【今こそローカル局を聴こう!】太田光×横山雄二 radikoで変わったラジオの世界

radiko15周年を記念し、爆笑問題・太田光さんが人気ラジオパーソナリティ15人をゲストに迎え、「ラジオ」をテーマに深掘りしていく、radiko特別オリジナルポッドキャスト番組『太田光と15人のしゃべり手』。今回の配信には、RCC(中国放送)アナウンサー・横山雄二さんが登場し、2人の出会いから地方ラジオの魅力、災害時におけるラジオの役割などについて語りました。

"天才"横山雄二がついに登場! 太田光との出会いを振り返る

radikoサービス開始15周年を記念し、radiko限定で配信しているオリジナルポッドキャスト番組『太田光と15人のしゃべり手』。radikoで全国各地のラジオ番組を聴取し、ラジオの魅力を発信している「radiko15周年PR大使」の爆笑問題・太田光さんが、各ラジオ局を代表する人気パーソナリティをゲストに迎え、「ラジオ」をテーマに対談を繰り広げる特別企画です。

8回目のゲストには、RCCラジオで『平成ラヂオバラエティ ごぜん様さま』(以下、『ごぜん様さま』、平日9時~)、『ザ★横山雄二ショー』(毎週土曜22時~)を担当するRCC(中国放送)アナウンサー・横山雄二さんが登場しました。radikoが「タイムフリー機能」を導入した2016年10月以降、全国各地の面白いラジオ番組を探すことに夢中になった太田さんが『ごぜん様さま』での横山さんのトークに注目したことをきっかけに、互いの番組を通じた激しいやり取りが定番となり、2017年1月には横山さんが『爆笑問題カーボーイ』(TBSラジオ)にゲスト出演。その後も交流を重ね、現在では公私にわたって親交を深めています。

「横山、コノヤロー!」、「太田、コノヤロー!」と威勢よく始まった今回の対談。横山さんは、太田さんが『ごぜん様さま』を見つけた当時を振り返り、「まさか、太田さんが『ごぜん様さま』を見つけ出して、ある日突然『爆笑問題カーボーイ』で俺のことを30分ぐらい喋ったの。"どうなってんだ、これ?"ってなって、最初はウザそうだったから"もう嫌だ、変なのに捕まった…"って思ったんですよ。無視してるのも、ローカルの人間からすると生意気に感じられるだろうなと思ったから、ちょっとだけ弄ったら、そこから10年も続くのか、この弄りは…。radikoはダメよ…!radikoのせい!」と、太田さんとの交流が始まったきっかけを語りました。

対する太田さんは、「我々の世代って、関東でいえば大阪の『MBSヤングタウン』を聴きたいとか、夢だったわけじゃない。クリアな音で全部聴けるんだと思ったら、少年時代に戻っちゃって…」とradikoの「タイムフリー機能」導入当時を振り返りつつ、「広島にクソ生意気なやつがいたんだよ!(番組を)聴いてたら、女子アナ相手に下ネタをガンガン言って、しかも毎日やってる。面白くてハマっちゃったんだよ。それで自分のラジオで"広島にすごいやつがいるぞ"って紹介し始めた」と、横山さんを知った当時の衝撃を語りました。元々は、アンガールズ・山根良顕さんが2015年4月に『爆笑問題カーボーイ』へゲスト出演した際、地元・広島つながりで安仁屋宗八さんが出演している番組として『ごぜん様さま』を紹介されたものの、横山さんが担当する曜日(※1)を間違えて聴いてしまったため、思わぬ形で横山さんと出会うことになったそうです。

横山さんは、リスナーからの報告で太田さんのトークを知ったことを明かすと、「なんか分からないけど、嫌な予感しかしない。地方のお山の大将でいいんだと思っているのが、東京から覆い被さるかのように来られたわけですよ。それこそ恐る恐る、スタッフ全員でradikoで聴いたんですよ」と、当時の心境を語りました。

※1…安仁屋さんは月曜日、横山さんは火曜日から金曜日のパーソナリティを担当。

アナウンサーの枠を超えた「自由人」 人気芸人との共演歴も

横山さんは、アナウンサーとしてだけでなく、ミュージシャン、俳優、小説家、映画監督など、幅広い分野で活躍。2015年には、放送批評懇談会が主催する「第52回ギャラクシー賞」のラジオ部門DJパーソナリティ賞を受賞するなど、広島を代表するアナウンサーの一人です。アナウンサー業にとどまらず自由に活動する姿に、会社からたびたび苦言を呈されることもありながら、「いろいろな人と会うのが好きだし、いろいろなことに首を突っ込むのも好きだし、頼まれないことでもやりたいと思う方だから、昔からの性分ですよ」と、自身のフットワークの軽さについて語りました。

若手時代には、自ら企画・立案を手がけた深夜番組『KEN-JIN』(1997年4月~2005年4月)で、全国区になる前の有吉弘行さんや劇団ひとりさん、アンガールズらと共演していた横山さん。当時の有吉さんは、お笑いコンビ・猿岩石からピン芸人へ転向する時期にあり、「有吉は結局1回も浮上しなかった。どん底で、俺らと8年間一緒にやって、俺らの番組が終わった瞬間に見えなくなった。何であと半年、1年引っ張ってくれなかったんだってくらい、見えなくなった」と、有吉さんがその後、急速にブレイクしたことを振り返りました。

当時のRCCには、ブラックマヨネーズや南海キャンディーズ・山里亮太さんらもレギュラー番組への出演のために出入りしており、「日本を代表するMCがそこら辺で…。その頂点に俺が君臨してたの」と、当時の関係性を語る横山さんでしたが、太田さんからは「それが未だに平社員?どういうことなのかな」と突っ込まれるのでした。

地方ラジオの個性派が続々集結「太田光被害者の会」

2010年3月にradikoがサービスを開始すると、横山さんは「ラジオがローカル放送ではなくなった。全国ネットになった。今までのいろんな人脈や馬鹿をやってたことが活きるかもしれない」と期待した一方で、「失言したときに拾われるんじゃないか。俺はずっとradikoが始まっても、RCCは加入しないでほしいと言っていた」と懇願していた(※2)ことを語りました。ラジオ番組の聴取エリアが全国に広がることで、普段の言動が思わぬ形で注目を集めることを警戒していた横山さんでしたが、その予感は現実となり、「すごく警戒していたら、こんなデッカいのが釣れるのかよ…!普通の人を想定していたら、太田光が来た…!」と、太田さんによる一連の行動を振り返りました。

太田さんが地方のさまざまな番組を発掘してはトークのネタとして取り上げ、横山さんに番組同士の交流を持ちかけていることから、地域を超えたラジオパーソナリティ同士の交流は『ごぜん様さま』を中心に「太田光被害者の会」が立ち上がるまでに発展。今回の対談でも、太田さんは『PAO~N』(KBCラジオ)の沢田幸二さんや『ドッキリ!ハッキリ!三代澤康司です』(ABCラジオ)の三代澤康司さんにまつわるエピソードを披露しました。

横山さんは「沢田幸二さんが福岡ですごいのは、ゆるやかには知っていた。radikoが無かったときは聴けなかったから、どのくらい人気なのかは分からなかった。太田さんが見つけてきた地方の人間たちを見聞きしたら、地方には癖が強くてアクだらけみたいな人がゴロゴロいた。ある意味、変なUFOキャッチャー。太田さんにどんどん捕られていく」と、太田さんによって地方の個性的なパーソナリティが次々と発掘されていった状況を語りました。

※2…RCCラジオでは、2012年1月よりradikoでの本配信がスタート。

地域を越えて生まれたラジオの力 災害時に実感した役割

ラジオを通じてさまざまな交流が生まれていったことについて、太田さんは「妙に楽しい。大人になってから世界が広がることあるんだ。なんか不思議な感じだった」と振り返りました。横山さんも「何かを作る、こだわってる奴らって結局はみんな似ている。そういう安心感もあるし、仲間を見つけた感じがすごくあって楽しかった」と語り、地域を越えて生まれた交流を振り返りました。

地方のラジオ番組を聴くようになってから、地方の催事や災害に関する情報にも詳しくなったという太田さん。広島県を含む西日本で大きな被害があった平成30年7月豪雨を『爆笑問題カーボーイ』で事細かに取り上げた際には、横山さんも感極まったそうです。

対する横山さんは、常連リスナーに災害に関する情報を募ったことで、ラジオを通じたつながりを感じた一方で、「喋る怖さ、何かを言って誰かを傷つけるんじゃないのか、不用意なひと言で足をすくわれるんじゃないかと感じていたのを、太田さんが『爆笑問題カーボーイ』で喋ってくれたときに、"やっててよかったな"と思った」、「広島に身内がいる人たちが、よその県で"ああ、良かった。無事だった"と思うだろうなというのが、太田さんの言葉で分かった」と、ラジオで発信する意味を実感した当時の心境を語りました。

チャリティー活動も数多く行っている横山さんは、『ジューケン・キャンパス・スタジオ』(1990年10月~1997年3月)を担当していた際、1995年1月に発生した阪神・淡路大震災をめぐるエピソードを披露。生放送中にリスナーに呼びかけ、3日間でラジオを3000台集めて被災地に届けたエピソードを語りました。

「ものすごく褒められたけど、俺はその日しか頑張っていない。ずっとそれを褒められていたから、なんか居心地が悪いなと思って、次に大きい災害があったら継続してやろうと思った」と語った横山さん。2011年4月からは「ヨコヤマ☆ナイト」と題したチャリティーライブを毎月1回開催しており、これまでに寄付した義援金は3000万円を超えています。横山さんは「いろんな災害に、いろんな応援団となりうる旗を振ってくれるやつがいればいいよね、と思いながら継続している」と、活動を続ける思いを語りました。

東京一極集中から地方発へ 太田光が語るラジオの未来

対談の終盤では、これからのラジオについて語り合いました。太田さんは「各地方に支持されている人たちがいて、これをなんとかしたいというのは一つの夢としてあるよね。東京の番組を買い入れたりではなくて、オリジナルの局でラジオ全体が盛り上がる。今や東京に出てきて出世するっていう時代じゃない。全部が繋がってるわけだから、その場で輝いている人を東京で全部聞けるわけだから」と構想を明かすと、横山さんは「radikoが始まってくれたおかげで、東京のラジオ局も知らなかった。東京の皆さんが聞いている番組は"東京ローカル"ですからね。"東京という田舎の番組"を聴いてるのって思う」、「ラジオは本当にローカルとか関係なくなっているから、ちゃんとスターみたいな人たちがいて、みんなが"あそこの局の○○、面白いぞ"になったら、扇の要に太田光がいたよねみたいにはなりますよね」と持論を展開しました。

太田さんは「テレビよりラジオの方が一歩先に進んでるもんね。テレビも実は出来るはずだと思っている。政治家が地方創生とか一極集中型を解消しようとか言ってるけど、とっくにradikoでは結構進んでますよと教えたいくらいだよね」と、ラジオが持つ可能性を語りました。

今こそローカル局を聴こう!オススメの番組紹介

RCCラジオ『平成ラヂオバラエティ ごぜん様さま』

2003年からRCCラジオで放送されているワイド番組。横山雄二さんを中心に、思わずこぼれる愛のある笑いに触れた、抱腹絶倒のトークバラエティです。
2026年7月には、放送6000回を記念した特別番組も放送された、RCCラジオのご長寿番組で、月曜は安仁屋宗八さんがパーソナリティを務め、メインパーソナリティの横山雄二さんは火曜~金曜を担当しています。

フリートークだけではなく、曜日ごとにさまざまなコーナーもお届けしており、広島県内だけではなく全国にファンが多い人気番組です。

KBCラジオ『PAO~N』

KBCエグゼクティブアナウンサー・沢田幸二さんがメインパーソナリティを務め、パラシュート部隊・矢野ペペさんや松村邦洋さん、波田陽区さんらが日替わりパーソナリティとして出演するKBCラジオの看板番組。
KBCラジオのラジオカ―「アイタカー」に乗ったリポーターたちが九州各地を巡るコーナー「アイタカーリポート」では、さまざまな観光地や魅力的なスポットを紹介しています。

ABCラジオ『ドッキリ!ハッキリ!三代澤康司です』

『ドッキリ!ハッキリ!三代澤康司です』では、日替わりパートナーとともに、芸能やスポーツ、事件から気になる出来事をお届けしています。職業の愚痴を紹介する「仕事はつらいよ!職業別グチかるた」や、じゃんけんに勝つと1万円がもらえる「じゃんけんレンジャー」など、リスナー参加型のコーナーも盛りだくさんです。

全国のラジオが無料で聴ける!ラジコプレミアムクーポンをプレゼント

ポッドキャストで配信中の『太田光と15人のしゃべり手』の最新エピソードを聴くと、全国のラジオ番組が期間限定で無料で聴ける、「ラジコプレミアム(ダブルプラン)クーポン」がもらえるキャンペーンを実施中です。詳細はポッドキャストの当配信回をお聴きください。

ぜひ、横山雄二さんご出演のRCCラジオ『平成ラヂオバラエティ ごぜん様さま』や、記事で紹介した番組をお聴きください。

ラジコ特別オリジナルポッドキャスト番組『太田光と15人のしゃべり手』

『太田光と15人のしゃべり手』では、今後も各局を代表するパーソナリティをゲストに迎え、ラジオについて、喋りについて、さらにはその人の活動や人生について、鋭く迫る対談を行います。次は誰が、どのような想いを明かすのか。どうぞお楽しみに!

太田光と15人のしゃべり手

※放送情報は変更となる場合があります。

radikoアプリでポッドキャストを聴こう!

radikoでは、ラジオ番組だけでなく、多種多様なジャンルのポッドキャストを配信しています。アプリなら、気になる番組のフォローや、通勤・通学中など場所を選ばずに楽しめる便利な機能が充実。ライフスタイルに合わせて、radikoならではの豊かな音声体験をぜひお楽しみください。

radikoアプリでポッドキャストを聴こう!【radiko使い方ガイド】

ポッドキャストとは?ラジオとの違いやおすすめ番組を紹介!

この記事を書いた人

radiko編集部

radiko編集部員が「ラジコを通じて、ラジオの良さをもっと知ってもらい、皆さんが面白い番組に出会うキッカケ」になるように、ラジオ各局の情報をまとめて発信中。radiko newsでは、新番組へのインタビュー、さまざまなテーマに沿ったまとめ記事など、独自の切り口でも番組をご紹介しています。ラジコ公式SNSの情報更新も行なっています。

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「バスの運転士」の一言が、10年前の記憶を呼び覚ました―ラジオが結んだ、不思議な再会

先日、ニッポン放送では『上柳昌彦 あさぼらけ スペシャル ~あけの語りびと~』をお送りしました。実は8人の方を取材させていただいたのですが、皆さんのお話が、どれもドラマがあって、ご紹介しきれませんでした。

※イメージ画像

そこで、ご紹介できなかった4人の方を、4週にわたって、『あけの語りびと』でお届けしています。今週は3人目の方です。不思議なご縁で繋がるラジオネーム「すみちゃん」の物語です。

7月28日に発生した「令和8年熊本地震」。その翌日は水曜日だったので、いつもの『あけの語りびと』は、急遽お休みして、熊本からメールを送ってくださったリスナーさんに電話をつなぎました。

実はその方、10年前にもお話を伺っていたんですが、いただいたメールでは、同じ方だと分からなかったんです。お話の中で、『10年前、バスの運転士だった…』と聞いた瞬間、「あっ、あの時の!」

私の脳裏に、10年前の記憶が、鮮明に蘇ってきたんです。不思議なものですね。「バスの運転士」という言葉が、10年の時を経て、私の記憶の引き出しを開いてくれたんです。

熊本市にお住まいのラジオネーム「すみちゃん」は、50歳です。ラジオを聞くようになったのは、中学三年生の冬。受験前にインフルエンザで寝込んだ時、枕元で聞いたラジオが、とても面白かった。それが、ラジオとの出会いでした。

当時、熊本ではニッポン放送が聞けなかったので、窓際にラジオを置いて、向きを傾けたりして、雑音の中、聞いていたそうです。

「そうそう、上柳さんの声を初めて聞いたのは私が高校二年の時でしたね。こちらのローカル番組が始まる前の、夜7時10分から20分だけ、熊本放送(RKKラジオ)で、『花の係長 ヨッ!お疲れさん』がネットされていたんです。東京のラジオ局は、めちゃくちゃ面白い!と思って聞いていましたよ」

高校へ通う電車の中でもポケットラジオで聞くほど、ラジオ好きになったすみちゃんは、大学を卒業すると教員免許を取り、中学校の「技術」の教師になりました。本棚を作る木材加工や、電子製品のはんだ付けなどを教えていたそうです。

しかし、教師の仕事は勤務時間が長く、生徒や保護者への対応など、さまざまなことが重なり、別の道を考えるようになります。

子どもの頃から乗り物が大好きだったすみちゃんは、36歳のとき、市内バスの運転士になりました。始発バスを担当する日は、朝5時過ぎには発車前の点検作業を始めます。

「朝早く起きるのは、やっぱりつらいんです。眠い目をこすってラジオをつけると、あれ?上柳さんの声が流れてきたんです。『あ、うえちゃんの番組が始まったんだ!』と、朝の楽しみが生まれましたね」

ところが、番組スタートから3週間後、2016年4月14日夜9時26分、熊本地震が発生しました。その夜、地震の様子をメールで知らせてくださったすみちゃんに、翌朝、スタジオから電話をつないだんですね。

あの電話から10年が経った今、バスの運転士さんをされていないと伺って、どうされたのか、ちょっと気になって、お話を伺うと、体調を崩されたとのこと…。検査を受けると腎臓の機能が低下していて、今は週に3回の透析を受けています。昼間の仕事は難しくなって、夜、ガソリンスタンドの事務をされています。そこでは、ラジオが聞けます。

オールナイトニッポンから「あさぼらけ」へ…「明け方、ラジオから、うえちゃんの声が流れてくると、ああ、そろそろ今日も仕事が終わりだなぁ、って思うんですよ。今は、ラジオから聞こえてくる、うえちゃんの声が、ホッとする一日の締めくくりになっています」

ラジオネーム「すみちゃん」、今朝もお仕事、お疲れ様です!

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