歌う漫画家・荒木ちえ~流しの師匠が病床で語った忘れられない言葉

番組スタッフが取材した「聴いて思わずグッとくるGOODな話」を毎週お届けしている【10時のグッとストーリー】

歌う漫画家 荒木ちえ  Facebookより

昭和の花街の雰囲気をいまも色濃く残す、東京・新宿区荒木町。この荒木町で、いまでは珍しくなった「流し」の歌手としてお店を廻り、お客さんの似顔絵を描きながら歌うスタイルで人気を集めている女性がいます。

7年前から「流し」を始めた彼女は、おととし(2017年)まで「伝説の流し」と呼ばれた師匠と一緒に、荒木町で流しをやっていました。

もともと漫画家の彼女は、なぜこの道に入り、師匠が亡くなった後もこの街で1人「流し」を続けているのでしょうか? 街がつないだ、師匠と弟子の絆のストーリーです。

歌う漫画家 荒木ちえ  Facebookより

着物姿で、オリジナルの五弦三味線「五色線」を抱えて荒木町のお店を廻り、歌いながらサラサラッとお客さんの似顔絵も描く「歌う漫画家ちえ」こと、荒木ちえさん。歌謡曲から演歌、洋楽まで、リクエストに応じて歌いながら、お店を1軒1軒渡り歩いて行きます。

「1日20軒ぐらい回ります。『何時にどこの店へ来て』と、予約を頂くこともありますよ」

名古屋市生まれのちえさんは、幼いころから歌うことと絵を描くことが大好きな女の子でした。お母さんの影響で昭和の歌謡曲に興味を持ち、昔の曲を歌う一方、地元の美大を卒業後は漫画家として活動を開始。名古屋の情報誌に連載を持つなど、多才ぶりを発揮していました。

歌う漫画家 荒木ちえ  Facebookより

「歌も漫画も、手段が違うだけで、私にとっては同じ“表現”なんです」と言うちえさん。2010年、漫画家としてさらに上を目指すため上京。

先輩漫画家・東陽片岡(とうよう・かたおか)さんを訪ねたときに、「きみ、昭和の歌謡曲が好きなの? それなら本物の“流し”に逢わせてあげるよ」と引き逢わせてもらったのが、この道60年以上、当時の日本最高齢だった伝説の流し・新太郎師匠でした。

ちえさんは言います。「それまで昔の白黒映画でしか流しの人を見たことがなかったので、『うわー、本物の流しだ! シーラカンスだ!』と思いました(笑)」。

歌う漫画家 荒木ちえ  Facebookより

元・戦災孤児だった新太郎さん。1人で生きて行くため、14歳でギターを手にして全国を渡り歩き、70代になっても現役で歌い続けていました。カラオケの普及に押され、流しはどんどん数が減って行きましたが、新太郎さんは流れ流れて荒木町へ。いつしかこの街の“名物”になっていました。

東陽さんは、ちえさんに「きみは歌も上手いし、漫画家より表に出る方が向いてるんじゃない? 新太郎さんに弟子入りして、一緒に流しをやったらどう?」と提案。

ちえさんは二つ返事でOK。弟子を取らない主義だった新太郎さんも、「世話になってる人の頼みじゃ断れないな」と、ちえさんの弟子入りを認めました。

歌う漫画家 荒木ちえ  Facebookより

それから毎日、新太郎さんと2人で荒木町を廻ることになったちえさん。新太郎さんは、楽器や歌については「自分で見て覚えろ」と、何も教えてくれませんでした。

「ずいぶん理不尽なことも言われましたが、お酒の飲み方と、お店の人への気の使い方だけはしっかり教わりました。流しは、歌わせてくれるお店あっての商売だからって」

荒木町の人たちみんなに愛されていた新太郎さん。師匠に「相手の心を先回りして読め!」と何度も叩き込まれたことで、ちえさんもだんだん、荒木町の人たちに受け入れられて行きました。

歌う漫画家 荒木ちえ  Facebookより

そんなある日……新太郎さんに突然、異変が起こります。これまで何万回も弾いて来た曲のイントロが、突然弾けなくなったのです。すぐ病院に行くと、肝臓ガンが原因の「肝性脳症」でした。しかも、余命数ヵ月という診断。

ガン告知を受け、水しか飲めず体がやせ細っても、新太郎さんはちえさんと一緒に荒木町を廻り続けました。やがて歩くことも難しくなり、入院した新太郎さんを毎日見舞って、お客さんからの励ましの言葉や見舞い品を届けたちえさん。

5年も一緒に活動していると、ときにケンカをしたり、憎まれ口を叩き合ったりすることもありましたが、新太郎さんが病床で初めて「ありがとう」と感謝の言葉を口にしてくれたこと、今後の活動について心配してくれたことが、ちえさんは忘れられないそうです。

歌う漫画家 荒木ちえ  Facebookより

おととし8月、新太郎さんは75年の人生を閉じましたが、ちえさんは師匠の教えを胸に、いまも1人で荒木町を流しています。ちえさんは言います。

「もし将来有名になることがあっても、流しは絶対にやめません。地に足を付けて、お客さんと1対1で向き合うことの大切さを、師匠は教えてくれましたから」

八木亜希子 LOVE&MELODY
FM93AM1242ニッポン放送 土曜 8:00-10:50

八木亜希子 LOVE & MELODY

ニッポン放送「10時のグッとストーリー」

radikoのタイムフリーを聴く

乃木坂46賀喜遥香「壁一面が金色で…」同期・遠藤さくらと表紙を飾る雑誌「東京カレンダー」の豪華な撮影秘話を明かす

乃木坂46の賀喜遥香がパーソナリティを務めるTOKYO FMのラジオ番組「SCHOOL OF LOCK! 乃木坂LOCKS!」(毎週木曜23:08頃~)。10月8日(木)の放送では、同期の遠藤さくらと表紙を務めた雑誌「東京カレンダー」12月号について語りました。


乃木坂46の賀喜遥香



「『東京カレンダー』12月号の表紙、おめでとうございます! 東京カレンダーさんの公式Xに公開された動画と写真を観て、遥香先生と遠藤さくら先生の普段とのギャップがあるコーデにドキッとしました。“かきさく”コンビの幸せな空気感が伝わりました。撮影中のさくら先生とのお話があったら聞きたいです!」(新潟県 22歳)

◆“かきさく”コンビで「東京カレンダー」の表紙に!

賀喜:東京カレンダーさんというかっこいい雑誌の表紙を、同期の遠藤さくらちゃんと務めさせていただくことになったんですよ! どうして“かきさく”コンビで呼んでいただいたかというと、東京カレンダーさんが10月で25周年を迎えられて、私とさくちゃんも今年で25歳なんです。だから、東京カレンダーさんと同い年ということで呼んでくださいました!

そういうお話も誌面でさせていただきましたし、すごく高級なグランメゾン「ガストロノミー “ジョエル・ロブション”」に行かせていただいて、そこがもうすごかったんです! 壁一面が金色で、たぶん普通に生きていたら足を踏み入れることのなかったような高貴なお部屋で、少しご飯を食べさせていただいたり、撮影していただいたりしました。


乃木坂46の賀喜遥香



賀喜:さくちゃんと2人でお仕事をすることはあったんですけど、こういう雑誌で一緒に撮影することがあまりなかったので、「うれしいね~!」なんて話しながら。でも、やっぱり25歳なので、東京カレンダーさんにふさわしい人間になれるように、メイクを華やかにしていただいたり、大人っぽい衣装を着させていただいたりして撮影しました。撮影自体は、本当に“いつもの私たち”という感じだったんですけど、雰囲気も相まって、またひと回り大人になれたような気がしました。

2人での写真もたくさん掲載されていると思いますし、インタビューもしていただいて、2人の関係性とか、今の乃木坂46に対する思いとか、いろいろ話したので、ぜひ見ていただけたらうれしいなと思います。

私も楽しみなんですよね~!「まさか、憧れの雑誌に大好きなさくちゃんと2人で(表紙を飾れるなんて)!?」っていうことがうれしかったので、ぜひチェックしてみてください!

----------------------------------------------------
この日の放送をradikoタイムフリーで聴く
※放送エリア外の方は、プレミアム会員の登録でご利用いただけます。
----------------------------------------------------

<番組概要>
番組名:SCHOOL OF LOCK!
パーソナリティ:アンジー校長(アンジェリーナ1/3・Gacharic Spin)、たんぼ教頭(溝上たんぼ)
放送日時:月曜~木曜 22:00~23:55/金曜 22:00~22:55
番組Webサイト:https://www.tfm.co.jp/lock/
番組公式X:@sol_info

Facebook

ページトップへ