保育園、待機順200番目… 保活の現実

TBSラジオ Podcast番組「ベビーのいる生活~迷える子育て応援Podcast~」毎週月曜午前10時配信!

今回は保育園に入るための「保活」の話です。。しっかり準備をして希望の園に入れた人、人気園は最初から諦めて独自の保活をした人、大変だとは知らずに余裕だと思ったら大変だった人…様々な経験談が集まりました。

司会:川島葵/バナナ(1歳児のパパ)/モモ(5歳児と1歳児のママ)/スイカ(1歳児のママ)

川島:保活の印象いかがでしたか?

モモ:1番大変だったのは、夫との保活に対する危機感に差があったことです。「こんなに入れないんだよ!」「こういうとこチェックしなきゃだよ!」というのを共有するのと、温度感を合わせるのが大変で、私だけ一生懸命。パパも一生懸命になってよ!と思いました。

川島:どんな温度差が?

モモ:パパは「こんなにあるんだから入れるでしょ、大丈夫でしょ」と。私は先輩たちからそうじゃないと聞いていたので、危機感はあって。それを共有するのが大変でした。

川島:スイカさんはどうでしたか?

スイカ:本当に自分が浅はかだったなと思って…。モモさんの旦那さんみたいに、「大丈夫でしょ」と思っていました。先輩たちの話も聞こうとせず、事務的に、時期になったら役所に行って書類をもらって…。入れないとわかったときに「ガーン!」と。今思うともっと頑張っておけば良かったなと反省しかないです。

で、実際どうなった?

バナナ:僕はかなり厳密にやりました。まず1年前の書類を集めて、どんなものが必要なのかを最初に知っておいて。うちの近くで歩ける距離だとどんな保育園があるんだろというのを把握してリスト化して、ネットの口コミとかも並べて行って…

スイカ:作って欲しかったー!

バナナ:仕事化することで、きちんと論理的にクリアできると思って。自分たちが本当に行きたい園はどういうところなんだろうねというのを把握するためにもちゃんとやろうとなりましたね。

川島:それだけやってたら希望の園にすんなり入れました?

バナナ:0歳児クラスの希望のところに入れました。でも、区によってポイントがあるんですよ。何ポイント以上だと受かりました、以下だと落ちましたというのが発表されてるんですけど、希望の園に入れるポイントに届くために、まずは最速で職場に復帰しようというのをやりました。

川島:ほー!逆算して!

バナナ:それで、本命の園に応募する前に、事前に認可外の他の園に預けて、半年間ぐらい通って。そうするとポイントが加算されるんです。確実に通るでしょ!というラインに到達してから本番に挑むということをやりました。

川島:すごいですねー!!!そしたら希望の園に入れたという…。

バナナ:近くて希望の園に入れたので、良かったねーと!

川島:スイカさんどうでした?

スイカ:会社には、休んで1年目のところで復帰する姿勢を見せないといけなくて。でも、正直そこで復帰するつもりはなかったので…

川島:育休を伸ばそうと。

スイカ:そうです、その時点で引越しが決まっていたので、前に住んでいた区では、保活をしている姿勢を見せるために、落ちる前提で、人気の高い園を数個だけ希望出して。見学には行って「年度途中ってどうですかね?」と確認して、「今(空きが)ないですね」と言われ、「そうですよねー」と引き下がって…

川島:年度途中って、入りたい人がいっぱいいる場合は4月の時点でもういっぱいになってしまっているので、年度途中を希望したとしても、そこからはなかなか入れないということですよね?

スイカ:そうですね、うちの子が10月生まれだったので、10月まで空いてるというところはなかなか少ないというのも理解していなくて。年度途中の6月で仕事復帰したという話も聞いていたので、「あ、年度途中でも保育園に入れて、復帰できるんだな~」と思ったら、もちろん早い順に埋まっていくに決まってまして、10月なんて埋まってしまっている。

川島:情報収集は、いつからしていたんですか?

スイカ:1歳児クラスで4月に入園したいなと思っていて。年末に引越して、それからです。1次募集は12月上旬までで、ギリギリ間に合うタイミングでした。

川島:1歳児クラスってすごい人気ですよね。

スイカ:それも理解してなかったんですよね…。 引越し先で1番近くにある保育園の空きを確認したら、空きがあったんです。「あ、空いてるんだ~」「じゃぁここに入るぞ!」と思って。でも、空きは、0歳児クラスを見てしまっていたんです…。入れると思ったので、他に足を伸ばした園もないし、教育方針とかも考えてなくてですね…。

やっと届いた結果は「保留通知」

川島 :一次募集間に合って、その後どうなりましたか?

スイカ:7園申し込めて、私は5園しか申し込まなかったんですよ。そこも舐めていたと思うんですけど(笑)。受付の人に「良いんですか?2つ空けてて」って言われたぐらいなんですけど、「いいです!」と言って出して。で、やっと結果が届いたと思ったら「保留」となって。「え!保留なんてことがあるのか!」とそこで初めて色んなことを後悔しました。あと2園書いておけばどこか入れたかもしれないとか。しょうがないんですけど…区の保活コンシェルジュというのがあるので、そこに連絡したり、不服のある方はこちらにご連絡くださいみたいなことが書いてあって、「あ、私は不服だ!」と思って連絡をして、待機児童というのはどのくらいいるんですか?私は何番目ですか?と聞いたら、「100何番目です」と言われて。200番に近い数字でした。

川島:200人待ち…

スイカ:えーーっ!と。同時に空きがある園のお知らせも通知に入っていたんですが、遠い園で空き2人とか。合計しても全部で40人ぐらいの空きしかなくて、200番近い順番なのにどうするの!?と。でも「とにかく二次を出してください」と言われて。色々調べる中で「保育ママさん」という存在を知りました。認可と同じ扱いで区で受付をしてるんですけど、小規模保育室みたいな感じで、近所にあったので藁にもすがる思いで電話をかけたら、「どうぞ見学に来てください」と。「書いてくれたら100%入れるよ」と言われて、優しそうだし、4人定員で楽しそうにやっていました。夫に相談したら、入れる可能性の少ないところに申請するよりも、相性がいいと思ったなら「保育ママさん」でもいいのでは?となって、第一希望で出して、そしたら当選して、今通ってます。

川島:資格がある方で、定員が決まってるということですか?

スイカ:そうです、4人定員で、元々同じ年の子が1人いて、新規で申し込んだのが私だけだったので、2人だけで、ママさんの他に補助員の方がいたので、実質マンツーマンでした。すごい手厚いです。 でも3歳の3月までしか居られないので、もう一度保活をします。

認可保育園は最初から諦めて…

川島:モモさんはどうでした?

モモ:私は、子どもを産むと決めた時点で、美容師という職業の営業時間と、自分の生活スタイルを考えて、第一子を産んだらフリーランスに変えようと決めていました。それで、普通の認可保育園に入れると思ったのですが、役所に行って、点数制だと初めて知って。夫の勤め先は満点あって、私の働いてる時間だと3点ぐらい足りない。役所のスタッフも「これは…申請するだけ無駄かもしれない」と。人気の園に入りたいと思っても、土俵にも登れないんだと知りました。

川島:両親フルタイムの会社員が多い中で、モモさんの働き方だと、点数が低くなってしまうと。それでどうしたんですか?

モモ:11月に申し込みをするのですが、夏ぐらいにこれはダメだと思って、認可園を諦めました。認証保育所、無認可保育園、企業主導型というのに絞って見学に行って、先輩方の話を聞いて。そこの選考基準って、区を通さず、対“園”での面接だったり書類を出したりということが基準になる。だからいかに印象付けるかが大切だと思ったので、「ここに入りたいんです」という気持ちを伝えるために足を運びました。「私は認可保育園受けません !ここに絶対に入りたい !」ということを伝えて、10月に連絡を入れて、1ヶ月後ぐらいに「では4月からお願いします!」と言われて、安心しました。

モモ:そういう経験もあって、すごい大変だなと思ったので、下の子は生まれる前からここだと思ったところに出向いて「私はここが良い!」ということを言って、その保育園も、私が行った時点では満員だったんですけど、空いたら連絡をしますと言われて、待機している中の1番最初にしてもらって、とにかく熱意で勝負しました。「園の方針にも私は寄り添います!」とアピールした結果、(兄弟2人の)2つとも内定をもらったので、認可園受けたことないんですよね。

川島:私の場合は最初希望したところには入れなくて、でも区が待機児童用の保育室というのを準備してくれていて、そこに入ると、この人は待機しているということを知ってもらって、ポイントが加算されていって、希望した園に入れたので、下の子に関してはその流れで行こう!と思い、次の4月にはなんとか希望する園に入れたのですが、みなさん決まる前にクタクタになりますよね…(泣)

「待機児童ゼロ」なんてキャッチフレーズをよく聞きますが、すんなり希望の園に入れるのかというと、全く別の話。みなさんそれぞれの苦労がありました。

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同じ積極財政でも「狙いが違う」。サナエノミクスとアベノミクス

ニュースキャスターの長野智子がパーソナリティを務める「長野智子アップデート」(文化放送・月曜日15時~17時、火~金曜日15時~17時35分)、10月15日の放送にノンフィクション作家の常井健一が出演。高市早苗首相の掲げる経済政策「サナエノミクス」に現在について、城内実大臣へのインタビュー経験も踏まえて解説した。

常井健一「リフレ政策のリフレはリレーションの略で。簡単に言うとデフレから脱却するために金融緩和などによって需要を刺激して物価を適度に上げよう、という政策です。いわゆるリフレ派が主導した安倍晋三政権のアベノミクスでは、日銀による異次元の金融緩和が大きな柱でした。ところが現在、物価高が国民の生活を圧迫しています。日銀も金融政策を変えて金利は上がっている。そんな中、これまで安倍政権の継承を訴えてきた高市早苗政権の閣僚が、相次いでリフレ政策を否定していると」

長野智子「うん」

常井「特に城内実大臣は生前の安倍さんが高市陣営に送り込んだ参謀で。いまや自民党内に150人以上いる積極財政派のラスボスと目されています。実際、安倍さんに近かったリフレ派のブレーンたちを継承して7月の骨太の方針や成長戦略を策定してきた。当然、発言の真意に注目されているわけです」

長野「アメリカのベッセント財務長官が、リフレ生活はもう限界だ、やめるべきだ、と言いました。それに反応しているんですか?」

常井「まさにそれを(東洋経済オンラインの取材で)城内大臣に直撃して。『政権のスタンスはまったく変わっていない』と否定されました。強調していたのがサナエノミクスとアベノミクスの違いです。大きな違いは経済環境にあると。デフレ脱却のために大規模な金融緩和を続けたアベノミクスとは違って、いまは物価も金利も上がっています。政府としては『いつまでも異次元緩和を前提に経済政策を考える時代ではない』と言ってきたんです」

長野「なるほどね。だけどアベノミクスと同じ『積極財政』という言葉を掲げている」

常井「そうなんです。城内さん、『リフレ政策の局面は終わったが責任ある積極財政は続ける』と。アベノミクスは金融緩和によって需要を刺激することが柱でした。だけど今度のサナエノミクスは供給力だ、国内でモノやサービスをつくる力を強化するために官民で投資するんだ、と。同じ積極財政でもサナエノミクスとアベノミクスでは狙いが違う、ということですね。もう1つ、『米中の対立やパンデミックも経済環境を大きく変えた』と言っていて。東洋経済オンラインに掲載した発言を一部、ご紹介します」

長野「はい」

常井「『かつての小泉(純一郎)・竹中(平蔵)時代に象徴されるような新自由主義的な市場原理だけにゆだねる発想では、今日(こんにち)の経済安全保障や巨額の先行投資を必要とする分野に充分は対応できない、という現実がある』と。日本企業はひと昔前にコスト重視で、海外に製造拠点を移しましたね。あれが現在は地政学的に大きなリスクになっている、と指摘した。城内さんは『市場原理だけに任せる時代は終わった』と言い切っていて」

長野「ほう」

常井「こうした考え方は反・小泉という、大臣自身の独特な政治人生や色濃く反映されているな、という印象を持ちましたね。いまから21年前です。2005年の郵政選挙で当時、城内さんは1年生議員でした。郵政民営化に反対して、自民党の公認を得られず。無所属で戦った。そのとき小泉首相が送り込んだ刺客が、当時、財務官僚だった片山さつきさんですね」

長野「そうだったか」

常井「城内さん、片山さんに748票差で負ける。それから4年間、リュックサック1つで天竜川を上流から下流にくだるように選挙区をくまなく歩いた。今度は片山さんに7万票差で勝った。片山さんは静岡から追い出されて、参議院の全国比例に鞍替えしたんです」

放送では城内大臣と片山大臣の因縁、サナエノミクスのさらなる詳細などについても常井が語った。

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