アカデミー賞国際長編映画賞ノミネート!イラン映画『聖なるイチジクの種』の魅力

福岡ではkino cinema天神、KBCシネマほかで上映中のイラン映画『聖なるイチジクの種』。来たる3月に発表されるアカデミー賞では国際長編映画賞にもノミネートされている注目作だ。これが「その社会性もさることながら映画として掛け値なしに惹き込まれる映画となっている」と、RKBラジオ「田畑竜介GrooooowUp」に出演したクリエイティブプロデューサーの三好剛平さんは語った。
映画と監督について
まずは映画のあらすじから。この映画は、イランに暮らす夫と妻、そして二人姉妹の娘たちという四人家族に起こる物語です。
20年間ものあいだ国家公務に従事してきた一家の主・イマン。このたび、その勤勉さと愛国心を買われ、夢にまで見た裁判所調査官という役職に昇進することが決まり、国からは護身用として一丁の銃が支給されます。そんなさなか、街ではある若い女性の不審死をめぐる反政府抗議デモが開始。わずか数日のあいだに国家を揺るがすほどの一大デモへと発展していきます。そんなある日、家庭内からイマンの銃が紛失します。はじめはイマンの不始末かと思われましたが、次第に疑いの目は彼の妻、そしてふたりの娘たちへと向けられます。誰が?何のために?捜索が進むにつれ互いへの疑心暗鬼が家庭を支配しはじめ、やがて誰も予測もしていなかった事態へと発展していく——。
本作の監督はモハマド・ラスロフというイラン生まれの監督ですが、この人がすごい。2002年に映画監督デビューを飾るやすぐに国際映画賞で賞を獲得する映画作家になりますが、なにせ国家による映画の検閲が法的に行われるイランにて、程なく問題に直面していきます。
2010年代以降はカンヌ国際映画祭のある視点部門で作品発表ごとに受賞を重ね、2017年にはついに同部門で最高賞を受賞。さらに2020年にはイランの死刑制度をテーマにした作品を発表し、ベルリン国際映画祭で最高賞を受賞しています。しかしそうした活動によってイラン政府から「国家安全保障に危険をきたす」「政府に反するプロパガンダを広める」罪で政府に目をつけられ、パスポートも没収され海外渡航も禁止。2022年にはついに刑務所に7ヶ月収監されてしまいます。
そして2024年。本日紹介する『聖なるイチジクの種』がその年のカンヌ国際映画祭で上映されることが決まると、政府はそれを妨害するためにラスロフ監督に「鞭打ち、私財没収、禁錮8年」の実刑を下します。彼は、収監されるかイランを脱出するか、という決断を迫られ、ついに国を出ることを決意。同じくイランで反政府的な表現をした罪に問われたミュージシャンは死刑を宣告されていることなどもあり、文字通り国を捨てるだけでなく、死の危険さえも引き受けた決死の映画祭出品を敢行しました。
映画はカンヌ国際映画祭で12分にも及ぶスタンディングオベーションで迎えられ、審査員特別賞を受賞。そして3月に発表されるアカデミー賞でも国際長編映画賞にノミネートされています。ちなみに本作はここまで述べた事情からもアカデミー賞へのノミネートはイラン映画としてではなく、共同製作に名を連ねたドイツ映画として選出されています。
マサ・アミニの死が明らかにしたもの
そんな命懸けの覚悟で製作・発表されたのがこの『聖なるイチジクの種』という作品ですが、これ、改めて断言しておきます。作品が暴くイラン社会の真実を見届けるだけでも圧倒的であることに加えて、語弊を恐れずに言えば、この映画は掛け値なしに面白い映画にもなっていることに驚かされます。映画ならではの手法で様々な現実を暗示する批評性と、先の読めないスリリングな物語。さらには1本の映画の中で違和感なくジャンルを跨ぎながら観客を167分間まったく飽きさせない演出手腕も文句なし。僕はさっそく今年指折りの映画であると自信を持って推薦します。本当に、めちゃくちゃ良く出来ています。
ここからは、そんな本作を鑑賞する前に知っておくと、より深く楽しめる豆知識をひとつだけお伝えしたいと思います。さきほど、冒頭に紹介したあらすじで、本作が「のちに国家を揺るがすことになる、あるひとりの女性の不審死をめぐる反政府抗議デモ」のなかで展開することにふれましたが、実はこの抗議デモは2022年にイランで実際に起きたものなんです。
それは2022年9月に首都テヘランで起きたひとつの事件がきっかけでした。イスラム教国家であるイランでは、1979年のイラン革命以降、女性が外出する際にはヒジャブと呼ばれる頭や身体を覆う布の着用が義務付けられていますが、当時22歳だったマサ・アミニは駅でその着用が不適切との理由で、現地の風紀警察に逮捕されます。その後、警察署に連行されるのですが、どういうわけか彼女は救急車で搬送、死亡したことが明らかになります。警察当局は彼女の死因を「心臓発作が原因」と主張しますが、それまで彼女にそうした健康上の問題は一切なかったことからも、警察による暴行疑惑が浮上します。
この事件をきっかけに、街では抗議運動が勃発。参加者の多くを女性が占めたこのデモ活動では、女性たちが頭部を隠すことなくその場に晒し、ヒジャブに火をつけるなどのアクションも見せながら、「女性・命・自由」をスローガンとした抗議活動となって、みるみるイラン全土へと拡大します。
それに対し政府当局は力で弾圧する方針をとり、デモ隊への発砲、銃撃、拘束などを激化、ついには死者数200人以上、拘束者数は約2万人とも言われるほどの一大闘争へと発展します。映画では、その抗議デモ当時の実際の映像が数多く取り入れられ、フィクションと現実の境界を巧みに橋渡ししながら、物語の中心となる四人家族の価値観に実は大きく作用していたという、「社会」の影響の大きさを刻々と暴いていく作品になっていきます。
そもそも女性たちに義務付けられたヒジャブとは一体、何だったのか。ヒジャブは何を象徴していて、イランの女性たちはそれによって何を奪われてきたのか。やがてそれはただの「布の着用」如何の問題を越えて、イラン社会全体が長らく女性たちに強いてきた物事を芋づる式に引き当てていく契機となっていく。それこそが現実のアミニさん抗議運動であり、また本作の根底にある問題意識であるというわけです。
さぁこれで準備は万端、あとは映画を見るだけです。何度も言いますが、イラン社会へ向けた命懸けの批評性と、映画としての面白さが高次に達成された必見の一本だと思います。
『聖なるイチジクの種』は福岡ではkino cinema天神、KBCシネマ、ユナイテッドシネマなかま16にて公開中です。くれぐれもお見逃しなくご覧ください。
※放送情報は変更となる場合があります。