マイクロソフトのTikTok買収が示す~米中による“ネットの分裂”

ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」(8月5日放送)にジャーナリストの佐々木俊尚が出演。トランプ大統領がマイクロソフトのTikTok買収を容認する意向を示したというニュースについて解説した。

ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」

トランプ大統領がマイクロソフトのTikTok買収を容認、合意期限は9月15日

アメリカのトランプ大統領は8月3日、中国企業が運営する動画投稿アプリ「TikTok(ティックトック)」について、アメリカIT大手のマイクロソフトによる買収交渉を容認する意向を示した。一方で、9月15日までに合意に達しなければ、アメリカ国内での事業を禁止する考えも示している。

飯田)安全保障上の懸念があるということです。

佐々木)これは難しい問題です。前提情報として知っておいて欲しいのですが、中国発のIT企業で世界的プラットフォームになっているのは、TikTokが初めてなのです。よくアメリカのGAFAに対して、BATHなどと言われています。バイドゥ、アリババ、テンセント、ファーウェイ、どれも中国ローカルの企業です。しかし、TikTokは日本でも人気がありますし、アメリカでも爆発的に人気のあるグローバルなプラットフォームです。TikTokは中国人が経営しているし、運営しているバイトダンス社は中国の会社ですが、出資しているのはシリコンバレーの投資家などで、必ずしも純粋な中国企業とは言い切れません。

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TikTokの持っているユーザーの個人データが中国政府の管理下に~中国の悪口をTikTok上で言えば、指名手配される可能性も

佐々木)アメリカが懸念しているのは、トランプ大統領が反中国だからということではなく、TikTokはユーザーの個人情報をたくさん持っています。それが中国のサーバーに送信されるということは、中国政府の管理下にあるということになります。例えば、我々は日ごろグーグルのサービスを使っています。そのデータは日本国内にも、アメリカのデータセンターにもあります。しかし、少なくとも中国にはありません。アメリカのデータセンターにあれば、アメリカ政府が見る可能性がないこともありませんが、日米関係で言うと、アメリカ政府が見たからと言って、同じ民主主義国であり、それほど問題はありません。しかし中国政府が見るということになれば、危機感を持つ人が多いと思います。香港で国家安全維持法を中国が施行しました。反中国的な言説をしていると逮捕される可能性があり、香港や中国国内に限らず、海外にも適用されます。実際、アメリカに住んでいてアメリカの市民権を持っている、朱牧民(サミュエル・チュー)さんという人に逮捕状が出て、指名手配されています。

飯田)出ていますね。

佐々木)日本の政府、警察が日本に来たことのないアメリカ人に対して、「日本の悪口を言っただろう」と言って、逮捕状を出しているのと同じです。TikTok上で中国の悪口を日本人が言ったら、国家安全維持法に基づいて中国政府が指名手配することも、やろうと思えばできてしまいます。そこに対して危機感を持つのは当然だと思います。

飯田)アメリカは中国に対して、ポンペオ国務長官の演説に象徴されますが、いろいろな閣僚が4回にわたって演説をしています。このところ、トランプ大統領の個性だけでは語れないような対立の仕方ですよね。

佐々木)分断を招くと言いながら、TikTokそのものは可能性のある動画サービスだと思います。観たことはありますか?

飯田)若い子が使っているのを覗いたことならあります。

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SNSに乗り遅れ、TikTokを買収したいマイクロソフト

佐々木)数十秒ぐらいの短い動画が大量にあり、ただ踊っているだけとか、YouTube的なものとは違います。人気があるので、マイクロソフトが買収しようと進めていますが、買収できればマイクロソフトにとっては天の恵みです。GAFAMと言われ、他のIT企業に準じて語られるマイクロソフトですが、OfficeやWindowsなどの主力製品はあるけれど、SNS的なものは持っていません。グーグルがYouTubeを持ち、フェイスブックがInstagramを持っていて、SNSで巨大化して来ましたが、マイクロソフトはそこが遅れています。TikTokを買収したら、SNS市場に自社の圏域をつくれる可能性があるので、マイクロソフトにとってはありがたい話なのです。しかも、バイトダンスはTikTokを売却してアメリカ企業にならない限り、アメリカで生きて行けないという状況なので、売るしかありません。

中国の習近平国家主席(左)とトランプ米大統領=2020年5月14日 ©時事通信

中国政府から「売国奴」と怒られているバイトダンス、TikTok~米中でのネットの分断が起きている

佐々木)バイトダンスには難しいところがあって、中国では売国奴だと言われているのです。要するに、「中国企業のくせにアメリカに媚びを売って、アメリカで生き残ろうとしている」と言われ、批判殺到中です。ファーウェイは5Gの端末をアメリカでは使わないとしています。グーグルにアプリを載せないと言われて、携帯電話が売れにくくなっています。ファーウェイは、中国では愛国的な企業として評価されていて、「みんなでファーウェイのスマホを買って支援しよう」と言われていますが、バイトダンスとTikTokは売国奴だと怒られているのです。ナショナリズムとグローバルプラットフォームの狭間で、中国側とアメリカ側にインターネット企業が引き裂かれています。まさにネットの分断が起きているのだと思います。

飯田)ネット空間がブロック化して行くのでしょうか?

佐々木)以前からインターネット版の万里の長城と言われていて、中国国内では、テンセント、アリババ、バイドゥは使えますが、グーグルもフェイスブックも使えません。このように分断が進んでいましたが、それがさらに進むことになるのだと思います。実際、トランプ大統領は、以前からデカップリングと言って、グローバル経済を中国経済とそれ以外に分離すると言っています。グローバルサプライチェーンは分断できるはずがありませんが、無理やり分断させる動きをアメリカ政府はやって来ました。もしかしたら、そうなって来るのかという気もします。今回のことは、単にTikTokの話だけでなく、グローバル経済全体にどう影響を与えるかということも注視する必要があると思います。

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民放にはできない“客観的中立報道”が成り立つ貴重なNHKの価値

ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」(8月5日放送)にジャーナリストの佐々木俊尚が出演。中期経営計画案を発表したNHKについて解説した。

NHKの社旗と日の丸=2020年1月27日午後、東京都渋谷区 ©産経新聞社

NHK中期経営計画案

NHKは8月4日、2021年度から2023年度までの中期経営計画案を発表した。計画案では、AMラジオや衛星放送のチャンネル削減が盛り込まれたが、新たな受信料の値下げについては盛り込まれなかった。

飯田)来年度(2021年)から3年間の経営計画案ですが、スリムで強靭なNHKを目指すということです。

NHK放送センター(本部)(日本放送協会-Wikipediaより)

丁寧に時間をかけて質の高い番組づくりをしているNHK

佐々木)チャンネルが多いですからね。衛星放送だけでも4つあります。そのなかのBS1とBSプレミアムを一本化することなどが検討されているようです。NHKはよく政権との距離の問題なども取り沙汰されますが、質の高い番組であることは間違いありません。番組づくりに時間をかけています。私はEテレの「世界にいいね!つぶやき英語」に3年ほどレギュラーで出ています。30分の番組なのですが、朝10時半に局に入り、収録が終わるのは夕方4時です。

飯田)1本で?

佐々木)1本です。リハーサルをやって、その後に打ち合わせを3回くらいします。

飯田)うちの会社だと、30分でやりますよ。

佐々木)民放でも1時間です。

飯田)テレビだと、リハーサルもありますからね。

佐々木)時間をかけることがいいことなのかはわかりませんが、そのくらい丁寧にやっているのは間違いありません。そういうところが「NHKスペシャル」とか、「クローズアップ現代」の質の高さになっています。いまの時代に、そこまで時間をかけて丁寧につくっているテレビ局が他にないことを考えると、その貴重さを大事にした方がいいと思います。

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新聞は読者をつなぎ止めるためにイデオロギー色を鮮明にせざるを得ない

佐々木)近年、マスメディアは政治的な立ち位置の問題が重要になっています。「客観的中立報道」と、テレビもラジオも新聞も言って来ました。90年代くらいまではそうでした。ところが、特に新聞などは、ものすごい勢いで部数が減っています。全体で4000万部ほどに減少していて、読売新聞1つがなくなったくらい減っています。かつて1000万部だった読売新聞も800万部ほどになり、朝日新聞は800万部から500万部代に減少しています。毎日新聞は一時500万部くらいあったのに、300万部と半減ぐらいになってしまっています。そうなると、現状いる読者を引き留めるために、どんどん旗幟鮮明になって行きます。東京新聞が典型で、昔は名古屋の中日新聞社の系列紙としてイデオロギー的なものはなく、東京ローカルの感じのいい新聞でしたが、いまやゴリゴリの左翼新聞です。産経も普通の新聞でしたが、かなり右派的な色が強くなっています。現状の読者をつなぎ止めようとすると、イデオロギー色を鮮明にした方がありがたがられます。中道的にすると売れなくなってしまうという問題が起きるのです。

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男性週刊誌が「死に方特集」や「病気特集」を組む理由

佐々木)同じことがあらゆるところで起きていて、雑誌もそうです。週刊誌は、昔は「週刊ポスト」や「週刊現代」は50万部、「週刊文春」は80万部くらい売れていました。それが売れなくなって来て、若者向けに何度もリニューアルした結果、固定読者であった高齢読者がいなくなってしまった。リニューアルして若者が買うかというと、買いません。そこでまた高齢者向けにシフトすることにより、週刊誌でなぜか死に方特集や病気特集が頻繁に組まれるという状況です。どんどん現状の読者、視聴者に合わせて偏るということが起きます。これはオールドメディアのように、広告や販売という収益モデルをやっていると避けられません。

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不偏不党、客観的中立報道が成り立つ貴重なNHKの価値

佐々木)NHKは非営利で、受信料だけでやっています。毎月3000円を取られて、怒っている人がたくさんいるのはわかります。だから「NHKから国民を守る党」が躍進したりするわけです。一方で、いまとなっては貴重な不偏不党、客観的中立報道が曲がりなりに、ある程度成立する価値は認めなければいけないと思います。

飯田)批判する人は、「NHKは偏っている」と言いますが。

佐々木)よく見ると、NHKは右からも左からも怒られています。両方から怒られているということは、実は中立なのです。

飯田)まだ案ということですので、今後どうなるかはわかりません。コストの削減をみずほ銀行出身の会長がやろうとしているところで、現場との軋轢もあるようです。

佐々木)無駄なコストも多いと思いますが、変にコストを削減してしまうと、日本の産業界のようになってしまいます。クオリティを保つために、ある程度は無駄なコストも許容しなければいけないということは、失われた30年間で我々が学んだことの1つだと考えて欲しいです。

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