笑い飯 哲夫、玉城千春(Kiroro)が登場「こどもてらす~To Zero for Children~トーク&ライブ ~子どもの虐待ゼロのために~」3/31開催
日々報じられている『こどもへの虐待』。虐待する親御さんを単に非難するだけでは何の解決にもなりません。その背後にある貧困・社会制度についての理解の浅さ、そして何より『問題を自分ごととしてとらえない無関心な人の多さ』が、虐待のなくならない根本の原因であると私たちは考えます。
毎週土曜夜 8 時から『こどもてらす~To Zero for Children~』というレギュラー番組で、「児童虐待」の問題を取り上げ、リスナーの理解を深めようと取り組む FM 大阪は、3月31日(日)17 時よりイベントを開催します。
子育て真っ最中の父親でもあり、教育に関する著書も出版する芸人、笑い飯の哲夫さんを招いたトークコーナーに加え、『長い間』、『未来へ』、『Best Friend』などのヒット曲で知られる Kiroro の玉城千春さんによるライブをお楽しみ頂きながら、子どもたちを取り巻く現状を認識し、解決すべき課題や、私たちにできることなどを考えるきっかけとなるイベントです。是非ご参加ください。
イベント概要
■FM 大阪『こどもてらす~To Zero for Children~トーク&ライブ~子どもの虐待ゼロのために~』
■主催:FM 大阪、認定 NPO 法人日本こども支援協会
■協賛:公益財団法人 SBI 子ども希望財団、聖教新聞、他各社
■協力:一般財団法人 H₂O サンタ
■開催日時:2024 年 3 月 31 日(日)17:00~18:30(予定)
■開催場所:阪急百貨店うめだ本店 9 階 祝祭広場
■出演者:大塚由美 (FM 大阪 DJ) / 岩朝しのぶ (日本こども支援協会 代表理事)
■ゲスト:笑い飯 哲夫、玉城千春(Kiroro)
※優先観覧をご希望の方、30 名を事前募集します。
ご応募はこちらから!!
笑い飯 哲夫
玉城千春(Kiroro)
※放送情報は変更となる場合があります。
イラン問題から探る、シーア派とスンニ派の違い
ニュースキャスターの長野智子がパーソナリティを務める「長野智子アップデート」(文化放送・月曜日15時~17時、火~金曜日15時~17時35分)、3月11日の放送に毎日新聞論説委員でノンフィクション作家の小倉孝保が出演した。イランの新最高指導者モジタバ・ハメネイ師がイスラム教シーア派の聖地・マシャドで生まれであることに関連し、イラン問題、シーア派とスンニ派の違いを語った。
鈴木敏夫(文化放送解説委員)「イランの最高指導者を選出する権限を持つ『専門家会議』は、殺害されたハメネイ氏の後継に、その次男であるモジタバ師を選出した、と発表しました。イラン革命防衛隊もモジタバ師への忠誠を表明しています。そのモジタバ師、シーア派の聖地であるマシャドという街で生まれた、という情報も伝わっています」
長野智子「シーア派について改めて教えてください」
小倉孝保「僕は2000年から2005年までカイロを拠点に、モロッコからイランまでカバーして。イランは大きな国で、およそ5年弱の間に10回ぐらいは取材し、長期滞在していました。エジプトはスンニ派の国なんです。イスラム教徒が多いけど、シーア派の人はほぼいないと思います。でもイランに出張すると8割がたシーア派の人たちです。スンニ派とシーア派の人たちって、同じイスラム教なのにこんなに違うのか、と感じさせられます」
鈴木「どういう点で?」
小倉「なぜシーア派とスンニ派がいるのか、ということから言うと、預言者ムハンマドがイスラムをつくって、亡くなったあとに後継者争いになる。ムハンマドの教義をよく理解した人間で、あとを継いでいこう、と考えたのがスンニ派。これがいまの世界の多数派です。シーア派はどういう人かというと、ムハンマドの家族、血を重視して、その血を継いでいく考え方を重視した人たち」
長野「はい」
小倉「ムハンマドの娘婿でいとこでもあるアリという人が中心となって、その人の子どもたちや子供のきょうだいなどで継いでいったものがシーア派なんです。一方でスンニ派が血は関係ない、ムハンマドの考えをいかに理解しているか、ということを重視して。自分たちが後継者だ、と。いまスンニ派、シーア派と呼ばれている人たちの跡目争いが対立を生んだ」
長野「はい」
小倉「そこで7世紀初めぐらいからだと思うけど、かなりの戦争状態になる。イランを見るとき『あれ、イラン人ってこういうマインドがあるんだ』と思わされた出来事がいくつかあって。カルバラ、というシーア派の聖地がイラクにある。カルバラで、ムハンマドの後継者とされていたアリの息子、フサインの軍がウマイヤ朝、いまのスンニ派につながる朝の軍とぶつかって虐殺されるんです」
長野「フサインさんがね」
小倉「フサインのぶつかった場所、遺体の埋められている場所がカルバラで。シーア派の人にとっては非常に思い入れのある、聖地になっているんです。簡単に虐殺というけど、フサインは(軍に)70人ぐらいしかいなかった。それで4000人の軍に挑んで、女性と子供以外は全員、殺されたといわれています。フサインは体をいったんダマスカスに送られて。殺された、というのを確認してカルバラに戻されて、埋葬されたといわれます」
長野「うん……」
小倉「カルバラの悲劇、カルバラの戦いといわれます。西暦680年のことですが、いまもいろいろなところでイラン人がこの話をするんです。するというのは、雑談ではなく、モスクに行ったときのモスクのイスラムの聖職者(法学者)たちが、この話をもう日本人でいえば『平家物語』ってこうだったのかな、というぐらい滔々と上手に物語にしていく。そこで聴いている人が、ものすごく真剣なわけです」