アカデミー賞ノミネートのフランス映画「落下の解剖学」とは

クリエイティブプロデューサー・三好剛平氏

明日、2/23(金)より公開されるフランス映画「落下の解剖学」。昨年5月に開催されたカンヌ国際映画祭で最高賞(パルムドール)受賞という快挙を果たし、以降各国の賞レースで軒並み好成績を残していくなか、3/10に発表を控えたアカデミー賞でも作品賞、監督賞、脚本賞、主演女優賞、編集賞の5部門にノミネートされている。注目高まる中での公開を目前に控えた本作の見どころをRKBラジオ「田畑竜介GrooooowUp」でクリエイティブプロデューサーの三好剛平さんが語った。

監督、女優。世界から大注目される一本に

まずは監督や俳優のご紹介から。本作を撮ったのは、フランスの女性監督ジュスティーヌ・トリエ。これまで長編3本を手がけ、フランスの権威ある映画賞であるセザール賞での主要賞ノミネートをはじめ、前作『愛欲のセラピー(ひどい邦題ですが)』では2019年カンヌ国際映画祭でコンペ部門に選出されるなど、着々と実績を重ねてきました。

 

そして今回の『落下の解剖学』では監督と共同脚本を務め、カンヌの最高賞パルムドールを受賞。女性によるパルムドール受賞はカンヌの歴史始まって以来、1993年『ピアノ・レッスン』のジェーン・カンピオン、2021年『チタン』のジュリア・デュクルノーに次ぐ歴代3人目の快挙。いよいよ本格的に世界で注目される映画人へとステップアップしました。

 

実は彼女の旦那さんであるアルチュール・アラリも映画監督・脚本家・俳優としても活躍する映画人であり、彼女のこれまで3本の長編作品をはじめ今回の『落下の解剖学』でも共同脚本を務めています。このあと映画のあらすじもご紹介しますが、今回「夫婦関係」にかなりな角度で切り込むこの脚本を、互いに作家でもあるふたりが共同で仕上げたのかと思うと、これかなり驚かされるものになっているのですが、そこはまた後ほど。

そしてもう一人注目すべきは、主演を務めるのはサンドラ・ヒュラーというドイツ出身の女優さんです。演技派女優として世界の映画界ではすでに高い評価を集めていた女優さんではあり、映画ファンの方なら2016年にアカデミー賞外国語映画賞の候補にもなったドイツ・オーストリア映画『ありがとう、トニ・エルドマン』の主演女優と言えばピンとくる方もいるかもしれません(ちなみにこの映画、最高に面白くて良い映画なのでぜひ)。
で、このサンドラ・ヒュラーですが、この2023年ちょっと異例のすごいことになっています。というのも今回の『落下の解剖学』でカンヌ最高賞の主演を務めただけでなく、それに次ぐグランプリに輝いたイギリス映画『Zone of Interest』(『関心領域』というタイトルで日本では5/24より公開)でも主演女優を務めていました。この2本はいずれもアカデミー賞でも作品賞にノミネートもされています。まさしく2023年に一番注目されたと言って良い2本のヨーロッパ映画の両方で主演を務めた、今後の映画業界でいよいよ台風の目となる女優さんなので、この名前もぜひ覚えておきましょう。

 

これは事故か、自殺か、殺人か—

ということで、お待たせしました。いよいよ映画のあらすじです。

 

舞台はフランスの人里離れた雪山の山荘です。視覚障がいをもつ11歳の少年が、血を流して倒れている父親を発見します。息子の悲鳴を聞いた母親がその場に駆けつけ、救助を要請しますが、父親はすでに息絶えていました。当初は転落死と思われたその死には、その後の調査のなかで不審な点も多く、またその前日には二人のあいだで激しい夫婦ゲンカが起きていたことなどから、ついに妻であるサンドラに夫殺しの疑いがかけられてしまいます。やがて裁判が始まりますが、ここから法廷での陳述の度ごとに次々と新たな事実が明らかになっていきます。それは、仲むつまじいと思われていた家族像とは裏腹の、夫婦のあいだに隠された秘密や嘘の数々です。果たして妻は夫を殺したのか、弱視の息子は何を見ていたのか。これは事故か、自殺か、殺人か。その真相は——?というお話しになっていきます。

 

もっとも、こうしてあらすじを聞く限りでは映画として「聞いたこともないような新しい物語」というわけでもないはずなのに、これほど一気に観客を引き込み152分間一息で走り切ってしまうことには、何より緻密な脚本と、監督による演出力が大きいと思います。

 

まずそのサスペンス方面でのうまさとしては、映画の真ん中にある謎の解(ほど)き方のうまさにあります。冒頭、父親が落下する瞬間は映されず、弱視の息子がその死体を発見するという“謎”から物語が走り出し、そこから物語が展開していくなかで右に左にと振り回されながら、その後の法廷の陳述ごとにまた新しい事実が次々と明らかにされていきます。監督もあるインタビューでは「この映画はパズルのように組み立てられていて、そのうちたくさんのピースが欠けています」と語っている通り、一度映画に乗り込んだら、あとはその時間の経過に沿って明らかにされていく手がかりを、観客自身も劇中の登場人物と同じ時間感覚のなかで手繰り寄せていくしかない、というような、映画の一種の時間芸術性ともいえるような特性もうまくとらえた演出が効果を発揮しています。

 

ちなみに本作『落下の解剖学』の原題は「Anatomy of fall」といいますが、実はこのタイトルを映画ファンが聞けば誰もが連想する有名な一本の映画があります。それが1959年にオットー・プレミンジャー監督が発表した名作法廷劇映画「Anatomy of a murder」=『或る殺人』という作品であり、その映画でも本作と同じく、法廷で次々と明かされていく新しい証拠によって物語が推進され、登場人物たちの善悪像が右に左にと揺さぶられる映画となっており、本作はタイトルからもその作品へオマージュをしている、とも言われています。

そしてもう一つのうまさは、本作の核となる「夫婦」という関係に潜む「計り知れなさ」の掘り下げです。いくら惹かれあって一緒になった二人でも、いつでもご機嫌に互いを尊重し合って上手くいき続けてる夫婦なんてなかなかいないわけで、ときには感情的にぶつかり合うこともあれば、相手が本当のところ何を考え・どう感じていたのかがずっとわからないまま、ということだってありえるのが「夫婦」という関係の実像だと思います。そのように、夫と妻という二人の間だけですら計り知れないのに、ましてそれを他人から見た時に「仲睦まじそう」に見えたとしてもその実際は…という点にいたっては、いよいよ誰も及び知ることができないものなのかもしれません。

 

このように、映画を見ているあいだ、観客自身も、この夫が亡くなったのは事故か、自殺か、殺人か、という大いなるクエスチョンを真ん中に置きながら、右に左にぶんぶん振り回される謎解きと、そのさらに向こう側にある夫婦や家族の真実に、この映画は最終的にどのようなかたちで辿り着くのか。という点も含めて、一見の価値ありの一本だと思います。

是非とも劇場でご覧ください。

映画「落下の解剖学」公式サイト

田畑竜介 Grooooow Up
放送局:RKBラジオ
放送日時:毎週月曜~木曜 6時30分~9時00分
出演者:田畑竜介、田中みずき、三好剛平
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