井手上 漠、全身がしびれるように泣いたあと…「無敵になった」と感じた母の言葉

モデルの井手上 漠が、自身の生い立ちや、「普通」という言葉への思い、多様な価値観を認め合う社会にするために必要なことについて語った。

井手上が登場したのは、J-WAVEで放送中の番組『J-WAVE TOKYO MORNING RADIO』(ナビゲーター:別所哲也)のワンコーナー「Allbirds MORNING INSIGHT」。ここでは、9月7日(火)のオンエア内容をテキストで紹介する。

小学校5年生で性別の違和感に気づく

2003年生まれの井手上は、15歳のときに「第31回ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト」に出場。16,000人の応募者から最終選考の13人に残り、DDセルフプロデュース賞を受賞した。現在もモデル業を中心に活動する井手上に、東京での生活や生い立ちについて語ってもらった。

別所:今年の春に高校を卒業されて島根県から上京、ということですけど、東京での生活はどうですか?
井手上:私は島根県の隠岐の島という離島にずっと住んでいて、本当に何もないようなところから東京に来ました。まったく真逆の世界ですけど自立するには向いているというか、なんでもそろっているので、ギャップはありますけど居心地はいいです。
別所:Twitterのプロフィールには「いでがみばくです、性別ないです」とありますけど、これはどういった意味が込められているんでしょう?
井手上:私は生物学的に男性として生まれたのですが、日本って昔ながらの風潮や文化を大事にするからこそ、「男らしさはロマン」だとか「女らしさは清らかさ」ってなっちゃっていて。私は男性で生まれたから、可愛いものだったりキラキラしたものだったり、美しいものっていうのに興味はあるんだけど、それを身にまとったり好きだったりするのをけっこう否定され続けてきました。私はいま、性別がわからないというか、わかろうともしていないんですけど、何かの枠に収めようっていうのは無理やりにもしなくていいのかなと思って「性別は?」って言われたときに「私は性別ないです、井手上 漠です」っていう風にいつも答えてるっていう感じです。

「性別はない」と語る井手上だが、周囲に異変を感じるようになったのは小学校5年生のときなのだとか。

井手上:自分っておかしいのかなとか、性別の壁にぶち当たった瞬間なんですけど、小学校5年生とか高学年になると、体育の前に着替えるのを男女別々の部屋にされたりとか、けっこう男女の区別がされてくるじゃないですか。私は小さいときから女の子とおままごとをしたりお人形で遊んだり、ずっと女の子といたけど、生まれは男性なので着替えるのは男性のほうに区別をされたときに、違和感を持った周りの子たちがいました。その子たちにちょっと否定的な言葉をかけられて「自分っておかしいのかな」とか「自分ってもしかして周りから浮いている存在なのかな」って、まったく気にしてこなかったものを気にするようになっちゃって。自分というものを、初めて客観視した瞬間でしたね。

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別所哲也と井手上 漠

母へのカミングアウトが大きな転機に

周囲と違う価値観に戸惑いつつも、自分を偽り「仮面を被ることで悪い言葉をかけられないように」と振る舞ってきた井手上。中学校2年生のときに、そんな井手上の背中を押してくれる転機が訪れたそうだ。

井手上:うちは母子家庭で姉が1人、母が1人の3人家族なんですけど、初めて母に「大事な話がある」と話しかけられました。学校帰りのことだったんですけど、そのときに初めて母に恋愛対象を聞かれて、私はすべてを悟りました。私も「自分ってどういう人なんだろう」とか「どういう枠に当てはまるんだろう」っていうのは気になっていたので、小学5年生から中学2年生までLGBTや性別ってものに関しては本とかインターネットで誰よりも調べていました。恋愛対象がわかれば、「LGBTのこの枠に当てはまる」っていうのがだいたいわかったりするんですよ。だから、母は恋愛対象を聞いてきたんだろうなっていうのをなんとなく悟って、そのとき母が私のことを知ろうとしているっていう嬉しさもあったんですけど、やっぱり不安もありました。そのときに初めて全身がしびれるように泣きじゃくったんですけど、私は打ち明ける決意をして、今まで葛藤してきたこと、思ってきたこと、学校であったこととかを全部母に正直に話しました。

井手上の告白に母は「漠は漠のままでいいんだよ」という言葉をくれ、日常に戻ったそうだ。母へのカミングアウトを経て、井手上は「無敵になった」という。

井手上:私のなかで今も支えになっているのは母なので、母が味方なら何も怖くないです。今は一人暮らしをしてお仕事も東京でやっているんですけど、母が押してくれることとか「頑張れ」っていってくれたことは頑張れちゃいます。

この経験から、井手上は「好きなことをとことんやろう」という気持ちが出てきて、美容に熱中するようになったという。

井手上:私は美容が好きなのですが「男なのにメイクするの」とか「男なのにスキンケアしてんの」って言われていたので、小学5年生から中学2年生まで好きなことができなかったんですよ。ずっと隠していたんですけど、周りなんて気にせずとことん磨こうと思って、好きなことに好きなだけ時間を費やしてやっていましたね。本当に毎日が楽しかったです。変なことを言われても「帰れば好きな時間がある」って思えば明るく振る舞えたりして、毎日私もキラキラしていたので、そうするとやっぱり周りの子が寄ってくるんですよね。
別所:それもわかる気がする。うつむき加減で自分も周りも否定していたらどんどん負のオーラになっちゃうけど、自分がキラキラ、ワクワクしていたら、そのワクワクを知りたい人がもっと集まってくるっていうかね。
井手上:結局周りがこうだ、ああだって周りを責めがちになっちゃうけど、実は周りの反応とかって自分次第かなって感じますよね。

【関連記事】井手上漠も救われた、メイクの力。性別を問わず「こうなりたい」を叶えてくれる

価値観を広げる教えで、時代を作っていきたい

別所は井手上に「自分にとっての当たり前が他者にとって意外な場合、どう分かり合っていけばよいと思うか」と質問。井手上はこれに対し「理解し合う」よりも先に大切なのは、「認め合うこと」だと回答した。

井手上:価値観や個性っていうのを「理解し合う」っていうのは、私は「認め合う」ことの次かなと思っています。理解し合うって簡単に言うけれど、すごく難しいことで、その人が感じてきた葛藤や、その人が生きてきてぶち当たってきた壁っていうのは、まったく同じ生い立ちをしてこないと理解するのは難しいんですよね。

「全く違った価値観を持っている人に出会ったとき、得だと思う」ともコメントした。

井手上:自分自身で性格を変えたい、視野を広げたいと思ったときに、自分の頭にある情報だけじゃどうやっても変えることは不可能なんですよね。だから私は、いろんな人の話を聞いて、私の頭にまったくなかった価値観を持った人に出会ったときは「それはないわ」って引くんじゃなくて、「それはなんでそう思うの?」と興味を持つようにしています。そうするとその人が答えてくれた時に「そういう考えもあるんだ」とか、「この人はそういう生き方をしてきたからこういう考えになったんだ」とか、頭に入るだけで価値観は広がるじゃないですか。
別所:そういう気持ちでみんながコミュニケーションできたら素晴らしいと思うんだけど、今の大人たち、あるいは社会っていうものとどう繋がっていきたいと思っていますか?
井手上:たとえば時代の流れのなかで何かを大きく変えたいと思ったときに、私はジェンダー平等について考えようっていうなかで、いつ実現するんだろうってなったらきっと5年後、10年後なんですよ。5年後、10年後に変わっていればいいんですが、そのために今から少しずつ変えなければいけないってなったときに、どの子たちを変えようってなったら今の子どもたちじゃないですか。

井手上は「男なのにメイクをするの?」「男なのにスカートを穿くの?」など、子どもの疑問に対して真剣に答えることが大切だとも話した。

井手上:子どもだから放っておくんじゃなくて、子どもだからこそ真剣に「男だからメイクしちゃいけないとかないんだよ。興味があればメイクをしちゃえばいいし、スカートを穿きたければ穿けばいいんだよ」って。これは子どもたちの親さんにもいえることで、親が小学校のときとか、もっと小さいときに教えてきたことって、実は頭の片隅に残っていたりするじゃないですか。だから「男だからピンクはやめな」じゃなくて、「ピンクが好きならピンクの服を買う?」とか、子どもの幸せを考えて教えることが大事かなと思っています。そうしたらその子たちが20歳になったとき、その子たちに子どもができたとき、その子どもたちはすごく価値観の広い教え方ができますよね。そうやって時代を作っていけばいいかなと思うので、5年後、10年後に実現するために今から少しずつ変える必要はあるのかなと思っています。

「普通」とは何かをゼロから考えて欲しい

そんな井手上の初のフォトエッセイ『normal?〝普通“って何?』が、2021年4月、講談社より発売された。

井手上:サブタイトルが「普通って何?」なんですが、私は18年間生きてきたなかで、「普通」っていう言葉をすごく耳にしてきました。経験談からいうと、性別において私は「普通ではない」って周りから言われてきて、「じゃあ普通って何なんだろう」「普通ってどこからなんだろう」ってすごく考える機会が多かったです。だから簡単に普通っていう言葉を出すけれど、じゃあ普通ってなんなのか、どこからなのかを皆さんにもう1度、ゼロから考えて欲しくてこの本を出しました。

『J-WAVE TOKYO MORNING RADIO』のワンコーナー「Allbirds MORNING INSIGHT」では、あらゆる世界の本質にインサイトしていく。放送は月曜~木曜の6時30分頃から。お楽しみに!
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MAZZEL・TAKUTO 10歳で三浦大知と共演して一瞬で大ファンに「とにかく常に優しい」「素晴らしい人柄」

アーティストの「こっちのけんと」がパーソナリティをつとめるTOKYO FMのラジオ番組「G-SHOCK presents THE MOMENT」(毎週金曜17:00~17:25)。さまざまなゲストをお迎えし、生まれてからこれまでの時間のなかで、人の心に刻まれている「人生が変わった瞬間」=“MOMENT(モーメント)”を探ります。

11月21日(金)、28日(金)放送ゲストは、SKY-HI(スカイハイ)さんが代表取締役CEOをつとめる「BMSG(ビーエムエスジー)」の8人組ダンス&ボーカルグループ・MAZZEL(マーゼル)のリーダー・TAKUTOさんです。
この記事では21日(金)の模様をお届けします。デビュー前からダンサーとして活躍してきたTAKUTOさんが、敬愛するシンガーソングライターでダンサーの三浦大知さんとのエピソードなどについて語っていただきました。


こっちのけんと、MAZZEL・TAKUTOさん



MAZZELは、BMSG所属の8人組ダンス&ボーカルグループ。オーディションドキュメンタリー番組「MISSIONx2(ミッション・ミッション)」から誕生し、2023年5月にメジャーデビュー。KAIRYU、NAOYA、RAN、SEITO、RYUKI、TAKUTO、HAYATO、EIKIの8人が集結し、高いパフォーマンス力と独自の世界観で注目を集めています。
11月26日に4thシングル「Only You」をリリース、12月24日(水)にはライブBlu-ray&DVD「MAZZEL 2nd One Man Tour 2025 “Royal Straight Flush”」をリリース予定。



こっちのけんと:キッズダンサー時代に(ダンサーで歌手の)三浦大知さんと共演されていたそうですね。

TAKUTO:そうなんですよ。

こっちのけんと:すごい!

TAKUTO:(ダンスを)始めて2年ぐらい、小学5年生で10歳ぐらいのときです。

こっちのけんと:すごいですね。お会いして、共演してどうでしたか?

TAKUTO:もう本当に一瞬で大ファンになって。そこから、ひたすら三浦大知さんの曲を聴き漁りました。当時、お仕事とかではないですけど、オーディションでキッズダンサーとしてバックダンサーをさせてもらうとか、既存のバックダンサーさんと三浦大知さんと僕の3人で作品を作らせてもらうとか、そんなこともさせていただけていたので。

こっちのけんと:ちょっとすごすぎる! どういった作品だったんですか?

TAKUTO:三浦大知さんの事務所のイベントで、何か作品を(作る)ってなったときに、お誘いいただいて。「たっくん、なんか一緒に作ろうよ」って言ってくださって。

こっちのけんと:粋ですね。当時、三浦大知さんから言われたことで心に残っていることはありますか?

TAKUTO:とにかく常に優しくて。ある日のリハーサルで、「たっくん、これプレゼントだよ」と言って、何でもない日に「T」って書かれたTシャツプレゼントしてくださったり。

こっちのけんと:作ってくれたんだ。

TAKUTO:はい。なんかそういう心遣い、気遣いみたいなものを。子どもだった僕にも関係なく優しく接してくださって。素晴らしい人柄の方だなと思いました。

番組では他にも、ダンスを始めたきっかけや幼少期の思い出などについて語る場面もありました。

<番組概要>
番組名:G-SHOCK presents THE MOMENT
放送日時:毎週金曜 17:00~17:25
パーソナリティ:こっちのけんと
番組Webサイト:https://www.tfm.co.jp/moment/
番組公式X:@TFM_THEMOMENT

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