山里チルドレン! キングオブコントファイナリスト! 元祖いちごちゃん登場!

キングオブコント・ファイナリスト! 元祖いちごちゃん!

久しぶりに紳助さんに会ったことをきっかけに、腕立て伏せを始めた山里さん。

そんな今週はキングオブコントのファイナリスト! 元祖いちごちゃんのおふたりが来てくれました!

不毛な議論への出演を熱望していた2人。コンプライアンスと天秤にかけた結果、難色を示していた山里さんですが、TBSの警備をなんとか突破してスタジオにやってきてくれました。

2人には、山里さんに会ってどうしても伝えたいことがありました。

ペロ「2人とも『ジャーナルしちゃうぞ』の公録に行ってました!」

20年近く前、まだ吉本の養成所に通っていた頃、山里さんの番組の公録イベントにお客さんとして来ていたとのこと。しかも、それぞれ別々に参加していました。

その証であるアイテムをジップロックに入れて持ってきてくれていたペロちゃん!

さらに、元祖いちごちゃんのネタには、最後に深々とお辞儀をするという、南海キャンディーズへのリスペクトが込められた部分がありました。

山里「やっと会えたね!」

不審者のごとく扱っていた2人が、まさかの山里チルドレン古参でした! これは単純にうれしい! ここに来て山里軍団に新メンバー加入です!

かなりパンチのある芸風ながら、キングオブコントに2年連続でファイナリストになった稀有な2人。ネタは、2人で一緒に話しながら作っているそう。

植村「僕らはセンスじゃなくてフィジカルなんで」

そんな物理で戦う元祖いちごちゃんと、先日のキングオブコントを振り返りました。

2人の1番のライバルはコンプライアンス。まさかのトップバッターになったことにより、本来想定していたものとは違うネタを披露することになりました。運営サイドとマネージャーさんがやり取りする中で、届いたPDFにはでかでかと「禁」の文字。禁書となった幻のネタも見てみたいですね。

とはいえ、大会の盛り上げには、ばっちり貢献! ヤッホイのネタのチョイスも、元祖いちごちゃんの存在が大きく関係していたそうです。そのあとも1組ずつネタを振り返っていきますが・・・

山里「2人めっちゃお笑い好きだね!」

バチバチに火花を散らしながらも、みんなで協力して大会を作ったような感覚もあるとのことです。

そんな2人は、その生まれ育ちも独特で両極端。ハイパーペロちゃんは、10歳まで六本木暮らし。植村さんは、北海道の雄大な森の中で育ちました。

ペロ「変なおじさんに、銀行に松井秀喜がいるって言われて――」
植村「森でデートして花の蜜吸ってました――」

エピソードもフィジカル満点でした。

3度目のファイナル進出が期待される2人。山里チルドレンということが発覚したので、来年もファイナルに進出したら何かお願い事を叶えてあげることに。

ペロ「娘さんに会わせてください」

思わぬ角度からのお願いは、さすがに却下させてもらいましたが、游玄亭での食べ放題を約束! 

来年は、コンプラとの闘いを有無を言わさぬ笑いで制してくれるでしょう! そして不毛な議論への凱旋出演、心よりお待ちしています!

(TBSラジオ『JUNK』より抜粋)

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金融マンと寿司職人の“二刀流” 50歳を過ぎて寿司職人の学校へ入学した男性

11月は新米のシーズンということもあるのでしょうか。1日が「すしの日」、22日は「回転寿司記念日」と寿司にまつわる記念日が続きます。寿司ロボットの技術は見事ですが、やはり、職人さんが握った寿司はたまりませんね。

画像提供:小川浩司さん

今回は、金融マンの傍ら、“出張寿司職人”としても活躍されている男性のお話です。

大きな観音様が駅を見守る、神奈川県の大船。この大船ご出身で、いまも鎌倉・腰越にお住まいの小川浩司さんは、昭和44年生まれの57歳。普段は、都内の会社で金融関係の仕事をされています。

実は小川さん、もう一つの顔があります。週末を中心に首都圏各地で開かれるホームパーティーに出向いたり、お店を間借りして、手際よく寿司を握っている“出張寿司職人”なんです。だいたい、ひと月に3回、この3年半でおよそ120回の“出張”を重ねてきました。

若い頃の小川さんは、「スタミナが第一!」と、魚よりも肉でした。なかでも焼肉が大好きで、地元・神奈川に多い精肉スーパーの超常連。さらに本場・韓国、ソウルの明洞に足しげく通っていたこともあって、友達からは“ヨン様”ならぬ“ミョン様”とニックネームを付けられたほどだったんです。

そんな小川さんが寿司に目覚めたのは、コロナの時期でした。在宅勤務の空き時間、ぼんやりとインターネット動画を眺めていると、あるインフルエンサーの方が、寿司をテーマにしゃべっていたことをきっかけに、「寿司職人」という仕事が気になり始めます。

小川さんはその時、50歳を超えたばかり。仕事・家庭・趣味も充実していましたが、定年後のことを考えると、経済的なことや社会とのつながりに少し不安もありました。

「もしも、寿司を握ることが出来れば、定年後にすし屋さんのパートでも働けるし、たとえ、自給自足の生活になっても、魚をさばければ生活できるはずだ!」

色々と考えた小川さん、まずは寿司職人への道を一歩踏み出すことにしました。

小川さんは、寿司職人を養成する専門学校の門を叩きます。1クラスには20人くらいいましたが、見渡すと周りは、海外に寿司屋さんを出して一旗揚げようという若い人たちばかり。でも、何人かは、同じように手に職をつけたいと考えた中高年の方の姿も見えました。

最初のステップは、寿司のにぎり方を徹底的に学びます。にぎり寿司に合ったシャリの量と重さを、サッと手に取った指先の感覚で憶えていかなければなりませんが、小川さんはさっそく苦戦。シャリの形を整えていくのもままなりません。

続いて、小川さんの前に立ちはだかったのは、様々な魚たちでした。アジを三枚におろしていくのも、なかなかきれいに出来ません。穴子が出てくると骨の多さに大苦戦。真鯛はウロコの多さに、もう圧倒されてしまいます。一方、脂がのったブリに至っては、どこから包丁を入れていいのか迷うばかり。でも、小川さんは諦めませんでした。

「せっかく始めた以上は、何とかして形にしたい!」

その思いを胸に練習に練習を重ねた小川さん、いつしか魚の筋肉の繊維をサッと見極め、迷わずスッと包丁を入れ、身と骨が分かれるように捌くことが出来るようになります。

晴れて2022年春、小川さんは、無事に専門学校を卒業。お勤めになっている会社の上司の方に、寿司職人としても活動したいと申し出ると、まるで目が点になったように驚かれました。それでも寿司職人への熱い思いを伝えると、副業として認めてくれることになりました。

今ではお店を間借りして営業する機会やリピーターのお客さんも増えてきた小川さん。少し前にはお子さんの高校合格のご褒美に、“人生初めての回らないカウンター寿司”を食べさせてほしいという依頼も受けたそうです。

「子供が元気よくお寿司を食べてくれたり、カウンター越しにお客様から直接美味しいとおっしゃっていただけると、やってよかったという気持ちになりますね」

一方、寿司を握り始めたことで、本業のお仕事にもいい影響が出てきたといいます。

「副業が出来たことで、思い切りがよくなりました。たとえ本業でヘマをしたとしても、副業があるからと気持ちがラクになったんです。これから、もっと年齢を重ねてもチャレンジは続けていきたいと思っています」

金融マンと寿司職人、小川さんの“二刀流”への挑戦は、新たな人生を切り開いています。

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