災害時の強い味方!「スマホでラジオ」で防災に備えよう

災害時に情報を得る手段として、スマホでラジオを聴くことの有用性が注目されています。 ラジオには、速報性、地域に根ざした細やかな災害情報、日頃から親しんでいるパーソナリティによる安心感など、テレビやネッ ト、SNSにはないメリットがあります。 スマホでラジオを聴くことができるアプリ、ラジコは全国の民放ラジオ局、NHKラジオ、放送大学の番組を配信。ラジオやテレビのない外出先で災害が発生したときも、すぐに必要な情報にアクセスすることができます。

また、音声配信アプリであるラジコは、動画配信アプリに比べる とバッテリーとデータ通信量の消費が格段に少ないという大きな メリットがあり、災害時の利用に適しています。

あなたのスマホを、防災ラジオに。

災害時にはラジオ

災害時、身の安全を確保し、落ち着いて行動するためには、正しい情報をすばやく手に入れることが大切です。

今、 災害時における重要な情報源として、ラジオがあらためて注目されています。とくに、2011年(平成23年)に発生した東日本大震災では、テレビやSNSなど他のメディアと比べてラジオが高い評価を獲得しました。

東日本大震災で役に立ったメディア

北海道胆振東部地震におけるラジコ利用状況

2018年(平成30年)9月6日、午前3時7分に発生した北海道胆振東部地震(最大震度7)では、道内・道外問わず、多くの人々がラジコを利用していたことがうかがえます。

スマホでラジオの有用性

調査機関のデータで実証された「スマホでラジオ」が有用な2つの理由

ここでは、株式会社角川アスキー総合研究所が実施したスマホ向けアプリケーションのデータ通信量とバッテリー 消費量の調査(「主要コンテンツ配信アプリの通信量/バッテリー消費量調査」)をもとに、「スマホでラジオ」の 有用性を検証しました。

バッテリー駆動でインターネットに接続できるスマホは、停電時や外出時の情報取得ツールとして注目されていますが、使用するアプリによってバッテリーの消費量は大きく異なります。また「ギガ不足」という言葉があるように、スマホの通信量が契約プランの上限を超えてしまい、通信速度制限に悩むといった声も多く聞きます。

調査結果によると、音声配信アプリのラジコは、他のアプリと比べて「バッテリー」と「データ通信量」 の消費が少なく、災害時の情報源として適していると言えます。

ラジオの情報にスマホからすぐにアクセスできるラジコ

近年は、ラジオを所有していない世帯も少なくありませんが、ラジコを使えばスマホでラジオを聴取することが可能です。

スマホは「携帯性」に加えて、「停電時のアクセスのしやすさ」も備えています。外出先で災害に遭遇した際も、スマホでラジコを利用すれば必要な災害情報をすぐに聴取することができます。

専門家の声

災害時における情報収集について、防災の専門家である京都大学名誉教授の河田惠昭さんにお話をうかがいました。

河田さんは、京都大学名誉教授、関西大学社会安全研究センター長・特別任命教授、人と防災未来センター長を務め、東日本大震災復興構想会議委員にも所属。災害分野における第一人者として知られ、「減災」「縮災」という言葉を提起した人物です。災害が起きることを前提として建物の耐震・防火化から避難訓練、復興準備までをあらかじめ行うべきという文理融合型の防災・減災を主張してきました。学会賞や功労賞の受賞数も多く、国連により1986年に創設された防災分野のノーベル賞「SASAKAWA防災賞」を2008年に受賞しています。ん

必要な情報を正しく取得することで、災害時の被害は確実に小さくできる

研究では、地球温暖化の進行や地震・火山活動の活発化により、今後、ますます災害が多発し、被害が大きくなる時代を迎えることが予想されます。例えば豪雨が続いた場合、川の氾濫や住宅の浸水、地下鉄や地下街の水没、海面より低い地域の広域におよぶ水没など、様々な恐れが想定されます。

こうした大型の災害が発生したとき、どのような行動をとるべきか。まず、被害の発生前、直後そして発生後に必要な情報を、身近なメディアから取得することが必要です。その情報をもとに対応すれば、被害を確実に小さくできるはずですし、それを知らなければ、逆に危険な状態にさらされることになります。

災害時の情報源としてさまざまなメディアが存在しますが、特に、スマホでラジオが聴けるラジコは、バッテリー消費やデータ通信量の観点から、災害時において優位なサービスではないでしょうか。例えば台風の上陸が予想される場合も、長時間にわたり、どのようなことに注意すべきか事前に情報を取得できます。そして、台風上陸後〜移動中は、各被災地のラジオ放送局から、何が起こっているか連続的かつ幅広く知ることができます。ラジオやラジコを通じてこのような情報を取得することで、災害の被害は少しでも小さくできるはずです。

まとめ

災害発生時や災害直後において、ラジオは多くの人に利用されています。地域に根ざした即時的かつ正確な情報の提供、日頃から馴染んでいるパーソナリティがもたらす安心感、リスナーからの情報と双方向型コミュニケーションなど、ラジオならではの特性が主な理由と考えられます。

同時に、外出先などで手元にラジオがない場合、多くの人がラジコを通じてラジオの災害情報を得ていることも明らかになりまし た。音声配信アプリであるラジコは、動画配信アプリよりもデー タ通信量とバッテリーの消費が格段に少ないというメリットがあ ります。 また、エリア外からも聴取できるエリアフリー、聞き逃してしまった番組を後から聞けるタイムフリーなど、災害時にも活用できる機能を備えています。

災害時に有用なラジオを、いつも持ち歩いているスマホで聴取できるアプリがラジコです。 いつ起きるか分からない災害に備えて、今できることとして、ラジコをダウンロードしておくことをおすすめします。

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止まった時計に、また命を。関西から茨城へ移り住んだ68歳が紡ぐ時間

6月10日は「時の記念日」です。誰もが年齢を重ねるほど、時が経つのが早く感じるものです。最近は終活を意識して、人生に残された時間を考えている方も少なくないでしょう。今回は終活を始めたつもりが、忙しい毎日を送ることになった、時計屋さんのお話です。

湯川貴弘さん

それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。

東京駅から常磐線の中距離電車で1時間あまりの茨城県牛久市。JR牛久駅前のショッピングセンターにオレンジ色の看板の時計修理専門店があります。お店の名前は、「町の時計屋さん 匠」。開店4年あまりですが、その高い技術に、修理が1年2か月待ちになるほどの人気です。

ご主人の湯川貴弘さんは、兵庫県のご出身で、1957年生まれの68歳。シベリア抑留から引き揚げてきたお父様が開いた時計の専修学校「湯川時計学院」で、高校に通いながら時計の技術を学び始め、23歳からは自らも教壇に立っていました。

物心ついた時から時計に囲まれて育ってきた湯川さんですが、ものづくりに憧れたのは、車のプラモデルと、アニメ「チキチキマシン猛レース」がきっかけ。作るだけでは飽き足らず、自分で作ったプラモデルの車同士を思い切り衝突させて、どこに力が加わると、どう壊れるのかを調べることに興味を持ちます。

プラモデルを作っては壊し、作っては壊すことで、車の複雑な構造を把握した湯川さん、ものづくりの基本を、プラモデルを通じて体で憶えていきました。自然と興味・関心も時計へと向いて、お父様と一緒にお店と学校を支え、やがてお父様から受け継いでいきました。

「直した時計を手にすると、お客さんが喜んでくれるんです。その喜ぶ顔を見たいという気持ちだけで、修理を続けてきました」

町の時計屋さん匠

そんな湯川さんでしたが、60歳を過ぎた頃、体調を崩してしまったことをきっかけにいわゆる「終活」を始めることを決意、自分のお店を閉めてしまいました。そして、自宅を売り、長年使い込んだ時計の修理道具も一切処分してしまった湯川さんの脳裏に、ふと、こんな考えがよぎります。

『一度きりの人生、せっかくなら、全国から条件に合う住まいを探してみようか?』

2020年、湯川さんはインターネットで北海道から沖縄まで物件を探し始めました。検索条件は「雪があまり降らない」「コンビニ・スーパーが近い」「鉄道駅が近い」の3つ。予算内でこの条件をクリアできる街は、いったいどこか???パソコンの画面に現れた街は……なんと!茨城県取手市でした。

『茨城県ってドコ?大阪の茨木市しか知らんけど、牛肉より豚肉を食べる機会が増えるくらいで、まあ、何とかなるんじゃないか?』

湯川さんは、還暦を過ぎて初めてふるさと・関西を離れ、遠く離れた関東での暮らしを始めましたが、気になったのは、やはり時計です。近所の時計屋さんに電池の交換をお願いしましたが、その作業内容に、どうも納得がいきませんでした。

『お客様のためになる、ちゃんとした時計屋さんが、街に1軒ぐらいはないといけない!』

奮い立った湯川さんは、改めて時計の電池交換が出来る小さなお店「町の時計屋さん 匠」を、取手駅の近くで開きます。最初は電池交換を行う程度でしたが、茨城でも湯川さんの腕の良さが評判を呼んで次第にお客さんが増え、いろいろな時計が持ち込まれるようになっていきました。

「ほかの時計屋さんはどこも直してくれないんです。ご主人ならきっと、出来ますよね?」

そう頼み込まれると職人の血が騒ぐ湯川さん、改めて修理用の道具一式を揃えます。縁あって、取手から郊外の牛久に移転すると、さらに持ち込まれる時計が増えました。実は牛久周辺、まだまだ農家が多くて、昔からの蔵が残っているお宅も多いんですね。その蔵のなかで眠っていた古時計が、お店に運ばれてきたというわけなんです。

大正生まれの時計を修理する湯川さん

日々、100年物の、レトロなぜんまい仕掛けの古い時計と格闘する湯川さんですが、電池で動くクォーツ時計の修理にも対応するなど、時代に合わせ、腕も磨いています。時計メーカーに部品が無くなってしまったら、自らの3Dプリンターで、部品を手作りして、修理してしまいます。

「時計は、結婚の記念で買い求めたり、形見として親から子供に受け継がれたりする、まさに人生の相棒のような存在なんです。そんな大切な時計の針が再び動き始めると、皆さん、涙を流して喜ばれます」

そして湯川さん、時計の鐘が鳴り響くお店で、笑ってこう話してくれました。

「終活を始めたつもりが、前より忙しくなって、今は『時計』に追われてます」

関東・茨城でもまた、様々な人の思いが詰まった時計に、新たな命を吹き込み続けます。

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