新法で輸送費増加。どうなる書籍 大竹「本はね…おじいちゃんの楽しみなんだから」

10月21日の「大竹まこと ゴールデンラジオ」(文化放送)は、東京新聞の「〈本音のコラム〉新法でどうなる書籍 斎藤美奈子(文芸評論家)」というコラムを取り上げ、大竹まことがコメントした。

27日から11月9日までの2週間は読書週間だ。公募で決まった今年の標語は「静かだけど、冒険中。」。脳内の冒険。キャッチーですよね。

しかし、本を取り巻く環境は年々厳しくなっている。目下の焦点は昨年6月に成立し、2028年までに施行されるトラック新法だ。
書籍の輸送費はこれまで雑誌の大量輸送に便乗するなどの形で抑えられてきた。が、新法の施行後は国が算出した最低運賃以下の契約が禁止され、輸送費は現在のおよそ2倍にアップ。紙やインキの高騰に加えて輸送費が上乗せされると本の価格も2割は上がる。1500円の本は1800円。2000円の本は2400円になる計算だ。

新聞や出版などの関係七団体が9月、この新法に基づく適正原価の段階的な導入を求める要望書を総理宛てに提出したが、とはいえ、運送業界にしてみれば適正な運賃の適用は当然の要請で、長期的に見てこの流れは止まらないだろう。

私は電子書籍の愛用者だが、そうは言っても本を愛する者として、これ以上の書店の減少や価格高騰による本離れは食い止めたい。かつてCDの売り上げ減で危機に直面した音楽業界はサブスク型の定額制音楽配信で息を吹き返した。

出版にも起死回生の一手はないのだろうか。本が死んだら文化も死ぬからね

大竹まこと「本当だよなぁ」

砂山圭大郎アナ(アシスタント)「まあ今もう新書も相当ね、1000円を超えるような時代で。文庫本も1000円ぐらいする時代ですからね」

大竹「でも家に本棚があってさ。読みたい本を買ってきてさ、まあ読まないやつもあるんだけど、結構並んでるのを見るのもね。結構オツだよね」

いとうあさこ「好きですよ」

大竹「本棚があって、俺ん家は本棚の横をずっと通るんだけど、昔の本を引っ張り出して、またちょっと読んでみようかとか思うからなあ。そういうことがもう電子書籍とかっていうんだとできなくなるね」

水谷加奈アナ(パートナー)「紙で読みたいってのもねありますよね」

いとう「私紙なんですよね。まだ本買っちゃう」

大竹「今の人はそうじゃないんだろうけども、kindleか?どっちもありでいいと思うけど、ただでさえ本屋さんは少なくなっていると。そこのところに今度値段も上がると。そうなってくるとちょっと追い打ちをかけられた感じだね。本の売り上げは今、やっぱし本屋さんも聞くと漫画の売り上げがすごく多くて」

いとう「そうなんだ」

大竹「そっちの方で凌いでいますよ。みたいな感じで、普通の人の本も昔みたいに何万部も刷らないで、1万部以下みたいなのが初版で出るという感じになってるらしいね」

水谷アナ「1回 これ値段上がっちゃったらもう下がることないですもんね」

大竹「昨日は國分功一郎さんが来て、オードリーの若林と対談してる『帳の向こう』っていう本で哲学の対談してるんだけど、面白かったなと思ってそのこともお伝えしたんだ。本はね…おじいちゃんの楽しみなんだから」

いとう「大竹さんよく読まれますよね」

大竹「いやいやまあそんなことないけど、話題だったり、ゲストにいらっしゃる方の本だったりっていう」

いとう「ああそっか」

砂山アナ「書店に行って、知らない本と出会うみたいなのもね。こういう時間もいい時間ですけどね」

いとう「表紙見たりね、タイトルだったりね」

大竹「そう表紙もいいよね」

水谷アナ「武田鉄矢さんなんて自分で本屋さん行って表紙見てジャケ買いみたいな感じで、タイトルで買って、で、自分で朝4時ぐらいからそれを読んで大学ノートに書いて、三枚おろしを何十年も放送されているわけですから」

大竹「ああ、そうなんだ」

水谷アナ「大変だと思いますよ。でも、それが楽しみっていうね。大竹さんと同い年ですよ」

大竹「同い年?あ、そう」

水谷アナ「今、文化放送は高齢者に支えられているんです」

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山本耕史、芸歴50周年を振り返る。「やめたいとも続けたいとも思ったことがない」

大竹まことがパーソナリティを務める「大竹まことゴールデンラジオ」(文化放送・月曜日~金曜日11時30分~15時)、10月21日の放送に俳優で歌手の山本耕史が出演した。今月、芸歴50周年を記念した『KOJI YAMAMOTO 50th Anniversary Concert』を開催する山本が、そのコンサート、これまでの芸能生活などについて語った。

山本耕史「(芸歴50年であることについて)赤ちゃんモデルみたいなことをしていました。そこを入れると50年になります。記憶があるのはもう少しあとです(10月31日で50歳)。割と2歳ぐらいのことは憶えているんです。ベッドに寝かせられて上からカメラを構えて照明を当てられ、『目をつぶって、寝たふりをして』。そう言われて撮っていただいたのは記憶にあります。母に話したら『あれ憶えているの?』と驚かれました」

大竹まこと「2歳はすごいな。芸能界を目指したのはなんで?」

山本「母も父も歌をやっていて。その流れでというか。兄も芸能をしていたので、気づいたときにはもうやっていた、という状況でした。抵抗を覚える前に始めていたので、やめたいとも続けたいとも思ったことがない。不思議な感じです」

大竹「学校で噂は立つよね。何かに出ていて、みたいな」

山本「小学校のころ、舞台の本番のために早退しないといけないことがあって。みんな『どこ行くの?』と。周りと違うことをしているんだな、というのは、その辺からなんとなくわかってきました。でも後半はみんな『きょうもなの? 行ってらっしゃい』という感じで。特別なことというよりは普通の生活の一部でした」

大竹「この間『わたしの知らない子どもたち』という映画を観て。子役がみんなうまいんだよ。驚くぐらい。そういうので勝っていこう、といった気持ちはなかった?」

山本「全然なかった。いまでも同じような気持ちは続いています」

水谷加奈「若いころは尖っていた、と伺っています

山本「尖っていたというか。まあ自分の意志はすごく見せていたと思います。違うものは違う、気持ち悪いものは気持ち悪い、ということを区別していたのかもしれません」

大竹「とんとん拍子に続いてきたのか。それとも仕事がなくなった時期もあるのか」

山本「すごく大きな母体となるところもたくさんあって。でも僕はずっと個人でやってきました。時代劇や舞台など、若い人たちがやりたがらない、と言ったら変ですけど。スキマ産業みたいなふうにやってきたんだと思います。同世代が学園ものに出ている中、僕は京都で時代劇に出ていたり、舞台に上がったり」

大竹「ほう」

山本「そうしていたら、いつからか舞台やっている人がフィーチャーされたり、時代劇のできる若者を探されたり、というときに『そういえばやってきたな』と。そこがいまにつながるきっかけになっているかもしれません」

大竹「今回(『KOJI YAMAMOTO 50th Anniversary Concert』)は何するんですか?」

山本「50周年ということで。35周年のときもやりましたけど、いままでの作品、ミュージカル、影響を受けたアーティストたちの曲でコンサートを。お芝居も考えたんですが、瞬間、その数分だけでお客さんを誘(いざな)える、という意味で、いろいろな曲を並べてコンサートにしたらいいのでは、と思って。50周年アニバーサリーコンサートを10月24日に大阪(Zepp Namba)、10月31日に東京(LINE CUBE SHIBUYA)で開催します」

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