山﨑武司の思い出の開幕戦は「セカンドまで全力疾走したあの試合」
東海ラジオ『大澤広樹のドラゴンズステーション』(月~金17:15~19:00)3月17日の放送で、コメンテーターの山﨑武司氏が、自身にとって印象深い開幕戦について話した。それは、2012年、山﨑氏がドラゴンズに復帰した年の開幕戦。
まず、山﨑氏は、開幕戦当日について「家では、尾頭付きの鯛、赤飯の用意があったが、そのほかは、開幕戦だからといって、特別なことはしなかった。ルーティン、ゲン担ぎも特になかった」とした。そして「やってやろうという気持ちより『始まるなあ、うまく行くかなあ』という憂鬱な気分のほうが強かった」と振り返った。
その不安は、オープン戦の成績とは関係なく、毎年、開幕戦前に抱えるものだったそうだ。「(開幕戦は)143分の1にすぎないはずだが『いいスタートを切りたい』そんなことばかり考えていた」と言い「ホームランバッターが、開幕を前に『今年1本も打てないんじゃないかと思うものだ』と言うことがあるが、それは本当にそう思う」と話した。
その山﨑氏が「印象に残っている開幕戦」に挙げたのが、2012年の広島戦。山﨑氏がイーグルスからドラゴンズに移籍してきた年。当時のドラゴンズの4番は、トニ・ブランコ。山﨑氏は、オープン戦で3本のホームランを打ち、開幕戦スターティングメンバーを勝ち取った。
山﨑氏は「順当に行けば(4番は)ブランコだった。自分はイーグルスから自由契約となった身。でも、代打に回る気は、さらさらなかった。球団からは代打で頑張ってくれと言われていた。イーグルスに移籍したときにも、監督から同じことを言われたが『おれは絶対にスタメンを掴むんだ』と思っていた。そこだけは、諦めが悪かった」と話した。
その開幕試合の第1打席で、山﨑氏は2塁打を放った。このとき山﨑氏は、セカンドまで全力疾走した。相手チームも味方も、誰もがシングルヒットだろうと思っていた当たりを走りで2塁打とした。
山﨑氏は、そのときのことを「シングルでは、チームが乗って行かないだろうと思っていた。足の遅い自分がセカンドでセーフとなったら、がらりとチームの雰囲気が変わるんじゃないかと思いながら走った。決して無我夢中ではなく、考えながら走っていた」と話した。
さらに「27年間の選手生活で、開幕戦出場は結構多かったが『やったらないかん!』と思って臨んだ試合だった。気持ちも崖っぷちだったし、行くしかないと思って」と、43歳の全力疾走を振り返った。
そして、その全力疾走を可能にしたのは、ドラゴンズに移籍する前のイーグルス時代の鍛錬だった。山﨑氏は「イーグルス時代の7年間、変な姿を後輩に見せることはできないと、しっかり走っていた。DHだから、試合前の守備練習をしなくていいぞと言われていたが、必ずノックを受けていた」と明かしていた。
