「元気じゃない人にしか言えないこと」もある─ “あなた”に届く深夜ラジオの魅力を、小説家・燃え殻が語る

小説家の燃え殻がナビゲーターを務めている、J-WAVEの番組『BEFORE DAWN』(毎週火曜 26:00-27:00)。

同番組は、燃え殻が、東京の真夜中に綴るトークラジオプログラムだ。自身も深夜ラジオのヘビーリスナーだったという彼は「深夜の26時から始まる番組をやらせていただけるのは本当に光栄」と語る。

番組を続けている上で感じる手応え、そして今後どんな番組にしていきたいかなどを語ってもらった。

「命拾いさせてもらっていた」深夜ラジオの魅力

──『BEFORE DAWN』というラジオ番組を持ってみて、どんなお気持ちでしょうか?

僕は長年の深夜ラジオリスナーで、それこそ学生時代はネタを投稿するハガキ職人でした。そういう人間なので、深夜の26時から始まる番組をやらせていただけるのは本当に光栄ですし、うれしいです。

──思春期にいちばん身近に接していたメディアが深夜ラジオだったんですね。

そうです。接していた……以上に、聴くことで命拾いさせてもらっていたメディアと言ってもいいと思います。そのくらいラジオは自分の中で大きいものでした。作家さんやミュージシャンの方が深夜に話しているだけ……といえばそれだけなんですけど、例えその人の本業について詳しく知らなくても、気づくと人となりが好きになっているような魅力があるというか。“自分だけに話かけてくれている”という妄想の中で聴いていたし、今でも自分が番組をやらせていただくときは、あのときの自分に話しかけるような感覚でやっています。

──テレビやSNSとはまた違う距離感がラジオにはありますよね。

ラジオって、どこまでいっても1対1のメディアだと思うんです。一方でSNSは、社会の構図そのまんまというか。例えばW杯で勝利した直後に歓喜のツイートをするサッカー選手もいれば、その一方で「学校、会社に行きたくない」と投稿する人もいる。そんな中、ラジオは、このパーソナリティは私に話しかけてくれている、という不思議な没入感を得られるんです。それは錯覚なのかもしれないけれど、そういう気持ちをリスナーが感じられるように、僕も番組を作っていきたいと思っています。

──会社員を経て小説家になり、そしてラジオにも出演……という異色のキャリアの持ち主の燃え殻さんですが、ご自身では、これまでの経歴がラジオにどう作用していると感じますか?

会社員をやっていた頃に「30で転職しないとダメだ」みたいな本を目にしたことがあって。31になったときに「ああ……俺はダメな人間なんだ」って思ったんですね。その後も生きていると、あらゆる場面で「ダメだ」と烙印を押されるような気持ちになることがあったんですけど、そんな中で僕が物書きになったのは43歳のときでした。ダメを通り越して笑えるレベルというか。でもそんな中で、周りの同い年と話をすると「俺も実はカメラマンをやってみたかったよ」って打ち明けてくれたりして。そのとき、そういうことを言いたくなるような職業に僕は飛び込んでいるんだな、と思ったんです。

だからリスナーの皆さんにも「年齢関係なくやりたいことをやってもいいんだ」って思ってもらえるようになればいいなって。僕のような無鉄砲な人間が夜中に話していることで、みんなにとって何かプラスになることがあればいいなと願っています。

ラジオの前の「みなさん」ではなく「あなた」に声を届ける

──ちなみに燃え殻さんの思春期時代を支えてくれたラジオ番組はなんだったんですか?

大槻ケンヂさんの番組とか聴いていましたね。基本AMラジオが多いんですけど、昔「カードラジオ」という機械が流通していたとき、日比野克彦さんの絵が描いてあるJ-WAVEのカードラジオを買ったんです。一局しか聴けないし、音も悪いんですけど、“J-WAVEを聴きながら電車乗ってる俺”っていうのに酔いしれるために買うみたいな(笑)。洋楽を聴いている人ってかっこよく見えたりするじゃないですか。そういう感覚で、J-WAVEのカードラジオを選んでいました。

──radiko(ラジコ)が一般化しポッドキャストを利用する人も増えている現状は、ラジオ局にとって追い風になっていると思います。そんな中、燃え殻さんはメディアの多様性とラジオの関係性についてどのように感じていますか?

今はYouTubeなどエンタメコンテンツがたくさんあるじゃないですか。それこそスマホひとつで、あらゆるエンタメを楽しむことができるけれど、その中でラジオっていうものは、SNSなんかで疲れた人が通りすがりに立ち止まってくれるようなメディアであってほしいって思うんです。「同じ傷を持ってる奴が何か話してるな」みたいな。少なくとも僕のラジオ番組はそういうものにしたくて。

僕宛にメールを送ってくれる人って、たぶんJ-WAVEのほかの番組のリスナーより、明らかに傷がうずいている人が多いんじゃないかなって思うんです。でも、僕はそれが嫌いじゃない。

番組では自分が書いたものを朗読させてもらっているんですけど、昔もそういう自由なラジオがあったなって。とある作家さんが、自分の詩を読んだりしていたんですよ。当時、「こんな放送、ありなんだ」と驚いたけれど、1対1のメディアだからこそ聴いているとグッとくるものがあるなと。人と一緒に聴いていると、その感覚はちょっと得られないんですよね。

──わかります。大勢でW杯を観戦するテレビのよさもあるけれど、ラジオってどこかクローズされた空間の中で聴くからこそ、没入できるというか。

そうそう。ひとりで夜中にイヤホンで聴いている感覚ですよね。先ほどの作家さんのラジオの話で言うと、自分で書いた物語を朗読するのは気恥ずかしさがあると思うんですけど、「恥ずかしいくらいのことをしないと人の心には響かない」っていうことを聴いていて学びました。イヤホンをつけて感動しているたった1人に向けて、僕はラジオをやりたいと思っていて。深夜ラジオってそういう少数に向けた放送を続けていることに価値があるんだと思います。

──長年ラジオを聴いてきた燃え殻さんが今のラジオに求めるものとは?

例えばテレビと比較するとテレビは「視聴者のみなさん」に向けて作っていると思うんです。一方で、ラジオは「ラジオの前のあなた」に向けて放送している。その違いはある気がしていて。

もちろん、お昼の時間帯はたくさん聴かれていることを想定した番組作りをしていると思うんですけど、それでもやっぱりラジオは1対1のメディアであってほしいなって。それは言い換えると、ラジオ好きとしての僕の願いなんですけど、これからもそういうものを大切にしてほしいって思います。

「元気じゃない人にしか言えないこと」もある

──物書き、そしてラジオを始めたことで生活はガラッと変わりましたか?

これは真剣に言いたいことですけど、何も変わらないんですよ(笑)。結局、仕事って根本は一緒なんだなって。ラジオも特殊なことをやっている感覚は一切なく、ものを書くのと一緒。必要なのは、仕事なんで精一杯頑張るっていうことで。職業によって求められていることは違えど大事なことは一緒だと思います。

──今後ラジオでやってみたいことはありますか?

僕は、日々疲れていることが多いんですけど(笑)、僕のラジオも「また“疲れた”って言ってる」みたいに思ってもらえるような内容にしたいんですね。いろんなコーナーが展開されるようなラジオもいいんですけど、僕が好きだったラジオは「また同じことをしてる、また同じことを言ってる」そんな番組でした。それを聴くと不思議と落ち着いたんですよ。住処に帰ってきたみたいな感じで。

法事のたびに同じことを言っている親戚のおじさんっていたじゃないですか。でも僕はそれが古典落語を聴いているような感じで、どこか落ち着いた。僕の番組も聴いてくれる人にとってそんな役割になったらいいですよね。

──元気づけるというよりは、聞くだけで少しホッとできるというか?

僕は意外と元気づけたい人なんですけどね(笑)。でも「元気出せよ!」って言われても、なかなか人は元気になれないもの。むしろ「体調悪いんだよね」って言われたくらいが、「俺の体調はいいし、じゃあちょっとやってみようかな」って思えるというか。結局、元気じゃない人に刺さる言葉は、元気じゃない人にしか言えないんです。だとしたら、僕は適任だなって。

──最後にこの番組が深夜ラジオということで、「夜明け前にひとりで聴きたい曲」を教えてください。

キリンジの「フェイバリット」っていう曲が夜明け前に流れてくれるとうれしいですね。僕はキリンジが大好きで、収録されているアルバム『FINE』を「聴いてください」って言って人にプレゼントしたことがあるんですけど、今、思うとその行為はすごくダサい(笑)。

「フェイバリット」を聴くと、当時好きだった彼女のことを思えたんです。その気持ちを共有したくてアルバムを買って渡そうとしたんですけど、共有ならずでした。「暗いね……」みたいに言われて、「ごめん」って返して。うん、今思えば、ウルフルズのCDを渡せばよかったのかもしれないですね(笑)。

燃え殻がナビゲートする、J-WAVEの番組『BEFORE DAWN』は毎週火曜 26:00-27:00。

・『BEFORE DAWN』公式サイト
https://www.j-wave.co.jp/original/beforedawn/

(取材・文=中山洋平)

■燃え殻 プロフィール
1973年神奈川県横浜市生まれ。都内のテレビ美術制作会社で企画デザインを担当。2017年、ウェブサイト「cakes」での連載をまとめた『ボクたちはみんな大人になれなかった』で小説デビュー。
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