「太宰治はロックスター」音楽プロデューサー松尾潔が桜桃忌を前に語る

音楽プロデューサー・松尾潔氏

小説家・太宰治の影響を受けたミュージシャンは多い。文学、音楽を越境して、今も日本のカルチャーに影響を与える太宰治のDNA。命日とされる6月13日にRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』に出演した音楽プロデューサー・松尾潔さんは、太宰を「文学者というよりロックスターに近い」と評した。彼をオマージュした曲を通して、太宰治という作家に迫った。

間もなく訪れる「桜桃忌」は太宰治が発見された日

太宰治は今から74年前、1948年の6月13日に亡くなったとされています。入水自殺したのは有名な話ですが、(遺体が)発見されたのは6月19日。この日は太宰の39歳の誕生日でもありました。その日は太宰治の絶筆である「桜桃」という小説にちなんで「桜桃忌」と言われています。

太宰治、大変なベストセラー作家であると同時に、「無頼派」と呼ばれるように放埒な生き方でも知られています。青森県・津軽の出身で、わかりやすく言うと、お坊ちゃんですよ。父親は貴族院議員。地方の秀才が東京に出て、東京帝国大学に入るんですが、ただれた女性関係がありまして、そういったところから無頼派とか破滅だとか言われるんですね。

坂口安吾とか檀一雄といった作家たちと太宰治が違ったのは、超ベストセラー作家であること。教科書によく出る「走れメロス」。あんな素敵な小説を書いた人が、こんな人生を過ごしたのかって思います。あとは「斜陽」、そして亡くなった年に出した「人間失格」ですね。夏目漱石の「こころ」と並んで、文庫で最も読まれた小説です。

太宰治と音楽家たちのメンタリティの共通点

太宰治に影響を受けたミュージシャンは限りなくいます。例えばエレファントカシマシの宮本浩次さんは自ら公言しています。人によっては椎名林檎さんに、太宰の影響を見出す人も多いでしょう。ですが、いまから紹介するのは、この「人間失格」をストレートに歌い上げたアーティストです。

答えは桑田佳祐さん。ある意味桑田さんの実験作ですが「声に出して歌いたい日本文学」という企画があります。メドレーになっていて、中原中也や高村光太郎の名作も歌い上げています。ミュージシャンに影響を与えたというより、そのまま歌になってしまったものですね。

話を戻して、太宰治のどこがミュージシャンにシンパシーを与えているかというと、やっぱり駄目なところ、だらしないところ、人生や女性に対してだらしないところ。とかく今の時代は二項対立で、善か悪か、左か右かみたいなことで語られがちですが、それに対してやっぱりはっきりと言いきれない心情を文学の形で表現した太宰というのは、同じくグレーゾーンを音楽で表現しようとしているようなミュージシャンとメンタリティが近かったんじゃないかなと思うんです。だから文学者というよりも、ロックスターにかなり近かったんじゃないかと。

日本を代表する作詞家にも受け継がれた太宰治のDNA

冒頭に桜桃忌の話をしましたが、「桜桃忌」という曲を歌ったのが、福岡出身の永井龍雲さん。そして、僕が決定版かなと思っている曲は「僕たちの失敗」で知られる森田童子さんの「まぶしい夏」という曲。もともと森田さんは太宰のイメージをよく背負った方なんですが、この歌には「太宰の好きな君は睡眠薬飲んだ」という歌詞があります。

この森田童子さん、昨年の暮れに出たなかにし礼さんの遺作集によりますと、なかにし礼さんの姪だったということなんですね。そういう噂は生前からありましたけども、この本ではっきりしました。なかにしさんもまた放埒な人生を送ってきた方ですし、太宰と同じようにフランス文学を志しました。日本を代表する作詞家にも、太宰DNAが受け継がれている。まさに文学、音楽を越境して、今も日本のカルチャーに深い影響を与えています。

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NEWS増田“ジャニーズ”に入った意外なきっかけとは?「姉と姉の友達が勝手に履歴書を送っていて…」

ジョージ・ウィリアムズ、安田レイがパーソナリティをつとめるTOKYO FMの生放送ラジオ番組「JA全農 COUNTDOWN JAPAN」(毎週土曜 13:00~13:55)。3月18日(土)の放送は、NEWSの増田貴久さんが登場。初めてゲットしたCDのこと、ジャニーズに入ったきっかけ、さらには3月15日(水)にリリースしたファーストEP『音楽 -2nd Movement-』について語ってくれました。



◆子どもの頃は“歌が下手”だと思っていた!?

――増田さんが初めて買ったCDは何ですか?

増田:B'zさんの『SURVIVE』というアルバムですね。サンタさんにお願いしてもらったのが『SURVIVE』で、その後に自分でおこづかいを貯めて買ったのが、B'zさんのシングル「さまよえる蒼い弾丸」です。

――サンタさんにもらったときは何歳ですか?

増田:このアルバムが出たのが1997年で、僕は11歳ぐらいだと思います。

――サンタにこのCDをお願いしようと思ったきっかけは?

増田:(当時は)アーティストをそんなに知らなかったんですよ。B'zさんと、本当にこのアルバムくらいで。なので、ほかの曲は一切聴かずに、小さい頃からこの曲だけをずっと聴いていました。

――どんな思い出がありますか?

増田:このアルバムを家で流しながら、ずっと稲葉(浩志)さんに合わせて一緒に歌っていたんですよ。そうしたら、母親から「うるさい! 稲葉さんのキーが出ていない!」「下手くそ!」って怒られて(苦笑)。

そうやって、小さい頃は母親にずっと「下手くそ」と言われ続けて育ったので、ジャニーズに入って歌を歌う機会があるまで“僕は歌が下手”“B'zさんには敵わない”と思って生きてきたんです。なので、このアルバムを見ると、ずっと母親に「下手くそ」って言われていたことを思い出しますね(笑)。

◆ジャニーズに入ったきっかけは?

――12歳でジャニーズに加入していますが、人前に立ちたいと思ったのはいつ頃だったんですか?

増田:目立ちたがり屋ではあったんですけど、僕の姉と姉の友達が勝手に履歴書を送っていたのが、ジャニーズJr.に入るきっかけです。はじめは(芸能界に)全然興味がなかったので、全然知らない世界に急に入っちゃったみたいな……。でも、入ってみたら楽しくて。そもそもオーディションがすごく楽しくて“受かりたいな”と思ってから、(人前に立つのが)もう大好きです。

――履歴書を勝手に送ったお姉さんとお姉さんの友達は、今なんと言っていますか?

増田:姉の友達が(ジャニーズ入りする)一番のきっかけをつくってくれた人だと思うんですけど、僕はその人を知らないんですよ、会ったこともなくて。だから、一度会ってみたいんですよね(笑)。

◆前作の続編的な初EPをリリース

――活動20周年で初めてのEP『音楽 -2nd Movement-』は、どんな作品になりましたか?

増田:1つ前に『音楽』というアルバムを出させてもらって、その最後が“ブレス”、息を吸って終わっているんです。アルバムもコンサートも全部息を吸った演出で終わっているんですけど、(今作は)その“息継ぎの後”をテーマにした、アルバム『音楽』の続編という感じです。

だから、アルバム『音楽2』みたいな形でもいいかなって話もあったんですけど、続きのエピソードとして“EPっていう形態にしてみよう”とみんなで決めて制作しました。楽曲も全部アフターブレス、ブレスの後をテーマに作られた曲ばかりで、息継ぎとかを意図的に入れていたりしています。

――作品が完成して、いかがですか?

増田:家でもいっぱい聴いているんですけど、かっこいいですよ! 自分たちの作品ですけど、なんかちょっと他人事というか、普通に楽しく聴いています。

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聴取期限 2023年3月26日(日) AM 4:59 まで
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<番組概要>
番組名:JA全農 COUNTDOWN JAPAN
放送エリア:TOKYO FMをはじめとする、JFN全国38局ネット
放送日時:毎週土曜 13:00~13:55
パーソナリティ:ジョージ・ウィリアムズ、安田レイ
番組Webサイト:http://www.tfm.co.jp/cdj/

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