HBCラジオが、コミュニティFMの三角山放送局と同時生放送!連携協定を結ぶ日本コミュニティ放送協会 北海道地区協議会とのつながりで実現

同時生放送を行ったHBCラジオ『カーナビラジオ午後一番!』の金子智也リポーター(右)と三角山放送局『ご近所RADIO』の渡辺望未パーソナリティ(左) ©HBC

HBC北海道放送ラジオ局(本社:北海道札幌市 以下、HBCラジオ)は、きのう21日(水)、開催中の夏の大感謝週間の企画として、札幌のコミュニティFM局・三角山放送局との同時生放送(サイマル放送)を実施しました。

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HBC北海道放送は、去年2018年9月に、北海道内22社のコミュニティFM局が加盟する「日本コミュニティ放送協会 北海道地区協議会」と、放送事業等に関する連携協定を結びました。道内各地域の話題や気象情報を共有するのはもちろん、災害時の相互協力などを目指して結ばれたものです。締結直後の9月6日には、北海道胆振東部地震が発生しましたが、その際、HBCラジオは震源地に近いコミュニティFM局・FMびゅー(北海道室蘭市)と電話をつなぎ、同局のパーソナリティに最新の情報を伝えて貰いました。現在は、平日午前と午後のレギュラーミニ枠で、加盟社のFMいるか(北海道函館市)とFM-JAGA(北海道帯広市)と同時放送をしているほか、週1回、『カーナビラジオ午後一番』(月-金 正午~午後4時)の中で、加盟各社のFMパーソナリティが交代で登場するコーナーを設けています。

 

21日(水)は、HBCラジオが開催する夏の大感謝週間の企画として、同局の『カーナビラジオ午後一番』と、札幌市西区を放送エリアとする三角山放送局の『ご近所RADIO』(水 午後3時~午後5時)の同時生放送を実施。HBCラジオのリポーターでシンガーソングライターの金子智也が、サプライズ企画として生放送中の午後3時50分頃に三角山放送局を訪問。そこに、同じく生放送中の『ご近所RADIO』のパーソナリティ・渡辺望未さんが登場し、2つの番組がコラボレーションしました。

 

放送の中で、三角山放送局の渡辺さんは、「いま三角山放送局とHBCラジオで同じ音が流れています」と興奮気味に伝えました。一方で、レンガ作りの三角山放送局の局舎に入ったHBCラジオの金子は、「アニメの中に出てくるようなオシャレな建物」と嬉しそうに紹介。さらに、その感想を即興の歌詞にまとめ、自身の曲「手をつなごう」のメロディーにのせて歌い上げました。それを聞いた渡辺さんも「レンガの局舎に響きました」と声を弾ませました。

 

HBCラジオ編成業務部長の角田拡樹は、今回の同時生放送を終えて、「この取り組みができたことは、HBCラジオにとっても三角山放送局さんにとっても良い経験になったと思われる。今後も様々な場面で、このような放送を展開したい」と話しています。同時生放送の模様は、radikoの機能を用いて、HBCラジオのタイムフリー放送で聞くことができます。

 

HBCラジオの夏の大感謝週間は、今月25日(日)まで続きます。

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カーナビラジオ午後一番!
放送局:HBCラジオ
放送日時:毎週月曜~金曜 12時00分~16時00分
出演者:出 演:YASU、山根あゆみ、大森俊治、金子智也 ゲスト:渡辺望未(三角山放送局『ご近所RADIO』パーソナリティ)
番組ホームページ

※放送情報は変更となる場合があります。

イラン問題から探る、シーア派とスンニ派の違い

ニュースキャスターの長野智子がパーソナリティを務める「長野智子アップデート」(文化放送・月曜日15時~17時、火~金曜日15時~17時35分)、3月11日の放送に毎日新聞論説委員でノンフィクション作家の小倉孝保が出演した。イランの新最高指導者モジタバ・ハメネイ師がイスラム教シーア派の聖地・マシャドで生まれであることに関連し、イラン問題、シーア派とスンニ派の違いを語った。

鈴木敏夫(文化放送解説委員)「イランの最高指導者を選出する権限を持つ『専門家会議』は、殺害されたハメネイ氏の後継に、その次男であるモジタバ師を選出した、と発表しました。イラン革命防衛隊もモジタバ師への忠誠を表明しています。そのモジタバ師、シーア派の聖地であるマシャドという街で生まれた、という情報も伝わっています」

長野智子「シーア派について改めて教えてください」

小倉孝保「僕は2000年から2005年までカイロを拠点に、モロッコからイランまでカバーして。イランは大きな国で、およそ5年弱の間に10回ぐらいは取材し、長期滞在していました。エジプトはスンニ派の国なんです。イスラム教徒が多いけど、シーア派の人はほぼいないと思います。でもイランに出張すると8割がたシーア派の人たちです。スンニ派とシーア派の人たちって、同じイスラム教なのにこんなに違うのか、と感じさせられます」

鈴木「どういう点で?」

小倉「なぜシーア派とスンニ派がいるのか、ということから言うと、預言者ムハンマドがイスラムをつくって、亡くなったあとに後継者争いになる。ムハンマドの教義をよく理解した人間で、あとを継いでいこう、と考えたのがスンニ派。これがいまの世界の多数派です。シーア派はどういう人かというと、ムハンマドの家族、血を重視して、その血を継いでいく考え方を重視した人たち」

長野「はい」

小倉「ムハンマドの娘婿でいとこでもあるアリという人が中心となって、その人の子どもたちや子供のきょうだいなどで継いでいったものがシーア派なんです。一方でスンニ派が血は関係ない、ムハンマドの考えをいかに理解しているか、ということを重視して。自分たちが後継者だ、と。いまスンニ派、シーア派と呼ばれている人たちの跡目争いが対立を生んだ」

長野「はい」

小倉「そこで7世紀初めぐらいからだと思うけど、かなりの戦争状態になる。イランを見るとき『あれ、イラン人ってこういうマインドがあるんだ』と思わされた出来事がいくつかあって。カルバラ、というシーア派の聖地がイラクにある。カルバラで、ムハンマドの後継者とされていたアリの息子、フサインの軍がウマイヤ朝、いまのスンニ派につながる朝の軍とぶつかって虐殺されるんです」

長野「フサインさんがね」

小倉「フサインのぶつかった場所、遺体の埋められている場所がカルバラで。シーア派の人にとっては非常に思い入れのある、聖地になっているんです。簡単に虐殺というけど、フサインは(軍に)70人ぐらいしかいなかった。それで4000人の軍に挑んで、女性と子供以外は全員、殺されたといわれています。フサインは体をいったんダマスカスに送られて。殺された、というのを確認してカルバラに戻されて、埋葬されたといわれます」

長野「うん……」

小倉「カルバラの悲劇、カルバラの戦いといわれます。西暦680年のことですが、いまもいろいろなところでイラン人がこの話をするんです。するというのは、雑談ではなく、モスクに行ったときのモスクのイスラムの聖職者(法学者)たちが、この話をもう日本人でいえば『平家物語』ってこうだったのかな、というぐらい滔々と上手に物語にしていく。そこで聴いている人が、ものすごく真剣なわけです」

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