『元カレかるた』で学ぶ、彼氏のレシートはスマホの次に見るな!

TBSラジオで月曜~木曜 朝8時30分から放送中の『パンサー向井の#ふらっと』
今回は、ニューアルバム『未成線上』をリリースされたシンガーソングライターのヒグチアイさんをゲストにお迎えしました!

MV1億1100万回再生『悪魔の子』の印税だけじゃ生きてけない!

向井:『大航海』という曲もまさに『未成線上』という歌ですよね。

ヒグチ:そうですね。こういう風に思ってられる時はいいんですけど、はずれちゃう時もあるというか…どうしても諦めの方に向かっちゃう時にこういう曲を聴くと苦しくなっちゃうんですよね。自分で作ったのに。

向井:うん。

ヒグチ:だから常にこういう気持ちでいられる自分でいたいなっていうのは込めてます。

向井:この『大航海』も要は最初の航海する瞬間って希望に満ちてるじゃないですか。まだ何にもわからない、たどり着くとこだけを目指してる瞬間。でも、皆さんも多分ヒグチさんもそうだと思いますけど、ある程度、航海してちゃんとたどり着いた場所もあって…。

ヒグチ:ありますね。

向井:さて、ここからどうするっていうのは…。

ヒグチ:そうなんだよな~(笑)。

向井:でもこの中の歌詞で、『このままでいいのかい ライバルが友になり 今日も酒がうまいな これは最終話の先なんだよ』ってあるじゃないですか。最終話はもう終わったっていうことなんですか?

ヒグチ:でもそこからシーズン2もあるわけじゃないですか。

向井:そうなんですよね。

ヒグチ:でもシーズン1ってなかなか超えることできないじゃないですか。そのシーズン1が終わったんじゃないかって自分の中で思う瞬間があるんですよ。

向井:バック・トゥ・ザ・フューチャーぐらい?1を超えたのって(笑)。確かに2って超えづらいんですよね。

ヒグチ:なかなか2って超えないじゃないですか。でも、その2に行かなきゃいけない、もう1に戻ることはないっていう…今自分が2から何を作っていくかっていうことを考えちゃうんですよね。

向井:それで言うと、やっぱり『進撃の巨人』のエンディング曲の『悪魔の子』ってヒグチアイさんからしたら、皆さんがもしかしたら知るきっかけになった1曲っていうところもあるじゃないですか。

ヒグチ:そうですね。

向井:1億1100万回再生っていうとんでもない反響、これがまた自分を苦しめてくるってことないですか。

ヒグチ:いやもう完全にそれなんですけれども。そんな話、朝からして大丈夫ですか(笑)?

向井:俺すごい好きで。やっぱりみんなそうですけど、代表作が欲しくてもちろんやってるんだけど、この代表作が自分を苦しめてくるってやっぱりあると思うんですよ。

ヒグチ:本当にそれすぎて。それすぎて…ちょっともうそれ過ぎるんですけど(笑)。そうなんですよ、いやもうありがたいなってすごい思うし、本当にあのときの夢叶ったなって本当に思うんですよ。でも、やっぱりどうしても自分の気持ちが贅沢になっちゃって、じゃあそれ以上の何かってなったときに、そこを越えられるかっていうところの怖さもあるし、じゃあもうあのとき思ってた1曲知ってもらってる、「あの曲の人だよね」の人に自分もなっていくんじゃないかっていう怖さと。

向井:まずそれが本当に素晴らしいことであるっていうこともわかってるんですけどね。

ヒグチ:そうなんですよ。

向井:わかってるけどまだあるぞって自分ではもちろん思うし。今まで作ってきた曲も全部それぐらいの気持ちでもちろん作ってるわけじゃないですか。

ヒグチ:そうなの!そうなのしか出ない(笑)。なんでこんなに分かってくれるんですか、怖い(笑)。

向井・髙橋:(笑)。

向井:たまたま何かのタイアップになったりとかっていうことによって伝わり方が変わるし、そういうものの中で我々は生きてるのももちろんわかってるけどっていう。そんな想いがすごいアルバム『未成線上』自体にも詰まってる感じがするという。

ヒグチ:…そうなんですよね…。

向井:声ちっちゃい(笑)。

ヒグチ:もう声が全然出ない(笑)。そうなんです、もうそれしかないんです。

髙橋:でも最終話が終わったかもしれないってお話されてましたけど、それでもアルバムのタイトルは『未成線上』というのがまたすごくこれから先もっともっとって。

向井:もう一発ね。

ヒグチ:なんか…結局それで暮らしていかなきゃいけないというか。リアルな話、そこまでの印税じゃ死ぬまで生きていけないって…(笑)。

向井・髙橋:(笑)。

向井:リアルな話だな~(笑)。

ヒグチ:リアルな話それじゃ生きていけないんで、そうやって考えると全然頑張らなきゃいけないですよね。

落語家・錦笑亭満堂さんの一言でカレー屋のバイトが決まった!?

向井:『大航海』のミュージックビデオは、昨年7月に真打に昇進した落語家の三遊亭とむさん改め、錦笑亭満堂さんの真打昇進披露興行を追ったドキュメンタリーになってますけど、これはなぜ?

ヒグチ:とむさんが…錦笑亭満堂さんが私のバイト先の先輩で。

向井:そうなんですか。

髙橋:へー!

ヒグチ: 15年前ぐらいにやってたカレー屋の先輩なんですけど。そのとむさんが、私が面接に行ったときにバイトしてて、私が面接して帰った後に、今の子はすごい目が良かったから採った方がいいって言ってくれて(笑)。

向井:あんまりカレー屋のバイトで聞かないような(笑)。

ヒグチ:それでオーナーが、目がいいんだったらバイトにって言って採ってくれたんですよ(笑)。そこでは一緒になることはなかったんですけど、ずっと時間が経ってまた再開することがあって。そしたら今落語家をやっててっていう話から武道館でやりたいんだよって。落語家さんで真打で聞いたことないなって。それをぜひ撮りたいなと。バイト先のって言ったらお金がなくてバイトしてるってことじゃないですか。そこから武道館までの流れがすごくドラマがあるなと思ってお願いして。

向井:うん。

ヒグチ:でも、いいのかなっていう気持ちもあったんですよ。1回うまくいかなかったっていうことを私が決めちゃいけないことだなって思いながらも、そういう気持ちで作ったんですけど、どうですか?って聞いたら、もうぜひぜひって言ってくれて。本当にドラマがあるというかドラマを貸してもらったミュージックビデオになってると思います。

向井:またそこで交差するって面白いですね。カレー屋で一回交じったものがお互い二つそれぞれアーティストとして落語家としてっていうところで交わるっていうところが。

ヒグチ:続けてるってすごいことだなと思います。

向井:ヒグチさんの『まっすぐ』って曲もぜひ聞いてください。すごいいいの!いろいろあったけど、あったから出会えたんだって歌もこともありますから。

ヒグチ:嬉しい。昔の曲なんですけどそれを知っててくださるって…ありがとうございます。

スタジオライブで『未成線上』に収録された『mmm』を…

その後、ヒグチさんが去年12月に発売した『元カレ』かるたで遊ぶことに…

『元カレかるた』で学ぶ彼氏のレシートは見るな!

向井:『元カレかるた』の読み札はヒグチさんの実体験とかヒグチさんが思ったことってことですもんね。

ヒグチ:はい、全部実体験です。

向井:元彼に対して。

ヒグチ:元彼に対して。

髙橋:目の前で作者さんの前でやるってちょっとドキドキしちゃいますね。

ヒグチ:本当に何か思い出すことがあれば皆さんちょっと…いろいろ言えないことがあればそっと。

向井:そういうことですね、楽しみ方としては(笑)。では早速ですが読んでいただいてもよろしいでしょうか。

ヒグチ:あの、取るときに「ヤー!」というふに。元彼を成敗するという気持ちで「ヤー!」で。

向井:基本的には成敗になるんですね(笑)。

ヒグチ:そうですね、もう忘れてやるぞと。そうんな気持ちでぜひやってください。

喜入:では、参ります。“おはよう それで昨日はどこに泊まったの?”

向井:(笑)。

髙橋:ヤー!!

喜入:ひかるちゃんが取りました。

ヒグチ:これね、取るの怖いんですよ。だからよく取ってくれたなと思って。ありがとうございます。

向井:その絵札はLINEですかね?

ヒグチ:そうなんです。やっぱり夜の10時ぐらいから次の日の昼の12時まで連絡がとれないっていうのは寝てたではないだろうっていう。

向井:そうですね…(笑)。

髙橋:絵札にも「ごめん、寝てた」って書いてある(笑)。

向井:でも寝てたで一回LINEがきますよね。

ヒグチ:寝てたでくるじゃないですか。いやいやホテルをチェックアウトしてお昼食べた後だろうっていう。ちょっと危ないこと言ったな…。

向井:全然大丈夫です(笑)。ちょうどその時間ですもんね。大人のホテルになるとちょうどそれぐらいの時間がそろそろ起きて出ようかなぐらいの時間になってくるというね、俺もよくわからない話なんですけど(笑)。

喜入:想像でね(笑)。

向井:もう一枚いきたいですね。

喜入:もう1枚参ります。“みんなって誰? レシートは2名って書いてあるけど”

髙橋:わ~…!

向井:ヤー!

喜入:向井さんがとりました。

向井:これは領収書からバレちゃうってパターンですか?

ヒグチ:領収書はスマホの次に見ちゃいけないですね。

向井:本当に気をつけてください皆さん。意外と領収書って見落としますよね。何人で行ったみたいなのが表記されてるレシートもあるわけですもんね。

ヒグチ:やっぱりカシスオレンジとかね、書いてあるとね。いやいや男とではないだろうな。カシスオレンジ1…?そういうとこ全部わかるんで皆さんぜひレシート見てみてください。

向井:勉強にもなる(笑)。あとインターホンも皆さん気をつけてください。モニター付きのインターホンってピンポンした人の履歴が残っちゃうんで。

髙橋:いいですね~(笑)。

ヒグチ:ぜひ書いてください、カルタ。

髙橋:経験者ですか?

向井:僕も何のことかわかんないんですけど。

喜入:想像でね(笑)。

次回の放送も、どうぞお楽しみに!

パンサー向井の#ふらっと
放送局:TBSラジオ
放送日時:2024年2月8日 木曜日 8時30分~11時00分
公式X

※該当回の聴取期間は終了しました。

戦争を知らない世代へ平和の尊さを説く─東京大空襲を生き延びた女性が語る空襲体験

戦後81年が経ち、太平洋戦争を体験した方は、本当に少なくなりました。当時、空襲を体験した小学生たちも、いまや90歳前後です。今回は、戦争の悲惨さ、平和の尊さを語り継ぐ「空襲体験者」のお話です。

東京大空襲の写真を解説する二瓶治代さん

それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。

B29による空襲は、昭和19年6月16日、北九州・八幡製鉄所から始まり、翌年の終戦まで、全国200以上の都市で続きました。中でも、昭和20年3月10日の東京大空襲は、およそ300機のB29から32万発ともいわれる焼夷弾が投下され、下町一帯は火の海に……わずか2時間半の空襲で、およそ10万人もの命が奪われ、「世界史上最大の空襲」ともいわれています。この東京大空襲の惨状を今に伝えているのが、東京都江東区北砂にある「東京大空襲・戦災資料センター」です。

江東区北砂一丁目にある「東京大空襲・戦災資料センター」

もともとは、東京都が「平和祈念館」の建設を進めていました。ところが、財政難から計画は凍結されてしまいます。「それではいけない」と、民間による建設の動きが始まり、4000名を超える人たちから、1億円を超える募金が寄せられました。そして2002年、民立民営の平和博物館、「東京大空襲・戦災資料センター」が開館しました。

焼夷弾のレプリカ。その構造や威力もわかりやすく展示

館内では、空襲の悲惨さを伝える写真や映像、絵画、地図、焼夷弾などが展示され、講演会やシンポジウム、特別展などが行われています。開館当時は、20人ほどの「空襲体験者」が戦争の悲惨さを伝えていました。しかし今、その数は少なくなりました。その中の一人が、二瓶治代さんです。二瓶さんの空襲体験の一部をご紹介します。

~・~・~・~

昭和20年3月10日、私は8歳で、家は亀戸駅の近くにありました。その夜、父が「今夜はいつもと違う、起きろ!」と叫んだので、私は飛び起きました。外に出ると、砂町方面が真っ赤に見えました。家族で防空壕に避難しましたが、やがて人々の叫び声が聞こえてきました。父が「ここにいたら、蒸し焼きになるぞ。防空壕から出ろ!」と言いました。私たちは線路の土手に登りました。そこから見た下町一帯は火の海でした。

燃え盛る炎がゴーッと音を立てて家々をのみ込み、人々は燃えながら走っていました。背中に背負った赤ん坊が燃え、手を引かれた子どもが燃え、転んだ子どもは、その場で火の塊になって燃え尽きていきました。やがて、土手にも火が迫ってきたので、私たちは炎が渦巻く火の海の中を、亀戸駅方面へ逃げました。その途中、被っていた防空頭巾が燃え出し、「頭巾をとれ!」と父が叫び、私はあわてて紐を解こうとしました。その時、父とつないでいた手が離れ、強い風に煽られ、私は炎の中に吹き飛ばされてしまったのです。

気がつくと、家族とはぐれて、一人で逃げ回りました。うずくまっている人が、緑色の炎をあげて燃えているのを見ました。馬が燃えながら走っているのを見ました。どこからか、「こんなことで死んでたまるか。みんな生きるんだ!」と叫ぶ男の人の声を聞きました。

私は動けず、その場にうずくまっていると、意識が遠のいていきました。明け方、私は重なり合った人たちの一番下から、父に引きずり出されました。私の上に重なっていた人たちは、真っ黒な炭になって亡くなっていました。この日、私は、生きたまま焼き殺された多くの死者たちに、命を助けていただいたのだと思っています。

~・~・~・~

二瓶さんが「東京大空襲・戦災資料センター」を初めて訪れたのは、2002年、開館して間もない夏の終わりでした。その時、センターの担当者から「当時の体験を語ってほしい」と頼まれます。「こんな私の話なんて……」と断ろうとしますが、岩手県から修学旅行でやってくる中学生50人のために話してほしいとお願いされます。

戦時中に使われていた防火用水

「東京大空襲のことは、我が子にも話さなかった」という二瓶さん。悩んだ末に、当日を迎えます。用意した原稿に目を落としたまま、20分間、顔を上げられず、空襲体験を語り終えました。「そっと顔を上げたんです。すると50人の生徒さんが全員、じっと私を見つめていたんです。身を乗り出して聞いてくれていた生徒さんもいて、ああ、戦争を知らない子どもたちに勇気をもらった……と涙が溢れました」これがきっかけとなり、二瓶さんは、今も空襲体験を語り続けています。

地図の丸印は東京大空襲の直後、仮埋葬が行われた場所

「戦争で一番の犠牲になるのは、いつの時代も、幼い子どもたちです」二瓶さんの言葉が、戦争を知らない私たちに平和の尊さを問いかけています。

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