作曲家・服部良一の世界に迫る『原光隆の歌謡曲主義』
東海ラジオ『原光隆の歌謡曲主義』(日17:00~19:00)では「昭和のうたびと」と題して、歌謡曲の作詞家・作曲家にスポットを当てた特集(18:00~18:40)を放送している。番組では8月15日・22日と2週に渡って作曲家・服部良一を取り上げる。
服部良一は、1907年(明治40年)大阪生まれ。1993年(平成5年)に85歳で亡くなった。生涯で手掛けた曲は約3,000曲。戦前・戦後を通じて、数多くのヒット曲を世に送り出した。また、日本レコード大賞の制定、東京音楽祭の開催にも尽力し、国民栄誉賞を受賞している。
紹介する曲は、高峰秀子「銀座カンカン娘」二葉あき子「恋のアマリリス」霧島昇「胸の振り子」淡谷のり子「別れのブルース」笠木シヅ子「東京ブギウギ」渡辺はま子「蘇州夜曲」高峰三枝子「湖畔の宿」藤山一郎・奈良光枝「青い山脈」など。
働いて家計を助けながら夜学に通った少年・青年時代、音楽の道へのきっかけとなった少年音楽隊への入隊、ジャズの演奏活動、バンドマンとしての生活、戦時中の体験、作曲家としての実績など、その履歴も紹介する。
後半の22日の放送では、アメリカでの演奏活動や、作家生活の後半で力を注いだ交響曲のことなどについても触れる。そして、28日の放送でも、ブルースやブギの代表曲を紹介するが、そのほか、童謡の代表曲も紹介の予定。
※該当回の聴取期間は終了しました。
戦後81年でつくっていきたい「新しい戦後」
大竹まことがパーソナリティを務める「大竹まことゴールデンラジオ」(文化放送・月曜日~金曜日11時30分~15時)、10月15日の放送に評論家で近現代史研究者の辻田真佐憲が出演。10月16日に発売となる著書『「戦後」とは何だったのか 未来を変える日本現代史』にちなみ、「戦後」とは何なのか、人々はそれにどう向き合えばいいか、解説を展開した。
大竹まこと「難しそうな本(10月16日発売『「戦後」とは何だったのか 未来を変える日本現代史』)ですけど、そんなことないんですか?」
辻田真佐憲「ないと思います(笑)。昨年が戦後80年ということで『「あの戦争」は何だったのか』という本を出しまして。これが電子を含めて11万部、行った感じで。80年でひと区切りがついて、今年で81年。戦前が77年でした、明治維新から敗戦まで。もう戦後のほうが長いんです。長いほうの戦後は学校の教科書でもそれほど扱っていない、意外と『これ1冊!』みたいな本がなかった。それに合わせて今年は“戦後とは何だったのか”と。タイトルも重ねてきました」
大竹「日本情勢や世界情勢、国会など、すべてが混乱しているように見えます。どの辺から手をつければ、新しい戦後みたいなことに近づいていくんでしょうか」
辻田「時代の切れ目が来ている、というふうに考えるべきでは、と。戦後ってずっとダラダラと続いている、というイメージがあると思うんですね。敗戦のとき、焼け野原になってすべてが失われた。8月になる度に強調されます。でもその結果、あの印象が強すぎて、それ以降に大きな変化がなかった、という印象が強くなった気がする。1945年の8月が悲惨だったことは事実です。ただそれ以降もいろいろな切れ目があったはずだと」
大竹「うん」
辻田「戦後の切れ目は認めたうえで、これまでの平和を、どういうふうに現代に対応させて維持していくか、と考え方を変えていくほうがいいのでは、と。そう思って『新しい戦後』という言い方をしたんですね」
青木理「タモリさんが数年前に『新しい戦前が来るんじゃないか』といったことをおっしゃって。僕も含め多くの人が、なんとなしに頷いたところはある。新しい戦前にしないために、新しい戦後を考察してつくりあげていかなくてはならない、ということでしょうか」
辻田「いまの我々って戦前か戦後かという二者択一になっていると思うんです。戦後を否定すると『戦前に戻ろうとしている』『戦前回帰なんだ』という批判が起こる。当たり前ですけど我々の世界は戦前か戦後かの二者択一ではない。別の選択肢だってあるはずで。たとえば戦後、中国は相対的に経済力も軍事力も弱かった、冷戦構造のもとでアメリカが日本に配慮してくれたなど。いろいろな条件があって戦後の平和や経済平和があったと思う」
大竹「うん」
辻田「でもその条件ってほとんど変わってしまっているわけです。中国は日本の遥かに先を行っています、冷戦も終わっています、と。アメリカは日本に様々な要求をしてくる。時代が変わっていることをまず認める必要があるのでしょう。でもそれは戦前に戻ろう、ということではない。戦後の良い部分がたくさんあったはずです」
大竹「はい」
辻田「変わったいまの環境の中で、どう守っていくのか、育てていくのか、発展させるのか。こういう観点が必要だと思うので、後ろ向きの『新しい戦前』よりも『新しい戦後』を今後、積極的につくっていこう、と。そういうメッセージを、今回の本には込めました」
このあとも「戦後」について辻田が語った。