日本三景の一つ「天橋立」。自然が作り出した神秘の造形の魅力…日本を旅する作家が豆知識を紹介

(画像素材:PIXTA)

京都・宮津市にある天橋立に関する歴史や魅力、独自の風習について、作家・文献学者の山口謠司さんが語った。

この内容をお届けしたのは、J-WAVEのワンコーナー「PLENUS RICE TO BE HERE」。放送日は2025年10月20日(月)~10月23日(木)。同コーナーでは、独自の文化のなかで育まれてきた“日本ならではの知恵”を、山口さんが解説する。ここではその内容をテキストで紹介。

また、ポッドキャストでも過去のオンエアをアーカイブとして配信している。山口さんが実際に天橋立周辺を訪れ、そこで営む人から聞いたエピソードの詳細が楽しめる。

天橋立が天に舞い上がる龍のように見える

京都府北部、日本海の宮津湾にある天橋立。陸奥の松島、安芸の宮島とともに、日本三景の一つに選ばれている。幅は約20~170m、全長約3.6kmの砂州(さす)に約6700本もの松が生い茂る珍しい地形で、何千年もの歳月をかけて自然が作り出した神秘の造形として知られている。

山口:世界中に自然が作り出した奇跡の風景ってありますね。その内の1つが天橋立です。ところで天橋立の股のぞき(※天橋立の方向に背を向けて立ち、腰を曲げて股の間から景観を眺めること)を行うと、運が付くそうです。

運が付く理由としては、股から覗くと天橋立が天に舞い上がる龍のように見えるということです。僕が行ったときは青空で、海も真っ青でした。田んぼがあって、稲が黄金色に実っていました。まさに運が付きそうなシチュエーションでした。

この股のぞきは明治時代から定着し始めたと考えられているそうだ。

山口:明治時代になり“天橋立を観光地にしよう”ということで、“なんか龍に見える…ここに来たら運が付く”と言い始めました。明治時代、日本全国に観光地が出来ていくわけですが、そのときに絵葉書もたくさん作るわけです。その際、股のぞきしたときに見えるような景色の絵葉書を作りました。そういう意味では、天橋立に限らず、観光地に人を呼ぶためには人を惹きつける「物語」が必要なんだと思います。

特に「運がよくなる」「登り龍が見える」「おいしいものもあるよ」などと言われると、人は訪れてみたくなりますよね。全国で人気の観光地はまさにそんな姿を体現しています。

天橋立には松尾芭蕉の句碑が立っている。ただ、芭蕉は天橋立には来たことがないそうだ。

山口:芭蕉の句はこういった内容です。

<一声の 江に横たふや ほととぎす>

芭蕉がとっても可愛がっていた弟子に桃印(とういん)という男の子がいました。この桃印、芭蕉が50歳のときに死んでしまいます。この悲しみを詠んだ一句は先ほど紹介したものですが、これを句碑にして天橋立に建てた人がいます。京都に住んでいた芭蕉の門人です。この方が、「芭蕉の句碑が1つあるだけで、天橋立に人がやってきますよ」と提案し、現在に繋がっています。

ホトトギスが鳴く声を聞きながら天橋立を歩くといいことがあると言われています。加えて、天橋立を股から覗いて、龍が上がっていくような風景を見れば、皆さんにきっといいことがあると思います。

名物・ぐじ(甘鯛)の松笠焼きとは

天橋立によって宮津湾と隔てられた閉鎖性の内海は「阿蘇海」と言う。

山口:阿蘇海は、主に海流と河川によって運ばれた砂や土砂が、長年にわたって堆積した結果として形成されました。海流と川の流れが上手い具合に成り立って、この砂州を作ったと言うのですから、驚きです。自然が作る芸術と言えますね。

天橋立は古事記にも出てきて、その中では「オノゴロ島」と呼ばれています。ただ、オノゴロ島は現在の古事記では「淡路島」を指す言葉です。でも不思議なことに、この天橋立のすぐ近く、宮津には「籠神社」という神社があります。ここはイザナミノミコトがいたところだそうです。

イザナギノミコト(男神)とイザナミノミコト(女神)は、日本の国や神々をお生みになったとされる神さまですが、イザナミの神様は途中で亡くなってしまいます。ただ、イザナギは、イザナミのことが恋しくてたまらない。それで、なんとか黄泉の国に行こうと、天から梯子を下ろして持ってくるんです。

ただ梯子を黄泉の国にかけようと思ったところで、イザナギは眠くなってしまいました。ちょっとひと眠りとお昼寝をしていると、梯子がバタンと倒れてしまいました。梯子が倒れたものが、天橋立になったと言われています。そのせいでしょうか、天橋立周辺で流れる水はなんとも神々しい音がします。

天橋立は高級魚「甘鯛」の産地として有名だ。

山口:ここで名物の「ぐじ」を紹介します。甘鯛とも言いますが、ぐじを松笠焼きにします。松笠焼きというのは、鱗をつけたまま、高温の炭火でカリッと焼く調理法です。そうすると、鱗がカリカリ、それでいて鯛の身の甘み、おいしさが中に閉じこもって、食べるとジューシーな味わいを楽しめます。ただ、やはりおいしいところは鱗の部分だと思います。

天然の着火剤として非常に優秀な松ぼっくりのように、ぐじの鱗をカリカリになるまで焼くのです。その姿がまるで松ぼっくりのようなので、“松笠焼”と呼ばれるんですね。

この天橋立に自生しているのは松だけです。冬になっても松は枯れません。冬は青空が続くと思います。青空の下で綺麗な海の青と、緑色の松を見ながら、松笠焼を食べるとおいしいです。お日様が体いっぱいに入ってきて、体の中が元気いっぱいになるような気がします。

与謝蕪村が天橋立をテーマに作った俳句

天の橋立がある阿蘇海の入江に与謝野町という町がある。

山口:京都府与謝郡与謝野町という町です。与謝野と聞けばやっぱり与謝野鉄幹、与謝野晶子、与謝と聞けば与謝蕪村ですね。

与謝蕪村という方は、1716年に生まれて、1783年に亡くなりました。江戸時代のちょうど真ん中ぐらいで、日本も1番平和を感じていたときだと思います。与謝蕪村は俳人でもあり、同時に画家でもありました。ちょっとヘタウマ(下手上手)な絵を描くのが蕪村です。絵が可愛いんですよ。

この与謝蕪村、3年間ほど、宮津の天橋立に住んでおりました。42歳のときに京都に行って本格的に絵を勉強して、それでも絵師にはなれず、俳人として活動していました。ただ、その作品の中で、重要文化財に選ばれているものもたくさんあります。与謝蕪村というのは、絵においても独特の世界を作り出した人です。京都で池大雅や伊藤若冲と交わることによって、自分の絵の才能を磨いていったと言われています。コミカルで素朴な人物描写には、独特の愛らしさがありました。

天橋立にいたときに与謝蕪村が詠んだ俳句は以下のものだ。

<春の海 ひねもすのたり のたりかな>

山口:のたり、のたりと続いていますが、皆さんコレはどういう意味だと考えますか? 1日中ゴロゴロ、ゴロゴロと座敷から春の海を眺めているような印象を受けます。ただ、のたり、のたりは天橋立から見える春の海を表現した言葉です。

つまり、天橋立から見る海が非常にのたり、のたりしているということ。天橋立の周辺は、干潮・満潮の差があまり激しくありません。大きな潮の満ち引きがないのです。波も立たないので、海がのたり、のたりとゆっくり上下しているように見えるのです。

天橋立は美しい景観とともに、ゆったりとした時間を過ごしたい方にぴったりの場所です。是非、皆さんも春の天橋立に行って、のたり、のたりと、ゆっくり過ごしてください。

(構成=中山洋平)
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天神様のファンサは落雷!? 鎮守の森に佇む小金井神社でランパンプスが合格祈願!

受験生を“みんな“で応援!『おうえんしナイト』

全国の受験生を応援するために、受験や教育と縁が深い、お笑い芸人・ランパンプスと一緒に様々な情報をWebコンテンツとして発信していく企画です。

全国の受験生を応援する『おうえんしナイト』。

今回は東京都小金井市にある小金井神社にやってきました。菅原道真公をお祀りする小金井神社にてランパンプスが合格祈願してまいります。

――それでは、境内に入って、権禰宜の中村仰生さんにお話しを伺いましょう。

小林:ランパンプスと申します。よろしくお願いいたします。

中村:権禰宜の中村です。よろしくお願いします

小林:下のお名前はなんて読むんですか?

寺内:ギョウセイ? オウキ?

中村:学校の先生にも初見で名前をちゃんと読み上げられたことはなくて、これで「タカオ」と読みます。絶対読めないですよね(笑)。

小林:無理です!

中村:偉い先生に付けてもらった名前らしいんですけども、生まれは神主の家系ではなくて一般ピなんです。

寺内:一般ピって(笑)。

中村:(笑)。一般の会社員の息子だったんですけれど、名付け人が「この子は信仰に生きるような子になる」と言われまして、それで「仰生(タカオ)」という名前が付いたんです。

寺内:信仰に生きるのが由来で、今、実際に権禰宜さんをやっているんだ!

小林:藤川球児と一緒ですね(笑)。

中村:確かに(笑)。

小林:さて、改めまして、小金井神社さんのご由緒、創建の歴史を教えていただけますか?

中村:小金井神社は、小金井の村を作るにあたっての鎮守様として創建したと云われております。いろいろな資料がある中で「神社縁起」というものには「勧請遷座した」とは書いてあるのですが、「どこから遷座したか」は特段、書いていないんです。こちらの大正時代に遷座祭宮司が作った資料をご覧ください。

寺内:大正時代の原本ですか?

中村:原本です。

寺内:大正時代の原本がランチョンマットみたいに(笑)!

中村:何枚かあるうちの1枚をいただいて、普段使いで使わせていただいております。小金井神社は再利用の精神が強く、別の用途で使われていたものを、もったいないのでカバーとして使っているんです。

小林:小学生が使う学習机のマットの下の世界地図みたい(笑)。

中村:所説あるのですが、西暦1205年に、御祭神である菅原道真公の徳を慕って小金井神社は創建されたと云われています。『鎌倉殿の13人』みたいな時代で、鎌倉も近かったので、反中央体制みたいな気概が強かったようで、その象徴として天神さんは挙げられやすいのもあって道真公を祀っております。

寺内:確かにそう書いてありますね。

小林:マジ? 読めるの?

寺内:もちろん。

中村:(笑)。小金井市の祖始の方に伝わる云われだと、この先に谷保天満宮という道真公の息子さんが作られたお宮があって、そこの御魂を分けてもらったというのが小金井市としての歴史の正史になります。

小林:この辺りの人たちは、そもそも道真公への信仰の土壌があったんですね。

中村:はい。なので、開拓するにあたって、どの神様をお祀りするのがいいかと村人で話し合って、道真公をお祀りしたとも云われております。

小林:面白いな!

寺内:「小金井」という名の由来はあるんですか?

中村:これも諸説あるのですが、水は昔、お金と等価値くらい非常に貴重でした。そして、この辺りの国分寺崖線の崖の下は、ちょっと掘れば井戸がすぐできるくらい湧き水が豊富なので「小金のごとく水が湧く」ということで「小金井」と付いたという説があります。

寺内:井戸の「井」なんですね!

中村:他にも、この先に貫井神社という『ホンマでっかTV』で取り上げられた最強の金運神社と呼ばれている神社がありまして、そこでは今も水がこんこんと湧いていて、そこが名前の由来になったという説もあります。

小林:こちらは初めから「小金井神社」という名前だったんですか?

中村:いえ、明治になった時に一村一社令、1つの村に1つの神社にしましょうという政令があり、神社を一か所にまとめたんです。その際に、その村の一番の鎮守を決めようということで、こちらに決まり「小金井神社」という名称になりました。それまでは天満小金井とか、天満天神さんとか、時代時代によっていろんな愛称で呼ばれていました。そして、明治以降に小金井神社で統一され、戦後に「天満宮があったほうが分かりやすいよね」ということで天満宮という名が付きました。

小林:上につけているのは珍しいですよね。

中村:ただ、登記上は「小金井神社」となっています。天満宮として、いろんなエピソードがあるんですけれど、小金井に住んでいる学生さんは、神社の前を通る際に、挨拶をすると必ず元気よく「こんにちは」と挨拶を返してくれるくらい品行方正な学生が多いんですよ。

寺内:挨拶は本当に大事ですからね。こんにちは!

中村:こんにちは(笑)。小金井神社は、もともと御神木が――。

寺内:こんにちは!

中村:挨拶、ありがとうございます(笑)。

寺内:僕、挨拶好きなんですよ!

中村:素晴らしいことです(笑)。

小林:人の話を遮るのは失礼です。挨拶をしないより失礼です。

寺内:過度の挨拶はダメですよね(笑)。

中村:いえいえ、吉本興業さんの空気感が感じられて、すごく憧れます(笑)。さて、御神木なんですけれど、もともと小金井神社の裏手にあった杉の木は、中央線からも見ることができるくらいものすごく大きい木だったんです。

小林:後で見せていただけますか?

中村:実は、落雷で消失してしまい、もうないんです。

小林:マジ天神じゃん!

中村:おっしゃる通りです。さすがですね。私がまさにそれを言おうとしていました。

寺内:先言うなよ。お前!

小林:こちとら何個神社回っていると思ってんだよ!

寺内:だからってお前エピソード取んなよ!

中村:(笑)。村人たちは、落雷で御神木がなくなったことで、「天神さんが降りてきたこの地は、天神さんにしっかり守られるから安心だ」と話していました。近所のおじいちゃんたちが言うことなので、本当かどうかわからないですが、そこから子供たちの学力がどんどん上がったという話が残っています。実際、品行方正な学生さんが多いのは事実ですね。

寺内:素晴らしい!

小林:天神様が見てくれているのが落雷でわかったんですね。つまり、アイドルが、こっち見て指さして認知してくれたみたいなことですよね!

中村:そういうことですね。

寺内:え? 今、分かりました? 無理しないでいいですよ(笑)。

小林:天神さんが見てくれたから雷が落ちたんでしょ? 天神さんがこの神社を認知してくれたんですよ。

寺内:ファンサってこと?

中村:700年間推し活していたらようやく実ったと(笑)。

小林:そうそう。天神様のファンサは落雷なんです。

寺内:認知のある古参の神社ってこと?

中村:そういうことですね。

寺内:そういうこと(笑)?

中村:そういう解釈は私は好きです(笑)。こちらが御神木の写真になります。

※右上が落雷前の御神木。

小林:古っ! いつ頃なんですか?

中村:これも大正ですね。昔の社殿も映っていますが、右上が御神木です。今は根っこだけが残っています。

寺内:やっぱり当時はものすごい木々に囲まれていますね!

中村:小金井神社は、今も、武蔵野の原木を残している地域なので、イヌシデなどこの地域を代表する木々が多くありまして、当時から、鬱蒼としている神社の森を守り伝えているお宮になります。

小林:道真公の木像が御神体なんですね。

中村:実は、その座像は私も見たことがないんですよ。

小林:え?

中村:今の宮司も見たことがないんです。

寺内:えー!

中村:平成の御代に「覆殿」という建物を覆う建物を作りました。本殿は西暦1700年、江戸中期に造られた建物で、雨風に晒されるとどんどん壊れてしまうので、その覆殿の中にあります。周りが奈落のようになっており、その中に遷座する時に、先代宮司が白い布で覆って遷座祭を行ないました。なので、その時の宮司しか直接は見ていないんです。

寺内:そこに「ある」という事実だけが残っているんですね。

中村:覆殿の中にある本殿は江戸中期の造りをそのまま残しているということもあって、小金井市の指定文化財にされています。

小林:僕らも見ることができますか?

中村:御扉という扉がその先にあり、開くのは年に2回だけなんです。

※年に2度だけ開かれる本殿の扉。

小林:それが、今日ということでお願いします!

中村:(笑)。あと1ヶ月早かったら見られたかもしれないですね。

小林:例大祭と……今日?

中村:いや、例大祭とお正月です(笑)。煤払い、お掃除ですね。

小林:その時期に参拝された方は見られるんですか?

中村:いや、選ばれた数十名、拝殿に上がれる方しか、その御扉の中を伺うことはできません。

小林:どうやって選ばれるんですか?

中村:市の有力者の方だったりですね。

寺内:来賓の方(笑)!?

中村:そういう人になれると見られます。

寺内:お前、移り住んで偉くなれ。本殿見たかったら。ムサコに住んで偉くなるしかない!

小林:そんな室井管理官みたいな(笑)。

寺内:現場じゃなくて偉くなれ! 掃除したけりゃ偉くなれ!

中村:(笑)。

寺内:本殿は江戸中期から残っていて、落雷は大正に起きた。つまり、稲妻から守ってくれたみたいな言い方もできるってことですよね?

中村:そういう考え方もできますね。

小林:境内の大鷲(おおとり)神社は、かつての中島飛行機三鷹研究所にあった社を移したとのことですが、その経緯を教えてくださいますか?

中村:どの資料でそのお話見つけました?

小林:うちの優秀な部下が調べました(笑)。

中村:いや、すごいです。それを知っている方はあまりいないんですよ。大鷲神社では、天児屋根命(あめのこやねのみこと)という神様をお祀りしています。天の岩戸開きの時に出てきてくださいと祝詞を読み上げた神様で、出世開運の神様ですね。この先に今、ICU国際基督教大学があるんですけど、そこに中島飛行機三鷹研究所があったんです。

小林:滑走路だったって言っていたね。

寺内:実は『おうえんしナイト』でICUに行ったんですよ。

中村:そうなんですね。中島飛行機の滑走路は零戦の実験場だったんです。そこにあった御社殿を小金井神社に持ってきたのですが、GHQにバレたら怒られるということで、内緒で持ってきたので、記録がほとんど残っていないんです。

小林:当時の人たちが工夫して、神様を移動させたんですね。

中村:当時のトラックで運んだという燃料の領収書だけが残っていて、その領収書でしか事実で伺えることがないんです。

寺内:国税局みたいな調べ方しているんですね(笑)。

小林:おもしろいなあ!

中村:なので、この話は知る人ぞ知る話なんです。

小林:石臼塚はどういうものなんですか?

中村:この先まっすぐ行ったところに文字通り、石臼で作った塚があります。小金井はそんなにお米が取れる地域ではなかったので、挽き臼でうどん粉や小麦を作ったり、蕎麦を作ることが多くて、一家に1個、挽き臼があったんです。

※実際に家庭で使用された石臼が積まれた石臼塚。

寺内:それが塚になったんだ。

中村:時代を経るごとに石臼を使わなくなりましたが、先祖伝来で大切に使っていたものですし、さっきも言ったように、小金井神社は「もったいない精神」の塊なので、あえて固めて、お祀りして「今までありがとうございました」と感謝の気持ちを込めて塚を作ったんです。

小林:弓道場もあると聞いたんですが?

中村:戦後から弓道場がありまして小金井市弓道連盟の方々が日々、切磋琢磨してらっしゃいます。無償で場所をお貸ししている代わりに、これだけ鎮守の木が広まっていますから、掃除が非常に大変なので、弓道連盟の方が朝に掃除してくださっているんです。

※緑に囲まれて落ち着いた雰囲気の漂う弓道場。

寺内:掃除するにしても、先っちょが小さいから掃きにくいんじゃないですか?

小林:弓でンねえよ! ンねえよ!

寺内:お前ってもしかして「や」って言えない人?

中村:お互いに助け合いとなっております。

小林:小金井市の学生の弓道部も利用できるんですか?

中村:基本的には小金井市弓道連盟に所属しているのが条件になりますが、学生さんで練習に来ている方もたくさんいらっしゃいます。今、定員がすごく増えていて、募集が毎年10人くらいしか出せていないんですよ。

寺内:ドラフト会議みたいになるんじゃないですか? もしかしたら「私、アーチェリーやりたい」って言っても、強行指名で弓道になったりして、で、「やりませんよ、弓道は」みたいな人もいるんじゃないですか(笑)?

中村:もしかしたらいるかもしれませんね。

小林:いないよ!

寺内:もうやめてよ。優しすぎるって! いるわけねえって! なんで小金井神社が強制指名するんですか!

一同:(笑)。

小林:でも、神社の中でする弓道は心も洗われそうですね。

寺内:神事みたいな感じがしますもんね。そりゃ人気でるな。

中村:静かな空間でできるのは魅力だと思います。

寺内:この拝殿は新しいですけど、いつ完成されたんですか?

中村:拝殿は令和2年です。天皇の御代がわりに合わせて、奉祝記念事業で、そのたびに建て替え事業を行っています。平成の御代の際には、幣殿と呼ばれる、覆殿と拝殿をつなぐ建物を作りました。

小林:そして、令和になって拝殿を!

中村:前は明治の建物だったんです。令和に御代がわりすることで、奉祝記念事業として拝殿を建て替えて、今、令和と平成の建物を明治の建物でつなげるような形になっています。御代を変えることにパワーアップして、新しくなっています。

※手前から奥に令和、平成、明治と続く社殿。

小林:受験生が参拝しに訪れる際の、参拝方法や心構えはありますか?

中村:天満宮なので、合格、受験祈願に重きを置いて祈願を奉仕させていただいています。小金井は非常に学校が多く、学生さんも多い地域なので、学生さんが悩んだ時に気軽にお参りに来られるような空気作りは可能な限りしております。学生さんに悩み相談を受けることもありますよ。

寺内:そうなんですか!

中村:こうしたらいいんじゃないとか、ちょっとアドバイスすることもあります。

小林:なんかある?

寺内:飼い犬に嫌われているんです。

中村:何犬ですか?

寺内:ミニチュアピンシャーという小型犬なんですけど、なかなか「おいで」を聞いてくれなくて。

中村:奥様の方を向いちゃうんですかね?

寺内:そうなんです。妻の方にいっちゃうんです。

中村:それは厳しいですね。

一同:(笑)。

寺内:アドバイスくれると思って相談したのに!

小林:聞いてくれてはいた(笑)。

寺内:聞いてくれるって聞いてくれるだけのことあるの?

小林:いや、共感も大事だから!

中村:(笑)。奥様を普段、大切にされているのが犬にも伝わっていて、序列を理解しているんですよ。奥様が一番大切な存在だから奥様を守る。その次に食い込むために必死に攻防を繰り広げているんじゃないかと。普段、寺内さんが奥様を立てているのが犬にも伝わっていて素敵だなって思いますよ。

寺内:普段、僕が妻を立てているからなんですね。そうかそうか。じゃあ僕が妻に指図すればいいんだ。

小林:よくないよくない。時代的によくない。

中村:そういった形で学生さんにいらっしゃっていただいて、いつでも気兼ねなく、参拝方法も喜んで教えております。ほかの、見どころとしては、見ての通り、鎮守の森のお宮さんですので、木々が非常に多くて、都会の喧騒を忘れられるので、リラックスできることですね。

寺内:僕、近くの大学通っていたんですよ! 武蔵野とか、広い通りとかもあるけど、油断するとすぐ森に迷い込むんです(笑)。住宅地があって、学校あって、こういうのどかなオアシスがあるって、東京都でも武蔵野のめっちゃいいところだなって久しぶりに思いました。

中村:そう言っていただけると嬉しいですね。梟も夜になると飛んでいますし、蛍がたくさんいるようなエリアもありますからね。

小林:マジで?

寺内:のどかなのよ。

中村:勉強したり、創作するのにはうってつけの土地柄なので、アニメーターさんや漫画家さんとか設計する人などもよくいらっしゃいますね。

小林:根を詰めて何かに取り組んでいても、ここに来たらリラックスできるなら、受験生にも来てほしいですね。

中村:ぜひ、来てほしいです。

小林:最後に、今、頑張っている受験生にメッセージをお願いします。

中村:やれることに全力を尽くしていただいて、99%の努力、そして最後の1%は神頼みにしていただけると、大体どんなことも叶うと思います。なので、自分を信じて頑張って努めていただくのが一番大切だと思います。

寺内:素敵なお言葉!

小林:本日はありがとうございました。

中村:こちらこそありがとうございました。

 

――歴史もエピソードも盛りだくさんな小金井神社はいかがでしたか?

小林:寺内さんの大学時代のご近所なんですよね。来たことなかったの?

寺内:ないない。まさか、たかおちゃんがいるとは思わなくて。

小林:たかおちゃん?

寺内:中村のたかおちゃん(笑)。

小林:(笑)。石臼塚は迫力あったよね。 現代アートみたいだった。

寺内:確かに! 江戸中期の本殿を囲う平成の覆殿に、 明治の梁が残っている令和の拝殿! 歴史を感じるよね。

小林:どんどん変わっていく神社だけど、変わらないものもあって素敵な神社でした。

寺内:近所に学芸大、東京経済大学、多摩美、武蔵美、一橋、 ICU、など大学もいっぱいあって、そこの天満宮だからさ、ご利益ありまくりよ!

小林:小金井を鎮守しているということですし、ぜひ皆さんもね、来ていただければ!

寺内:僕も今度、犬と妻を引き連れてきます。

小林:序列だけじゃなくて時代も気にしてもらえるかな(笑)?

※菅原道真公の絵馬とともに御朱印を自慢する小林氏。

 

学問の神様・菅原道真公をお祀りし、武蔵野の豊かな自然に囲まれた小金井神社は、合格祈願はもちろん、受験勉強で疲れた心をリフレッシュするのにもぴったりな神社ですので、お近くに立ち寄られた際は、是非、ご参拝してみてください。

さて、次回の『おうえんしナイト』は東京経済大学にて取材をしてまいります。ご期待ください!

 

<小金井神社>
住所:〒184-0012 東京都小金井市中町4-7-2

 

『おうえんしナイト』では頑張る受験生を応援すべく、リスナーの皆様からのご意見や情報を募集しております。ランパンプスの二人に取材してほしい“あなたの街のおすすめスポット”や“合格祈願にまつわるスポット”など受験生に役立つ情報を特設サイトまでお寄せください。

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