いつか多摩No.1ダンサーを決めるダンスコンテストを!?~SAMさん(TRF)

東京の多摩地域にお住まいの方、出身の方もそれ以外の方にも多摩を愛していただきたい、多摩に移住していただきたいという番組「立飛グループpresents東京042~多摩もりあげ宣言~」(略して「たまもり」)。MCは土屋礼央さん(国分寺市出身)&林家つる子さん(八王子市の大学出身)。

今週のゲストも、TRFのSAMさん。現在「日本工学院八王子専門学校」で生徒にダンスの授業を教えるため「中央高速」で週1で「八王子」に通っている「SAM」さんが、多摩地域にある観光スポットに出没しているという!?

いつか多摩No.1ダンサーを決めるダンスコンテストを!?~SAMさん(TRF)②

「日本工学院八王子専門学校」でダンスを教えるきっかけ

土屋:さっそく今週もゲストの方、ご紹介です。先週に引き続き、TRFのSAMさんです。お願いします!

SAMさん:よろしくお願いします。

土屋:今週から聴き始めた方もいるので、つる子さん、プロフィールの紹介をお願いします。

つる子:はい。SAMさんは1962年生まれ、埼玉県の旧岩槻市のご出身。ダンス音楽ユニット「TRF」のメンバーです。TRFコンサートのステージング構成/コリオグラフを担当。その他、多数のアーティストの振付やコンサートプロデュースを行い、ダンスクリエーターとして幅広くご活躍中です。また現在、「日本工学院八王子専門学校」でダンスの先生をされています。

土屋:先週はTRFに入ったけどスポットライトを浴びせてもらえなかったというお話まで伺いました。今週は、多摩の番組なので、より多摩のお話を伺いたいんですけど。まずは、「日本工学院八王子専門学校」でダンスを教えることになった経緯はどういうところなんですか?

SAMさん:今から20年前くらいに、日本工学院蒲田校というのがあってそこでダンス科を作るのでプロデュースしてくれないかというお話をいただいて。

つる子:へえ!

SAMさん:当時、専門学校のダンス科に対してあまり良いイメージがなくて。なぜかというと、地方から東京に出てくる目的で専門学校に入るけど、途中で辞めちゃってマジメにやらない、卒業する時は3分の1くらいしか残らないみたいな話をよく聞いていたので。

土屋:はい。

SAMさん:「日本工学院」の先生方はすごく真摯で、教育にすごく重きを置いていて。その心意気に打たれてプロデュースすることになって。日本工学院蒲田校でずっと教えていたんですけど、「日本工学院八王子専門学校」があるのは知っていて。理事長から何度か見学に来てくれと言われて行ってはいたんですよ。

つる子:はい。

SAMさん:ある時、理事会の方々とごはんを食べている時に、<「八王子校」でもダンス科はできないんですかね?>って何気なく言ったら、<できますよ!>って今の理事長の千葉さんという方に言われて。<やりたいです!>って言ったら、<でもSAMさん、通うの大変ですよね?><僕が通うのが大丈夫ですか?><そうですね><じゃあ、通います!>って。

つる子:かっこいい!

土屋:距離的に大丈夫だったんですか?

SAMさん:「中央高速」!

つる子:(笑)。

SAMさん:授業がだいたい11時くらいなので「中央高速」が混んでない時間帯なので1時間くらいで着くので。

土屋:そもそも埼玉県出身で、多摩地域の印象ってどうだったんですか?

SAMさん:ぼくね、多摩にだいぶゆかりが深い場所がいっぱいあって。まずは、「サンリオピューロランド」。キティちゃんの彼氏役のダニエル君というのがいるんですけど、ダニエル君がロンドンから日本に帰ってきた時にダニエル君のダンスユニットをプロデュースしたんですよ!

つる子:へえ、そうなんですね!

SAMさん:「D-st.」(ディースト)というダンスユニットを組んでいて。「サンリオピューロランド」の中でショーがあって。そのショーの振り付けをプロデュースして。もうね、「サンリオピューロランド」に毎日行っていました。

土屋:SAMさんはダンスをやりたいという人の所には行って下さるんだ。

SAMさん:あとは、「中央高速」で右も左も行っているので。「深大寺」の蕎麦をよく食べに行ったり、「稲城」の温泉にもよく行くし、あとは「昭和記念公園」もよくプライベートで行きます。網羅してますよね(笑)。

土屋:各インターチェンジを降りて(笑)。

SAMさん:家族が温泉好きで、「八王子」の「竜泉寺の湯」も1回しか行ったことないんですけど、この間行ってきましたね。

土屋:本当に多摩地域のいろんな所に・・・

SAMさん:行ってますね~(笑)。

土屋:「中央高速」さまさまだ(笑)。

SAMさん:本当ですよ。休みの日は混むから嫌なんですけどね。永福を抜けるといいんですけど(笑)。

「ジャズダンス、クラシックバレエ、コンテンポラリー、ヒップホップ、ハウスダンス、オールドスクールが必修授業」(SAMさん)

つる子:「日本工学院八王子専門学校」ではどんな授業をされているんですか?

SAMさん:ぼくがやっていることはダンス科のプロデュースなので、ダンス科の教育方針を全部決めて。ダンスっていろんなジャンルがあるんですよ。ジャズダンス、クラシックバレエ、コンテンポラリー。ストリートダンスの中にもヒップホップ、ハウスダンス、オールドスクール。この6教科を必修科目で1年生はやって。2年生も引き続き、これをやりつつ、いろんな選択授業があるんです。という柱を作って。

土屋:そうか。このダンスをやりたいだけではなくて、全部なんだ。

SAMさん:全部やります。ここが「日本工学院八王子専門学校」の特徴で。他の専門学校はわからないですけど、好きな科目を取れる学校があると思うんですよ。でもそうじゃなくて、必修で絶対にやらないといけない。

土屋:基礎として大事なんですね。

SAMさん:ヒップホップが好きな人もバレエにも触れてコンテンポラリーにも触れてジャズにも触れる。2年間やるので卒業する時には一通りのジャンルの基礎的なことがわかっているんですよ。これは強いですよ。

土屋:そうですね。いろんな仕事がありますからね。

SAMさん:あとは、先生たちも自分で精査して選んで。

つる子:へえ!

SAMさん:僕自身も蒲田には週に1回教えに行っています。

つる子:すごいですね!

土屋:プロデュースだけでなく対面レッスンもやるんですか!

SAMさん:やります。レッスン持っています。

土屋:オレだったら緊張する・・・。

SAMさん:年に1回、卒業公演があるんですけど、僕は2年生の担当なので卒業公演でナンバーも作る。

土屋:最近はダンスが学校の授業でもあるくらい身近になったじゃないですか。ちゃんとダンスがすごいということがわかった上でSAMさんの授業は!日本のダンスの授業は変わりましたか?

SAMさん:本当に全然違いますよ、日本人の実力は。上手い子はいっぱいいます。

土屋:それは若い頃からずっとダンスに触れてきたことなんですか?

SAMさん:環境が違いますよね。YouTubeがあるしインスタもTikTokもあるし。どこ見てもダンスに触れることができるじゃないですか。

土屋:これは・・・SAMさんが夢に描いていた世界ですか?

SAMさん:描いていた以上ですよね。

つる子:すごい!SAMさんが切り開いていますよ!

土屋:ちょっとお聞きしたいのですが・・・蒲田校と「八王子校」では空気感は違うものなんですか?

SAMさん:蒲田校は20年、「八王子校」は来季で3年目。なので、ダンスの実力はそんなに変わらないんですけど、どっちかというとちょっとおとなしいイメージがあるんです。ここから「八王子校」も3年、4年となって層が厚くなるとどんどん頭角を現すと思います。

土屋:オレたちも真似をして。多摩の人間ってちょっと引っ込み思案なところがあるから。

SAMさん:そんな。多摩はすごいじゃないですか。僕は「多摩動物公園」にも行きますよ。

つる子:土地の広さだと、ダンスの自主練のスペースは多摩の方がありそうですね。

SAMさん:「日本工学院八王子専門学校」は敷地がすごいので。スタジオの設備でいったら全然良いです。

土屋:1人1人のもてるスペースが広いし。

SAMさん:広いし、天井が高いし。

つる子:(笑)。

SAMさん、「八王子」のラーメンに感動!

土屋:週1で「八王子」に来ているということは、多摩でごはんも食べられますよね?

SAMさん:食べますね。「八王子」に教えに行くようになって、レッスンが終わってもお昼過ぎなんですよ。ラーメン屋さんに行ったんですけど、めちゃくちゃ美味しかったです!

土屋:「八王子」はラーメンが有名で歴史もありますから。

SAMさん:本当に美味しかったんですよ。おばちゃん達が3人くらいでやっているお店だったんですけど、めちゃくちゃ美味しかったです。

つる子:いいですね。

多摩のナンバーワンダンサーを決めるコンテスト「TAMA-1」!?

土屋:この番組は多摩を盛り上げよう、多摩があまり知られていないところからスタートしているんですけど、なんとか多摩を盛り上げるために、SAMさんもダンスで多摩を盛り上げるみたいなアイディアはどうですか?

SAMさん:多摩地域でダンスコンテストでもやりましょうか。

つる子:おお!

SAMさん:多摩のナンバーワンダンサーを決めよう!と。「TAMA-1」を!

土屋:その時はSAMさんも“TAMAさん”という名前に変えていただいて(笑)。

SAMさん:そうですね、50%重なってますからね(笑)。

土屋:ダンスの種類も色々とあるとおっしゃっていましたけど、ストリートってことは“TAMA”ってジャンルも今後出てくる可能性も・・・!?

SAMさん:地域の名前は無いですね。コンテストの名前に多摩を付けて、「多摩ダンスコンテスト」=「多摩ダン」とかね。そこを伸ばしていくのはいいと思います。

土屋:うちの番組で「タマソニ」というのをやろうとしているんですよ。ヘッドライナーはもちろん、「TM NETWORK」!「小室さん」も<呼ぶなら早くしてくれ。オレたちには時間が無い>って(笑)。

SAMさん:「小室さん」、言いそう(笑)。

土屋:そこにダンスが脚光を浴びる多摩の大会があれば。それの決勝大会ができれば。

SAMさんが断言!多摩のキーマンは「立飛ホールディングス」!

土屋:この番組は、多摩を愛してくれている方、多摩を知ろうとしてくれている方が聞いてくださっているんですけど。SAMさんもこれだけ多摩に通われていて、多摩のために今後もうちょっとここをこうしたら多摩がより良くなるんじゃないかなという気づきがあればヒントになるかなと思っているんですけど?

SAMさん:「立川」の「昭和記念公園」に行って、今、都市開発がすごいじゃないですか。いろんなモールができたり、ライブハウスができたり。あれは・・・「立飛」さんですもんね?

土屋:そうです、「立飛」さんです。

SAMさん:「立飛」さんの力があれば、多摩地域が今以上に盛り上がること間違いないと思うので。「立飛」さんのお力をお借りして、「ダンスコンテスト」をやって、「タマソニ」を「昭和記念公園」に持っていく!

土屋:SAMさん、プロデューサーだから明確なイメージが(笑)。この導線は大事ですよね。「立飛」さんがいることでね。

SAMさん:「立飛」さんが旗を振ってバン!と盛り上げていく。

土屋:説得力がある!おそらくDJ KOOさんはオッケーしてくださると思う(笑)。

SAMさん:大丈夫です、DJ KOOはいつでも連れてきます(笑)。

つる子:(笑)。

SAMさん、「日本工学院八王子専門学校」を盛り上げていく!

土屋:お時間があっという間です。そろそろお別れなんですが、お知らせはありますか?

SAMさん:今は「日本工学院八王子専門学校」をしっかり盛り上げないきゃいけないので。年明けになるんですけど、「日本工学院八王子専門学校」の終業公演がありますので、どこかで目にしましたら見に来てください。

土屋:外部の方も見ることができるんですね。ダンスで夢見る方はぜひ「日本工学院八王子専門学校」を選択肢に。

SAMさん:ぜひ入れてください。

土屋:さっそく2週にわたってゲストは、TRFのSAMさんでした、ありがとうございました!

SAMさん:ありがとうございました。

(TBSラジオ『東京042~多摩もりあげ宣言~』より抜粋)

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金融マンと寿司職人の“二刀流” 50歳を過ぎて寿司職人の学校へ入学した男性

11月は新米のシーズンということもあるのでしょうか。1日が「すしの日」、22日は「回転寿司記念日」と寿司にまつわる記念日が続きます。寿司ロボットの技術は見事ですが、やはり、職人さんが握った寿司はたまりませんね。

画像提供:小川浩司さん

今回は、金融マンの傍ら、“出張寿司職人”としても活躍されている男性のお話です。

大きな観音様が駅を見守る、神奈川県の大船。この大船ご出身で、いまも鎌倉・腰越にお住まいの小川浩司さんは、昭和44年生まれの57歳。普段は、都内の会社で金融関係の仕事をされています。

実は小川さん、もう一つの顔があります。週末を中心に首都圏各地で開かれるホームパーティーに出向いたり、お店を間借りして、手際よく寿司を握っている“出張寿司職人”なんです。だいたい、ひと月に3回、この3年半でおよそ120回の“出張”を重ねてきました。

若い頃の小川さんは、「スタミナが第一!」と、魚よりも肉でした。なかでも焼肉が大好きで、地元・神奈川に多い精肉スーパーの超常連。さらに本場・韓国、ソウルの明洞に足しげく通っていたこともあって、友達からは“ヨン様”ならぬ“ミョン様”とニックネームを付けられたほどだったんです。

そんな小川さんが寿司に目覚めたのは、コロナの時期でした。在宅勤務の空き時間、ぼんやりとインターネット動画を眺めていると、あるインフルエンサーの方が、寿司をテーマにしゃべっていたことをきっかけに、「寿司職人」という仕事が気になり始めます。

小川さんはその時、50歳を超えたばかり。仕事・家庭・趣味も充実していましたが、定年後のことを考えると、経済的なことや社会とのつながりに少し不安もありました。

「もしも、寿司を握ることが出来れば、定年後にすし屋さんのパートでも働けるし、たとえ、自給自足の生活になっても、魚をさばければ生活できるはずだ!」

色々と考えた小川さん、まずは寿司職人への道を一歩踏み出すことにしました。

小川さんは、寿司職人を養成する専門学校の門を叩きます。1クラスには20人くらいいましたが、見渡すと周りは、海外に寿司屋さんを出して一旗揚げようという若い人たちばかり。でも、何人かは、同じように手に職をつけたいと考えた中高年の方の姿も見えました。

最初のステップは、寿司のにぎり方を徹底的に学びます。にぎり寿司に合ったシャリの量と重さを、サッと手に取った指先の感覚で憶えていかなければなりませんが、小川さんはさっそく苦戦。シャリの形を整えていくのもままなりません。

続いて、小川さんの前に立ちはだかったのは、様々な魚たちでした。アジを三枚におろしていくのも、なかなかきれいに出来ません。穴子が出てくると骨の多さに大苦戦。真鯛はウロコの多さに、もう圧倒されてしまいます。一方、脂がのったブリに至っては、どこから包丁を入れていいのか迷うばかり。でも、小川さんは諦めませんでした。

「せっかく始めた以上は、何とかして形にしたい!」

その思いを胸に練習に練習を重ねた小川さん、いつしか魚の筋肉の繊維をサッと見極め、迷わずスッと包丁を入れ、身と骨が分かれるように捌くことが出来るようになります。

晴れて2022年春、小川さんは、無事に専門学校を卒業。お勤めになっている会社の上司の方に、寿司職人としても活動したいと申し出ると、まるで目が点になったように驚かれました。それでも寿司職人への熱い思いを伝えると、副業として認めてくれることになりました。

今ではお店を間借りして営業する機会やリピーターのお客さんも増えてきた小川さん。少し前にはお子さんの高校合格のご褒美に、“人生初めての回らないカウンター寿司”を食べさせてほしいという依頼も受けたそうです。

「子供が元気よくお寿司を食べてくれたり、カウンター越しにお客様から直接美味しいとおっしゃっていただけると、やってよかったという気持ちになりますね」

一方、寿司を握り始めたことで、本業のお仕事にもいい影響が出てきたといいます。

「副業が出来たことで、思い切りがよくなりました。たとえ本業でヘマをしたとしても、副業があるからと気持ちがラクになったんです。これから、もっと年齢を重ねてもチャレンジは続けていきたいと思っています」

金融マンと寿司職人、小川さんの“二刀流”への挑戦は、新たな人生を切り開いています。

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