ビートたけしさんが生出演! 放送後記『大竹まこと ゴールデンラジオ!』

『大竹まこと ゴールデンラジオ!』の2月6日の放送に、昨年新作小説『フランス座』を出版したビートたけしさんが生出演しました。大竹まこととたけしさんは、『TVタックル』(テレビ朝日系)で長年共演していますが、たけしさんが同番組にスタジオ生出演するのは初めて。

そんな今回は、どんなトークが繰り広げられたのでしょうか?

■出会いから30年
まずは大竹まことが「『TVタックル』の昔のときは二人とも本当に若くてね」と出会いを振りかえり、思い出トークへ。

たけし:「タックルって最初、関口宏さんだった。あの人面白いですよね。台本が一応あったんだけど、本番になって俺が関係ないこと言ったら『あれ』って言って帰っちゃった(笑)。『打合せ、俺はしてない』って言って」
大竹:「 私がその2、3年後に参加するんだけど、あんまり台本関係ない番組だった(笑)」
たけし:「台本作家がいて、『たけし登場など』ってその"など"が書いてないんだから」
大竹:「面白くよろしくみたいな(笑)」
たけし:「『適当に』って書いてあんの」

■独立後とゾマホンについて
たけし:「この前ネットのニュースで、平成元年の年末年始の番組本数と去年から今年の本数、俺同じなんだって。だから30年間同じペースなんだって(笑)。30年前っていうのが漫才ブーム終わった時だからね。俺漫才ブーム入れて40年間結構忙しかった。でもお金がない(笑)」
大竹:「俺途中まで『たけしさん普通の人だなぁ』って思ってたのがいけなかったね。そうじゃないよね、寝てないし普通じゃないし、なんかこうどんどん分野を広げていくし」
たけし:「1回ヒロポン中毒と間違えられたからね。警察が来て血液検査と尿検査させられたからね」
大竹:「それで色々抱えてたものをこの年になって今お一人でやってらっしゃるんですか? 」
たけし:「いいね~事務所は独立すると!笑うね。お金とられない(笑)」
大竹:「たけしさん知らないところで何十人、何百人も後ろで食ってますからね(笑)」
たけし:「俺200冊近く本かいて、映画とか撮って、絵とか写真の色んな権利が発生してるらしいんだけど、それが前は事務所に入ってたから、それが今俺んところに入るようになったじゃん。もう働かなくていいやって(笑)」
大竹:「権利は死んでから70年間続きますからね」
たけし:「どっか寄付しないとしょうがないな、これ」
大竹:「そんなに稼いで(笑)。寄付といえば、ベナンのゾマホンにはどのくらい...? 」
たけし:「あいつには1億円ぐらいあげてるんじゃないかな? ベナンはひどい国だよ、国家予算3億円いかないのに国会議員に立候補するのに3千万いるから誰も国会議員になれない。大統領があげてるんだって。独裁政権みたいなもんだよ。自分の息がかかった奴しか立候補してないんだから。ゾマホンだけが一生懸命日本でお金集めて立候補してるわけ。ゾマホンが一番人気で、立候補してもあいつ暗殺されんじゃないかな」

登場部分を聴く!
オープニングから聴く!


『大竹まことゴールデンラジオ!』は、明日7日(木)は映画監督として注目されるガレッジセールのゴリ、8日(金)は森友事件をスクープした元NHK記者の相沢冬樹氏がゲストとして登場します。

大竹まこと ゴールデンラジオ!
放送局:文化放送
放送日時:毎週月曜~土曜 13時00分~15時30分
出演者:大竹まこと
番組ホームページ
公式Twitter

◆パートナー
月)倉田真由美
(火)はるな愛
(水)壇蜜
(木)光浦靖子
(金)室井佑月

◆コメンテーター
(月)森永卓郎
(火)深澤真紀/武田砂鉄 ※週替り
(水)きたろう
(木)みうらじゅん/関口靖彦/天久聖一/やついいちろう ※週替り
(金)金子勝

◆レポーター
(月)ガンバレルーヤ
(火)タブレット純
(水)いとうあさこ
(木)カミナリ
(金)ラバーガール

◆アシスタント
太田英明(文化放送アナウンサー)

※該当回の聴取期間は終了しました。

NakamuraEmi、「音楽が気持ち悪い」と言われ…“変わる”きっかけとなった出来事

J-WAVEで放送中の番組『SAPPORO BEER OTOAJITO』(ナビゲーター:クリス・ペプラー)。2月2日(土)のオンエアでは、シンガーソングライターのNakamuraEmiさんがゲストに登場! 20代の頃のエピソードを話しました。


■「好かれたい」っていう歌詞を書いていた

現在36歳にしてデビュー3周年を迎えたばかりのNakamuraさんは、20歳のときに音楽をやろうと決意。高校生の時はバレーボールに打ち込み、夢だった幼稚園の先生になるため短大に入学しました。そこで「学生ノリ」でバンドを組んでボーカル担当になったことから、「歌うのって楽しい!」と感じたことで音楽活動がスタート。短大を卒業して幼稚園の先生の職に就いても音楽の楽しさが忘れられず、数年働いた後に辞職しました。

「20代はさまよっていた」と明かすNakamuraさん。お金がなくて就職し直したり、彼氏を優先したりして、「本当にちゃらんぽらんだった」と振り返ります。

Nakamura:でも、やっぱりどうしても歌うのは楽しかったので、ずっと続けてはきたんです。27、8歳の時ですかね、地元の音楽スタジオで働いてたんです。そこで受付とか、レコーディングとかのスタッフをやっている中で、ちゃんと自分らしい音楽をやってる人たちばかりに出会ったときに、自分の書いている歌詞が、ヒップホップをやってる人たちから「なんか君の音楽って気持ち悪いんだよね」って言われて。
クリス:なんで?
Nakamura:「歌はうまいんだけど気持ち悪いんだよね」って。「なんで!?」みたいな感じだったんです。
クリス:カチンと来るよね?
Nakamura:ムカッと来たんですけど、今考えると20代の頃って「認めてもらいたい」「私を知ってもらいたい」という気持ちで、「好かれたい」っていう歌詞を書いてたなというのがすごいあって。
クリス:どういうことなんだろう? 当たり障りのないこと?
Nakamura:本当にそうです。中学生の時に人に合わせるようになっちゃってから、人に嫌われないように嫌われないように生きてきた感じが全部歌詞に出ていて。恋愛を知らなくても愛を語ったりとか。「大丈夫だよ」っていう言葉とかを平気で使ってたというか。自分をしっかりさせるために「ちゃんと働こう」と思って……それが30歳くらいからだったんですけど。そこでちゃんと働き出して、いろんなことを考えるようになったりしてから書いている歌詞が、今のマネージャーたちに出会うきっかけになったので。「気持ち悪い」って言われたことで変わっていったなと思います。


■20代の頃は「本当に取り柄がなかった」

20代の頃はバラードを歌っていたNakamura。それと同時に、RHYMESTERやLOVE PSYCHEDELICO、BONNIE PINKに衝撃を受け、徐々に音楽観が変わっていきました。

クリス:このときに、「私もギターをかき鳴らしながら歌いたい」と思ったんですか? Nakamura:この時は「自分の言いたいことを」っていうよりは、本当に取り柄がなくて。
クリス:それはまだ人に好かれようとしているとき?
Nakamura:まだその時ですね。なので「何かできることはないかな」っていう時に、バンドで歌を褒められたことで鼻高々になったのが始めたきっかけだったので。刺激は受けたけど、結局自分で書ける曲とかやれる活動ってフワフワしてたなと思います。

30代を迎えた頃に事務所に誘ってもらえるようになってはいたものの、Nakamuraさんは事務所に入る決断ができずにいました。しかし、誘ってくれていたマネージャーが竹原ピストルさんを担当していた縁で、竹原さんのライブを見たことで事務所に入る決断ができたといいます。「この人を担当している人が、自分を担当したいと言ってくれているんだったらやってみようと思った」と振り返りました。

次回2月9日(土)の『SAPPORO BEER OTOAJITO』には、UVERworldのTAKUYA∞さんが登場。中学生の時から曲作りをしていたという音楽的バックグラウンドに迫ります!

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【番組情報】
番組名:『SAPPORO BEER OTOAJITO』
放送日時:毎週土曜 18時−18時54分
オフィシャルサイト:https://www.j-wave.co.jp/original/otoajito/

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