モーニング娘。’26・牧野真莉愛、番組卒業 「またいつか卒業生として遊びに来たい!!」
2026.06.22 up
ラジオ日本『モーニング娘。'26のモーニング女学院~放課後ミーティング~』(毎週土曜日24時00分~24時30分)略して“モー女”。6月20日(土)の放送は、サブリーダー・牧野真莉愛のグループ卒業前ラストの出演。『モーニング娘。’26のモーニング女学院~放課後ミーティング~牧野真莉愛 卒業スペシャル』と題して1時間でお届けした。
6月24日(水)に武道館で開催される『モーニング娘。'26 コンサートツアー春 - Rays Of Light - Final ~牧野真莉愛 卒業スペシャル~』をもってグループを卒業する牧野。ゲスト出演も含めて84回目の出席となった最後のモー女は、モーニング娘。加入後のドッキリについてや特に思い出に残っている地方公演、リスナーから届いた愛溢れるメッセージを読むなど、あっという間の1時間!
モーニング女学院の台本が可愛い!
牧野: モー女って、台本がいつも可愛いんですよ。ブログとかSNSに載ってる写真を1ページ目や最後のページに貼り付けてくださってて。「わ!この写真使ってもらえたんだ!」みたいなのが、実は嬉しかったりして。
今日は最後の収録っていうことで…野球の話を放送前とかにお話しするの楽しかったんですが、野球マークが書いてあったりとか、今回の写真はヤンキースのユニフォームを着ている写真ですね。私のお気に入りの写真なので、使っていただいて嬉しいです、ありがとうございます!
こういうのも思い出ですね。
メンバーのことを沢山知れる場所
牧野: 新メンバーが増えたりするとメンバーの組み合わせとかも変わってくるんですけど、メンバーのことを沢山知れる場所でもありました。楽屋で話してる時とはまた違って、好きな食べ物なんですか?とか「○○といえば○○」とかもさ、普段だったら雑談とかで話すけど聞こうとは思わないこととかを聞いてくださるから、「へ~!このメンバーこういうの好きだったんだ!」みたいな、メンバーを知れる場所でもありました!
こうやってたくさん出演できてすごく嬉しかったし、私はモー女も卒業してしまうんですけど、またいつか卒業生として遊びに来れたらいいなと思ってます。その時はぜひよろしくお願いします!
※該当回の聴取期間は終了しました。
「終戦」ドイツでは? 映画が描いてきたナチ・戦争の姿をドイツ人翻訳家が解説
2026.08.17 up
フリーライターの武田砂鉄が生放送でお送りする朝のラジオ番組、『武田砂鉄 ラジオマガジン』。8月17日は、月曜レギュラーでドイツ出身の翻訳家・エッセイストのマライ・メントライン氏とトークを繰り広げた。
マライ 「今日のテーマは、ドイツ社会は映画を通じてナチスの過去とどう向き合ってきたのか、ドイツが制作したナチス映画傑作選です。なんでこのテーマを選んだかというと、日本では8月15日が終戦の日で、今年もテレビで中継された政府主催の全国戦没者追悼式を見て、「ああ、もう81年も経ってて、やっぱりあの戦争との向き合い方って難しいなあ」と思ったんです。ドイツの終戦は1945年5月8日で、日本より3カ月早いんです。ドイツでも過去との向き合い方の問題があって、ヒトラー、そしてナチスの社会的な狂気は、「あれはなんだったんだろう」とか今なお答えが出ていないことが問題になってるんですよね。毎年、日本だと戦争を扱った映画とかドラマが公開されると思うんですけど、ドイツでも第二次世界大戦とかナチズムをテーマにした映画がよく制作されるんです。日本と同じように、決まった時期に出ることはあまりなくて、オールウェイズ出る状態ではあるんですけど、それでもわかるように、なんかその「もやもや」、「あれは何だったんだろう」っていうのが残ってるんでしょうね。で、映画を紹介したいなと思って、一応7本用意してるんですけど多分全部できないので…」
武田 「7本!」
マライ 「(笑)無理ですね。まあ、とりあえず行っちゃいますかね。まず、ナチズムの誕生の予感というテーマで皆さんに見てほしいのが、『白いリボン』っていう2009年の映画です。舞台は第一次世界大戦の直前。1913年から14年の北ドイツのある村で、子どもたちに対して暴力的な躾が行われてたんですね。宗教的な抑圧もあって、さらに階級社会だったんです。映画の主人公は、新たに村の学校の先生として就任する男性なんですけど、彼はなんとなく「子どもたちが変なんじゃない?」、「なんかちょっと行動が変わってるんじゃないかな?」って気づくんですね。さらにいくつかの不思議があって、暴力的な事件が起こるんです。これはドイツの第二帝国時代後期の権威主義的な人格否定教育がテーマになってるんですね。それにさらされた子どもたちは、その後どうなるのかというテーマでもあるんです。要するに、ファシズムの中で育った子どもたちは、その後どうなるかっていうことです。この子どもたちが大人になったタイミングがナチスドイツの時代なんですよ。そういう権威的な教育システムとかは、結局、ナチズムの下準備みたいなものになってたんじゃないかっていう可能性を問う傑作なわけです」
武田 「不気味な感じですよね」
マライ 「不気味ですよ。ちょっとミステリー映画っぽい感じですよ。音楽なしで白黒、ハッピーに見る映画ではないんですけど、やっぱ傑作なんですよね」
武田 「こういうところから、ナチズムが始まっていったんだっていうのが見えてくるってことなんですね」
マライ 「そう、もちろんナチズムだけではなくて、ファシズムそのものを問う作品でもあると監督は言っていて、なるほどなあと思います。で、2本目は『白バラの祈り ゾフィー・ショル、最期の日々』、 2005年の映画です。これは見たことあります?」
武田 「ないです」
マライ 「ご存知の方も多いと思うんですけど、1943年、ミュンヘン大学で反ナチスのビラをばらまいていたショル兄妹が実在しました。で、逮捕されるんですけど、その最後の尋問と裁判を、妹のゾフィー・ショルを中心に描いた映画です。彼女はキリスト教精神を軸にナチスに抵抗した世界的な偉人として有名だと思います。重要なのは、映画の中に出てくるゾフィーを尋問するゲシュタポの捜査官です。彼の描き方がすごくて、ありきたりな悪役としては描かれてなくて、ゾフィーの知性とか人間性に感心しちゃうんですね。心がちょっと動いちゃうんですよね。それがポイント。それは実際にそうだったらしくて、本人がメモみたいなのを残してるんですけど、どうにかゾフィー・ショルを救いたいって気持ちになるんですね。そこでゲシュタポの捜査官は、ナチスの論理を駆使して、なんとか命を助けようとするんですね。ナチスのシステムの中でこれだったら救えると彼女にも提案するんですね。でも彼女は拒絶するんですよ。偽善だから。そして死刑になるという映画です。で、すごく思うのが、自分があの時代に生きてたら、どれほどのことできてたんだろう。まず、ゾフィー・ショルにはなれなかったんじゃないかなって。どっちかっていうと、そのゲシュタポ捜査官のようなことをやったかな?ぐらいの感覚なんですよね。考えさせられる映画なんですよね。ナチスに、ある意味で感情移入するっていうのが大変興味深いと思います。演技もすごくて、そういう文脈で見てほしい映画です」
武田 「やっぱり、完全な悪人と残された善人がいたということではなく、そのグラデーションの中で社会の空気が作られてしまった。だからこそ怖い。だからこそ恐怖があるっていうことなんですかね」
マライ 「そうなんですよ。もし自分がその映画の中にいたら。この人だったらなにができたのか。なんかいろいろ思っちゃうんですよね。すごく考えさせられる映画です。」