三四郎・小宮、優しい気遣いが災難に ストレスフルな一日を語る

2月14日(金)深夜、お笑いコンビ・三四郎の小宮浩信と相田周二がパーソナリティを務めるラジオ番組「三四郎のオールナイトニッポン」(ニッポン放送・毎週金曜25時~)が放送。先日、小宮が恵比寿の一本道を歩いていたところ、後ろで車のクラクションが激しく鳴った為、心配で様子を見に行ったが、そこで災難にあったと語った。

小宮:見に行ったら、車が3台並んでいたの。一本道で。一番前が全然進まない様子だったの。

相田:うん。

小宮:進まないから、一番後ろの運転手がしびれを切らして、“プープープー!”って。『何やってんだ!? 邪魔だよ!』みたいな。

相田:まあ、それは仕方ないか。通り抜けできないからね。

小宮:そうそうそう。後ろの人はわからないからね、前の様子を。『何やってんだ、一番前の人は!?』と思って。僕、気になったから、一番前の車の所に行ったの。倒れていたりしたらヤバいじゃん?

相田:確かに。

小宮:一番前に行ったら、一台目の車の中に運転手さんがいなかったの。どこかへ行ってたいんでしょうね。コンビニなのかわからないけど。

相田:止めているんだね。

小宮:そう、車を止めて『どういうつもり!? これ、絶対に通れないからヤバいよ』と思って。2台目の人もちょっと困っている感じになって。

相田:はいはいはい。

小宮:で、一番後ろの人が降りて来て。色黒で、オールバックでサングラスをかけて。僕と同じ歳ぐらいかな。スーツをビシッと着て、ちょっとヤンチャそうな感じで。

相田:なるほど。

小宮:そのスーツを着た人が、一番前の車を覗きに行って『何やってんだ! 邪魔だ!』みたいな。『邪魔だ、邪魔だ! あ!? 運転手、いないのかよ! どこだよ、運転手! どうなってるの?早く行かなきゃいけないのに、これじゃ通れないよ!』みたいな。(僕が)『え!?』って言ったら、『お前、運転手?』ってなって、目も合っちゃって。

相田:うんうんうん。

小宮:『お前、運転手か?』って。『いやいや、僕は運転手じゃないですよ』、『じゃあ、なんで見てんだよ!』、『いや、僕は違うんですよ』、『お前、そうだろ!』って。結構、怖かったから、『僕、免許を持ってないんで』って変なことも言っちゃって。

相田:ははははは(笑)。

小宮:だって、怖いから。絶対に運転手じゃないアピールをしないといけない。『僕、違うから…』、『じゃあ、どうなってるんだよ! 行けねえんだよ! おかしいだろ!? え!? 三四郎?』みたいになって。

相田:ははははは(笑)。

小宮:『は!? お前、何? 三四郎?』って。マスクはしてたけど、メガネはかけてないから。『何、これ?』って、あっちも焦って。いきなり芸能人がいるから。『あ!? 何、これ!?三四郎!? 撮影!? 撮影で滞ってるの?』って。

相田:ははははは(笑)。なるほど! そうか!

小宮:撮影の一環で、何かドッキリに引っ掛けられているのかな? みたいな。

相田:モニタリングみたいな。

小宮:そうそう。『いや、撮影じゃないですよ。僕も知らないんですけど、(運転手が)中にいないんで、一瞬探そうかなって思ったんですよ』って言ったら、『マジで!? おかしいよな、これ。困るよな』ってなって。『お前も知らないの?』って聞かれて、『知らないです』って答えたら、『ああ~。じゃあ、とりあえず握手して』って言われて。

相田:ははははは(笑)。

その後、二台目の運転手も含めて会話をしていると、一台目の運転手が戻って来たと振り返る小宮。結局、その一台目の運転手は長電話をしていたが、反省の色が見えなかったと語り、しかも最後にはサインをねだってきた為、「めちゃくちゃストレス溜まった」と怒りを爆発させていた。

radikoのタイムフリーを聴く

岡村隆史「7割が志村さんなんですよ」 お笑いの教科書だった志村けんさんに感謝

4月2日(木)深夜、お笑いコンビのナインティナイン岡村隆史がパーソナリティを務めるラジオ番組「ナインティナイン岡村隆史のオールナイトニッポン」(ニッポン放送・毎週木曜25時~)が放送。新型コロナウイルスによる肺炎で急逝した、コメディアンの志村けんさんへ、感謝の言葉を述べた。

冒頭、「暗い感じで喋り出すと天国におられる志村さんに『そんな喋り方をするなよ』と言われそうなので普通に……と思っているんですけども」と切り出した岡村。「不謹慎かもわからないですが、志村さんと会えないという実感が全然なくて。まだお仕事ができるという感覚」と述べ、「ほとんどの方が気付かれていると思いますけど、僕がバラエティ番組でやる動きや表情は、ほぼほぼ志村さんのコピー……パクりに近いと思います」とし、岡村隆史という人間は7(割)が志村さんで構成されていると、自身の人生に多大な影響を受けたと語った。

そして、志村さんとは公私ともに親しかった間柄だったことから、「夢のような時間を過ごさせてもらった」と数々のエピソードを明かし、感謝の言葉を述べた。

「本当に、まだまだ他にも思い出したら色々と。お仕事の上でも助けて頂きましたし。ゲストで出て頂いた時も目一杯やって頂きました。

『めちゃイケ』なんかでも、『これ、ドリフやん!』っていう……。バレてるのかバレてないのは、わからないようなコントが沢山あったと思いますけど。僕らは『オマージュです』って言って、パクりなんですけどね。“もしも威勢のいい風呂屋があったら”みたいなのを、パロディーじゃないですけど、パッケージを借りてやったものもありました。全てにおいて、ありがたいというか。“こうやって笑いを取るんだ”っていう、教科書だったと本当に思います。

土曜8時に“土8戦争”と言われる、『8時だョ!全員集合』(TBS)があり、『オレたちひょうきん族』(フジテレビ)があり、この2つが教科書になっていました。その土曜8時に、我々がお笑い番組をやれたというのは、この時代のすごい番組を見て、育って、勉強できたからこそ、土曜8時をやれたんじゃないかな。

何の恥じらいもなくパクッていましたからね(笑)。何もカッコ悪いと思わずに。自分たちが見てきた笑いなんだから、それしかできないんだもん。自分たちが面白いと思ってきたことだから。オリジナルなんてないの。7割が志村さんなんですよ。本当、そうだと思う。今、めちゃイケを見たら『この顔もこの動きも、このパッケージも』って、全部がドリフに繋がっているかもしれない」

放送時間のほとんどで、志村さんとの思い出を語った岡村。初共演の思い出や、初めて飲みに行った際のエピソードなども語り、「尊敬もしてましたし、これからもずっと志村けんさんを追いかけながら、がんばっていきたいと思います。会えないっていうのは残念なんですけど、ずっと見守って頂いているという気持ちで、これからもやらせて頂こうかと思っています。本当に天国でゆっくりして頂きたいと思います。ありがとうございました」と締めくくった。

radikoのタイムフリーを聴く

Facebook

ページトップへ