、自分の歪んだ欲望とかがもう混ざっちゃっていて、よく分からなくなっている。なのに自分の正しさというのは疑わない、というこの厄介さ。

ちょっと悪役の置かれ方としては、『ノートルダムの鐘』のクロード・フロローっていうどうしようもないやつがいましたけども、あいつをちょっと思い出したりなんかしましたけどね。まあ、悪役がはっきり置かれてる。倒されるべき悪役が置かれてるっていうことは、物語が進むべき方向も明確、ということでもありますから。過去作に比べても一際、シンプルでわかりやすい。誰もがコミットできるアクションエンターテイメントになっている、というのも、カートゥーン・サルーン作品としては新境地のあたりではないかなと思います。

■「現実のアイルランドの歴史」をベースに、アイルランドの歴史や宗教対立、性差による抑圧を描いている
しかもそのベースになっているのは、ケルトの伝説であり、そしてここが重要。「現実のアイルランドの歴史」っていうことですね。今回、非常に実はもろに、結構ゴリゴリ現実をベースにしているところがあります。たとえば、さっき言った悪役。護国卿って言われてますけども、明らかにこれ、オリバー・クロムウェルがモデルになっていますよね。オリバー・クロムウェル卿。最初、「1650年」という風に字幕が出ますから、ちょうどこのイングランドから来たオリバー・クロムウェルが、アイルランドに侵攻して、事実上の植民地支配をしていた、まさにその時期、その時代なんですよね。

で、その彼が象徴しているものっていうのは、プロテスタントを基盤とした近代西洋社会のシステム……まあ、後に資本主義社会として発展していくようなそういうシステム。世界の全てを支配、コントロールしようとするその思想のもとで、環境破壊……まあ環境破壊されていくその対象、象徴として、当然、狼がいる。狼っていうのは、キリスト教の中でも害獣として扱われてきましたからね。だから、ケルトの元々あった土着信仰に対して、キリスト教でも特に新しいプロテスタントという思想の中で害獣として駆除されていく狼、というのが、シンボルとして扱われている。環境破壊、そして、社会格差。

もちろん、そのアイルランドとイングランドという、そういう国家、民族間での格差、差別というものもありますし。そして、性別による抑圧というのが行なわれている。それに対して、そのケルト伝説の領域で、森の描写っていうのは、前述した通り、目で見てわかる違い、というのが出てくる作りになっている。これ、本当に素晴らしいですよね。で、こんな感じで、現実の歴史や社会問題というのをアニメーション作品に織り込んでいく、っていうのは、たとえば先ほどからメールでもありましたけど、『生きのびるために』=『ブレッドウィナー』という作品でも、カートゥーン・サルーンは本当に見事にやってのけていたことではあるんですが。

今回の『ウルフウォーカー』では、それがですね、たとえばまさに『ヒックとドラゴン』とかね、ああいうのにも通じるような、人間と動物、人間と自然の共存・バディ化っていう要素もありますよね。そういうジャンルとしても非常に楽しめるようになってるし。なによりも「街の子」ロビンと、「森の子」メーヴ。この、対照的に見えて実は本当に通じあってる2人の少女。まあ2人の少女が、いがみ合いながらも……そのいがみ合いが、だんだんだんだん近づいていくようなプロセス。あそこの楽しさ、幸せさ、みたいな。このあたりは本当にぜひ、直接見ていただきたい。

この2人の少女の、まさにシフターフッド物……この番組でもね、シフターフッド特集をやったばかりなんで、非常に皆さん、その言葉が浮かんだあたりかと思います。シフターフッド物として、非常に楽しめる。特にロビン側にとっては、そのメーヴとの交流を通して、さっき言ったような社会の性的抑圧から自ら脱していくことになる……要するに女性の自立成長譚として、しっかりカタルシスがある。それが、子供にもすんなり理解できるし、見られるという、非常に現代にふさわしいエンターテイメントに仕上がってるあたり、やはりさすが三部作最終作、といったあたりじゃないでしょうかね。

■一見カタルシスのあるラスト。しかし見た目ほど甘くはないのでは?
しかも、この女性たちが解放されていく、っていうことが、イコール男性にとっても……ここではその、ロビンの父親ですね。男性にとっても解放に繋がっていくんだ、という、この視線がしっかり入ってるところも、非常に今日的。女性の解放を描く作品の中で、その男性側にとってだって……っていうあたりを描くというのも、本当に、今年扱ったいろんな作品に通じる視点ですよね。非常に今日的で、優れた視点じゃないでしょうか。ただ、「カタルシスがある」と言いましたけども、そのカタルシス、「丸く収まっちゃって甘いんじゃないか?」という意見もありましたけど、僕の解釈ではこれ、見た目ほど甘くないものだ、という風に思っております。

カートゥーン・サルーンのこれまでの作品、実は、どの作品にも共通するテーマがあってですね。それは、「物語の力」っていうことを、いつも言っているわけです。厳しい現実、残酷な現実に対して、人間が尊厳を持って生きていくための、唯一にして最高の手段。それはつまり、ストーリーを語り、そして語り継いでいくこと。物語の力、それはたしかにあるんだよっていうことを、カートゥーン・サルーン作品は、毎回と言っていいぐらい繰り返し語っていて。

特にアニメーションという、要するにある意味全てを、世界を、丸ごと作る……アニメーションっていうのは、全部が作り事なわけですよね。その全てを「作る」ことで初めて世に、この現実に現われる表現だからこそ、現実に対抗する手段としての物語であり、その表現、というこれ(メッセージ)が、非常に力強く説得力を持って響く、という。そんなテーマを毎回カートゥーン・サルーンはやっているし、アニメーションスタジオがそれを言うということの説得力、重み、というものもあるわけですけども。

今回の『ウルフウォーカー』の中にはしかし、一見するとそういう、物語論的なね、そういう話を直接している場所はないわけです。あえて言えば、さっき言った護国卿、悪役側が、その自分に都合のいいストーリーでアイルランドの人々をコントロールしようとしている、という。ある意味「悪の物語」っていうところが出てくる部分はありますけど。これまでの作品と違って、直接的に物語論的なことを言ってるところはないんですけれども。

ただ、よくよく考えてみればですね、あのラストは、もちろんさっきから言っているようにしっかりカタルシスがある、一応のハッピーエンドということになってるわけですけども……これ、よくよく考えてみれば、現実にはですね、我々の世界を見渡してみても、現実には狼は、やっぱり絶滅しかけていっているわけですよね。もうほとんど絶滅に近いような状態になっちゃっていくし、アイルランドの苦難も続いてくし、近代化が世界を覆い尽くしていくわけですよね。

つまり、今回のこのエンディングは、非常にものすごく楽園に行ってめでたしめでたし、ってなりますけど、明らかに絵空事なわけです、このエンディングだけ。そこが重要で、このエンディングを含めた全体が、そのカートゥーン・サルーン作品における物語の力……毎回繰り返し語られてきた物語の力そのもの、現実に対する祈りを、全体に今回は託してるというかね。エンディングも含めて託してる、ということではないかという風に私は解釈いたしました。

■文句のつけようもない。『鬼滅』もいいけど『ウルフウォーカー』もね! 
まあこのへんはね、いろんな見方があってもいいと思いますし、うがった見方という部類かもしれませんけども。

ということで、まとめますけどね。まずはとにかく、日本アニメが培ってきた文法とはまた違った……しかしその日本アニメが培ってきた文法の良ささえも取り入れた、アニメーション表現の新たな可能性が、しかし誰の目にもわかりやすく、面白く感動的な物語と一体化して、展開されていく。特にその、主人公ロビンとメーヴの動きとか表情ひとつひとつの、豊かさ、愛らしさ。あるいはその2人が、直接こうやって動きとして絡む時の、その動きそのものがはらむ楽しさ、ワクワク。それ自体がはらんでいる感動。

なんか一緒にこうやって、わーってやるの、楽しいね! 動くの、楽しいね!っていうこの感じ……これはもう本当に、画面を直接見て味わっていただくしかないわけですけども。そしてその向こう側には、さっきから言ってる現実の歴史と、今に必要な確かな視座、というものもある。ということでですね、何度も言いますけども、文句のつけようもない!ということなんですね。これはね。

今ね、『羅小黒戦記』、そしてこの作品『ウルフウォーカー』、そして今週から公開が始まる『ミッシング・リンク 英国紳士と秘密の相棒』、いろんな、それぞれ全く違う方向から優れた作品が……もう「国際アニメフェア」状態が続いているわけですよね。そのどれもが最上級!という状態になっていて。なので、本当にもう改めて言いますけど、『鬼滅』もいいけど『ウルフウォーカー』もね! ということで。ぜひ劇場でウォッチしてください。

(ガチャ回しパート中略 ~ 来週の課題映画は『ミッシング・リンク 英国紳士と秘密の相棒』です)


以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

 

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