通天閣開業70周年!東西シンボル対決!東京タワーと通天閣、どっち派?

大阪・新世界のシンボル「通天閣」が10月28日、開業70周年を迎えました。今の通天閣は二代目で1956年に開業していますが、初代はなんと1912年完成!古い歴史がありますね。

しかも、二代目通天閣は東京タワーより開業は2年早いんです。東京タワーの開業は1958年。

ということで、今日は東西のシンボルタワー対決です!

「東京タワーと通天閣、どちらがお好き??」

東京タワー!やっぱりあのフォルムがキレイ!

▼「東京タワーです。関東の人間だから、遠足でも行きましたし。いや~4~5回かな。高い所あんまり、嫌いですけど、上ってますね、事情により。若い頃はデートとかになるとやっぱ東京タワーでしたよね。」

▼「東京タワー。東京生まれだし、東京のシンボルだしというとこですかね。」

▼「東京タワーかな、やっぱ。1回か2回しか行ったことないけど東京タワー、あ、大阪の通天閣もそうか。でもやっぱ、東京タワーの方が大きくてスケールがあって自分は大阪の通天閣より好きです。」

▼「東京タワー。上ったことない、近くまで行ったことしかないけど。見に行くだけ、行きました。夜はキレイですね、あと、最後の12時になったら(ライトアップが)消えるんですけど、そこを見るみたいな。消える瞬間、あ、ホント消えた!みたいな。初めて見たのでとっておきの、自分だけの空間というかよかったです。」

▼「東京タワーです。やっぱ初めて見た時キレイだなと思ったので。私、地方出身なんですよ、岩手県なんですけど、いや、都会ってこんなにキレイなんだなって思いました。」

東京タワー派の声でした。関東圏に住んでる方が多かったので東京タワーに分がありました。

皆さん、それぞれの思い入れがありましたけど、一番、多かったのは東京タワーのキレイさ。あのフォルムに心惹かれる人が多かったです。

建築の歴史から到達した東京タワーのあの美しさ!

そんな中、こんな声がありました。

▼「東京タワーで。仕事の現場から望むと、あぁキレイだなって思ったりしますね。エッフェルタワーがベースになってるって言うじゃないですか。デザイン的にはあれがたぶんベースになっていて、同じような鉄骨組み合わせた造りをしてるんですけど、実はそのエッフェルさんという人、そもそも塔の建築士じゃなくて橋の建築士で、ポルトガルとかに行くと、ポルトの街なんかに、たくさん彼の設計した橋があるんですよ。

全部やっぱりパターンとしてはトラスの組み合わせで出来ているものがあって、だからそういう、何でしょうね、建築の歴史みたいなものも持っていて、それで到達した、あの美しさだと思うので、その辺りは好きかなと思います。」

すごく詳しいので、建築関係の人かな?と思ったら違いました。

でも、つい最近、ポルトガルに行って、エッフェルさんが設計した橋を見てきたそうです。そういう歴史を知ると、より東京タワーの美しさを感じますよね。

そして、ポルトにあるエッフェルさんの橋、調べたら、確かに美しくて素晴らしかったです!

通天閣!周りにいっぱい飲むところがある、あの街並みが好き!

そんな東京タワーの美しさに対して、通天閣派の声は?というと、こんな感じでした。

▼「通天閣。僕も2回くらい上ったことあります。あの街並みじゃないですかね、呑兵衛さんもいっぱいいますし、あの周辺。」

▼「大阪にいた時は通天閣だね。大阪10年。通天閣は下で飲み食いするから。あそこの下が飲み屋街になっている、それがいい。食べ物安いし、何でもあるし、飲んだくれがいっぱいいますよ、だから。それが楽しいです。」

▼「通天閣ですよ。僕今日、出張で来てるので京都から。通天閣と東京タワー言われたら通天閣。通天閣の近所で若い頃に友達と飲み歩いたとか、そういう思い出はあります。」

▼「雰囲気でいうと大阪の方が楽しそうかな。昼間から飲んでるオジサンいっぱいいるんでね。そういうのが楽しいね。東京はね、あんまり見かけないもんね。」

▼「通天閣。大阪の方が好きなので。通天閣、やっぱり周りにいっぱいお店があるのも好き、私は。結構、飲み屋さんとかもいっぱいあって、東京タワーの周りってきれいな感じだと思うんですけど、そういう周りの環境とかも、キレイ過ぎないところ込みで。」

みなさん、通天閣の建物よりも、飲み屋さんのことを話すんです!(笑)

通天閣のあるあの場所の、雑多な感じがお好きなようです。言うなれば、お美しい東京タワーより、庶民的な通天閣、フランス料理よりもお茶漬けを好む、というところでしょうか。

ちなみに、二代目通天閣と東京タワーの設計者は同じ人なんですけど、「通天閣、キレイだよね~」という声は一つもありませんでした。大阪っぽい、土地柄でしょうか!?

滑り台もあるエンタメ性で通天閣!!

加えて、こんな声もありました。

▼「通天閣のほうがいいかな。大阪勤務してた時があったので。ちょうど勤務してた時に滑り台が出来て(滑り台?)だから上から滑ってこれるんですよ。上の方から下の方まで、そんなデカくないじゃないですか、通天閣。滑り台が出来たんですよ、楽しいですよ。基本、子供向けですけど、大人も別に滑っちゃいけないわけじゃない。やりました!そのエンタメ性を含めて通天閣ですかね。僕は大阪の人間じゃないですけどね。」

通天閣には滑り台もありました!

2022年に滑り台アトラクション「タワースライダー」がオープン!通天閣の3階から地下1階まで、全長およそ60メートル、傾斜はおよそ30度!所要時間は10秒!

エンタメ感ありますよね!しかも、このスライダー1回の料金は1100円!10秒のために1100円!!!

大阪ですよね~!商売上手!(私も滑りに行きたいですもん!)

あなたは、美しさを誇る東京タワーとエンタメ感満載の通天閣、どちらがお好き??

(TBSラジオ『森本毅郎スタンバイ』より抜粋)

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金融マンと寿司職人の“二刀流” 50歳を過ぎて寿司職人の学校へ入学した男性

11月は新米のシーズンということもあるのでしょうか。1日が「すしの日」、22日は「回転寿司記念日」と寿司にまつわる記念日が続きます。寿司ロボットの技術は見事ですが、やはり、職人さんが握った寿司はたまりませんね。

画像提供:小川浩司さん

今回は、金融マンの傍ら、“出張寿司職人”としても活躍されている男性のお話です。

大きな観音様が駅を見守る、神奈川県の大船。この大船ご出身で、いまも鎌倉・腰越にお住まいの小川浩司さんは、昭和44年生まれの57歳。普段は、都内の会社で金融関係の仕事をされています。

実は小川さん、もう一つの顔があります。週末を中心に首都圏各地で開かれるホームパーティーに出向いたり、お店を間借りして、手際よく寿司を握っている“出張寿司職人”なんです。だいたい、ひと月に3回、この3年半でおよそ120回の“出張”を重ねてきました。

若い頃の小川さんは、「スタミナが第一!」と、魚よりも肉でした。なかでも焼肉が大好きで、地元・神奈川に多い精肉スーパーの超常連。さらに本場・韓国、ソウルの明洞に足しげく通っていたこともあって、友達からは“ヨン様”ならぬ“ミョン様”とニックネームを付けられたほどだったんです。

そんな小川さんが寿司に目覚めたのは、コロナの時期でした。在宅勤務の空き時間、ぼんやりとインターネット動画を眺めていると、あるインフルエンサーの方が、寿司をテーマにしゃべっていたことをきっかけに、「寿司職人」という仕事が気になり始めます。

小川さんはその時、50歳を超えたばかり。仕事・家庭・趣味も充実していましたが、定年後のことを考えると、経済的なことや社会とのつながりに少し不安もありました。

「もしも、寿司を握ることが出来れば、定年後にすし屋さんのパートでも働けるし、たとえ、自給自足の生活になっても、魚をさばければ生活できるはずだ!」

色々と考えた小川さん、まずは寿司職人への道を一歩踏み出すことにしました。

小川さんは、寿司職人を養成する専門学校の門を叩きます。1クラスには20人くらいいましたが、見渡すと周りは、海外に寿司屋さんを出して一旗揚げようという若い人たちばかり。でも、何人かは、同じように手に職をつけたいと考えた中高年の方の姿も見えました。

最初のステップは、寿司のにぎり方を徹底的に学びます。にぎり寿司に合ったシャリの量と重さを、サッと手に取った指先の感覚で憶えていかなければなりませんが、小川さんはさっそく苦戦。シャリの形を整えていくのもままなりません。

続いて、小川さんの前に立ちはだかったのは、様々な魚たちでした。アジを三枚におろしていくのも、なかなかきれいに出来ません。穴子が出てくると骨の多さに大苦戦。真鯛はウロコの多さに、もう圧倒されてしまいます。一方、脂がのったブリに至っては、どこから包丁を入れていいのか迷うばかり。でも、小川さんは諦めませんでした。

「せっかく始めた以上は、何とかして形にしたい!」

その思いを胸に練習に練習を重ねた小川さん、いつしか魚の筋肉の繊維をサッと見極め、迷わずスッと包丁を入れ、身と骨が分かれるように捌くことが出来るようになります。

晴れて2022年春、小川さんは、無事に専門学校を卒業。お勤めになっている会社の上司の方に、寿司職人としても活動したいと申し出ると、まるで目が点になったように驚かれました。それでも寿司職人への熱い思いを伝えると、副業として認めてくれることになりました。

今ではお店を間借りして営業する機会やリピーターのお客さんも増えてきた小川さん。少し前にはお子さんの高校合格のご褒美に、“人生初めての回らないカウンター寿司”を食べさせてほしいという依頼も受けたそうです。

「子供が元気よくお寿司を食べてくれたり、カウンター越しにお客様から直接美味しいとおっしゃっていただけると、やってよかったという気持ちになりますね」

一方、寿司を握り始めたことで、本業のお仕事にもいい影響が出てきたといいます。

「副業が出来たことで、思い切りがよくなりました。たとえ本業でヘマをしたとしても、副業があるからと気持ちがラクになったんです。これから、もっと年齢を重ねてもチャレンジは続けていきたいと思っています」

金融マンと寿司職人、小川さんの“二刀流”への挑戦は、新たな人生を切り開いています。

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