つらくてどうしようもないときに出会って、救われた楽曲…ラッパーのKvi Babaが語る

ラッパーのKvi Baba(クヴィババ)が、自身の音楽のルーツや、楽曲『TOMBI』に込めた想いを明かした。

Kvi Babaが登場したのは、J-WAVEで放送中の番組『SONAR MUSIC』内のコーナー「RECRUIT OPPORTUNITY FOR MUSIC」。オンエアは5月31日(水)、6月1日(木)。同コーナーでは、アーティストたちの自身の楽曲に込めた想いと、彼らのアーティスト人生に大きく影響を与えた楽曲との出会いの話を通じて、音楽との「まだ、ここにない、出会い。」をお届けする。

「誰かの暗闇をポッと照らせるようになりたい」

1999年生まれ、大阪府出身で現在24歳のラッパー / シンガーソングライター・Kvi Baba。19歳のときにリリースしたデビューEP収録曲『A Bright feat. SALU』は「J-WAVE SONAR TRAX」に選出された。その後も数多くのアーティストと共演し、多方面から注目を集めている。そんなKvi Babaは5月31日にメジャー1stアルバム『Jesus Loves You』をリリースした。今回は同作品に収録された楽曲『TOMBI』で表現した自分らしさについて語ってもらった。

Kvi Baba:『Jesus Loves You』はここ2~3年間の自分を辿ったアルバムになっていて、全部その期間に起こった自分の心境の変化や、実際に起きた出来事を綴った曲になっています。アルバムを通して、ここ2~3年間の短編映画を観るかのような作品になっています。

別れだったり、出会いだったり。それに対しての自分の心境を歌っている曲が多かったり、いろんな曲が入っています。

このアルバムに収録されている『TOMBI』は、19歳のときに茨城県のスタジオで、音楽プロデューサーのBACHLOGICと籠もって作った曲で。それが4年経って、今年アニメ『TRIGUN STAMPEDE』のタイアップがついたという。19歳の頃に綴った歌詞で、そこからブラッシュアップはしていないんですけど、アニメにぴったりの曲で主人公の感情MAXだなみたいな曲です。

自分自身が思うKvi Babaらしさは、誰よりも細くて弱いということ。太いとか力強いらしさはなくて、センシティブというか。弱さの中に自分自身の輝きが現れると思うから、そういうのが本当に『TOMBI』に全部出てるかなと。最後の方の歌詞で<誰かの暗闇の中/小さな灯火となりたい>ってあるけど、僕は誰かの大きな灯火になれると思っていないんです。でも豆電球のように誰かの暗闇をポッと照らせるようになりたいと思っていて、それがここに反映されているかなと思います。

今、辛い人、もちろんハッピーな状況だったりいろんなシチュエーションがあると思うんですけど、明けない夜はないのでぜひこのまま明かしてもらえたらって考えています。

毎日聴いている、大切な楽曲は

18歳の頃から音楽活動を始めたKvi Baba。そんな彼のルーツとなる1曲は、LANYの『I Still Talk To Jesus』。出会いは2年前だという。「最近の僕を形成しているルーツ」と語るほど大切な曲だそう。

Kvi Baba:僕自身、クリスチャンとして音楽もやっているけど、つらくて、つらくて、クリスチャンとしてもどうしようもないときに出会った曲です。

いろんな問題があって、酔っ払ったりもするけれど、でもこの曲はまだ神様(Jesus)と話しているところなんだって歌っているんですね。LANY自体が好きで、クリスチャンなんだって思いと、すごくキレイなゴスペル調でありつつ、でもヤングなサウンド感で。落ち着くし毎日聴いています。

僕自身もこんな音楽性を提示できて、素直なアーティストでいられたらと思います。

心がぼろぼろに疲れたとき、音楽を聴きたくなるもの。Kvi Babaは、LANY『I Still Talk To Jesus』に出会って、救われたようだ。



アーティストの話を通じて音楽との「まだ、ここにない、出会い。」をお届けするコーナー「RECRUIT OPPORTUNITY FOR MUSIC」は、J-WAVE『SONAR MUSIC』内で月曜~木曜の22時41分ごろからオンエア。Podcastでも配信しており、過去のオンエアがアーカイブされている。

【Kvi Baba 出演回のトークを聞く】

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前編/後編

・Spotifyで聞く
前編/後編

・公式ページ
https://www.j-wave.co.jp/original/sonarmusic/opportunity/

(構成=中山洋平)
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金融マンと寿司職人の“二刀流” 50歳を過ぎて寿司職人の学校へ入学した男性

11月は新米のシーズンということもあるのでしょうか。1日が「すしの日」、22日は「回転寿司記念日」と寿司にまつわる記念日が続きます。寿司ロボットの技術は見事ですが、やはり、職人さんが握った寿司はたまりませんね。

画像提供:小川浩司さん

今回は、金融マンの傍ら、“出張寿司職人”としても活躍されている男性のお話です。

大きな観音様が駅を見守る、神奈川県の大船。この大船ご出身で、いまも鎌倉・腰越にお住まいの小川浩司さんは、昭和44年生まれの57歳。普段は、都内の会社で金融関係の仕事をされています。

実は小川さん、もう一つの顔があります。週末を中心に首都圏各地で開かれるホームパーティーに出向いたり、お店を間借りして、手際よく寿司を握っている“出張寿司職人”なんです。だいたい、ひと月に3回、この3年半でおよそ120回の“出張”を重ねてきました。

若い頃の小川さんは、「スタミナが第一!」と、魚よりも肉でした。なかでも焼肉が大好きで、地元・神奈川に多い精肉スーパーの超常連。さらに本場・韓国、ソウルの明洞に足しげく通っていたこともあって、友達からは“ヨン様”ならぬ“ミョン様”とニックネームを付けられたほどだったんです。

そんな小川さんが寿司に目覚めたのは、コロナの時期でした。在宅勤務の空き時間、ぼんやりとインターネット動画を眺めていると、あるインフルエンサーの方が、寿司をテーマにしゃべっていたことをきっかけに、「寿司職人」という仕事が気になり始めます。

小川さんはその時、50歳を超えたばかり。仕事・家庭・趣味も充実していましたが、定年後のことを考えると、経済的なことや社会とのつながりに少し不安もありました。

「もしも、寿司を握ることが出来れば、定年後にすし屋さんのパートでも働けるし、たとえ、自給自足の生活になっても、魚をさばければ生活できるはずだ!」

色々と考えた小川さん、まずは寿司職人への道を一歩踏み出すことにしました。

小川さんは、寿司職人を養成する専門学校の門を叩きます。1クラスには20人くらいいましたが、見渡すと周りは、海外に寿司屋さんを出して一旗揚げようという若い人たちばかり。でも、何人かは、同じように手に職をつけたいと考えた中高年の方の姿も見えました。

最初のステップは、寿司のにぎり方を徹底的に学びます。にぎり寿司に合ったシャリの量と重さを、サッと手に取った指先の感覚で憶えていかなければなりませんが、小川さんはさっそく苦戦。シャリの形を整えていくのもままなりません。

続いて、小川さんの前に立ちはだかったのは、様々な魚たちでした。アジを三枚におろしていくのも、なかなかきれいに出来ません。穴子が出てくると骨の多さに大苦戦。真鯛はウロコの多さに、もう圧倒されてしまいます。一方、脂がのったブリに至っては、どこから包丁を入れていいのか迷うばかり。でも、小川さんは諦めませんでした。

「せっかく始めた以上は、何とかして形にしたい!」

その思いを胸に練習に練習を重ねた小川さん、いつしか魚の筋肉の繊維をサッと見極め、迷わずスッと包丁を入れ、身と骨が分かれるように捌くことが出来るようになります。

晴れて2022年春、小川さんは、無事に専門学校を卒業。お勤めになっている会社の上司の方に、寿司職人としても活動したいと申し出ると、まるで目が点になったように驚かれました。それでも寿司職人への熱い思いを伝えると、副業として認めてくれることになりました。

今ではお店を間借りして営業する機会やリピーターのお客さんも増えてきた小川さん。少し前にはお子さんの高校合格のご褒美に、“人生初めての回らないカウンター寿司”を食べさせてほしいという依頼も受けたそうです。

「子供が元気よくお寿司を食べてくれたり、カウンター越しにお客様から直接美味しいとおっしゃっていただけると、やってよかったという気持ちになりますね」

一方、寿司を握り始めたことで、本業のお仕事にもいい影響が出てきたといいます。

「副業が出来たことで、思い切りがよくなりました。たとえ本業でヘマをしたとしても、副業があるからと気持ちがラクになったんです。これから、もっと年齢を重ねてもチャレンジは続けていきたいと思っています」

金融マンと寿司職人、小川さんの“二刀流”への挑戦は、新たな人生を切り開いています。

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