105年の歴史に幕…サンデー毎日休刊と雑誌・漫画の「読まれ方」の激変

出版業界に衝撃が走りました。日本最古の総合週刊誌である「サンデー毎日」が、創刊105年を迎える来年4月末をもって休刊すると発表されたのです。10月30日放送のRKBラジオ『立川生志 金サイト』に出演した元サンデー毎日編集長の潟永秀一郎さんが、休刊に至るまでの出版業界を取り巻く「時代の流れ」と、雑誌や漫画の読まれ方の激変について、自身の編集長時代の苦労や数々のスクープ報道を交えながら解説しました。

日本最古の総合週刊誌「サンデー毎日」来年4月に休刊

今朝の毎日新聞で発表されていますが、「サンデー毎日」が来年4月末で休刊することになりました。

OBとしては、ただただ寂しいというほかありませんが、これも時代の流れ。長年のライバルだった「週刊朝日」が2023年5月に休刊して3年余り、後輩たちはよく頑張ったと思いますが、雑誌市場が急速に縮小していく流れに、ついに抗しきれなかったということでしょうか。今は私も第三者ですので、まずは客観的なデータから見ていきます。

出版科学研究所の調査によると、日本の雑誌市場のピークは1997年で、総販売額は1兆5644億円でした。それが2000年代に入って、携帯電話が普及し始めるとともに縮小が始まったのは、新聞と同じです。

雑誌離れを加速させた「ガラケー」と「スマホ」の波

最初の節目は2005年でした。携帯の通信規格が3Gになって画像が瞬時に表示されるようになり、さらにそれまでは従量課金制(ネットにつないだ分だけ費用がかさむ料金体系)だったのが、パケホーダイと呼ばれるような定額制になって、WEB上に当時の「ガラケー」向けの無料サイトが次々生まれました。結果として、それまで電車の中での暇つぶしの主役は、キヨスクで買う新聞や週刊誌だったのが、ネットニュースやブログ、掲示板に取って代わられました。足並みをそろえるように、キヨスクが駅から姿を消し始めたのも、この頃でした。

そして次の節目が、スマホ時代が幕を開けた2010年。雑誌の売上はこの年、1兆円を割り込みます。その後、スマホの普及率は2015年に5割、2019年に8割を超え、この間、雑誌市場は毎年数百億円規模で縮小が続きました。今、スマホの保有率は98.3%。ほぼ全員です。片や最新の2025年データで、雑誌の総売り上げは3708億円。97年のピーク時から実に76%減、4分の1以下に縮小してしまいました。

さっきも少し触れましたが、そもそも雑誌を売る店、例えば駅のキオスクは2020年ごろまでにほぼ姿を消し、街の本屋さんも2000年当時の半分以下に減り、最後の頼みだったコンビニも去年3月、全国およそ5万6000店のうち1万1000店で一斉に雑誌の取り扱いがなくなり、残った店でも棚の大きさは半分以下に減っています。つまり、もはや「読まれない」以前に、雑誌を「買えない」という状況が広がっています。悲しいことに。

赤文字系ファッション誌の終焉と漫画雑誌の電子化

余談ながら、雑誌をジャンル別にみると、2000年以降、最も劇的に縮小したのはファッション誌です。黄金期は2000年代前半で、「赤文字系」と呼ばれた『CanCam(キャンキャン)』『ViVi』『Ray(レイ)』『JJ』は月刊数十万〜100万部規模で部数を競い合い、「エビちゃん(蛯原友里)OL現象」など、雑誌に載った服が翌日完売するほどの影響力を持ちました。

それが今は10分の1前後の数万部規模になって、赤文字系の元祖「JJ」は2021年に月刊発行を終えました。背景には、ファッション提案の主役がInstagram(インスタグラム)やファッションアプリ、ECサイトに取って代わられ、大きな収益源だったアパレル広告もSNSなどへシフトしたことがあります。

余談ついでに漫画雑誌はというと、売上のピークは1995年の3357億円。この年、週刊少年ジャンプは全雑誌史上最高部数の653万部を記録しました。『ドラゴンボール』や『SLAM DUNK』、『幽☆遊☆白書』といった大ヒット作が同時に連載されていた頃で、おそらく不滅の記録でしょう。それがやはり2000年代から減少傾向が強まり、2010年に総売り上げが2000億円を割り、2017年には1000億円を割って、今はおよそ470億円でピーク時の14%、7分の1まで縮小しました。ただ、ほかのジャンルと違うのは、その減少分を電子版のコミックスがカバーし、漫画市場全体は拡大していることです。

データを見ると明らかで、2000年当時はゼロだった電子コミックが、2019年には紙の売上と逆転して、最新の2023年データでは紙の雑誌とコミックスの売上合計2083億円に対して、電子コミックは4830億円。合計およそ6937億円は、紙だけのピークだった95年当時を抜いて過去最高です。つまり「漫画そのもの」が読まれなくなったわけではなく、読み方が変わったわけです。漫画雑誌を毎週買って読む、という昭和から平成の読み方は激減し、代わりに単行本をアプリで読むスタイルが主流になりました。電子版は基本絶版しないので、過去の名作をまとめて買う“大人買い”も市場を支えています。

余談が続きましたが、ではサンデーを含む総合週刊誌はどうかというと、2000年代初頭、ABC部数(実売部数)で、「出版社系」と呼ばれる文春、新潮、現代、ポストは50〜60万部台、サンデーも十数万部あったのが、今は文春がおよそ18万部で、ほか3誌はいずれも10万部前後。サンデーはおよそ3万部だそうです。背景は先ほど言ったように、スマホの登場で通勤中の購読が減り、キオスクなど買う場所自体も減り、さらに新聞と同じく、主読者層が高齢化したことも大きく影響しています。

「サンデー毎日」苦渋の決断と105年の輝かしい軌跡

ということで本題のサンデー休刊です。 このコーナーを私と隔週で担当している山本修司君が、ご存じの通り今、毎日新聞出版の社長で、彼が関係者に向けて記した「休刊のご報告」には、こうあります。

『サンデー毎日』は、1922(大正11)年4月に創刊した日本で最も長い歴史を持つ総合週刊誌でありますが、創刊105年を迎える来年4月末に、休刊することといたしました。4月27日発売の5月9日号が最後の発行となります。

続けて――

創刊からこれまでの間を振り返りますと、大衆小説普及の先駆けとなったほか、「東大合格者全氏名」をはじめとした「大学ランキング報道」により「受験特集のサンデー」の名を定着させました。宇野宗佑首相が就任からわずか2カ月で退任に追い込まれた女性スキャンダル報道や、「オウム真理教の狂気」の告発キャンペーンなど数々のスクープもありました。また、美智子妃人気に沸いた1959年4月の「皇太子結婚特集」では週刊誌トップの156万7000部を記録するなど、「週刊誌ブーム」を形作ったと自負しております。 しかしながら、雑誌市場が加速度的に縮小し、原材料費や印刷費、輸送費が高騰する中、刊行は困難と判断し、休刊を決めました。

苦渋の選択だったと思います。

ここから少し、サンデーの歴史を元号の年代で振り返ります。 報告にもある通り、サンデーは大正11年4月2日に創刊された日本最古の総合週刊誌です。実は雑誌の創刊は朝日のほうが2月25日で早かったんですが、朝日は「旬間」(10日に1回発行)で、毎日が4月に週刊で出すと知って週刊化したものの、「最古の週刊誌」の称号はサンデーが得ることとなりました。

表紙は当時としては画期的なグラビア印刷、今の雑誌のサイズではなく、もっと大きなタブロイド判で24ページ。定価は10銭でした。翌年の関東大震災では全誌面を使った大展開で世間を驚かせ、読者相談やクロスワードパズルをいち早く取り入れるなど、表紙も含め、今に続く雑誌の原型を作ったともいわれます。連載小説にも力を入れ、芥川龍之介、里見弴、江戸川乱歩など当時の流行作家が次々と執筆し、芥川龍之介は何と一時期、サンデーの編集部員だったそうです。また、「懸賞小説」を募集して作家の登竜門ともなり、この懸賞小説で出た作家は、海音寺潮五郎や源氏鶏太など数多く、編集部員だった井上靖も懸賞小説で作家デビューを果たしました。

戦時中は英語の「サンデー」が使えず、「週刊毎日」になった時期もありましたが、終戦翌年にはサンデーに戻って発行を続け、日本の復興と共に部数を伸ばし、昭和29年には100万部を突破しました。ピークは報告にもある通り、昭和34年4月26日号の「皇太子結婚特集」で156万7000部。「週刊新潮」や「週刊文春」「週刊平凡」や「週刊女性」など創刊が相次いだのもこの頃で、当時は「週刊誌ブーム」と言われました。

そして、サンデーの名物企画「大学合格ランキング」が始まったのが昭和39年。団塊の世代が受験期を迎えて競争が激化する中、有名大学の「出身校別ランキング」がスタートします。また、平成12年まで続いた「東大合格者全氏名」の掲載号も家族がまとめ買いするなど売れましたが、個人情報保護が浸透している今では考えられない企画ですよね(笑)。この名簿入手には全国の支局も動員され、私もやったことがあります。

一方、105年の歴史の中では数々のスクープも生まれましたが、あえて一つ上げると、やはり平成元年(1989年)10月に始まった「オウム真理教の狂気」の告発キャンペーンだと、私は思います。当時の牧太郎編集長が手掛けたキャンペーン報道は、オウム教団の実態を初めて告発し、その後も坂本弁護士拉致、武装化計画なども追跡しました。後に、牧編集長はオウムの「ポワ(殺害)」リストの筆頭に上げられていたことが分かるなど、文字通り命がけのキャンペーンで、6年後に地下鉄サリン事件が起きるまで捜査当局も動かなかったカルト犯罪を世に知らしめる、週刊誌調査報道の金字塔だと、同じ新聞社にいながら感服しました。

活字文化を後世へ。分社化の苦難と今後の展望

私が編集長を務めたのは2012年4月から15年9月までの3年半、その後19年3月まで雑誌本部長を務めたので、つごう8年間サンデーに関わったのですが、実はその間にも大きな節目がありました。出版の分社化です。

サンデー毎日は1922年の創刊当時から毎日新聞社が発行し、編集部は新聞社の「出版局」にありました。けれども、加速する出版不況の中で、2015年に出版局は分社化されて「毎日新聞出版」になり、実は分社後5年で黒字化できなかったら、会社を閉じる検討もされていました。文字通り背水の陣での船出で、結果として3年目で黒字化できたのは当時の仲間たちの奮闘のおかげだと、今も感謝しています。その後の編集長らの努力も知っていたので、今回の決定を聞いた時は「ついに、、」という思いでした。が、出版社は残り、「週刊エコノミスト」の発行も、書籍の発行も続きます。サンデー毎日の今後について、山本社長の報告も、こう記しています。

今後は、「エコノミストオンライン」や「note」などを活用したコンテンツのWEB展開を強化します。「センバツ高校野球」「都市対抗野球」「ニューイヤー駅伝」のガイドブックや大学などの受験特集の増刊の刊行は継続いたします。

出版不況が言われて久しいですが、どうかすべての出版社が頑張って、週刊誌という活字文化を後世につないでほしいと心から願いながら、今日は閉じます。

◎潟永秀一郎(がたなが・しゅういちろう)
1961年生まれ。85年に毎日新聞入社。北九州や福岡など福岡県内での記者経験が長く、生活報道部(東京)、長崎支局長などを経てサンデー毎日編集長。取材は事件や災害から、暮らし、芸能など幅広く、テレビ出演多数。毎日新聞の公式キャラクター「なるほドリ」の命名者。

立川生志 金サイト
放送局:RKBラジオ
放送日時:毎週金曜 6時30分~10時00分
出演者:立川生志、田中みずき、潟永秀一郎
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