DJ KOO「しゃーない、やるか」大病を経て感じたマイペースな生き方

DJ KOO

高島麻衣子がDJをつとめるFMヨコハマ『プラする〜あなたにプラスするラジオ〜』(日曜日5:30~6:00)。11月27日(日)、12月4日(日)放送では、2週にわたってTRFのDJ KOOさんがゲストで登場する。

「小室哲哉さんのおしかけ弟子のような感じ」

DJ KOOさん曰く、「僕は小室哲哉さんのおしかけ弟子のような感じ。初めて小室さんに会ったときには未来の科学者がここにいる!と大きな衝撃を受けて小室さん、、、僕、明日もスタジオにきていいですか?といったら、(小室さんのモノマネで)“いいよ”って言ってくれたんで、毎日通い続けました。」

その後、小室さんのそばで様々なことを学びTRFでの活動するまでに至ったそう。

TRFといえば、90年代ミュージックシーンの象徴的存在。J-POP全盛、CDが売れに売れた音楽バブルの中、94年の「survaival  dAnce~no no cry more~」が初のシングルチャート1位となったあたりから生活が変わって、値段を見ずに買い物ができるように。海外のブランド店で「ここからここまでください」という買い方をしたという夢のようなお話も。ライバルも多く、その中でいかにCMタイアップやチャートの上位を勝ち取るかで目まぐるしかったとその時代を振り返る。

「無理なことは書いてないです、DJ KOOですから(笑)」

そんなDJ KOOさんが今年の夏に初のビジネス実用書となる『DJ KOO流 心・体・脳の整え方』を出版。そのきっかけとなったのは、5年前の大病。毎日が楽しければいいと寝る前にプリンやポテチ、ピザを食べるような生活をしていたというDJ KOOさん。TV番組の人間ドックを受ける企画で、脳の大動脈に瘤ができる動脈瘤と診断され、6時間半にも及ぶ緊急手術。その治療の中で気づかされたこと、病気のおかげで得られたものも多かったと彼らしい明るい言葉で語ってくれた。

DJ KOO:「病気をしてから、自分がリハビリしながら、こういうことがあったなとかこういう風にしていけばいいのかなとメモしたことをまとめて、(読んだ人が)少しでもなんか気持ちが明るくなり、切り替えのルーティンを作ってもらえればと思って書かせていただきました。」

高島麻衣子:「マインドメンタル、健康、食事、あと人間関係のコツ、仕事、チーム、趣味とかいろいろあるんですけど、明日からこれできるかも!みたいな、今、KOOさんとお話しているように言われてる言葉がたくさんあったり、、、」

DJ KOO:「無理なことは書いてないです、DJ KOOですから(笑)。頑張ってと背中を押すよりもほっこりするような、例えば、大変な時は無理!って言っちゃってくださいっていう。無理!って言った後にまあしゃーない!やるかって、そんな感じです。」

突如襲われた大病の経験から生まれた言葉たち、 それを明るい口調で語りかけてくれるような『DJ KOO流 心・体・脳の整え方』。 同世代の人にはもちろん、若い人たちにも「なるほど!」な話が満載だ。 家族に一番見せたくなかったつらい姿を見せたからこそ深まった絆、 DJ KOOさんのこれからについて、ポジティブマインドにあふれたトークはradikoでチェック!

プラする~あなたにプラスするラジオ~
放送局:FMヨコハマ
放送日時:毎週日曜 5時30分~6時00分
出演者:高島 麻衣子
番組ホームページ

出演番組をラジコで聴く

※該当回の聴取期間は終了しました。

プラする~あなたにプラスするラジオ~
放送局:FMヨコハマ
放送日時:毎週日曜 5時30分~6時00分
出演者:高島 麻衣子
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イラン問題から探る、シーア派とスンニ派の違い

ニュースキャスターの長野智子がパーソナリティを務める「長野智子アップデート」(文化放送・月曜日15時~17時、火~金曜日15時~17時35分)、3月11日の放送に毎日新聞論説委員でノンフィクション作家の小倉孝保が出演した。イランの新最高指導者モジタバ・ハメネイ師がイスラム教シーア派の聖地・マシャドで生まれであることに関連し、イラン問題、シーア派とスンニ派の違いを語った。

鈴木敏夫(文化放送解説委員)「イランの最高指導者を選出する権限を持つ『専門家会議』は、殺害されたハメネイ氏の後継に、その次男であるモジタバ師を選出した、と発表しました。イラン革命防衛隊もモジタバ師への忠誠を表明しています。そのモジタバ師、シーア派の聖地であるマシャドという街で生まれた、という情報も伝わっています」

長野智子「シーア派について改めて教えてください」

小倉孝保「僕は2000年から2005年までカイロを拠点に、モロッコからイランまでカバーして。イランは大きな国で、およそ5年弱の間に10回ぐらいは取材し、長期滞在していました。エジプトはスンニ派の国なんです。イスラム教徒が多いけど、シーア派の人はほぼいないと思います。でもイランに出張すると8割がたシーア派の人たちです。スンニ派とシーア派の人たちって、同じイスラム教なのにこんなに違うのか、と感じさせられます」

鈴木「どういう点で?」

小倉「なぜシーア派とスンニ派がいるのか、ということから言うと、預言者ムハンマドがイスラムをつくって、亡くなったあとに後継者争いになる。ムハンマドの教義をよく理解した人間で、あとを継いでいこう、と考えたのがスンニ派。これがいまの世界の多数派です。シーア派はどういう人かというと、ムハンマドの家族、血を重視して、その血を継いでいく考え方を重視した人たち」

長野「はい」

小倉「ムハンマドの娘婿でいとこでもあるアリという人が中心となって、その人の子どもたちや子供のきょうだいなどで継いでいったものがシーア派なんです。一方でスンニ派が血は関係ない、ムハンマドの考えをいかに理解しているか、ということを重視して。自分たちが後継者だ、と。いまスンニ派、シーア派と呼ばれている人たちの跡目争いが対立を生んだ」

長野「はい」

小倉「そこで7世紀初めぐらいからだと思うけど、かなりの戦争状態になる。イランを見るとき『あれ、イラン人ってこういうマインドがあるんだ』と思わされた出来事がいくつかあって。カルバラ、というシーア派の聖地がイラクにある。カルバラで、ムハンマドの後継者とされていたアリの息子、フサインの軍がウマイヤ朝、いまのスンニ派につながる朝の軍とぶつかって虐殺されるんです」

長野「フサインさんがね」

小倉「フサインのぶつかった場所、遺体の埋められている場所がカルバラで。シーア派の人にとっては非常に思い入れのある、聖地になっているんです。簡単に虐殺というけど、フサインは(軍に)70人ぐらいしかいなかった。それで4000人の軍に挑んで、女性と子供以外は全員、殺されたといわれています。フサインは体をいったんダマスカスに送られて。殺された、というのを確認してカルバラに戻されて、埋葬されたといわれます」

長野「うん……」

小倉「カルバラの悲劇、カルバラの戦いといわれます。西暦680年のことですが、いまもいろいろなところでイラン人がこの話をするんです。するというのは、雑談ではなく、モスクに行ったときのモスクのイスラムの聖職者(法学者)たちが、この話をもう日本人でいえば『平家物語』ってこうだったのかな、というぐらい滔々と上手に物語にしていく。そこで聴いている人が、ものすごく真剣なわけです」

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