夏の終わりにふさわしいイタリア映画『パルテノペ ナポリの宝石』の魅力
福岡では8/22(金)からKBCシネマにて公開中の「パルテノペ ナポリの宝石」というイタリアの映画。今やカンヌ国際映画祭の常連であり各国国際映画祭でも評価を集め名実ともにイタリア映画界の巨匠といえるパオロ・ソレンティーノが、美しきナポリを舞台に一人の女性の生涯をとらえた一本です。夏の終わりがけのこの時期に見るにふさわしい堂々たるイタリア映画の一本という具合ということで、RKBラジオ『田畑竜介GrooooowUp』に出演したクリエイティブプロデューサーの三好剛平さんが魅力を語った。
作品について
あらすじの紹介に入る前に、まずはこの「パルテノペ」という、初見の人には口に出して読むのも難しいタイトルから。これはこの映画の主人公である女性の名前ですが、それより以前にまずイタリアはナポリに実在する地名であり、またその地名はギリシャ神話に登場する伝説の人魚によるこんな一節に由来します。
岩場に住むセイレーン=人魚たちは、通りかかった船の周りを飛び回り、船乗りたちをその美声で惑わして海に沈める。しかし、そのなかで人間に恋をしてしまった人魚 “パルテノペ” は、悲しみのあまり身を投げ、その亡骸がナポリの街になった―。
この、人々を惑わすほどの〈美〉を生まれながらに携えた女性が、人を愛することを通じて自らの存在を問い返し、ついに「ナポリ」という街、存在そのものになっていく、というこのエピソードはこの映画全体を貫くひとつの象徴的なテーマとなっていきますので、まずはそこを押さえておきましょう。さてそのうえで本作のあらすじです。
映画は1950 年の南イタリアで始まります。ナポリで生まれた女の子の赤ん坊は、人魚の名でナポリの街を意味する“パルテノペ”と名付けられます。美しく聡明で誰からも愛されるパルテノペは、数歳上の兄・ライモンドと深い絆で結ばれていました。やがて年齢と様々な出会いを重ねるにつれ、美しく変貌を遂げてゆくパルテノペ。しかし彼女の輝きが増すほど、対照的に兄の孤独は暴かれていき、そしてある夏、兄は自ら死を選んでしまいます。彼女に幸せをもたらしていた〈美〉が、ときに愛する人々へ悲劇を招く刃と変わる。それでも人生を歩み続けるパルテノペが、果てなき愛と自由の探求の先に辿り着いたのは――、という物語です。
本作を手掛けたのは2000年代はじめから映画監督となってから長編デビュー作以来なんと6作品連続でカンヌ国際映画祭出品を果たすという偉業を更新中のパオロ・ソレンティーノ。なかでも2013年の「グレート・ビューティー/追憶のローマ」はアカデミー賞外国語映画賞も受賞、続く2015年の「グランド・フィナーレ」も各国主要映画祭で44部門ノミネート13部門受賞と賞レースを席巻し、傑作の評価を揺るがせにしないものとしました。
女性、愛と自由、美と孤独、ナポリ、時の流れ
そんなパオロ・ソレンティーノ監督が今回手掛けた本作については、監督自身はまずこのように語っています。「この映画のアイデアは、時間の経過と人生の変化について考える瞑想から始まりました。私たちの人生は壮大な物語であり…愛、苦しみ、失望、そしてときに他人を失望させるような経験にも耐えられる人間の姿には、何か英雄的なものを感じます。…そこで私は時間の経過というアイデアを深堀り、壮大でありながら耽美で、英雄的な映画を作りたいと思いました。また私は、現代のヒーロー(英雄)は男性ではなく女性だと信じているので、このアイデアを、女性を主人公にして語るべきだと思いました。パルテノペ自身が自由の象徴なのです」。そしてまた別のインタビューでは「私にとって、本作は何よりも神聖なものを扱った映画です」とも語っています。
僕自身もこの映画を見た後に心に残ったものはまさしくここで登場したキーワードたちとも呼応するものであって、それを改めてまとめてみると、この映画は、「一人の女性」が「ナポリ」という街で、自身の「美と孤独」を引き受けて「愛」と「自由」を求めて生き抜いた人生、その「時間の経過と変化」を描きとった一編の人生讃歌と言える作品ではないかと思いました。
映画には主人公パルテナぺ、そしてナポリという街の、溢れんほどの美しさと生命力、若さ、圧倒的な〈生〉の横溢ともいうべきものが輝くと同時に、その画面には終始ひた迫る〈死〉そして何かの〈終わり〉の予感が、登場人物たちが重ねる時間の経過のなかにずっと張り付いています。この圧倒的な聖性と俗悪さ、生と死、若さと老いといったものたちの二元的コントラストは、ちょっと日本人の死生観や価値観とも違うイタリアならではと言えるものになっているのも面白いところですが、そんななかで主人公のパルテナぺはどのように生き抜き、その人生を“自身で”描き出していくのか。そこがこの映画の見どころです。これについても本作に寄せられた著名人コメントのなかで作家の鈴木涼美さんが触れていらっしゃいますのでその一部をご紹介しますと
「花火のような若さや美しさを楽しみながらも、ただ美しい女として消費されるだけの人生を是としなかった、聡明な女の一生(以下一部略)。美しくありたいけれども美しいだけで終わりたくない、多くの私たちの欲望が彼女の選択を支持する。」
彼女は生まれながらに授かった自身の美しさを自覚しながらもそれによりかかることなく、一人の人間として誰かを愛し、失い、学び、ときに失敗さえも幾度と重ねながらなお、人が生きて/死ぬことの〈神秘〉を探究する存在として、人生を重ねていきます。そしてそこにナポリという街の独自の風土や文化も関わり合うことで、ついには彼女自身がパルテノペ伝説を現在に生き直すような新たな〈神聖なる存在〉すなわち一人の女性として遂に成就していくような物語でした。
非常に美しく、イタリア映画らしい味わいに満ちた堂々たる一本ですし、なにせ劇中ほとんどの場面で美しい海へ打ち寄せる波の音が遠くに鳴り続けているような作品でもありますから、これは劇場鑑賞がおすすめです。今年の夏の終わりに、美しきナポリを生き抜いた一人の女性の人生をともに歩んでみる2時間は、きっとこれを聴いているあなたにも、格別なひとときとなるはずです。
映画「パルテノペ ナポリの宝石」は、福岡では今日8/22(金)よりKBCシネマにて上映されています。ぜひ劇場へ足を運んでみてください。
※放送情報は変更となる場合があります。
