スパイ容疑で邦人拘束~日中間の「暗い闇」再び

飯田和郎・元RKB解説委員長

中国・北京で3月、製薬大手アステラス製薬の男性日本人社員が身柄拘束された。中国外務省はこの邦人について「スパイ活動に従事した疑いがあるため」と拘束を認めている。東アジア情勢に詳しい、飯田和郎・元RKB解説委員長がRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』でこの問題の背景と波紋を探った。

キーワードは「製薬会社幹部」と「中国通」

拘束された男性は50代、中国での経済経験が20年以上に及ぶ、いわゆる“中国通”。この事件のキーワードは「製薬会社幹部」と「ベテラン、中国通」ではないか。

高齢化社会が現実になっている中国では、お年寄り向けの医薬品の需要が高まっている。また、豊かさに伴い生活習慣病の疾患を持つ市民も増えている。一方で、技術立国を目指す国家方針もあり、海外の大手製薬会社は、中国企業と相次いで提携、共同での新薬開発や巨大市場進出を目指している。

もう一つ。拘束された男性は、中国通と言われるだけに、中国側との人脈も豊富だったはず。さまざまな付き合いを通じて、業務の推進を目指す――そうすると、中国側の定義する「『機密』に、接する機会があった」と認定される危険性がある。

“当局の裁量次第”で次々に拘束された民間人

今回の拘束について、中国外務省スポークスマンの回答を紹介したい。

「中国の関係部門は今月、法律に基づき、日本人1名に対し、刑事上の強制措置を取り、調査を進めている。この日本国民は、中国の刑法、及び反スパイ法に違反して、スパイ活動に従事した疑いがある」

「中国は法治国家であり、中国に居住するすべての外国人、中国を訪れるすべての外国人は必ず中国の法律を遵守しなければならない。法律に違反して罪を犯した者は、法律に従って裁かれる。私はそのことを強調したい」

そして、日本側へこう警鐘を鳴らした。

「近年、日本人の同様の事例が多発している。日本側は自国民への教育や注意喚起を強化すべきである」

拘束の根拠になっている法律の一つ「反スパイ法」は、習近平氏がトップに立って間もない2014年11月に施行された。最高刑は死刑だ。「何がスパイ行為に該当するのか?」ということだが、条項には該当する行為が列挙される一方で、「その他のスパイ活動」というあいまいな表現もある。

つまり、当局の裁量次第だ。中国で活動する日本人を含む外国人としては、その線引きがあいまい。これまでもスパイ行為に関わったとして、拘束された日本人はたくさんいる。北海道大学の研究者、交流団体の役員、地質調査会社の従業員、商社マン…。

反スパイ法ができて以降、拘束された民間人は17人に上る。2か月間、拘束されたのちに帰国した北海道大学の研究者は、中国東北部における戦前の各勢力の動きが専門だ。

また、地質調査会社の従業員は、遼寧省で温泉開発のための調査をしていた。この従業員は「国家機密を盗み、違法に国外に提供した」との罪で、懲役5年6か月の判決を受けた。地図を大量に入手したことが、「スパイ行為」とみなされたようだ。

中国ではこれ以外にも2015年7月に、国家の安全に関して包括的に定める新しい国家安全法が制定された。社会を統制する動きが強まっている。

昨年11月の日中首脳会談で岸田総理は、習近平主席に対し、相次ぐ邦人拘束事案を取り上げ、日本の立場に基づき改めて申し入れていたが、それでもまた起きてしまった。

「違法な情報をやり取りした罪」で6年収監された男性

毎日新聞が2022年10月、中国当局に約6年間、拘束されたのち、帰国した日中交流団体の理事長にインタビューしている。この男性は2016年7月、シンポジウム出席のために北京を訪問した際、スパイなどの捜査に当たる国家安全部の当局者に拘束されたという。

証言によると、裁判になる前、中国当局は、正式な逮捕手続きなしに、この男性を7か月間、カーテンを閉め切った部屋に監禁した。男性はこの7か月で「太陽を見られたのは15分だけ。本当につらかった」と語っている。

男性は取り調べを経て2017年2月に、ようやく逮捕の手続きが取られ拘置所に移された。この年の5月に起訴され、2020年11月に懲役6年の実刑判決が確定し、刑務所に収監された。

判決では、男性が2013年12月に、北京で中国高官と会食した際、中国と北朝鮮に関する「違法な情報」をやり取りしたとし、これがスパイ行為に当たると指摘された。男性は、日本の政府機関からある「任務」を帯びていたとも認定し、有罪を言い渡された。

ただ、この「情報」とされるものは、メディアなどで報じられていた内容。それに関する会話がなぜスパイ罪に当たるのだろうか? 男性は「不当な身柄拘束であり、冤罪だと強く訴えたい」と怒りをあらわにしている。

日本人の対中感情悪化を招く結果に

これまでの日中関係は、政治が冷え込んでいても、経済関係が補ってきた。さらには友好交流、学術交流こそ、関係をよくしていこうという役割も担ってきた。ところが、製薬会社の幹部や、商社マンが身柄拘束されてしまえば、そのような経済協力をすすめようという意欲を損なってしまう。

また、日本の学者が自分の研究を進めるために、中国において資料を丹念に調べたり、収集したりすることが危険に直面する可能性があるなら、恐くて中国には行けない。私が知る日本国内の中国研究者たちは、そのような不安から、中国渡航を見合わせている。相互理解を深めるためにも、中国は研究環境を狭めるべきではない。

私も北京特派員時代に、注意を払っていた。まず「弱みを握られないこと」だ。例えば、女性従業員が飲酒を伴う接客をする店では、言い逃れができない材料を、中国側に提供してはいけない。ただ、非合法的な方法で、取材をすることはどうしてもある。結局は、そのぎりぎりの線を、自分でどう判断するか、ということになる。

いずれにせよ、理由も明確にされないまま、邦人の拘束が続くと、日本人の対中感情悪化を招く結果にも至る。ある意味、中国が日本近海などで進める海洋進出などよりも、もっとストレートに、日本の世論の反発を招く材料になる。

田畑竜介 Grooooow Up
放送局:RKBラジオ
放送日時:毎週月曜~木曜 6時30分~9時00分
出演者:田畑竜介、田中みずき、飯田和郎
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※放送情報は変更となる場合があります。

少子化対策の財源 「負担増ありき」には慎重な議論が必要

第一生命経済研究所・首席エコノミストの永濱利廣が6月1日、ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」に出演。少子化対策に対する、今後3年間の重点施策の予算額について解説した。

2023年4月3日、挨拶をする岸田総理~出典:首相官邸HPより(https://www.kantei.go.jp/jp/101_kishida/actions/202304/03hossokusiki.html)

政府、少子化対策の予算上積みで3.5兆円規模へ

松野官房長官は、政府の少子化対策に対する今後3年間の重点施策の予算額について、次のように述べた。

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松野官房長官)現時点では概ね3兆円程度となりますが、高等教育費のさらなる支援拡充策、「こども大綱」のなかで具体化する、貧困・虐待防止、障害児・医療的ケア児に関する支援策について、今後、令和6年度予算編成過程において施策の拡充を検討し、全体として3兆円半ばの充実を図るとの指示が出されました。

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飯田)3兆円半ばということで、増額と報じているメディアも多いですが、どう見たらいいのでしょうか?

最大の少子化対策は「マクロ環境を改善する」こと ~別のところで財源の負担を強いるのは避けるべき

永濱)まず、「少子化対策」という言葉が納得いきません。メニューを見ると、既に子どもを持っている世帯に対し、「より子育て支援を行う」ということです。

飯田)そうですね。

永濱)なぜ日本で少子化が進んでいるかと言うと、(将来不安などから)生涯未婚率が上がっており、そもそも結婚しない。結婚しても、低所得の家庭は子どもを産まない傾向にあるので、最大の少子化対策は、やはりマクロ環境を改善することだと思うのです。

飯田)最大の少子化対策は。

永濱)そういった意味から考えると、3.5兆円規模で進めるのはいいと思います。ただ、まだ日本経済はデフレギャップが約7兆円もあるような状況です。負担増どころか、逆に積極的に財政を出して経済を引っ張り上げなくてはいけないのに、別のところで財源の負担を強いるような拙速な動きは、是非とも避けて欲しいと思いますね。

「負担増ありき」については慎重な議論が必要

飯田)総理は「消費税の増税は行わない」などと会議では言いますが、これについてはいかがですか?

永濱)増税しなくても、社会保険料の上乗せなどを行えば、負担増に変わりないわけですよね。

飯田)天引きされてしまいますものね。

永濱)もちろん、経済がいまの欧米のように過熱するような状況になれば、負担増になってもいいと思います。しかし、いまの段階から「負担増ありき」で話が進んでしまうと、さらに将来不安を高めて、生涯未婚率の上昇などにも結びつきかねません。やはり、もう少し慎重な議論が必要ではないかと思います。

経済が正常化するまでは、消費増税で借金返済に回っている5兆円以上の部分を財源に使うべき ~上振れした税収を有効活用することもできる

飯田)「子育ての不安を取り除く」、あるいは「老後の不安を取り除く」など、「何とかの不安を取り除く」と言いながら、「お金を出すけれど、お金を取ります」というような政策をしますよね。

永濱)例えば、これはある意味、社会保障ですよね。

飯田)そうですね。

永濱)社会保障を考えると、消費税率を5%から段階的に10%まで上げたことによって、13兆円強の財源が確保されたのですが、それが全額、社会保障に結びついているかと言うと、そうではないのです。

飯田)消費増税で確保された約13兆円が。

永濱)結びついているのは8兆円くらいであって、5兆円以上の部分は社会保障に結びつかず、実は借金の返済に回っています。

飯田)5兆円以上が。

永濱)そういう部分から見れば、私は経済が正常化するまで、既に借金返済に回っている5兆円以上の部分があるのですから、そういったところを使えばいいと思います。さらに言うと、昨年度(2022年)の税収の結果はまだ確定していないのですが、これまでの段階で計算すると、当初予算は約65兆円だったけれど、インフレタックスのような感じで、税収が7兆円くらい上振れそうなのです。税収の上振れもあるわけですから、そういうところを有効に使って欲しいと思いますね。

飯田)それだけ上振れするというのは、当初の見込みがどれだけ渋かったのだと思いますね。

永濱)毎年そんな感じです。特に昨年度はインフレが高くなったので、すごく税収が増えました。

2023年4月3日、記念撮影をする岸田総理~出典:首相官邸HPより(https://www.kantei.go.jp/jp/101_kishida/actions/202304/03hossokusiki.html)

少子化対策の3.5兆円や防衛増税の1兆円分など、税収で賄えてしまう ~上振れした法人税などで

飯田)今年(2023年)もこれだけ為替が円安になっていて、「大変だ」などと言われますが、輸出企業などは空前の利益を出していますよね。

永濱)円安は、中小企業にとってはマイナスですが、中小企業はもともと税金を払っていないところが多いので、税収だけで考えると円安はとても税収にとってプラスです。

飯田)稼いでいる大企業に関しては、稼いだ分だけ法人税を払いますし……。

永濱)中小企業のマイナスが響いてきませんので。かつ、今年度は30年ぶりの賃上げですよね。今年度は税収がさらに上振れすると思います。

飯田)賃上げする分だけ、使えば消費税も消費に回るわけですから。あとは所得税も。

永濱)少子化対策の3.5兆円や、防衛増税の1兆円分など、税収で賄えてしまうのではないかと個人的には思います。

飯田)確かにそうですが、そういった話は出てきませんね。

永濱)言いにくい人が多いのでしょうね。いろいろなところに配慮して。

増税は経済が正常化してから行うべき

飯田)やはり1度税率を上げてしまうと戻しにくい。本当は税率ももう少し機動的に、景気が悪いときは下げるなどしてもいいと思うのですが、そうはいかないのでしょうか?

永濱)イギリスなどは、消費税を機動的に動かしますよね。

飯田)コロナ禍では下げていました。

永濱)そういう形であれば、「将来的に税率が下がるかも知れない」という期待もあるのですが、日本の場合は下げるなどあり得ない感じではないですか。そうなると、ずっと負担増ばかりで、将来への不安が高まってしまいます。

飯田)そちらの方が、よほど気持ちを暗くしますよね。

永濱)私も、増税自体は反対ではないのですが、経済環境が過熱するような状況になってからでも遅くありません。拙速な負担増は、是非とも避けてもらいたいと思います。

日本の「単年度中立主義」のデメリット ~アメリカは「多年度中立主義」

飯田)日本は財源を1つずつひも付ける形ではないですか。でも、よく「お金に色はついていない」と言われます。どこかで稼ぎ、どこかで出した分を賄うようなことは、日本の財政ではできないのでしょうか?

永濱)それはまさに「単年度中立主義」だと思います。アメリカを見ると、そういった経済対策を打つときは、いわゆる多年度中立として、10年くらいの期間で収支を合わせるのです。

飯田)アメリカでは。

永濱)最初は出す方が多いわけですが、経済のプラス効果を重視し、少し長い目で考えて、自然増収なども含めて税収を中立していくのです。そうしないと経済対策の意味がありませんからね。

多年度中立の考え方に結び付く「GX経済移行債」

永濱)日本も少しずつ変わってきてはいるのですが、よりそういう方向へ進んで欲しいなと思いますね。

飯田)少しずつ変わってきているというのは、少しずつ多年度予算で行う部分が出てきたのですか?

永濱)例えば、「GX(グリーントランスフォーメーション)経済移行債」などがそうですよね。あれは多年度中立の考え方に結びついています。

飯田)GX経済移行債。

永濱)多年度中立にするメリットは何かと言うと、単年度中立では減税しにくいのです。単年度で収支を合わせなくてはいけないので、給付金や補助金の割合が多くなってしまいます。

減税しやすい多年度中立 ~減税の比率を高めていけば、同じ財政支出額でも、需要喚起効果が高くなる

永濱)多年度中立にすれば減税しやすいのです。減税の方が補助金や給付金よりも需要喚起の効果は大きいので、多年度中立にして減税などの比率を高めていけば、同じ財政支出額でも需要喚起効果が高くなると思います。むしろそちらの方が、将来の財政にはプラスになると思います。

飯田)多年度中立であれば。

永濱)そういう方向に行って欲しいですね。経済財政諮問会議の特別セッションでは、そのような話をさせていただいたのですが。

飯田)でも、報道される経済財政諮問会議のニュースは、「とにかくいまは引き締めるべきだ」など、そういう委員の方々の声ばかりが出てきて不思議だなと思います。

永濱)メンバーもそういう方が多いので、必然的にそうなるのかなと思います。

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