<1976年リリースの名盤>高田渡のAlbum「FISHIN’ ON SUNDAY」&小室等のAlbum「いま生きているということ」

『J-POP LEGEND CAFE』
2014年4月にスタートした『J-POP LEGEND FORUM』。10年目を迎える2023年4月、このプログラムが『J-POP LEGEND CAFE』として生まれ変わります。「一か月一特集」という従来のスタイルに捕らわれず、身軽で自由な特集形式で語られる「LEGEND」。表舞台だけでなく舞台裏や市井の存在まで、さまざまな伝説に触れてください。

■放送:毎週月曜 18:00~19:00
■DJ:田家秀樹

50年前の1976年にリリースされた歴史的名盤やこの年にデビューしたアーティストをご紹介

7月後半から「1976年リリースの名盤」にフォーカスしている『J-POP LEGEND CAFE』。

今からちょうど50年前の1976年にリリースされた歴史的名盤やこの年にデビューしたアーティストをご紹介していますが、今週(8/3)は1976年3月にリリースされた高田渡のAlbum「FISHIN’ ON SUNDAY」と1976年9月にリリースされた小室等のAlbum「いま生きているということ」をピックアップ。

ロサンゼルスで録音された高田渡「FISHIN’ ON SUNDAY」、ムーンライダーズと矢野顕子がバックを固める小室等「いま生きているということ」、それぞれが生まれた背景や制作秘話をディレクターを務めたプロデューサー/音楽事業家:三浦光紀さんに回想していただきます。
70年代中頃の日本の新しい音楽の潮流と、それを生んだミュージシャンの繋がりが明らかになる解説にご期待ください。

【オンエアリスト】
前TM.夏が終る/小室等
M01.夏が終る/小室等
M02.魚つりブルース/高田渡
M03.ヘイ・ヘイ・ブルース/高田渡
M04.初めての我が児に/高田渡
M05.雨の日/高田渡
M06.フィッシング・オン・サンデー/高田渡
M07.お早うの朝/小室等
M08.モナ・リザ/小室等
M09.いま生きているということ/小室等

J-POP LEGEND CAFE
放送局:FM COCOLO
放送日時:毎週月曜 18時00分~19時00分
出演者:田家秀樹/三浦光紀(プロデューサー/音楽事業家)
番組ホームページ

2014年4月にスタートした『J-POP LEGEND FORUM』。10年目を迎える2023年4月、このプログラムが『J-POP LEGEND CAFE』として生まれ変わります。「一か月一特集」という従来のスタイルに捕らわれず、身軽で自由な特集形式で語られる「LEGEND」。表舞台だけでなく舞台裏や市井の存在まで、さまざまな伝説に触れてください。

出演番組をラジコで聴く

※該当回の聴取期間は終了しました。

「バスの運転士」の一言が、10年前の記憶を呼び覚ました―ラジオが結んだ、不思議な再会

先日、ニッポン放送では『上柳昌彦 あさぼらけ スペシャル ~あけの語りびと~』をお送りしました。実は8人の方を取材させていただいたのですが、皆さんのお話が、どれもドラマがあって、ご紹介しきれませんでした。

※イメージ画像

そこで、ご紹介できなかった4人の方を、4週にわたって、『あけの語りびと』でお届けしています。今週は3人目の方です。不思議なご縁で繋がるラジオネーム「すみちゃん」の物語です。

7月28日に発生した「令和8年熊本地震」。その翌日は水曜日だったので、いつもの『あけの語りびと』は、急遽お休みして、熊本からメールを送ってくださったリスナーさんに電話をつなぎました。

実はその方、10年前にもお話を伺っていたんですが、いただいたメールでは、同じ方だと分からなかったんです。お話の中で、『10年前、バスの運転士だった…』と聞いた瞬間、「あっ、あの時の!」

私の脳裏に、10年前の記憶が、鮮明に蘇ってきたんです。不思議なものですね。「バスの運転士」という言葉が、10年の時を経て、私の記憶の引き出しを開いてくれたんです。

熊本市にお住まいのラジオネーム「すみちゃん」は、50歳です。ラジオを聞くようになったのは、中学三年生の冬。受験前にインフルエンザで寝込んだ時、枕元で聞いたラジオが、とても面白かった。それが、ラジオとの出会いでした。

当時、熊本ではニッポン放送が聞けなかったので、窓際にラジオを置いて、向きを傾けたりして、雑音の中、聞いていたそうです。

「そうそう、上柳さんの声を初めて聞いたのは私が高校二年の時でしたね。こちらのローカル番組が始まる前の、夜7時10分から20分だけ、熊本放送(RKKラジオ)で、『花の係長 ヨッ!お疲れさん』がネットされていたんです。東京のラジオ局は、めちゃくちゃ面白い!と思って聞いていましたよ」

高校へ通う電車の中でもポケットラジオで聞くほど、ラジオ好きになったすみちゃんは、大学を卒業すると教員免許を取り、中学校の「技術」の教師になりました。本棚を作る木材加工や、電子製品のはんだ付けなどを教えていたそうです。

しかし、教師の仕事は勤務時間が長く、生徒や保護者への対応など、さまざまなことが重なり、別の道を考えるようになります。

子どもの頃から乗り物が大好きだったすみちゃんは、36歳のとき、市内バスの運転士になりました。始発バスを担当する日は、朝5時過ぎには発車前の点検作業を始めます。

「朝早く起きるのは、やっぱりつらいんです。眠い目をこすってラジオをつけると、あれ?上柳さんの声が流れてきたんです。『あ、うえちゃんの番組が始まったんだ!』と、朝の楽しみが生まれましたね」

ところが、番組スタートから3週間後、2016年4月14日夜9時26分、熊本地震が発生しました。その夜、地震の様子をメールで知らせてくださったすみちゃんに、翌朝、スタジオから電話をつないだんですね。

あの電話から10年が経った今、バスの運転士さんをされていないと伺って、どうされたのか、ちょっと気になって、お話を伺うと、体調を崩されたとのこと…。検査を受けると腎臓の機能が低下していて、今は週に3回の透析を受けています。昼間の仕事は難しくなって、夜、ガソリンスタンドの事務をされています。そこでは、ラジオが聞けます。

オールナイトニッポンから「あさぼらけ」へ…「明け方、ラジオから、うえちゃんの声が流れてくると、ああ、そろそろ今日も仕事が終わりだなぁ、って思うんですよ。今は、ラジオから聞こえてくる、うえちゃんの声が、ホッとする一日の締めくくりになっています」

ラジオネーム「すみちゃん」、今朝もお仕事、お疲れ様です!

Facebook

ページトップへ