「表現の自由の限度を超えている」鈴木エイト氏が語る、論評と誹謗中傷の境界線

9月18日(金)、ニュースキャスター・長野智子がパーソナリティを務めるラジオ番組「長野智子アップデート」(文化放送・15時30分~17時)が放送。午後3時台の「アップデート・コラム」のコーナーでは、「侮辱罪の厳罰化と表現の自由」というテーマで、ジャーナリストの鈴木エイト氏に話を伺った。

この日は長野智子に代わり、文化放送解説委員の鈴木敏夫がパーソナリティを務めた。

鈴木エイト氏をインターネット上で中傷したとして、侮辱罪に問われた弁護士の中山達樹被告(51)の判決で、東京地裁は16日、「論評の域を逸脱していない」と無罪を言い渡した。検察側は罰金10万円を求刑していた。

一方で、裁判官は投稿の内容について「鈴木さんの社会的評価を下げる危険性があり、侮辱罪が成立する」と認めた。

鈴木敏夫(文化放送解説委員)「侮辱罪は2022年7月に厳罰化されました。いわゆる法定刑が引き上げられました。法務省は以後の事例集を公開しているということなんですよね」

鈴木エイト「はい。これは厳罰化になったんですけど、法定刑が引き上げられただけで、判断の枠組み要件は変わっていないんですね。それまでは拘留・科料だったのが、1年以下の懲役・禁錮、拘禁刑ですよね、罰金も加わったということで。それはネット上での誹謗中傷の悪質化であるとか、そういうところに関してちょっと不幸な事件とかがありましたので、そういうところから抑止をするために厳罰化に踏み切ったっていうところはあるんですけど、一方で表現の自由、これをかなり阻害する面があるんじゃないかというところで、いろんな学者の方などを含めて懸念の声も上がっているんですよね」

鈴木敏夫「なるほど。懸念の声も上がっているということなんですけれども。とはいえ、エイトさんへの侮辱罪ということで、裁判が続けられておりましたけれども、今回のこの判決、どのように受け止めていらっしゃいますか?」

鈴木エイト「私は3年ぐらい前から、弁護士の方から執拗に誹謗中傷をネット上で受けて、これは表現の自由を超えた誹謗中傷がかなりあるんじゃないかというところで、確実に侮辱罪に問えるところを選んで刑事告訴をしたんですけれども。これは自分が言われたからどうこうではなくて、統一教会の顧問弁護士・代理人の弁護士をされている方だったんですけれども、統一教会に関しては脱会した元2世信者の方だったりとか、いろんな被害者の方が勇気ある告発をして声を上げたんですけど、そこに対して、この弁護士の人がかなりキツい誹謗中傷を繰り返していて、それも同じように論評の体をとって誹謗するようなところはあったんですね。それによって勇気ある告発、声を上げた人たちが声を上げづらくなっていった。犬笛的に『法律家がここまで言っていいんだ?』っていうようなところをあえて見せてきたようなところがあって、統一教会の関係者だったり近い人たちが、それに乗っかる形で誹謗中傷をどんどん集めてきた。結局、そういう人たちが声を上げられなくなったっていう流れがあったので、それをなんとか止めたいなっていうのもあって、刑事告訴に踏み切ったんですけど、僕も表現者である以上、表現の自由を守らなきゃいけないっていうところの、そこは当然考えたんですけど、表現の自由とか、自由の限度を超えているんじゃないかっていうところがあったんですよね」

鈴木敏夫「たしかにね、論評と誹謗中傷のボーダーラインが、そもそも難しいし、それに対して弁護士が境界線のところを微妙にラインを踏むような踏まないような感じでくるっていうのは、なかなかちょっと……」

鈴木エイト「非常に上手い表現はたしかにしているんですよ。不法行為に問われないような形で論評の体をとりながら実際のところは人身攻撃をしているんじゃないか、っていうところですね」

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金融マンと寿司職人の“二刀流” 50歳を過ぎて寿司職人の学校へ入学した男性

11月は新米のシーズンということもあるのでしょうか。1日が「すしの日」、22日は「回転寿司記念日」と寿司にまつわる記念日が続きます。寿司ロボットの技術は見事ですが、やはり、職人さんが握った寿司はたまりませんね。

画像提供:小川浩司さん

今回は、金融マンの傍ら、“出張寿司職人”としても活躍されている男性のお話です。

大きな観音様が駅を見守る、神奈川県の大船。この大船ご出身で、いまも鎌倉・腰越にお住まいの小川浩司さんは、昭和44年生まれの57歳。普段は、都内の会社で金融関係の仕事をされています。

実は小川さん、もう一つの顔があります。週末を中心に首都圏各地で開かれるホームパーティーに出向いたり、お店を間借りして、手際よく寿司を握っている“出張寿司職人”なんです。だいたい、ひと月に3回、この3年半でおよそ120回の“出張”を重ねてきました。

若い頃の小川さんは、「スタミナが第一!」と、魚よりも肉でした。なかでも焼肉が大好きで、地元・神奈川に多い精肉スーパーの超常連。さらに本場・韓国、ソウルの明洞に足しげく通っていたこともあって、友達からは“ヨン様”ならぬ“ミョン様”とニックネームを付けられたほどだったんです。

そんな小川さんが寿司に目覚めたのは、コロナの時期でした。在宅勤務の空き時間、ぼんやりとインターネット動画を眺めていると、あるインフルエンサーの方が、寿司をテーマにしゃべっていたことをきっかけに、「寿司職人」という仕事が気になり始めます。

小川さんはその時、50歳を超えたばかり。仕事・家庭・趣味も充実していましたが、定年後のことを考えると、経済的なことや社会とのつながりに少し不安もありました。

「もしも、寿司を握ることが出来れば、定年後にすし屋さんのパートでも働けるし、たとえ、自給自足の生活になっても、魚をさばければ生活できるはずだ!」

色々と考えた小川さん、まずは寿司職人への道を一歩踏み出すことにしました。

小川さんは、寿司職人を養成する専門学校の門を叩きます。1クラスには20人くらいいましたが、見渡すと周りは、海外に寿司屋さんを出して一旗揚げようという若い人たちばかり。でも、何人かは、同じように手に職をつけたいと考えた中高年の方の姿も見えました。

最初のステップは、寿司のにぎり方を徹底的に学びます。にぎり寿司に合ったシャリの量と重さを、サッと手に取った指先の感覚で憶えていかなければなりませんが、小川さんはさっそく苦戦。シャリの形を整えていくのもままなりません。

続いて、小川さんの前に立ちはだかったのは、様々な魚たちでした。アジを三枚におろしていくのも、なかなかきれいに出来ません。穴子が出てくると骨の多さに大苦戦。真鯛はウロコの多さに、もう圧倒されてしまいます。一方、脂がのったブリに至っては、どこから包丁を入れていいのか迷うばかり。でも、小川さんは諦めませんでした。

「せっかく始めた以上は、何とかして形にしたい!」

その思いを胸に練習に練習を重ねた小川さん、いつしか魚の筋肉の繊維をサッと見極め、迷わずスッと包丁を入れ、身と骨が分かれるように捌くことが出来るようになります。

晴れて2022年春、小川さんは、無事に専門学校を卒業。お勤めになっている会社の上司の方に、寿司職人としても活動したいと申し出ると、まるで目が点になったように驚かれました。それでも寿司職人への熱い思いを伝えると、副業として認めてくれることになりました。

今ではお店を間借りして営業する機会やリピーターのお客さんも増えてきた小川さん。少し前にはお子さんの高校合格のご褒美に、“人生初めての回らないカウンター寿司”を食べさせてほしいという依頼も受けたそうです。

「子供が元気よくお寿司を食べてくれたり、カウンター越しにお客様から直接美味しいとおっしゃっていただけると、やってよかったという気持ちになりますね」

一方、寿司を握り始めたことで、本業のお仕事にもいい影響が出てきたといいます。

「副業が出来たことで、思い切りがよくなりました。たとえ本業でヘマをしたとしても、副業があるからと気持ちがラクになったんです。これから、もっと年齢を重ねてもチャレンジは続けていきたいと思っています」

金融マンと寿司職人、小川さんの“二刀流”への挑戦は、新たな人生を切り開いています。

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