「組むなら織田信成、あなたしかいない!」高橋成美が語る現役復帰の可能性と今後の展望

元フィギュアスケーターの高橋成美さんがラジオ番組にゲスト出演! 三代澤アナウンサーと、番組パートナーを務める織田信成さんとともに、お互いの選手時代の思い出から、高橋さんが見据える驚きの将来の夢まで、たっぷりと語っていただきました。

 

織田信成の背中を追って……2人の選手時代

三代澤:今本当にいろんな番組に引っ張りだこでお忙しいですね。

高橋:テレビを観るのも出るのもすごく好きなので、こうやっていろんなチャンスをいただいていることは幸せで、夢を夢で終わらせない、そんな気持ちで毎日生きています。

三代澤: 種目は違いますけど、お互いの選手時代はどういう関係だったんですか?

織田: 国際大会に一緒に行かせていただく機会もありましたけど、なるちゃんは海外を拠点にして色々な外国語を喋れますし、海外の選手との交流も深かったので、どちらかというと「日本の選手」というより「海外の選手」に近いイメージでした。

高橋: そうですね。みんなと拠点が違ったので、国際試合に出て現地で合流するという形が多く、一緒に練習した記憶はあまりないんですけど、私が初めて信成くんに会ったのは、彼は中学3年生、私はまだ小学5年生なんですけど、その当時から“織田信成”は出来上がっていて、お母様がコーチということもあり、まさにサラブレッド的な天才で同じ試合に出れたことがまず誇らしげでした。

将来の夢は「スポーツ庁長官」!?

三代澤:そんな高橋さんですが、この先はどういった活動をしていきたいですか?

高橋: チャンスがあれば、(フィギュアスケートの)指導にも回りたいんですけど、特にペア競技に関しては、自分の人生の中で成し遂げたい使命として、みんなにもっとペアの魅力を知ってほしいですし、「自分ごと」として応援してほしいという気持ちがあるので、解説や指導を通してフィギュア界を盛り上げる一方で、スポーツ界全体も盛り上げたいんです。スポーツ庁の長官になりたいんですよ。

三代澤:政治の世界も見据えているということ?

高橋:政治という考えはあまり自分にはなくて、学校教育の体育の段階から概念を変えていって、みんながスマイルしながら身体を動かして、応援する文化を広めていきたい。未来の子供たちに、お医者さんやスポーツアスリート、それをサポートする人、色々な選択肢を持ってもらえるような教育をしていけたらなって思います。

織田: 自分自身だけでなく、子供たちや未来の“みんなに”というのがすごなと思います。

「すごいすごいすごい!」「宇宙一!」を流行語大賞に

三代澤: 「りくりゅうペア(三浦璃来・木原龍一組)」が金メダルを獲得したときの、高橋さんの「すごいすごいすごい!」「宇宙一!」というフレーズ。今年の流行語大賞に入ってくると思う人も多いはずですが、実感はありますか?

高橋: うーん、どうでしょうかね。でも「すごいすごい」の連呼とか、「宇宙一」という言葉が流行るのはすごくいいなと思っています。私はすごくポジティブな意味を込めて、りくりゅうペアの演技に対して心からの言葉として贈ったんです。言った私も気分が高揚しますし、聞いている方も嬉しい言葉だと思うのでこの言葉がみんなの口癖のように使われるきっかけになるならすごく嬉しいなと思います。

現役復帰の可能性と、まさかの新ペア結成!?

織田: なるちゃんは現役をもう1回やりたいっていう気持ちはあるの?

高橋: 気持ちはいつもあります!解説席に座ったり、練習取材に行ったりするたびに、目の前で練習している選手たちを見て「一緒に練習したいな」と思います。新しい技がどんどん進化していくのを見ると、「あの技に挑戦してみたい」と思ったり。今でも月に3回くらいは現役時代の夢を見ます。でも、今がすごく充実していますし現役選手を応援することも本当に楽しいので、現役復帰をする確率はかなり低いと思います。

織田: カナダの選手で、39歳くらいで世界チャンピオンになったペアの選手もいるから、なるちゃん(現在34歳)ならいけるんじゃないかな。今、日本でこれだけ“高橋成美”という存在を知ってくれた上で現役復帰したらすごく盛り上がるんじゃないかなと思う。

三代澤:誰か組んでみたい人はいる?

高橋: この間テレビのロケで信成くんにリフトしてもらったんですよ。その時、ものすごく安定していて、体幹もしっかりしていたので、私がペアを組むとしたら…織田信成。もうイメージはつきました。あなたしかいない!

織田:ははは!(笑)上半身の筋トレをしといた方がいい?

高橋: こういう契約をしましょう。信成くんが筋肉をつけて増やす体重の分だけ私が走り込みをして体重を落とすので、(バランスをとって)ペアを組みましょう。

三代澤:高橋さんの笑顔って本当に魅力的だし、氷上での復帰があれば嬉しいし。これからもますますのご活躍を楽しみにしています。今日はありがとうございました!

高橋: ありがとうございました!宇宙一!!

番組ではこの他、“りくりゅう”ペアとのプライベートでの親交はあるのか?というリスナーさんからの質問に回答したほか、アイスダンスで宇野昌磨選手と本田真凛選手が結成したしょまりんペアについても熱く語ってくれました。

インタビュー全編はradikoタイムフリーでお聴きいただけます。

ドッキリ!ハッキリ!三代澤康司です
放送局:ABCラジオ
放送日時:毎週月曜~木曜 9時00分~12時00分
番組ホームページ
公式X

出演番組をラジコで聴く

※該当回の聴取期間は終了しました。

金融マンと寿司職人の“二刀流” 50歳を過ぎて寿司職人の学校へ入学した男性

11月は新米のシーズンということもあるのでしょうか。1日が「すしの日」、22日は「回転寿司記念日」と寿司にまつわる記念日が続きます。寿司ロボットの技術は見事ですが、やはり、職人さんが握った寿司はたまりませんね。

画像提供:小川浩司さん

今回は、金融マンの傍ら、“出張寿司職人”としても活躍されている男性のお話です。

大きな観音様が駅を見守る、神奈川県の大船。この大船ご出身で、いまも鎌倉・腰越にお住まいの小川浩司さんは、昭和44年生まれの57歳。普段は、都内の会社で金融関係の仕事をされています。

実は小川さん、もう一つの顔があります。週末を中心に首都圏各地で開かれるホームパーティーに出向いたり、お店を間借りして、手際よく寿司を握っている“出張寿司職人”なんです。だいたい、ひと月に3回、この3年半でおよそ120回の“出張”を重ねてきました。

若い頃の小川さんは、「スタミナが第一!」と、魚よりも肉でした。なかでも焼肉が大好きで、地元・神奈川に多い精肉スーパーの超常連。さらに本場・韓国、ソウルの明洞に足しげく通っていたこともあって、友達からは“ヨン様”ならぬ“ミョン様”とニックネームを付けられたほどだったんです。

そんな小川さんが寿司に目覚めたのは、コロナの時期でした。在宅勤務の空き時間、ぼんやりとインターネット動画を眺めていると、あるインフルエンサーの方が、寿司をテーマにしゃべっていたことをきっかけに、「寿司職人」という仕事が気になり始めます。

小川さんはその時、50歳を超えたばかり。仕事・家庭・趣味も充実していましたが、定年後のことを考えると、経済的なことや社会とのつながりに少し不安もありました。

「もしも、寿司を握ることが出来れば、定年後にすし屋さんのパートでも働けるし、たとえ、自給自足の生活になっても、魚をさばければ生活できるはずだ!」

色々と考えた小川さん、まずは寿司職人への道を一歩踏み出すことにしました。

小川さんは、寿司職人を養成する専門学校の門を叩きます。1クラスには20人くらいいましたが、見渡すと周りは、海外に寿司屋さんを出して一旗揚げようという若い人たちばかり。でも、何人かは、同じように手に職をつけたいと考えた中高年の方の姿も見えました。

最初のステップは、寿司のにぎり方を徹底的に学びます。にぎり寿司に合ったシャリの量と重さを、サッと手に取った指先の感覚で憶えていかなければなりませんが、小川さんはさっそく苦戦。シャリの形を整えていくのもままなりません。

続いて、小川さんの前に立ちはだかったのは、様々な魚たちでした。アジを三枚におろしていくのも、なかなかきれいに出来ません。穴子が出てくると骨の多さに大苦戦。真鯛はウロコの多さに、もう圧倒されてしまいます。一方、脂がのったブリに至っては、どこから包丁を入れていいのか迷うばかり。でも、小川さんは諦めませんでした。

「せっかく始めた以上は、何とかして形にしたい!」

その思いを胸に練習に練習を重ねた小川さん、いつしか魚の筋肉の繊維をサッと見極め、迷わずスッと包丁を入れ、身と骨が分かれるように捌くことが出来るようになります。

晴れて2022年春、小川さんは、無事に専門学校を卒業。お勤めになっている会社の上司の方に、寿司職人としても活動したいと申し出ると、まるで目が点になったように驚かれました。それでも寿司職人への熱い思いを伝えると、副業として認めてくれることになりました。

今ではお店を間借りして営業する機会やリピーターのお客さんも増えてきた小川さん。少し前にはお子さんの高校合格のご褒美に、“人生初めての回らないカウンター寿司”を食べさせてほしいという依頼も受けたそうです。

「子供が元気よくお寿司を食べてくれたり、カウンター越しにお客様から直接美味しいとおっしゃっていただけると、やってよかったという気持ちになりますね」

一方、寿司を握り始めたことで、本業のお仕事にもいい影響が出てきたといいます。

「副業が出来たことで、思い切りがよくなりました。たとえ本業でヘマをしたとしても、副業があるからと気持ちがラクになったんです。これから、もっと年齢を重ねてもチャレンジは続けていきたいと思っています」

金融マンと寿司職人、小川さんの“二刀流”への挑戦は、新たな人生を切り開いています。

Facebook

ページトップへ