LiLiCoから質問『この先の人生、どう生きたい?』

TBSラジオ『要 潤のMagic Hour』毎週土曜17時から放送中!(4月30日(土)放送分)

どの立場に置かれても、その場でのベストを

LiLiCoさんは、18歳で歌手を目指して単身で来日され、20代はホームレス生活を送りながら下積み生活...
30代で転機が訪れ、映画コメンテーターとして地位を確立!
現在では、女優、歌手、プロレスと、活動の場を広げていらっしゃいます。

要「本当にホームレス生活だったんですか?スウェーデンに帰りたいな、とかは?」

LiLiCo「 当時は演歌歌手だったんですけど、そうですね。まぁ車はあったんで!いいですよ車、忘れ物しないし!みんなに、スウェーデン帰りたくないの?って言われましたけど帰れるお金が無いもん(笑)」

要「そっかぁ...」

LiLiCo「 これ以上の下はないな、と思ったし、試練は立ち向かって乗り越えられる人に与えられるものだろうから、『いつか本に書くものなのかな?』って。どういう立場に置かれていても、その場でのベストを尽くすっていうのは人生での大切なことじゃないかな、と思う。それに、私の人生での最悪は、ホームレス時代じゃないですから!」

近藤「えー!」

LiLiCo「 映画コメンテーターになった時は、どう紹介したらいいかとか精神的に大変だったし...自分が幸せじゃなくても、自分の中からHAPPYを引き出して みなさんに与えられる人間にならなきゃいけない、と思ってましたから」

そんな下積みを経験してきた LiLiCoさんだからこそ、今では多くのオファーが届き、活躍の場を広げられているんだ、と感じるエピソードです。

こだわりのテーブルセッティング!

念願の家に住める生活を始めた頃から、”お金がなくてもおしゃれに住む” を大切にされているLiLiCoさん。
家の中で過ごす時間が多い、スウェーデンならではの発想もあり、インテリアやテーブルセッティングにこだわりをお持ちです。

LiLiCoさんのブログでは、手作りのテーブルクロスや、旦那様のファンのみなさんからいただいたプレゼント包装のリボンなどを使用したテーブル装飾など、鮮やかで美しい食卓の写真を見ることができます。

LiLiCo「 どこか、スウェーデンテイストもあり、SDGsで、おしゃれにしたくって!コロナ禍が始まったら、純烈がツアーできなくなって、毎日一緒にいるから、最初困っちゃって...料理そんなに上手じゃないから」

近藤「本当ですか?! 美味しそうですよ?」

LiLiCo「 いやいや!テーブルセッティングはこだわってたけど、料理はそのものは、そこまで....。自分の好きなものは作れるけど、人に食べされるものはね。で、そこから、料理も勉強しはじめました。主人は子供舌でハンバーグとか好きなので、助かっていますけど(笑)」

旦那さまのお気に入りは、ポトフ!
そんなポトフを、義理のお父様にも振舞ったところ、大好評で何度もおかわりしてもらえた! と、嬉しそうに話してくださいました。

これからの人生、どう考えている?

ここで、33年ほど日本で生活されているLiLiCoさんから、2人へ質問!
『これからの自分の人生、どう考えてる?』

要「僕は器用じゃないので、このまま役者を続けていけたらな、と。役者って、年齢で役も変わってくるので飽きないんですよね。ずーっとオファーがあれば続けられるんで、色んな役をやりたいです」

LiLiCo「要さんって、ずっといるんですよ!これなかなか難しいんですよ。バラエティだと、関根さんみたいな...すごい良いところですよね。”抱かれたい俳優”になりたい!とかは無いんですか?」

要「ないですね(笑)40代になって、そこよりも...って感じていますね。LiLiCoは50代?どういう風にとかはありますか?」

LiLiCo「 今、52歳なんだけど、はやく60歳になりたい!50代はおばさんになりきれてない、というか...声優とかも、やっとこの前おばあちゃん役もらって嬉しくて!これから、全部のおばあちゃん役もらいたい。あと、広いベランダの家に住みたい!!」

広いベランダに憧れを持つようになったのは、40代の頃。
大先輩の家を訪問した際、大きなベランダに感動!
これを目標にして仕事を頑張ろう、と思えたのだとか。

近藤「私は結婚して、いつか親になって、家族を作って暮らしてみたいとずっとずっと思っています。まだ25歳で独身なんですけど(笑)仕事を続けたいという思いも、お休みして家庭を大事にしたいという思いもあって...」

LiLiCo「 健康で命が生まれるっていうの、奇跡だもんねぇ。女性を取り巻く環境に関しては、日本も急ピッチで変わってると思うんですよ。だから、その頃には出産しても良い仕事に戻れるようになってるといいよね」

番組オリジナルTシャツが完成する...かも?!

最後に、LiLiCoさんに『要潤とコラボするなら?』という質問をしてみました!

LiLiCo「要さんは濃いめの顔立ちだし、私も濃いから...絡みまくった、かっこいい、モノクロなスチール写真!布1枚を腰だけに巻いて、”YES!!!”みたいな顔でアートな感じで撮りたい(笑)だってここで!最高の景色もあるんだから!」

近藤「どこかで見たいですね~!番組カレンダーとか?」

要「あはは(笑)レスリー・キーさんに写真撮ってもらって?おしゃれカレンダーいいですね。でもね、布1枚は...自信ないな(笑)」

LiLiCo「10mくらいで、巻き付ければ大丈夫!(笑)要さんは、彫刻みたいなイメージだから、そうしたいなぁ~!あ、番組Tシャツ作る? 場所OKでしょ?私OKでしょ?要さんの番組だから...OKでしょ?」

近藤「すぐにでも完成しそうな勢いですね(笑)」

大盛り上がりのうちにあっという間にお時間!
1ヶ月にわたり、楽しく充実した夕暮れ時をありがとうございました。

OA楽曲
For Once In My Life feat. Erykah Badu / A Common Wonder

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同じ積極財政でも「狙いが違う」。サナエノミクスとアベノミクス

ニュースキャスターの長野智子がパーソナリティを務める「長野智子アップデート」(文化放送・月曜日15時~17時、火~金曜日15時~17時35分)、10月15日の放送にノンフィクション作家の常井健一が出演。高市早苗首相の掲げる経済政策「サナエノミクス」に現在について、城内実大臣へのインタビュー経験も踏まえて解説した。

常井健一「リフレ政策のリフレはリレーションの略で。簡単に言うとデフレから脱却するために金融緩和などによって需要を刺激して物価を適度に上げよう、という政策です。いわゆるリフレ派が主導した安倍晋三政権のアベノミクスでは、日銀による異次元の金融緩和が大きな柱でした。ところが現在、物価高が国民の生活を圧迫しています。日銀も金融政策を変えて金利は上がっている。そんな中、これまで安倍政権の継承を訴えてきた高市早苗政権の閣僚が、相次いでリフレ政策を否定していると」

長野智子「うん」

常井「特に城内実大臣は生前の安倍さんが高市陣営に送り込んだ参謀で。いまや自民党内に150人以上いる積極財政派のラスボスと目されています。実際、安倍さんに近かったリフレ派のブレーンたちを継承して7月の骨太の方針や成長戦略を策定してきた。当然、発言の真意に注目されているわけです」

長野「アメリカのベッセント財務長官が、リフレ生活はもう限界だ、やめるべきだ、と言いました。それに反応しているんですか?」

常井「まさにそれを(東洋経済オンラインの取材で)城内大臣に直撃して。『政権のスタンスはまったく変わっていない』と否定されました。強調していたのがサナエノミクスとアベノミクスの違いです。大きな違いは経済環境にあると。デフレ脱却のために大規模な金融緩和を続けたアベノミクスとは違って、いまは物価も金利も上がっています。政府としては『いつまでも異次元緩和を前提に経済政策を考える時代ではない』と言ってきたんです」

長野「なるほどね。だけどアベノミクスと同じ『積極財政』という言葉を掲げている」

常井「そうなんです。城内さん、『リフレ政策の局面は終わったが責任ある積極財政は続ける』と。アベノミクスは金融緩和によって需要を刺激することが柱でした。だけど今度のサナエノミクスは供給力だ、国内でモノやサービスをつくる力を強化するために官民で投資するんだ、と。同じ積極財政でもサナエノミクスとアベノミクスでは狙いが違う、ということですね。もう1つ、『米中の対立やパンデミックも経済環境を大きく変えた』と言っていて。東洋経済オンラインに掲載した発言を一部、ご紹介します」

長野「はい」

常井「『かつての小泉(純一郎)・竹中(平蔵)時代に象徴されるような新自由主義的な市場原理だけにゆだねる発想では、今日(こんにち)の経済安全保障や巨額の先行投資を必要とする分野に充分は対応できない、という現実がある』と。日本企業はひと昔前にコスト重視で、海外に製造拠点を移しましたね。あれが現在は地政学的に大きなリスクになっている、と指摘した。城内さんは『市場原理だけに任せる時代は終わった』と言い切っていて」

長野「ほう」

常井「こうした考え方は反・小泉という、大臣自身の独特な政治人生や色濃く反映されているな、という印象を持ちましたね。いまから21年前です。2005年の郵政選挙で当時、城内さんは1年生議員でした。郵政民営化に反対して、自民党の公認を得られず。無所属で戦った。そのとき小泉首相が送り込んだ刺客が、当時、財務官僚だった片山さつきさんですね」

長野「そうだったか」

常井「城内さん、片山さんに748票差で負ける。それから4年間、リュックサック1つで天竜川を上流から下流にくだるように選挙区をくまなく歩いた。今度は片山さんに7万票差で勝った。片山さんは静岡から追い出されて、参議院の全国比例に鞍替えしたんです」

放送では城内大臣と片山大臣の因縁、サナエノミクスのさらなる詳細などについても常井が語った。

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