様変わりした光景…2国間関係を映し出す中朝国境の町
北朝鮮の金正恩総書記が、中国と北朝鮮の国境に開通したばかりの「新鴨緑江大橋」を渡り、電撃的に中国を訪問しました。中朝関係の「今」を象徴するこの出来事は、東アジアの国際情勢にどのような影響を与えるのでしょうか。東アジア情勢に詳しい、元RKB解説委員長で福岡女子大学副理事長の飯田和郎さんが、10月26日放送のRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』に出演し、国境の町・丹東の変遷と中朝関係の現在地について解説しました。
「新鴨緑江大橋」を渡った金正恩総書記の電撃訪中
北朝鮮の金正恩総書記が10月24日、中国を訪問しました。中朝国境に開通したばかりの「新鴨緑江大橋」を渡って、国境の中国側の町、丹東を訪れたという、まさに電撃訪問でした。
その中国側の町である丹東と、北朝鮮側の町である新義州を結ぶ大橋は、全長3キロ余り。そこを、金総書記は専用リムジンに乗って渡ったようです。翌日25日は、朝鮮戦争に中国の義勇軍が参戦したとされる日から76年の記念日であり、金総書記は関連する祝賀行事に参加しました。
アメリカのトランプ大統領は11月にアジアを訪問します。その機会に、米朝首脳会談、また、中国、ロシアの3か国での首脳会議に意欲を示しています。金総書記の中国訪問は2年連続となります。前回は昨年9月に北京を訪れ、中国の習近平主席、ロシアのプーチン大統領とともに、抗日戦争(日中戦争)勝利80年記念の軍事パレードに出席したスリーショットが世界にインパクトを与えました。トランプ氏がやってくるアジアを舞台に国際情勢が動き出す気配があるなか、中国と北朝鮮の友好関係を内外に示す訪中でした。
北朝鮮の国営メディアは1日遅れて25日に報道しています。金総書記は丹東市内にあるバス工場などを視察したといいます。また、中国外務省によると、金総書記は丹東まで出向いた中国共産党の序列4位、王滬寧氏と会談したとのこと。金総書記は橋の中間地点で「この橋が両国をつなぎ、われわれの心もさらに固く結ばれる」と語り、日帰りの形でまた橋を渡って帰ったようです。
中朝関係の浮き沈みを象徴する橋
金正恩総書記が渡った「新鴨緑江大橋」は開通したばかりですが、実はこの橋こそ、中朝関係の浮き沈みを象徴しています。
この橋は、2014年10月に橋の本体部分は完成していました。今から12年前にほぼ出来上がっていたわけです。中国側は関連施設も工事を終えていましたが、北朝鮮側の道路や施設の建設が進みませんでした。中朝関係の冷え込みという背景があり、進めなかったと言ってよいでしょう。開通の見通しが立たず、なによりコロナ禍に見舞われたころは、中朝間の人的往来や物流が遮断されました。
それが、金総書記の2年連続の中国訪問が示すように、2国間関係が一気に改善しました。金総書記の号令のもと、ストップしていた北朝鮮側の施設工事が一気に進み、今月15日にこの「新鴨緑江大橋」の開通式が挙行されたのです。今回の金総書記の訪中には、朝鮮戦争の中国軍参戦記念行事を祝うとともに、北朝鮮の最高指導者として「橋の渡り初め」という意味合いもあったようです。なぜなら、この橋は今日の良好な中朝関係を象徴する存在でもあるからです。
遊覧船から見た「貧しい隣人」の記憶
丹東というと、「金総書記の乗った専用列車が中国側に到着したようだ」といった報道を時折目にする、北朝鮮ウオッチの要所です。私も北京に駐在していた時、何度か訪れました。
丹東は戦前、安東と呼ばれ、かつて日本がつくった満州国の拠点都市のひとつでした。朝鮮半島は当時日本の植民地であり、対岸の北朝鮮側の町である新義州と共に、多くの日本人が住んでいました。そのため丹東には日本人がたくさんいた時代の住居などが残っており、私は北朝鮮ウオッチの取材をする一方、それらの遺物も見て回りました。ただ、丹東の記憶と言えば、別の少し悲惨な、哀れな記憶があります。
国境の町である丹東は中朝貿易の拠点である一方、国境観光でにぎわってきました。丹東側から主に中国人観光客を乗せて鴨緑江を巡る遊覧船が出ています。国境線は本来川の中間線ですが、中国人が経営する遊覧船はお構いなしで、対岸の北朝鮮側ギリギリまで接近します。まさに「手に取るように」という感じでした。
20年ほど前の話ですが、遊覧船が出る丹東側は高層ビルが並び栄えているのに対し、経済苦境にあった当時の北朝鮮の新義州は低い建物ばかりで、畑にはオンボロの農機具しかありません。その対比は著しく、中国側の遊覧船業者は乗船した客にその落差、つまり「貧しい隣人を見せつける」ことを売り物にしていました。
さらにもっとひどい、いわば「見世物」もありました。中国の遊覧船が北朝鮮の岸に近づくと、粗末な服を来た北朝鮮の人たちが集まってきます。そして、濡れるのも構わずバチャバチャと川に入り、遊覧船に近づいてきて、中国語で船に向かってこう叫ぶのです。
「タバコをくれ!」
遊覧船に乗った観光客もわかっていて、用意したタバコを濡れないようにナイロン袋に入れ、川に投げ入れます。北朝鮮の人たちはそれを争うように拾い、遊覧船の客からは歓声が沸くのです。それは、中朝2つの国の力関係、そして2つの国の国民が相手に抱く意識の一断面だったような気がします。
緊密化する中朝関係の矛先
時代は大きく変わりました。たとえば中国の税関当局によると、中国と北朝鮮の貿易総額は今年1~9月の9か月で日本円で約3600億円に上り、前年の同じ期間に比べて2割近く増えています。その多くが、この丹東と新義州の間の流通によるものです。
新鴨緑江大橋に話を戻しましょう。この大橋を通って、中朝両国の経済関係はさらに緊密化するでしょう。ずぶ濡れになって中国人観光客に物乞いした北朝鮮の人など、もう存在しないのかもしれません。北朝鮮も経済発展をし、経済、そして政治分野でも中国と歩調を合わせます。その矛先の一つは、日本です。中朝に架かる橋の開通、金総書記の渡り初めのデモンストレーションのニュースに触れ、そんなことを考えてしまいます。
◎飯田和郎(いいだ・かずお)
1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。2025年4月から福岡女子大学副理事長を務める。
※放送情報は変更となる場合があります。