竹原ピストル 初ライブアルバムは57曲入りの大ボリュームだが、本人は「極めて自然体」

TOKAI RADIO『OH! MY CHANNEL!』(月~金13:00~16:00 DJ大前りょうすけ)8月24日(木)の放送に、歌手の竹原ピストルがゲスト出演した。9月14日には、初ライブアルバム『One for the show』をリリース。また、役者としても活動する竹原は、8月19日から上映されている映画『SABAKAN』に出演している。

番組DJの大前りょうすけは、竹原の大ファンで、これまでも何度かライブに出かけているとのこと。ファンとしての思いを伝えた後、トークは、ずいぶん前に竹原がダウンタウンの番組に出演したときの話に。大前も見ていたその番組で、竹原は極度に緊張していたというが、そこをダウンタウンのふたりが優しく対応してくれてうれしかったことを話した。

さらにその後、竹原は、松本人志監督の映画『さや侍』に出演し、主題歌も担当した。テレビ出演や映画への起用について、ダウンタウへの深い感謝の気持ちを話した。また、現在公開中の映画『SABAKAN』についてのトークでは、この映画の金沢智樹監督が、大前が東京時代に大変お世話になった恩人であることから、ここでも竹原と大前の話はかなり盛り上がった。

続いて音楽の話、竹原は9月13日に初のライブアルバムをリリースする。タイトルは『One for the show』。大前から「どんなアルバム?」と訊かれると、竹原は「去年、今年と、全国を2周する長いツアーをやった。その様子をずっと録音して、その中から『これ、いいんじゃないか』というのを集めたアルバム。しかし、ボリュームがすごくて、57曲(CD3枚組)。初めてのライブアルバムで、執着というか『1も2もなくライブだけだろう』みたいなところは言いたかった」と答えた。

次に「アルバムに込めた思い」を訊かれると「やっぱり、正直に言うと、オリジナルアルバムを出すときって『みんな聴いてくれ』ってガツガツするんだけど、今回のアルバムに関しては『やってきたことを、ただそのまま入れただけなんで、力みがないというか『ぼくがやってきたのは、このようなことです。よかったら聴いて』みたいは感じ。いちばん自然体というか、そのままなのかなと思っている』続けた。

OH! MY CHANNEL!
放送局:TOKAI RADIO
放送日時:2023年8月24日 木曜日 13時00分~14時00分
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イラン問題から探る、シーア派とスンニ派の違い

ニュースキャスターの長野智子がパーソナリティを務める「長野智子アップデート」(文化放送・月曜日15時~17時、火~金曜日15時~17時35分)、3月11日の放送に毎日新聞論説委員でノンフィクション作家の小倉孝保が出演した。イランの新最高指導者モジタバ・ハメネイ師がイスラム教シーア派の聖地・マシャドで生まれであることに関連し、イラン問題、シーア派とスンニ派の違いを語った。

鈴木敏夫(文化放送解説委員)「イランの最高指導者を選出する権限を持つ『専門家会議』は、殺害されたハメネイ氏の後継に、その次男であるモジタバ師を選出した、と発表しました。イラン革命防衛隊もモジタバ師への忠誠を表明しています。そのモジタバ師、シーア派の聖地であるマシャドという街で生まれた、という情報も伝わっています」

長野智子「シーア派について改めて教えてください」

小倉孝保「僕は2000年から2005年までカイロを拠点に、モロッコからイランまでカバーして。イランは大きな国で、およそ5年弱の間に10回ぐらいは取材し、長期滞在していました。エジプトはスンニ派の国なんです。イスラム教徒が多いけど、シーア派の人はほぼいないと思います。でもイランに出張すると8割がたシーア派の人たちです。スンニ派とシーア派の人たちって、同じイスラム教なのにこんなに違うのか、と感じさせられます」

鈴木「どういう点で?」

小倉「なぜシーア派とスンニ派がいるのか、ということから言うと、預言者ムハンマドがイスラムをつくって、亡くなったあとに後継者争いになる。ムハンマドの教義をよく理解した人間で、あとを継いでいこう、と考えたのがスンニ派。これがいまの世界の多数派です。シーア派はどういう人かというと、ムハンマドの家族、血を重視して、その血を継いでいく考え方を重視した人たち」

長野「はい」

小倉「ムハンマドの娘婿でいとこでもあるアリという人が中心となって、その人の子どもたちや子供のきょうだいなどで継いでいったものがシーア派なんです。一方でスンニ派が血は関係ない、ムハンマドの考えをいかに理解しているか、ということを重視して。自分たちが後継者だ、と。いまスンニ派、シーア派と呼ばれている人たちの跡目争いが対立を生んだ」

長野「はい」

小倉「そこで7世紀初めぐらいからだと思うけど、かなりの戦争状態になる。イランを見るとき『あれ、イラン人ってこういうマインドがあるんだ』と思わされた出来事がいくつかあって。カルバラ、というシーア派の聖地がイラクにある。カルバラで、ムハンマドの後継者とされていたアリの息子、フサインの軍がウマイヤ朝、いまのスンニ派につながる朝の軍とぶつかって虐殺されるんです」

長野「フサインさんがね」

小倉「フサインのぶつかった場所、遺体の埋められている場所がカルバラで。シーア派の人にとっては非常に思い入れのある、聖地になっているんです。簡単に虐殺というけど、フサインは(軍に)70人ぐらいしかいなかった。それで4000人の軍に挑んで、女性と子供以外は全員、殺されたといわれています。フサインは体をいったんダマスカスに送られて。殺された、というのを確認してカルバラに戻されて、埋葬されたといわれます」

長野「うん……」

小倉「カルバラの悲劇、カルバラの戦いといわれます。西暦680年のことですが、いまもいろいろなところでイラン人がこの話をするんです。するというのは、雑談ではなく、モスクに行ったときのモスクのイスラムの聖職者(法学者)たちが、この話をもう日本人でいえば『平家物語』ってこうだったのかな、というぐらい滔々と上手に物語にしていく。そこで聴いている人が、ものすごく真剣なわけです」

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