江戸川乱歩が描く大空襲の地獄絵図。 火焔、破壊、喪失の中できらめく背徳の美学。 そして、防空壕の暗闇で一夜に燃え上がった恋。 謎解きは後からやって来る……

ラジオ日本『わたしの図書室』では、終戦記念日前後の8月13日(木)と20日(木)の2週連続で、江戸川乱歩の「防空壕」を紹介する。迫力満点の朗読は、声優界の大物・羽佐間道夫と日本テレビアナウンサーの井田由美。戦争末期に東京を炎に包んだ空襲シーンは、乱歩の実体験から生まれた。そして、激しく燃え盛る戦火の中で、運命的に出逢った男女。全編に乱歩独特のエロティシズムと背徳の美学が炸裂する。

「防空壕」の中で何があった?

大戦末期のある夜、東京西北部を襲った米軍による大空襲。主人公の市川清一は会社帰りに、炎に包まれ壊滅していく街の狂乱に目を奪われた。それは、まさに恍惚の時だった。自分もケガを負い、清一は命からがらある邸宅の防空壕に飛び込む。暗闇の中、懐中電灯の薄明りに照らされた壕の奥に、防空頭巾をかぶった一人の若い女、それも絶世の美女が座っていた。清一は一瞬の恋に燃え上がり、あらゆるものをかなぐり捨てて女をかき抱いた。極限状態の中で激しく結ばれた、互いに名も知らぬ男と女。しかし、夜が白々と明けたとき、女は清一の前から姿を消していた……。

検閲・発禁―戦時中、乱歩は何をしていたか?

戦時体制の中で、日増しに当局の検閲がきびしくなっていく中、江戸川乱歩はどのように過ごしていたのだろうか?

1894年(明治27年)生まれの乱歩は、当時すでに40代半ば。昭和13年、過去の作品をまとめて「江戸川乱歩選集」を刊行し始めていたところ、このご時世に探偵小説などはのんきすぎると、しだいに当局の検閲が厳しくなっていく。

自伝「探偵小説四十年」に、乱歩はこのように書いている。『私の場合は一行や二行ではない。一頁二頁にわたって、全文書き替えを命じられる。その検閲はすでに組版を終わったゲラ刷りで受けていたものだから、赤線の箇所を削除すると、そのあとを全部組み替えなければならないので、赤線の行数に合わせて、別の文章を書かなければならない。それで、一応は元の意味と似た穏やかな文章を書いて渡すのだが、二三日すると、また戻ってくる。同じ意味では困る、まったく別の意味の差しさわりのない文章にしてくれ。「今日はお天気がいい」というような無意味な文章にしてくれというのである』。

そしてついに、昭和14年、小説「芋虫」が反戦的だとして発禁になる。乱歩は『表向きの発売禁止はこの一篇なれども、事実上は全作品の禁止も同然となる』と記録している。筆をもがれ暇を持て余した乱歩は、昭和16年の秋ごろから隣組の会合に出席するようになる。自伝によると、『私はそれまで我儘な人嫌いで、孤独を愛し、孤独の放浪を愛し、家にいれば終日床の中で暮らすという、始末におえない生活をしていたので、向こう三軒両隣のつきあいなど、思いもよらぬことであった』。

そして、乱歩はたちまち、隣組の防空群長にまつりあげられてしまう。さらに、町内会の副会長も引き受けることになり、ときにバケツリレーの防火訓練を指導し、民間からの銅や鉄の供出に際しては、『目方を伝票に記入して、受取りを渡す』役まで果たしたのだった。こうして人との接触をさかんにするうち、乱歩はそれまで寄り付きもしなかった文士たちの集まりにさえ顔を出すようになっていく。戦争で、すっかり人間が変わったのである。

乱歩が体験した東京北西部の大空襲

昭和20年4月13日深夜から翌未明にかけて、東京北西部を襲った空襲は、豊島区の大半を焦土と化し甚大な被害をもたらした。今回、朗読する「防空壕」の中にも、激しい空襲の模様が描かれている。これは、当時、池袋に邸を構えていた江戸川乱歩の実体験だという。自伝には、『私の家から七八丁もある池袋駅が見通しになり、それまでは見えなかった遠くの山々が、私の家から眺められた。それほど焼け野原となった地域がひろかったのである』と記されている。

さらに、『私は町会の防空指導係長として、方々飛び回っていたので、自分の家の周りが火に包まれたときには、猛火のために、そこに近づくこともできない状態であった。遠くから眺めて、自分の家は焼けてしまったものと思い込んでいた』と書いている。しかし、実際にはその周辺で、乱歩の家だけが奇跡的に焼け残った。風向きや地形に恵まれたこともあったようだが、乱歩自身は『私の隣接の隣組の人びとが勇敢に踏みとどまって、消し止めてくれたこと』が類焼を免れた大きな理由だと述べている。

今回、その激しい空襲シーンを朗読した声優の羽佐間道夫自身も、昭和20年の東京・山の手の空襲で、身内を何人も亡くした。それだけに、朗読にはひとかたならぬ思いが込められている。

 

【放送内容】
8月13日・20日(木) 23時30分~24時00分
朗読作品  江戸川乱歩「防空壕」
朗  読  羽佐間道夫(声優)/井田由美(日本テレビアナウンサー)

わたしの図書室
放送局:ラジオ日本
放送日時:毎週木曜 23時30分~24時00分
出演者:羽佐間道夫(声優)、井田由美(日本テレビアナウンサー)

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※該当回の聴取期間は終了しました。

菅井友香、阪神競馬場でトークショーに出演!駆け付けた母とホテルステイを堪能!

10月15日(木)、女優の菅井友香がパーソナリティを務めるラジオ番組「サントリー生ビールpresents『菅井友香の#ぷっはーと乾杯ラジオ』(文化放送・毎週木曜日21時30分~22時)が放送。菅井友香が9月13日、阪神競馬場で開催された「競馬BEAT presents ローズステークス予想会」に出演したことを振り返った。

-「あ、ここにあったんだ!」-

菅井友香が阪神競馬場で開催された「競馬BEAT presents ローズステークス予想会」に、岡安譲アナウンサー、皆藤愛子、橋田満元調教師とともに登壇した。当日のメインレースの注目馬について語ったという。

予想会は芝コース前のセンターステージで行われ、菅井は当日のメインレースについて、出演者とともに注目馬を発表。会場には多くの観客が集まり、菅井を応援するYukkarsの姿も見られうれしかったそう。競馬場の入り口には菅井の等身大パネルも設置されており、「来てくださるかドキドキしていた」というそのパネルについても、盛況だったようだ。

ローズステークスでは、菅井自身も予想を的中させた。レースは比較的堅い決着となり、実力馬が力を発揮する展開に。秋華賞の優先出走権を懸けた重要な一戦について、菅井は「秋の大きいレースに向けて大事なレースだったので、盛り上がってよかったと思います」と、節目となるレースが盛り上がったことを喜んだ。

菅井のイベントにはほとんど駆けつけるという母親と、前乗りと後泊を組み合わせ、親子で大阪滞在を楽しんだ。

ホテルステイが好きな母親の影響で、菅井自身もホテルで過ごす時間を楽しむようになったそうで、今回も母親が選んだホテルに宿泊。伊丹空港からモノレールに乗り換える際には、自身がCMに出演する「REVISIS(リバイシス)」の広告を発見。以前から空港を訪れるたびに探していたという。「あ、ここにあったんだ!」と歓喜し、ようやく見つけた広告を撮影してSNSに投稿したという。

仕事を終えた後はホテルで夕食を楽しみ、翌朝には部屋まで運ばれた朝食を堪能。和食と洋食をそれぞれ選び、母親とシェアしながら味わった。特に、すっぽん雑炊がおいしかったと振り返り、ホテル周辺で買い物も楽しんだと振り返った。

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