「何が起きても大丈夫にする」T-BOLAN・森友嵐士が語った、仲間と挑んだ武道館への道
8月15日(土)のラジオ日本『森友嵐士のアラシを呼ぶぜ!』で森友嵐士は、武道館公演前に収録した今回の放送について、「今の俺はまだ武道館を迎えてないんだよね」と切り出した。
放送を聴いているリスナーにとっては、すでに武道館公演を終えた後の時間。一方、収録中の森友はまだ公演前という“不思議な時間”の中で、「その日を迎える前の今の気持ちだったり、振り返った思いみたいなものを、そのまま残しておくのも面白いかな」と、これまでの歩みを振り返った。
T-BOLANの再始動は、メンバーの上野博文がリハビリの先に「ライブがしたい」と語ったことから始まったという。「最初はさ、上野のリハビリのゴールがあったらいいな、っていうところだったんだよね。あいつが『残された人生でライブをしたい』って言った、その一言から始まった」
2016年大みそかのカウントダウンライブをきっかけに、翌年、アンコールでT-BOLANの活動再開を発表。当初は1本のライブだけを想定していたものの、森友は「こんな長旅になるとは誰も思ってなかった」と振り返る。当時の上野は、まだ思うように身体が動かない状態。それでも「『My life is My way』を弾きたい」と挑戦していた。「まだ全然動かないのに、『弾きたい』って言うんだよ。『一歩一歩行こうぜ』って言ってるのに、いきなりトップギアの『マイライフ』を弾きたいって(笑)。でも、弾きたいんだよねっていう、その気持ちはすごく分かった」その姿を見ながら、「やっぱり音楽っていうのが、上野の中の真ん中にあるんだと思う」と感じたという。
一方、上野の挑戦には、母親からの強い心配もあった。脳の障害によって、直前まで覚えていたことが突然分からなくなったり、一人で外出することが難しかったりする状況を踏まえ、「これ以上、皆さんに迷惑をかけたくない」と、ライブへの挑戦に反対していたという。森友は、その気持ちを理解しながらも、こう伝えた。「お母さん、何が起きても大丈夫だから。それでも大丈夫にするから。だから、上野の挑戦を一緒に応援しましょうよ、って」そして、上野が「残された人生を何に使いたいのか」と問われたとき、たった一つ「ライブ」と答えたことを明かす。
「だったら俺たちも、その気持ちを受け取って、できることを一緒にやろうと思ったんだよね」
森友は、こうした経験を通して、「迷惑をかけちゃいけない」という思いについても考えたという。
「迷惑って、みんなかけながら生きてるんだよ。だから『迷惑をかけてごめんなさい』じゃなくて、『いつも支えてくれてありがとう』に変えようよ、って。そういうことなんじゃないかな」
活動再開後は、アルバム制作やツアーを重ね、コロナ禍にも向き合ってきた。
「先のゴールを見て歩いてきたわけじゃないんだよね。いつも『今、どうする?』『この状況の中でどうする?』って、目の前で考えて、目の前で方向を決めてきた。ある意味、無計画なんだけど(笑)。でも俺たちは、T-BOLANっていうバンドを人生として歩いてる、みたいな感じなのかな」
今回の武道館公演についても、「ラスト」という言葉だけでは表せない思いがあるという。
「俺たちの中では、“約束の旅”なんだよ。みんなとの約束。47都道府県、俺たちは全部行くから、会おうぜっていう。その約束を果たして、最後に武道館に立つ」
そして、日本武道館はメンバーの五味が長年「いつか立ってみたい」と願っていた場所だった。
「五味がずっとやりたいって言ってたんだよ。だったら、その夢、叶えたいじゃん。これ以上の理由、ある?」
収録時点ではまだ武道館を迎えていなかった森友。ステージに立つ五味の姿を想像しながら、「めっちゃ格好つけてギター弾いて、でも終わったときには顔がほころんで、やりきったような嬉しい顔するんじゃねーのかな」と、メンバーの晴れ姿に思いを馳せた。
このほか、ライブの照明を担当するスタッフの粋な演出や、音響スタッフとの長年にわたる信頼関係、リスナーから寄せられたツアーの感想についても語った。詳しくはradikoタイムフリーで!
※放送情報は変更となる場合があります。