ラジまるがいく!『radiko15周年記念ポッドキャスト 太田光と15人のしゃべり手』収録現場レポート【ゲスト:クリス・ペプラー】

radiko公式キャラクター「ラジまる」の連載企画「ラジまるがいく!」の第2回目!この企画では、radiko15周年記念ポッドキャスト番組『太田光と15人のしゃべり手』の収録現場のレポートなどを行っていきます。

第2回目のPodcast収録現場に突撃!

こんにちは、ラジまるです。
きょうも、太田さんのポッドキャストのしゅうろくを見にいくよ。

外のけしきがきれいだね。みんな、ぼくがどこのラジオ局にいるかわかるかな?

せいかいは、J-WAVEだよ。
すごくきれいなオフィスで、そわそわしちゃった。

きょうのゲストは、クリス・ペプラーさんだよ。

スタジオにとうちゃく。
きざいが、すごくかっこよかったよ。

ちょっと、ぼくにはマイクのいちが、高いかも。

あ、太田さんとクリスさんがきたよ。そろそろしゅうろくがはじまるみたい。

太田さんとクリスさんはデビューしたのが、1988年でいっしょなんだって。
クリスさんはJ-WAVEの開局といっしょにデビューしたんだよ。もともとは、海外むけの広告をつくっていて、宣伝ビデオのナレーションをやってたことが、さいしょのきっかけなんだって。クリスさん、声かっこいいもんね。

太田さんは、ビートたけしさんの『オールナイトニッポン』にあこがれて、「ラジオをやりたいな」って思ったみたい。クリスさんが子どものころにきいていたラジオは、英語のラジオ局のFENなんだって。

クリスさんはおかあさんが日本人で、おとうさんがアメリカ人で、日本語も英語も上手だからすごいよね。太田さんはおかあさんがイタリア人で、おとうさんがアメリカ人って言ってるけど……あ、うそだったみたい。

クリスさんはトム・クルーズさんとカラオケにいったことがあるんだって。びっくりして、ぼく、目が点になっちゃった。
太田さんも「笑っていいとも!」でトム・クルーズさんに会ったことがあるみたい。お客さん全員とも、あくしゅしてくれたんだって。やさしいね。

ハリウッドスターにも、たくさん会っておはなししてるクリスさん、すごいなあ。
ぼくも、英語べんきょうしてみようかな。

いっしょに、しゃしんもとってもらったよ。

きちょうなお話がたくさんきけて、楽しかったよ。
かっこいいオブジェがあったから、さいごにきねんしゃしん。

よかったら、みんなのかんそうもきかせてね。

番組概要

『radiko15周年記念ポッドキャスト 太田光と15人のしゃべり手』

太田光が15人の人気パーソナリティと“ラジオ”を語り尽くす特別対談シリーズ。
radiko15周年を記念して、爆笑問題・太田光が人気パーソナリティ15人を迎え、“ラジオ”をテーマに深掘りしていくスペシャル対談シリーズ。ラジオを愛するすべての人に届ける、radiko15周年ならではのプレミアムポッドキャストです。

太田光と15人のしゃべり手

※放送情報は変更となる場合があります。

出演者の番組情報

TBSラジオ『JUNK 爆笑問題カーボーイ』

1997年4月からTBSラジオで放送されている爆笑問題の冠ラジオ番組。
番組でのフリートークは、1週間で気になったニュースや仕事の裏話はもちろん、プライベートなど幅広いテーマで展開。多忙を極める中、radikoで全国各地のラジオ番組をくまなくチェックする太田さんのラジオ愛、学生時代の自主制作ラジオ番組「ウーチャカ大放送」に始まり、かつてはディスクジョッキーを目指していた田中さんの計算された曲紹介も聴きどころです。

JUNK 爆笑問題カーボーイ
放送局:TBSラジオ
放送日時:毎週火曜 25時00分~27時00分
番組ホームページ
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※放送情報は変更となる場合があります。

TBSラジオ『爆笑問題の日曜サンデー』

2008年4月から放送されている、日曜午後4時間の生ワイド番組。爆笑問題は、当番組の直前まで『サンデージャポン』(TBS系)に生出演しているため、この番組でも『サンデージャポン』に関連したニュースコーナーを番組開始当初から行っています。
15時台後半の競馬コーナー「田中裕二のサンデー競馬小僧」では、爆笑問題とアシスタントの計3人がその日のメインレースを一点買いで予想。3人の個性が出た競馬予想と合わせてレースが楽しめます。

爆笑問題の日曜サンデー
放送局:TBSラジオ
放送日時:毎週日曜 13時00分~16時00分
番組ホームページ
公式X

出演番組をラジコで聴く

※放送情報は変更となる場合があります。

爆笑問題がパーソナリティを務めるラジオ番組

J-WAVE『MIDDAY LOUNGE』

グローバルなルーツを持つ、国際色豊かなナビゲーターたちが「新しい自分、新しい世界と出会う旅」へと誘う3時間。
クリス・ペプラーさんは水曜日のナビゲーターを担当しています。
午後の時間帯、リラックスしながらゆったりとした時間の流れの中で、1日の活力を充電し「未来への好奇心」と「未知への期待」のアンテナを一緒に研ぎ澄ませる番組です。

MIDDAY LOUNGE
放送局:J-WAVE
放送日時:毎週月曜~木曜 13時30分~16時30分
出演者:【ナビゲーター】(月)ハリー杉山、(火)市川紗椰、(水)クリス・ペプラー、(木)ジョン・カビラ
番組ホームページ
公式X

※放送情報は変更となる場合があります。

J-WAVE『SAPPORO BEER OTOAJITO』

クリス・ペプラーさんが音楽を聴く隠れ家にゲストを迎えて、黒ラベルを飲みながら、大人の音楽談議を繰り広げる番組です。
番組は2009年4月からスタートし、これまでにさまざまなゲストとのトークをお届けしています。

SAPPORO BEER OTOAJITO
放送局:J-WAVE
放送日時:毎週土曜 18時00分~18時54分
出演者:クリス・ペプラー
番組ホームページ
公式X

※放送情報は変更となる場合があります。

J-WAVE『SAISON CARD TOKIO HOT 100』

世界のミュージックシーンからJ-WAVEが厳選する東京ヒット100曲をクリス・ペプラーさんが、4時間でカウントダウンする番組です。
ゲストを迎えてのトークや、世界のエンタメNEWSに突っ込む「週刊クリスペーパー」のコーナーなどもお送りしています。

SAISON CARD TOKIO HOT 100
放送局:J-WAVE
放送日時:毎週日曜 13時00分~16時54分
出演者:クリス・ペプラー
番組ホームページ
公式X

※放送情報は変更となる場合があります。

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戦争を知らない世代へ平和の尊さを説く─東京大空襲を生き延びた女性が語る空襲体験

戦後81年が経ち、太平洋戦争を体験した方は、本当に少なくなりました。当時、空襲を体験した小学生たちも、いまや90歳前後です。今回は、戦争の悲惨さ、平和の尊さを語り継ぐ「空襲体験者」のお話です。

東京大空襲の写真を解説する二瓶治代さん

それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。

B29による空襲は、昭和19年6月16日、北九州・八幡製鉄所から始まり、翌年の終戦まで、全国200以上の都市で続きました。中でも、昭和20年3月10日の東京大空襲は、およそ300機のB29から32万発ともいわれる焼夷弾が投下され、下町一帯は火の海に……わずか2時間半の空襲で、およそ10万人もの命が奪われ、「世界史上最大の空襲」ともいわれています。この東京大空襲の惨状を今に伝えているのが、東京都江東区北砂にある「東京大空襲・戦災資料センター」です。

江東区北砂一丁目にある「東京大空襲・戦災資料センター」

もともとは、東京都が「平和祈念館」の建設を進めていました。ところが、財政難から計画は凍結されてしまいます。「それではいけない」と、民間による建設の動きが始まり、4000名を超える人たちから、1億円を超える募金が寄せられました。そして2002年、民立民営の平和博物館、「東京大空襲・戦災資料センター」が開館しました。

焼夷弾のレプリカ。その構造や威力もわかりやすく展示

館内では、空襲の悲惨さを伝える写真や映像、絵画、地図、焼夷弾などが展示され、講演会やシンポジウム、特別展などが行われています。開館当時は、20人ほどの「空襲体験者」が戦争の悲惨さを伝えていました。しかし今、その数は少なくなりました。その中の一人が、二瓶治代さんです。二瓶さんの空襲体験の一部をご紹介します。

~・~・~・~

昭和20年3月10日、私は8歳で、家は亀戸駅の近くにありました。その夜、父が「今夜はいつもと違う、起きろ!」と叫んだので、私は飛び起きました。外に出ると、砂町方面が真っ赤に見えました。家族で防空壕に避難しましたが、やがて人々の叫び声が聞こえてきました。父が「ここにいたら、蒸し焼きになるぞ。防空壕から出ろ!」と言いました。私たちは線路の土手に登りました。そこから見た下町一帯は火の海でした。

燃え盛る炎がゴーッと音を立てて家々をのみ込み、人々は燃えながら走っていました。背中に背負った赤ん坊が燃え、手を引かれた子どもが燃え、転んだ子どもは、その場で火の塊になって燃え尽きていきました。やがて、土手にも火が迫ってきたので、私たちは炎が渦巻く火の海の中を、亀戸駅方面へ逃げました。その途中、被っていた防空頭巾が燃え出し、「頭巾をとれ!」と父が叫び、私はあわてて紐を解こうとしました。その時、父とつないでいた手が離れ、強い風に煽られ、私は炎の中に吹き飛ばされてしまったのです。

気がつくと、家族とはぐれて、一人で逃げ回りました。うずくまっている人が、緑色の炎をあげて燃えているのを見ました。馬が燃えながら走っているのを見ました。どこからか、「こんなことで死んでたまるか。みんな生きるんだ!」と叫ぶ男の人の声を聞きました。

私は動けず、その場にうずくまっていると、意識が遠のいていきました。明け方、私は重なり合った人たちの一番下から、父に引きずり出されました。私の上に重なっていた人たちは、真っ黒な炭になって亡くなっていました。この日、私は、生きたまま焼き殺された多くの死者たちに、命を助けていただいたのだと思っています。

~・~・~・~

二瓶さんが「東京大空襲・戦災資料センター」を初めて訪れたのは、2002年、開館して間もない夏の終わりでした。その時、センターの担当者から「当時の体験を語ってほしい」と頼まれます。「こんな私の話なんて……」と断ろうとしますが、岩手県から修学旅行でやってくる中学生50人のために話してほしいとお願いされます。

戦時中に使われていた防火用水

「東京大空襲のことは、我が子にも話さなかった」という二瓶さん。悩んだ末に、当日を迎えます。用意した原稿に目を落としたまま、20分間、顔を上げられず、空襲体験を語り終えました。「そっと顔を上げたんです。すると50人の生徒さんが全員、じっと私を見つめていたんです。身を乗り出して聞いてくれていた生徒さんもいて、ああ、戦争を知らない子どもたちに勇気をもらった……と涙が溢れました」これがきっかけとなり、二瓶さんは、今も空襲体験を語り続けています。

地図の丸印は東京大空襲の直後、仮埋葬が行われた場所

「戦争で一番の犠牲になるのは、いつの時代も、幼い子どもたちです」二瓶さんの言葉が、戦争を知らない私たちに平和の尊さを問いかけています。

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