杏子「今日も『泣きたい』と思って…」レコードを聴いていた幼少期、音楽人生の原点を振り返る

フリーアナウンサーの唐橋ユミがパーソナリティを務めるTOKYO FMのラジオ番組「NOEVIR Color of Life」(毎週土曜9:00~9:30)。“生きること、輝くこと、そして人生を楽しむこと”をテーマにした、トークと音楽が満載のプログラムです。各界を代表して活躍する女性ゲストが、自らの言葉でメッセージを伝えます。

今回のゲストは、ロックバンド・BARBEE BOYS(バービーボーイズ)のボーカルとして、またソロシンガー、作詞家として活躍されている杏子(きょうこ)さん。音楽人生の原点などについて語っていただきました。


杏子さん



◆幼少期から「悲しい曲」が好きだった

――長野県松本市生まれの杏子さん。高校時代からアマチュアバンドで活動を始め、1983年にBARBEE BOYSに加入し、1984年「暗闇でDANCE」でデビュー。1992年にBARBEE BOYSの活動を終了した後は、ソロシンガーとして活動を開始。2018年にはBARBEE BOYSが再始動し、2025年12月には「BARBEE BOYS 4PEACE」として新体制での活動を発表。現在もソロとBARBEE BOYS 4PEACEの両方で音楽活動を続けています。

杏子:よろしくお願いします。

唐橋:まず、杏子さんの音楽人生の原点から伺いたいです。音楽との出会いというのは?

杏子:小さい頃からレコードで、特に母がサントラの音楽が好きでかけていたんですね。私はレコードに針を落とすっていう、機械の操作が楽しいっていう感じだったんです。中学ぐらいになると、ラジオを聴くようになって。まず日本のヒットチャート、そこから海外のヒットチャートみたいに、ラジオから入っていったかなぁ。

唐橋:じゃあ、けっこう洋楽も?

杏子:かなり。エルトン・ジョンとか、カーペンターズ、ミッシェル・ポルナレフなどを聴いていました。ポルナレフは特にメロディが切なくって、美しくって、大好きでした。

唐橋:中学の頃ですか?

杏子:そうですね。小さい頃から悲しい曲が好きなんですよね。「子鹿物語」っていう悲しいストーリーがあるんですけど、幼稚園から帰ってくるときに「なんだか嫌だな。今日もちょっと泣きたい」と思って(笑)。ソノシートでそれを聴いて泣いては「ああスッキリした」って思う子どもでした(笑)。

唐橋:幼心に「泣きたいな」って思うことがあったんですね(笑)。

杏子:切ない童話も好きでした。「雨あめ降れふれ母さんが~」っていう「あめふり」の童謡も、傘を持っていなくてお迎えも来ていない歌詞にキュンとするんですよ。切ないものが好きです。

――番組では他にも、アニメ「サイボーグ009 ネメシス」のオープニング主題歌「誰がために」の制作エピソードなどについて語る場面もありました。

<番組概要>
番組名:NOEVIR Color of Life
放送日時:毎週土曜 9:00~9:30
パーソナリティ:唐橋ユミ
番組Webサイト: https://www.tfm.co.jp/color/
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福田康夫元総理死去

10月27日(火)の大竹まことゴールデンラジオ(文化放送)は、「福田康夫元総理死去 90歳 日中関係強化に尽力」という東京新聞の記事を紹介した。

番組で紹介した東京新聞の記事によると、元首相の福田康夫(ふくだ・やすお)さんが22日、心不全のため東京都の病院で死去した。90歳。東京都出身。葬儀は近親者のみで密葬として行われ、後日、本葬が開催される。

2007年9月、当時の安倍晋三首相による第1次政権の退陣表明に伴う自民党総裁選に勝利し、第91代首相に就任。父は第67代首相の故福田赳夫氏で、憲政史上初めて親子2代で宰相の座を射止めた。外交に精通し、中国との関係強化に尽力。公文書管理体制の改革にも熱心で、公文書管理法の制定に貢献した。

また番組では、朝日新聞の論説委員の伊藤氏が書いた<評伝>も伝えている。

福田康夫元首相の政権は、衆院と参院とで多数党が異なる「ねじれ国会」の影響で、わずか1年で終わった。ただ、その間に取り組んだ政策は、隣国との関係や民主主義を重んじたもので、今の時代にも通ずるメッセージを伝えている。

福田氏が政治家として最も力を注いだのは外交政策だった。首相時代に取り組んだのが日中関係の改善だ。いま中国との関係は悪化している。どうしたら良好な関係を保てるか。福田氏に聞くと「お互いに相手が嫌がることはしない」「言うべきことは率直に言う。ただし、相手のメンツがつぶれるようなやり方はしない」と話していた。「政治に大切なのは常識」と常々語っていた福田氏らしいと思った。

福田氏の「常識」を感じた政策がある。首相在任中に取り組んだ消費者庁の設置だ。この発想のきっかけについて、福田氏は、当時相次いだ食品偽装事件に加え、自らも批判を浴びた年金記録問題もあげていた。「年金の問題は、政府が国民の信頼を裏切る大失態だ。私にも責任がある。政府や生産者が中心で、上から押しつける政治だから、こういうことが起きる。国民、消費者が中心の政治に変えなくてはならない」

「国民中心」は、首相在任中に道筋をつけた公文書管理法にも通じる。同法の第1条は、公文書について「健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源」と定め、「国民が主体的に利用しうるものであること」を求めた。福田氏の理念がつまっていた。

福田氏は、派手なパフォーマンスを好まなかった。手柄を誇らず、まじめな一方で、ユーモアがあり、きちょうめんで義理堅い人だった。およそ政治家らしくなかった福田氏。それだけに厳しい政局のかじ取りは難しかったのかもしれない。「ねじれ国会」を打開できず、突然の退陣で政治不信を深めた面も否定はできない。ただ、その中で、常識や国民の目線を大切にした政策は、記憶にとどめておきたい。以上が番組で紹介した記事の内容である。

この記事を受けてお笑い芸人の大竹まことは、「国同士が良好な関係を保つために、お互いに相手が嫌がることはしない。言うべきことは素直に言う。ただし、相手のメンツが潰れるようなやり方はしないと言っている。中国に限らず、北朝鮮やロシアも含め、微妙なバランスの上に関係が成り立ってるわけだから。他国とのパイプを大事にしながらやっていかなくちゃいけないのに、政治が言った切りみたいなことになるとバランスが崩れていく。それが今日の色々なことに尾を引いている。」と話した。

フリーライターの武田砂鉄氏は「福田氏で印象に残っているのは、自身の本棚を前に喋ってるシーン。中国関係の本がたくさん並んでいた。今はあのような本棚を見ただけで、『媚中』と即物的な反応をする人がいるかもしれない。でも、中国との関係を築いていくのは非常に難しいが、難しいなりに形成の仕方があるんだと福田氏は繰り返しおっしゃっていた。」と述べた。

番組パートナーの小島慶子は「永田町における日中のパイプがなくなったと随分前から言われている。今は中国に媚びるのはみっともないとか、中国はけしからん国という人もいるが、そう思うのであれば、引っ越せない間柄、つまり永遠のお隣さんとして、付き合い方を考える上で、相手のことをよく知った方がいいと私は思う。」と話した。

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