小池百合子 東京都知事も登場!8月22日(月)の注目番組

豪華ゲスト、特別企画が続々登場するスペシャルウィークが、明日から始まります。その初日、8月22日(月)に放送される番組から、注目番組をピックアップしてみてました!

スペシャルウィーク 8月22日(月)の注目番組!

■TBSラジオ『たまむすび』13時分~13時42分
http://radiko.jp/index/TBS/
豪華ゲストが登場する1週間! 8月22日(月)は、とんねるずの木梨憲武さんがゲストで登場!

 

■文化放送『ロンドンブーツ1号2号田村淳のNewsCLUB』21時~21時30分
http://radiko.jp/index/QRR/
2016年後半の日本の課題は!? 経済のスペシャリスト・慶応大学経済学部教授の金子勝さんをゲストにお迎え!

 

■ニッポン放送『高嶋ひでたけのあさラジ!』6時~8時
http://radiko.jp/index/LFR/
7時43分頃からの「やじうま好奇心」では、京都知事の小池百合子さんに、高嶋ひでたけが直撃インタビュー!

 

■InterFM897『Happy Hour!』11時~14時
http://radiko.jp/index/INT/
DJとしてもお馴染み、Dream Amiからメッセージが到着! 普段しているちょっと贅沢なこととは?

 

■TOKYO FM『ディア・フレンズ』11時~11時30分
http://radiko.jp/index/FMT/
お笑いタレントの小島よしおさんをゲストにお迎え!新婚の小島さんは現在新居を探し中…!?

 

■J-WAVE『BEAT PLANET』11時30分~14時
http://radiko.jp/index/FMJ/
アーティストたちに聴く、ちょっと早い夏の大反省会!22日(月)は、クリープハイプがゲストで登場!

 

■ラジオ日本『岩瀬恵子のスマートNEWS』6時30分~8時50分
http://radiko.jp/index/JORF/
ナグモクリニック総院長・南雲吉則さんが「健康で残暑を乗り切る秘訣」をレクチャー!

■bayfm78『BRAND NEW HOT SHOT』22時24分~22時30分
http://radiko.jp/index/BAYFM78/
ゲストに、人気のガールズバンド・SHISHAMOが登場!

■FM NACK5『The Nutty Radio Show おに魂』20時~23時
http://radiko.jp/index/NACK5/
篠崎愛さんがゲストで登場! オリジナルコーナー盛りだくさんでお届け!

■FMヨコハマ『Lovely Day』9時~12時
http://radiko.jp/index/YFM/
“朝のオアシス”を横浜からお届け! 話題のシンガー・Leolaさんがゲストで登場!

各局では、この他にもいろいろな番組で、スペシャルウィーク特別企画を実施します。下記のページに、特設ページをまとめていますので、こちらもぜひチェックしてみてくださいね!

▼各局のスペシャルウィーク特設ページまとめ
https://news.radiko.jp/article/edit/488/intro/

▼radiko.jp
http://radiko.jp/

『radiko.jpプレミアム(エリアフリー聴取)』なら、今まで聴けなかったラジオ局の番組も聴くことができます。

▼プレミアム会員登録はこちらから
http://radiko.jp/rg/premium/

※各局の放送エリアでは、今まで通り「radiko.jp」(無料)でお楽しみ頂けます。

戦争を知らない世代へ平和の尊さを説く─東京大空襲を生き延びた女性が語る空襲体験

戦後81年が経ち、太平洋戦争を体験した方は、本当に少なくなりました。当時、空襲を体験した小学生たちも、いまや90歳前後です。今回は、戦争の悲惨さ、平和の尊さを語り継ぐ「空襲体験者」のお話です。

東京大空襲の写真を解説する二瓶治代さん

それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。

B29による空襲は、昭和19年6月16日、北九州・八幡製鉄所から始まり、翌年の終戦まで、全国200以上の都市で続きました。中でも、昭和20年3月10日の東京大空襲は、およそ300機のB29から32万発ともいわれる焼夷弾が投下され、下町一帯は火の海に……わずか2時間半の空襲で、およそ10万人もの命が奪われ、「世界史上最大の空襲」ともいわれています。この東京大空襲の惨状を今に伝えているのが、東京都江東区北砂にある「東京大空襲・戦災資料センター」です。

江東区北砂一丁目にある「東京大空襲・戦災資料センター」

もともとは、東京都が「平和祈念館」の建設を進めていました。ところが、財政難から計画は凍結されてしまいます。「それではいけない」と、民間による建設の動きが始まり、4000名を超える人たちから、1億円を超える募金が寄せられました。そして2002年、民立民営の平和博物館、「東京大空襲・戦災資料センター」が開館しました。

焼夷弾のレプリカ。その構造や威力もわかりやすく展示

館内では、空襲の悲惨さを伝える写真や映像、絵画、地図、焼夷弾などが展示され、講演会やシンポジウム、特別展などが行われています。開館当時は、20人ほどの「空襲体験者」が戦争の悲惨さを伝えていました。しかし今、その数は少なくなりました。その中の一人が、二瓶治代さんです。二瓶さんの空襲体験の一部をご紹介します。

~・~・~・~

昭和20年3月10日、私は8歳で、家は亀戸駅の近くにありました。その夜、父が「今夜はいつもと違う、起きろ!」と叫んだので、私は飛び起きました。外に出ると、砂町方面が真っ赤に見えました。家族で防空壕に避難しましたが、やがて人々の叫び声が聞こえてきました。父が「ここにいたら、蒸し焼きになるぞ。防空壕から出ろ!」と言いました。私たちは線路の土手に登りました。そこから見た下町一帯は火の海でした。

燃え盛る炎がゴーッと音を立てて家々をのみ込み、人々は燃えながら走っていました。背中に背負った赤ん坊が燃え、手を引かれた子どもが燃え、転んだ子どもは、その場で火の塊になって燃え尽きていきました。やがて、土手にも火が迫ってきたので、私たちは炎が渦巻く火の海の中を、亀戸駅方面へ逃げました。その途中、被っていた防空頭巾が燃え出し、「頭巾をとれ!」と父が叫び、私はあわてて紐を解こうとしました。その時、父とつないでいた手が離れ、強い風に煽られ、私は炎の中に吹き飛ばされてしまったのです。

気がつくと、家族とはぐれて、一人で逃げ回りました。うずくまっている人が、緑色の炎をあげて燃えているのを見ました。馬が燃えながら走っているのを見ました。どこからか、「こんなことで死んでたまるか。みんな生きるんだ!」と叫ぶ男の人の声を聞きました。

私は動けず、その場にうずくまっていると、意識が遠のいていきました。明け方、私は重なり合った人たちの一番下から、父に引きずり出されました。私の上に重なっていた人たちは、真っ黒な炭になって亡くなっていました。この日、私は、生きたまま焼き殺された多くの死者たちに、命を助けていただいたのだと思っています。

~・~・~・~

二瓶さんが「東京大空襲・戦災資料センター」を初めて訪れたのは、2002年、開館して間もない夏の終わりでした。その時、センターの担当者から「当時の体験を語ってほしい」と頼まれます。「こんな私の話なんて……」と断ろうとしますが、岩手県から修学旅行でやってくる中学生50人のために話してほしいとお願いされます。

戦時中に使われていた防火用水

「東京大空襲のことは、我が子にも話さなかった」という二瓶さん。悩んだ末に、当日を迎えます。用意した原稿に目を落としたまま、20分間、顔を上げられず、空襲体験を語り終えました。「そっと顔を上げたんです。すると50人の生徒さんが全員、じっと私を見つめていたんです。身を乗り出して聞いてくれていた生徒さんもいて、ああ、戦争を知らない子どもたちに勇気をもらった……と涙が溢れました」これがきっかけとなり、二瓶さんは、今も空襲体験を語り続けています。

地図の丸印は東京大空襲の直後、仮埋葬が行われた場所

「戦争で一番の犠牲になるのは、いつの時代も、幼い子どもたちです」二瓶さんの言葉が、戦争を知らない私たちに平和の尊さを問いかけています。

Facebook

ページトップへ