包括的な里親支援を行う「多摩フォスタリング機関」

毎週土曜日「蓮見孝之 まとめて!土曜日」内で放送している「人権トゥデイ」。
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6月5日(土)のテーマは…『包括的な里親支援を行う「多摩フォスタリング機関」』

児童相談所が担っていた里親支援業務を民間委託

親の病気や虐待などといった理由から、親と一緒に暮らすことが出来ない子どもを自らの家庭に迎え入れる「里親制度」。
子どもの養育においては、集団で暮らす児童養護施設などではなく、里親など、家庭的な環境で養育されることが最優先と国が定めています。
今日は、その里親に関する包括的な支援を行う、「フォスタリング機関」について取り上げます。
「フォスター」とは養育する、子供を育てるという意味、「フォスタリング」は子供を育てる里親家庭を支援するといった意味です。

里親になりたいと思った時、その直接の窓口となるのは児童相談所なのですが、フォスタリング機関は、里親制度について普及啓発し、なり手を増やす。
里親と子供のマッチングを支援する、里親家庭の相談に乗るなどサポートに特化した役割です。
従来はこれらも児童相談所の役割なのですが、より質の高い里親養育を実現する上で、民間に委託する動きが徐々に増えています。

私が今回取材したのは、去年10月に東京都内で初めて設置された民間の「多摩フォスタリング機関」です。
多摩児童相談所が所管する多摩市、調布市、府中市、稲城市、狛江市の5市を対象に、支援を行っています。
民間の機関が支援することのメリットについて多摩フォスタリング機関、青木貴志さんのお話です。

多摩フォスタリング機関の青木貴志さん
もちろん児童相談所もこの支援に関わってますけども、子供を委託する立場じゃない我々民間が、里親さんの所に訪問をして、色々相談事を聞く、なかなか色々言いにくいこととかも里親さんによっては使い分けられるといいますか。
そういう所は民間のすごく大きな役割。権限が無いからこそ言えることとか、そういう部分がすごく大きいと思います。

また、公的機関である児童相談所は担当者の異動も多く、里親家庭との信頼関係が築きにくい。
一方民間のフォスタリング機関であれば異動が少なく、里親さんの知った顔の人たちがみんなで支援をできるという所が大きなメリットだと仰ってました

ちなみに青木さんご自身は「里親リクルーター」という肩書。里親のなり手を増やすため、オンラインと現地開催含め週1回のペースで制度説明会を行っています。
実際に説明会に参加した後、児童相談所に手続きをする段階までいったケースもあり成果が出ているということです。

「養育家庭」での短期預かりを求める子供も多い

ただ、今全国では親と一緒に暮らせない子供たちがおよそ4万5000人という中で、里親など家庭的な環境で暮らせている子供は2018年末時点で全国平均20.5%。およそ5人に1人です。これは、単に里親のなり手が少ないということだけではなく、実情とニーズが合っていないということも言えるんです。

多摩フォスタリング機関の青木貴志さん
里親さんになりたい人は小さい頃保護者と暮らせない子を長くずっと育てたいというニーズもある中で、今結構、家庭の引き取りを目的とした措置。
少し離して生活をする、その間に実親の家庭を児相とかがコーディネートしながら自分の家に帰って生活することを目指す子供も少なからずいますので、こういう制度説明会で、そういう子供たちもいる、短期で預かるようなお子さんも実際いるという説明をまずするということを我々としては始めているところですね。


里親には色々な種類があるのですが主には、養子縁組によって実の親子関係になる「養子縁組家庭」と、実の親子関係にはならずに、概ね18歳までの一定期間子供を預かる「養育家庭」があります。
里親のなり手側は、より長く養育できる「養子縁組家庭」を希望する人が多いのですが、子供の側は、実親の状況によって途中で元の家に帰る可能性があり、その間里親の元で育つ「養育家庭」への委託が望ましいとされる子の方が多いんです。

様々な里親のあり方について周知していきたい

今回、実際に養育家庭で里子を受け入れている母親にもお話を聞くことがました。
元々は養子縁組を希望していたものの、そちらの場合は2年待っても子供が来ないといった状況になり、養育家庭で子どもを受け入れ、3歳から今年高校3年生になるまで育て上げ、今後はその子の自立を支援していくということです。
中には、養育家庭として18歳まで育ててから改めて養子として迎え入れるケースもあります。逆に虐待などから逃れて緊急保護された子を一晩二晩預かるという里親のあり方もあります。
「里親」というと長く育てるイメージがあるかもしれないけれど、様々なケースがあることも周知していきたいと多摩フォスタリング機関では、考えています。

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戦後81年でつくっていきたい「新しい戦後」

大竹まことがパーソナリティを務める「大竹まことゴールデンラジオ」(文化放送・月曜日~金曜日11時30分~15時)、10月15日の放送に評論家で近現代史研究者の辻田真佐憲が出演。10月16日に発売となる著書『「戦後」とは何だったのか 未来を変える日本現代史』にちなみ、「戦後」とは何なのか、人々はそれにどう向き合えばいいか、解説を展開した。

大竹まこと「難しそうな本(10月16日発売『「戦後」とは何だったのか 未来を変える日本現代史』)ですけど、そんなことないんですか?」

辻田真佐憲「ないと思います(笑)。昨年が戦後80年ということで『「あの戦争」は何だったのか』という本を出しまして。これが電子を含めて11万部、行った感じで。80年でひと区切りがついて、今年で81年。戦前が77年でした、明治維新から敗戦まで。もう戦後のほうが長いんです。長いほうの戦後は学校の教科書でもそれほど扱っていない、意外と『これ1冊!』みたいな本がなかった。それに合わせて今年は“戦後とは何だったのか”と。タイトルも重ねてきました」

大竹「日本情勢や世界情勢、国会など、すべてが混乱しているように見えます。どの辺から手をつければ、新しい戦後みたいなことに近づいていくんでしょうか」

辻田「時代の切れ目が来ている、というふうに考えるべきでは、と。戦後ってずっとダラダラと続いている、というイメージがあると思うんですね。敗戦のとき、焼け野原になってすべてが失われた。8月になる度に強調されます。でもその結果、あの印象が強すぎて、それ以降に大きな変化がなかった、という印象が強くなった気がする。1945年の8月が悲惨だったことは事実です。ただそれ以降もいろいろな切れ目があったはずだと」

大竹「うん」

辻田「戦後の切れ目は認めたうえで、これまでの平和を、どういうふうに現代に対応させて維持していくか、と考え方を変えていくほうがいいのでは、と。そう思って『新しい戦後』という言い方をしたんですね」

青木理「タモリさんが数年前に『新しい戦前が来るんじゃないか』といったことをおっしゃって。僕も含め多くの人が、なんとなしに頷いたところはある。新しい戦前にしないために、新しい戦後を考察してつくりあげていかなくてはならない、ということでしょうか」

辻田「いまの我々って戦前か戦後かという二者択一になっていると思うんです。戦後を否定すると『戦前に戻ろうとしている』『戦前回帰なんだ』という批判が起こる。当たり前ですけど我々の世界は戦前か戦後かの二者択一ではない。別の選択肢だってあるはずで。たとえば戦後、中国は相対的に経済力も軍事力も弱かった、冷戦構造のもとでアメリカが日本に配慮してくれたなど。いろいろな条件があって戦後の平和や経済平和があったと思う」

大竹「うん」

辻田「でもその条件ってほとんど変わってしまっているわけです。中国は日本の遥かに先を行っています、冷戦も終わっています、と。アメリカは日本に様々な要求をしてくる。時代が変わっていることをまず認める必要があるのでしょう。でもそれは戦前に戻ろう、ということではない。戦後の良い部分がたくさんあったはずです」

大竹「はい」

辻田「変わったいまの環境の中で、どう守っていくのか、育てていくのか、発展させるのか。こういう観点が必要だと思うので、後ろ向きの『新しい戦前』よりも『新しい戦後』を今後、積極的につくっていこう、と。そういうメッセージを、今回の本には込めました」

このあとも「戦後」について辻田が語った。

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