武井壮、都立町田総合高校の暴行問題を熱く語る! 特番『武井壮のガッとしてビターン!』2月3日オンエアで

文化放送で2月3日に生放送された特別番組『武井壮のガッとしてビターン!』で、番組パーソナリティでタレントの武井壮が、東京・町田市の都立高校で男性教師が生徒の顔を殴るなどの体罰を加えた問題について語りました。暴力・体罰問題を厳しく非難してきた武井壮ですが、この日も「それでも僕はあの場面での教師の暴力を認めるべきではないと、いまだに思っています」などと熱く語りました。


■本人の主なコメント
●今回も同じく「体罰は否定だ」という意見をしたら、想像以上に「そんなのおかしい」っていう意見が多かったですね。あの体罰を肯定する意見がすごく多くて、半々じゃないですかね。それでも体罰はダメだと言う人と、あれを是としなかったら先生の存在が危ぶまれるって。それは、切り取った動画でしたけど、生徒のあまりにも目上の人というか人間同士の関係において、嫌悪感をもつに優に足りている言葉遣いとボリュームと言葉のチョイスの良くなさですよね。それがやっぱり尋常ならざる嫌悪感を世の中に与えているんだなということをすごく感じました。教師が指導すべき生徒の顔面を殴るという、普通に考えたら大アウトですよ、大事件ですよ。そんなことって学校の中では日々起きているのかもしれないけど、それが動画としてネットにあがってしまう、しかも倒れた生徒を引きずり回すという動画が溢れたにもかかわらず賛否が両論になるというのは、それだけ彼の言動に対して否定的な感情を持った人が多かった。それでも僕はあの場面での教師の暴力を認めるべきではないと、いまだに思っています。これは誰にどんな反論をされてもそうです。暴力は社会において、人が人に暴力をふるうということは絶対に是としてはいけないということなんです。

●一番大きい理由は学校教育のプログラムの中に生徒達が実質的に自分たちの生活だったり、学生生活・社会生活や将来に向けて絶対的に必要な知識や能力を手に入れるべきコンテンツが少ないということだと思うんですよ。たとえば国語や社会の授業での知識が明日如実に自分の人生を変えてくれるのかというと、そうではない。先生の言うことを聞いていても自分たちの力はそんなに伸びないと感じているんでしょうね。(中略)より自分の人生を社会にフィットした能力を手に入れさせてくれる教育プログラムが行われてないということが、教師と生徒間の溝を深めていると思っている。

●学校に行かなきゃいけない、先生の言う事を聞かなければ自分の求める道には進めないという危機感、その暴力によるこんな悪いことをしたらぶん殴られるという恐怖感で指導を受けたいと思う時代はとっくに終わっていると思います。あの生徒をあそこでぶん殴ったって、殴ってなくたって、あの生徒はそんなに変わらないと思うし、変わったのは暴力をふるってしまった先生だけ。国民の大多数が是としていたにも関わらず自分の職を失ってしまったり、そういう悲劇しか待ってないんですよ、暴力の先には。ただどんな子でも誰かの話は聞きますから。だから厳しいようですけど、教師の皆さん全員がトップクラスの教員だとは思ってないですから。教員も普通の人間ですから。その中でより自分の指導・知識・経験のクオリティをあげていく責任は常にあると思いますよ。それをあげてなければ、やはりなめられたり、リスペクトを受けない、ただ教員というだけでリスペクトを受ける時代はとっくに終わってると思うんで。


番組ではこのほか、
・武井壮自身が出演するNHK大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺〜』の放送後の意外な反響
・「天狗倶楽部」のスピンオフドラマ熱望話
・「だったら胴上げだ」で狙う流行語大賞の話
・UVERworldのボーカル、TAKUYA∞さんとの意外な関係
・乃木坂46生田絵梨花さんの写真集絶賛(「写真集に必要な要素がすべてある。」)
など、たっぷりと語っています。


こちらの放送は以下より聴くことができます。
・番組オープニング~
・体罰問題の話題~

武井壮のガッとしてビターン!
放送局:文化放送
放送日時:2019年2月3日 日曜日 26時00分~27時30分
出演者:武井壮

※該当回の聴取期間は終了しました。

戦後81年でつくっていきたい「新しい戦後」

大竹まことがパーソナリティを務める「大竹まことゴールデンラジオ」(文化放送・月曜日~金曜日11時30分~15時)、10月15日の放送に評論家で近現代史研究者の辻田真佐憲が出演。10月16日に発売となる著書『「戦後」とは何だったのか 未来を変える日本現代史』にちなみ、「戦後」とは何なのか、人々はそれにどう向き合えばいいか、解説を展開した。

大竹まこと「難しそうな本(10月16日発売『「戦後」とは何だったのか 未来を変える日本現代史』)ですけど、そんなことないんですか?」

辻田真佐憲「ないと思います(笑)。昨年が戦後80年ということで『「あの戦争」は何だったのか』という本を出しまして。これが電子を含めて11万部、行った感じで。80年でひと区切りがついて、今年で81年。戦前が77年でした、明治維新から敗戦まで。もう戦後のほうが長いんです。長いほうの戦後は学校の教科書でもそれほど扱っていない、意外と『これ1冊!』みたいな本がなかった。それに合わせて今年は“戦後とは何だったのか”と。タイトルも重ねてきました」

大竹「日本情勢や世界情勢、国会など、すべてが混乱しているように見えます。どの辺から手をつければ、新しい戦後みたいなことに近づいていくんでしょうか」

辻田「時代の切れ目が来ている、というふうに考えるべきでは、と。戦後ってずっとダラダラと続いている、というイメージがあると思うんですね。敗戦のとき、焼け野原になってすべてが失われた。8月になる度に強調されます。でもその結果、あの印象が強すぎて、それ以降に大きな変化がなかった、という印象が強くなった気がする。1945年の8月が悲惨だったことは事実です。ただそれ以降もいろいろな切れ目があったはずだと」

大竹「うん」

辻田「戦後の切れ目は認めたうえで、これまでの平和を、どういうふうに現代に対応させて維持していくか、と考え方を変えていくほうがいいのでは、と。そう思って『新しい戦後』という言い方をしたんですね」

青木理「タモリさんが数年前に『新しい戦前が来るんじゃないか』といったことをおっしゃって。僕も含め多くの人が、なんとなしに頷いたところはある。新しい戦前にしないために、新しい戦後を考察してつくりあげていかなくてはならない、ということでしょうか」

辻田「いまの我々って戦前か戦後かという二者択一になっていると思うんです。戦後を否定すると『戦前に戻ろうとしている』『戦前回帰なんだ』という批判が起こる。当たり前ですけど我々の世界は戦前か戦後かの二者択一ではない。別の選択肢だってあるはずで。たとえば戦後、中国は相対的に経済力も軍事力も弱かった、冷戦構造のもとでアメリカが日本に配慮してくれたなど。いろいろな条件があって戦後の平和や経済平和があったと思う」

大竹「うん」

辻田「でもその条件ってほとんど変わってしまっているわけです。中国は日本の遥かに先を行っています、冷戦も終わっています、と。アメリカは日本に様々な要求をしてくる。時代が変わっていることをまず認める必要があるのでしょう。でもそれは戦前に戻ろう、ということではない。戦後の良い部分がたくさんあったはずです」

大竹「はい」

辻田「変わったいまの環境の中で、どう守っていくのか、育てていくのか、発展させるのか。こういう観点が必要だと思うので、後ろ向きの『新しい戦前』よりも『新しい戦後』を今後、積極的につくっていこう、と。そういうメッセージを、今回の本には込めました」

このあとも「戦後」について辻田が語った。

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