えんぷてい 東名阪ワンマンツアーでは「今のマックスをぶつける!」

TOKAI RADIO『OH! MY CHANNEL!』(月~金13:00~16:00 DJ大前りょうすけ)3月15日(金)の放送に、5人組バンド「えんぷてい」のギター・ヴォーカル奥中康一郎がゲスト出演した。えんぷていは2020年名古屋で結成され、現在は東京を拠点に活動中。揺るぎあるドリーミーかつインディ・ロックなサウンドと文学的な歌詞が魅力のバンドだ。

どんな本を読む?

「本はよく読む。歌詞はなるべくわかりやすく書いているつもりだが、ちょっと小難しくみえるかも。活動初期に強く影響を受けていたのは、星新一のショートショート。最近はアメリカ文学とかも、よく読む」

新アルバム発売は誕生日に合わせて?

えんぷていは、3月13日にセカンドフルアルバム『TIME』をリリース。中奥の24歳の誕生日に合わせた発売となった。奥中は「(誕生日リリースは)マネージャーが仕組んでくれたというか、誕生日だからやっちゃうかみたいな感じで、たまたまやってくれた」

新アルバム『TIME』について

「タイトル通り、時間が軸になったコンセプトアルバム。コンセプトアルバムを作るぞと言って作ったわけではない。曲をひとつひとつ作っていく過程で、時間について歌っていることに途中で気づいて、内側から外郭ができた」

「前作が、結構こじんまりというか、コンセプチャルで、縛りを設けて作った。今作は、広げていこうという姿勢があったが、結局、表現していく過程で、縛りとまではいかないが、芯が、すべての楽曲に通っていて、それに後で気づいて、最後の1曲2曲作る段階で、そのコンセプトに乗っ取って作る感じだった」

「去年丸1年、僕が考えていたのが、環境の変化とか、それに伴って、得るもの失うものに、敏感になっていて、特に失っていくものについて、それを取り戻すことができないよという歌を、自然と作っていく機会が多かった」

ライブについて

えんぷていの東名阪ワンマンツアーは、4月18日(木)大阪Live House Pangea 4月19日(金)名古屋今池CLUB UPSET 5月10日(金)東京渋谷WWWで開催。

「すでにセットリストを決めて、スタジオに入ってアレンジしている。アルバムのアレンジ通りにやる曲もあるが、昔やっていた曲は、全然違う聴こえ方するようなアレンジを考えたりして、僕たちの今のマックスをぶつけられるように、頑張って磨いているところ」と言って、3月13日にリリースしたセカンドフルアルバム『TIME』から『あなたのすべて』をオンエアした。

OH! MY CHANNEL!
放送局:TOKAI RADIO
放送日時:毎週月曜~金曜 13時00分~15時00分
公式X

出演番組をラジコで聴く

※該当回の聴取期間は終了しました。

全ての人が楽しめるディスコを!「人生120年! ディスコミュージックでいつまでも楽しく健康に!」

「ディスコ世代」と言えば、60代から70代でしょうか。今回は「人生120年! ディスコミュージックでいつまでも楽しく健康に!」と提案する、ディスコDJのスペシャリストのお話です。

「人生120年」を提案するDJ OSSHYさん ©エス・オープロモーション

それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。

テレビ司会者の第一人者として長く活躍された、押阪忍さん。民放テレビから「フリーアナウンサー」第1号となり、「ベルトクイズQ&Q」など、数々の人気番組を担当されました。また、奥様の栗原アヤ子さんとのおしどり夫婦ぶりでも親しまれました。その長男が押阪雅彦さん。「DJ OSSHY(オッシー)」の名でラジオやテレビ、ディスコで活躍されています。「よく父親のことを聞かれます。優しいお父さんだったでしょう、と。家では躾に厳しく、ちょっと頑固な父親でしたね」

立教高校に進んだオッシーさんは、父の言いつけで学生寮に入ります。当時の学生寮はスパルタで、まるで軍隊のような雰囲気だったそうです。寮友には、あの長嶋一茂さんがいました。一年だけの寮生活……。ただただ我慢の日々だったといいます。

高校2年生になり、やっと自由になると、先輩に連れられて、初めてディスコに行ったオッシーさん。そこで衝撃を受けたのが途切れなく流れるディスコミュージックでした。ノンストップミュージックに魅せられたオッシーさんは、17歳からDJの道に入ります。「学校が終われば、ディスコでDJのアルバイト。しかし、父は、”ディスコ=不健全”と考えていたので、私がDJをしていることに、まったく理解せず、応援もしてくれませんでしたね」

親子で楽しめる「ファミリーディスコ」 ©エス・オープロモーション

立教大学卒業後、広告代理店に入社しますが、音楽に関わる仕事がしたいと、その後、「FM横浜」に転職。昼はラジオ局の編成部員、夜はDJ。まさに二刀流でした。「よなよなディスコに出かける私を見て、『こんな時間に……』と父はよくぼやいていましたね」

当時のディスコは、「マハラジャ」「ツバキハウス」といったお店が主役で、DJは単なる音響係。バーテンダー、ホールスタッフと同じ裏方でした。

そんな環境でキャリアを積んだオッシーさんが表舞台に立ったのは、独立してから12年後の2012年……。ラジオ業界初となる、お昼のディスコ番組を担当したことが転機でした。それが好評だったことで、テレビでもお昼のディスコ番組を受け持ち、「ディスコDJは安心・安全・クリーン」という新しいイメージを打ち出し、爽やかなスーツにヘッドホン姿で登場! 今ではオッシーさんの定番スタイルになっています。

座ったままでディスコを楽しむお年寄りの皆さん ©エス・オープロモーション

昼間のディスコ番組は、ファミリー層からの反響がとても多く、親子で楽しめる「ファミリーディスコ」というイベントを企画しました。すると、父・押阪忍さんが「健康的で素晴らしい!」と、初めて息子の活動を認めてくれました。さらに2017年、慶應義塾大学の准教授から、「これからの福祉のために、高齢者がディスコを踊ったら元気になれるか、研究テーマとして発表したい」と相談を受けます。そこで座ったままで踊れるディスコ体操を考案。渋谷のデイサービスで初めてディスコ体操をやったところ、お年寄りに大変喜ばれました。額に汗を浮かべた107歳というご高齢の女性から、「今日は楽しかったわ。本当にありがとう」と花束を贈られたオッシーさん。「人生100 年というのは、100歳以上のお年寄りには失礼にあたる。これからは『人生120年時代』。還暦から後半の人生が始まるんだ!」と実感します。

青春時代が蘇る「シルバーディスコ」 ©エス・オープロモーション

現在は老人ホームだけではなく、元気なシルバー世代に向けて、市民センターなどで『シルバーディスコ』を定期的に開催しています。必ず昼間に開き、ノンアルコール、ノンスモーキング。会場には介護福祉士の資格を持ったダンサーもいて、安心して楽しめます。「当初は”高齢者ディスコ”とか”シニアディスコ”と名乗っていましたが、会場のミラーボールを見て『そうだ!』とひらめいたんですよ。ミラーボールは銀色に輝くものだから、いつまでも人生というステージで輝き続けて欲しい!ミラーボールの輝きと、シルバー世代の二つの意味を込めて『シルバーディスコ』と名付けました」

将来は、年齢、性別、国籍、障がいの有無を問わず、すべての人が楽しめる「ユニバーサルディスコ」を全国に広めたい、とオッシーさんは言います。押阪忍さんは、2024年、89歳で亡くなりました。晩年は、ご夫婦でオッシーさんのイベントに足を運び、応援してくれました。

その父からの三つの教えを、オッシーさんは、今も忘れません。「年配の方に対しては、特にゆっくりと話すこと」「簡単な言葉で話すこと」「ご当地の話題を盛り込むこと」還暦を迎えたオッシーさん、ミラーボールとともに新たな輝きを放ちます。

*DJ OSSHY 公式サイト
https://www.osshy.com/index.html

Facebook

ページトップへ