三宅健「アイドルという職業、活動を続けていくかどうかを悩んで…」残り20年のアイドル活動に見出した“作品”というコンセプトとは?

アーティストの「こっちのけんと」がパーソナリティをつとめるTOKYO FMのラジオ番組「G-SHOCK presents THE MOMENT」(毎週金曜17:00~17:25)。さまざまなゲストをお迎えし、生まれてからこれまでの時間のなかで、人の心に刻まれている「人生が変わった瞬間」=“MOMENT(モーメント)”を探ります。

今回の放送ゲストは三宅健さん。芸術に目覚めたきっかけ、今後の展望などについて語ってもらいました。


(写真左から)三宅健さん、こっちのけんと



三宅健さんは、V6の元メンバーで、年少3人によるユニット・Coming Centuryの一員としても活動しました。2021年のV6解散後はソロアーティストとして音楽やライブ、俳優としての活動に加え、建築や芸術をはじめとするさまざまな文化領域とのかかわりを深めるなど、多方面で活躍されています。

◆美術館で育まれた芸術へのまなざし

こっちのけんと:この時間はゲストの方の生まれてからこれまでの時間のなかで、心に刻まれている人生が変わった瞬間、モーメントを探っていく番組です。三宅さんの人生3つ目のモーメントは?

三宅:「芸術」ですね。

こっちのけんと:芸術にハマったきっかけがあったのでしょうか?

三宅:アートやヴィンテージ家具、建築も好きですし、前回お話しした野田(秀樹)さんの戯曲、演劇も、生きた芸術だと思います。そういうものがすごく好きなんですね。歌舞伎も見に行ったりしますし、クラシックも聴いたりします。

こっちのけんと:幅広いんですね!

三宅:「なぜなのだろう」と考えてみると、祖父が美術館で働いていたこともあって、子どもの頃、学校帰りの待ち合わせ場所が美術館だったんです。
最近気になっている話題でいうと、香川県に建築家の丹下健三さんが設計した「船の体育館」という建物があるんです。その解体工事が始まっていて、もう見られなくなってしまうんですよね。

こっちのけんと:それはアートとして作られた体育館なんですか?

三宅:普通に体育館として作られたんですけど、東京で言うと、原宿にある代々木第一体育館との兄弟作と言われています。

こっちのけんと:めちゃくちゃ船の形だ!

三宅:技術としては、柱を使わない「吊り屋根構造」という、丹下さんが考えた建築法があるんですけど、それが解体されるということで、建築好きな方や地元の方々の間で話題になっています。

こっちのけんと:そうなんですね。

三宅:香川県はイサム・ノグチさん、ジョージ・ナカシマさん、流政之(ながれ・まさゆき)さんといった、いろんなアーティストのゆかりの地なんですね。最近、彫刻家の流さんの作品に触れる機会があったんですけど、なぜだか懐かしい感覚になったんです。そうしたら、祖父が勤めていた美術館に置いてあったことがわかったんですよ。

こっちのけんと:まさかのそこでつながる!

三宅:小さい頃の自分が知らず知らずのうちに見たり経験していたことが、今に脈々とつながっているんだなって気づけました。

◆新曲「さいわい」に込めた生と死への思い

こっちのけんと:最近の活動についてもお話を伺いたいのですが、三宅さんは5月にデジタルシングル「さいわい」をリリースされました。この曲は最初、どんなイメージから始まったんですか?


三宅:作詞作曲をMONO NO AWAREの玉置周啓(たまおき・しゅうけい)さんが手がけてくださったのですが、打ち合わせの際に、「ダンスのイメージがあるので、テンポ感があって踊れるような楽曲を作りたい」とお話ししてくださったんです。そのときに、「今やりたいテーマは何ですか」と聞かれて、「僕のなかにあるのは『メメント・モリ』(※ラテン語で『自分がいつか必ず死ぬことを忘れるな』『死を想え』という意味の言葉)や『死生観』なんです」と伝えました。死生観というと少し言葉が強いですが、そういうものと今、自分のなかで向き合っているという話をしました。

こっちのけんと:なるほど。

三宅:初めて人が亡くなるという体験をしたのが小学校3年生のときだったんです。祖母が亡くなったんですけど、そのときから「人はなぜ終わりを知りながら生きているんだろうか」っていうのが自分の命題の1つになっている、という話を玉置さんにしたんです。そうしたら、その問いに自分なりに答えられないかということで、この楽曲を作ろうとしてくれたらしくて。

こっちのけんと:そうなんですね。

三宅:その打ち合わせのなかで僕の話を聴いたとき、イメージとして飛び込んできたのが、宮沢賢治さんの「銀河鉄道の夜」を初めて読んだときの感覚に似ていたみたいで。それで「銀河鉄道の夜」をモチーフに、この「さいわい」という楽曲を作ろうと決めたらしいです。

こっちのけんと:僕がこの楽曲を聴いたときに、最初に「めちゃくちゃ幻想的な雰囲気だな」と思ったんです。一方で、歌っている内容がすごく現実的というか。生きていくなかでどこか意識しなきゃいけないことを、あらためて言ってくださってるのが、幻想的な雰囲気で油断した心にズバッと刺さった感じがあって、めちゃくちゃよかったです。

◆「虚像」をテーマに歩む新たな20年

こっちのけんと:三宅さんのプロフィールに「新たな『アイドル像』を描いていくことを表明した」と書いてあったんですけども、それはどんなものでしょうか?

三宅:V6というグループを終えたときに、それでもなお、アイドルという職業、活動を続けていくかどうかを悩んだんですね。好きなアーティストで、河原温(かわら・おん)さんというコンセプチュアル・アートの第一人者と言われている方がいるのですが、その人の作品が好きで。日付絵画と呼ばれる「Today」シリーズっていうのがあるんです。

こっちのけんと:日付絵画?

三宅:その日の西暦を24時間以内にキャンバスに書くんですけど、出来上がらなければ破棄をするっていうコンセプトなんですよ。それをその日の新聞と一緒に入れて、箱に収めるという作品です。

こっちのけんと:素敵!

三宅:河原さんは着手してから50年くらいかけてその作品を作り続けていて。そのことをふと思い出したときに、自分がアイドル活動を30年続けてきて、残り20年頑張ったら、河原さんの50年に近づくんだなって思ったんですよ。なので、残りの20年、コンセプトをきっちりと持ってやれたら面白いかもしれないなって思ったんです。

こっちのけんと:ここに来てあらためて。すごい!

三宅:自分という作家が、「アイドル三宅健」をどういう作品にするかってことをテーマとしてやれたら、残りの20年が面白そうかなって思ったのが理由なんです。

こっちのけんと:なるほど。

三宅:河原さんが「時間」を題材として作品を作ったように、僕は「虚像」を題材にすると面白そうだなって思ったんです。

こっちのけんと:これからの三宅さんの活動もすごく楽しみです。

<番組概要>
番組名:G-SHOCK presents THE MOMENT
放送日時:毎週金曜 17:00~17:25
パーソナリティ:こっちのけんと
番組Webサイト:https://www.tfm.co.jp/moment/
番組公式X:@TFM_THEMOMENT

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金融マンと寿司職人の“二刀流” 50歳を過ぎて寿司職人の学校へ入学した男性

11月は新米のシーズンということもあるのでしょうか。1日が「すしの日」、22日は「回転寿司記念日」と寿司にまつわる記念日が続きます。寿司ロボットの技術は見事ですが、やはり、職人さんが握った寿司はたまりませんね。

画像提供:小川浩司さん

今回は、金融マンの傍ら、“出張寿司職人”としても活躍されている男性のお話です。

大きな観音様が駅を見守る、神奈川県の大船。この大船ご出身で、いまも鎌倉・腰越にお住まいの小川浩司さんは、昭和44年生まれの57歳。普段は、都内の会社で金融関係の仕事をされています。

実は小川さん、もう一つの顔があります。週末を中心に首都圏各地で開かれるホームパーティーに出向いたり、お店を間借りして、手際よく寿司を握っている“出張寿司職人”なんです。だいたい、ひと月に3回、この3年半でおよそ120回の“出張”を重ねてきました。

若い頃の小川さんは、「スタミナが第一!」と、魚よりも肉でした。なかでも焼肉が大好きで、地元・神奈川に多い精肉スーパーの超常連。さらに本場・韓国、ソウルの明洞に足しげく通っていたこともあって、友達からは“ヨン様”ならぬ“ミョン様”とニックネームを付けられたほどだったんです。

そんな小川さんが寿司に目覚めたのは、コロナの時期でした。在宅勤務の空き時間、ぼんやりとインターネット動画を眺めていると、あるインフルエンサーの方が、寿司をテーマにしゃべっていたことをきっかけに、「寿司職人」という仕事が気になり始めます。

小川さんはその時、50歳を超えたばかり。仕事・家庭・趣味も充実していましたが、定年後のことを考えると、経済的なことや社会とのつながりに少し不安もありました。

「もしも、寿司を握ることが出来れば、定年後にすし屋さんのパートでも働けるし、たとえ、自給自足の生活になっても、魚をさばければ生活できるはずだ!」

色々と考えた小川さん、まずは寿司職人への道を一歩踏み出すことにしました。

小川さんは、寿司職人を養成する専門学校の門を叩きます。1クラスには20人くらいいましたが、見渡すと周りは、海外に寿司屋さんを出して一旗揚げようという若い人たちばかり。でも、何人かは、同じように手に職をつけたいと考えた中高年の方の姿も見えました。

最初のステップは、寿司のにぎり方を徹底的に学びます。にぎり寿司に合ったシャリの量と重さを、サッと手に取った指先の感覚で憶えていかなければなりませんが、小川さんはさっそく苦戦。シャリの形を整えていくのもままなりません。

続いて、小川さんの前に立ちはだかったのは、様々な魚たちでした。アジを三枚におろしていくのも、なかなかきれいに出来ません。穴子が出てくると骨の多さに大苦戦。真鯛はウロコの多さに、もう圧倒されてしまいます。一方、脂がのったブリに至っては、どこから包丁を入れていいのか迷うばかり。でも、小川さんは諦めませんでした。

「せっかく始めた以上は、何とかして形にしたい!」

その思いを胸に練習に練習を重ねた小川さん、いつしか魚の筋肉の繊維をサッと見極め、迷わずスッと包丁を入れ、身と骨が分かれるように捌くことが出来るようになります。

晴れて2022年春、小川さんは、無事に専門学校を卒業。お勤めになっている会社の上司の方に、寿司職人としても活動したいと申し出ると、まるで目が点になったように驚かれました。それでも寿司職人への熱い思いを伝えると、副業として認めてくれることになりました。

今ではお店を間借りして営業する機会やリピーターのお客さんも増えてきた小川さん。少し前にはお子さんの高校合格のご褒美に、“人生初めての回らないカウンター寿司”を食べさせてほしいという依頼も受けたそうです。

「子供が元気よくお寿司を食べてくれたり、カウンター越しにお客様から直接美味しいとおっしゃっていただけると、やってよかったという気持ちになりますね」

一方、寿司を握り始めたことで、本業のお仕事にもいい影響が出てきたといいます。

「副業が出来たことで、思い切りがよくなりました。たとえ本業でヘマをしたとしても、副業があるからと気持ちがラクになったんです。これから、もっと年齢を重ねてもチャレンジは続けていきたいと思っています」

金融マンと寿司職人、小川さんの“二刀流”への挑戦は、新たな人生を切り開いています。

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