豆まきはコンプラ的に良くない? 天久聖一が提案する「節分の改正案」とは? フードロス、弱いものいじめに繋がらない年中行事

2月3日の「大竹まこと ゴールデンラジオ」(文化放送)には、天久聖一さんが登場。ユーモラスな「節分の改正案」を提案した。

2月3日は節分。
天久さんは「以前から思っていたんですけど、節分って家庭行事の中で異質というか異常というか……トゥーマッチだなって」と切り出す。

天久「お正月とかひな祭りとかと比べて、アクティブ過ぎないか? 家庭内で鬼役まで決めて、豆をぶつけるなんて暴力的な儀式がある……ここに何か意味があるんだろうなと思って」
天久「これは僕の説なんですけど、日本って古くから家父長制があったから、『普段抑圧された妻や子どもが、お父さんに豆をぶつけて発散する』というのが本質なんじゃないかと」

とは言え、現代の家族関係は変化している。
天久さんは「ただでさえ普段居場所がなくなっているお父さんに、食品をぶつけるとは」「コンプラ的にも人権的にも良くないんじゃないか」「そもそも鬼も可哀想」と主張。
現代に合った”豆まきの儀式”を提案した。

天久「豆は鬼に向かってなげない。ただ豆をまいて、後から全員で拾う。豆拾いがメイン。家具の隙間に入った豆なんかも、家族で協力して、豆が全部そろったところがカタルシスです」

成功のコツは、事前に豆の数を正確に把握しておくこと。

小島慶子「家族の結束は強くなりそうよね。最後のひとつを、みんなで這いつくばって……」
大竹まこと「出て来なかったときのことも考えないと。『お父さん、3個足らない』ってなったとき、なんとかしないと」
天久「そこはお父さん、こっそり予備を用意しておいてもらって。お父さんの復権にも繋がりますし」

しかし天久さんは「そもそも豆まき自体が、フードロス問題を考えるとあまり良くない」と言い始め――

天久「豆まきじゃなくて、種まきにしようかなって。種を畑にまくという行事。……ただの農作業ですけど、2月にまく種としては、ニンジンやカリフラワー、シシトウとかがいいそうです」

番組内では、「『鬼は外、福は内』ではない掛け声」も考案。新時代の節分システムは浸透するのだろうか?

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「養母は私を引き取るために、体にメスを入れた」イラン出身 サヘル・ローズの壮絶な人生とは?

2月3日の「大竹まこと ゴールデンラジオ」(文化放送)には、イラン出身のタレント、俳優のサヘル・ローズさんが登場。自著の内容を紹介しつつ、自らの生い立ちや出身・イランの文化などを語った。

サヘルさんはイランで生まれ、8歳で来日。
文化の違いや経済事情など、様々な苦難もあったが、当時暮らしていた下町の人々に助けられたという。

大竹まこと「下町の文化としてね、『お醤油が無いから、お隣さん貸して』みたいなのはすごくいいよね」
サヘル「私が日本に来て驚いたのは、お隣の家の扉が閉まってることだったんですよね。私たちの国は、何か足りなかったら隣の家の冷蔵庫を開けて、後から『あのとき◯◯使ったからね』って言う。お隣さんから勝手にもらうっていうので良かったんです」
大竹「ええ! でもそれってよほどお隣と仲良くなってるからでしょ?」
サヘル「そうですね。それでも全体的に人懐っこいですよ。特に中東の人たちは」

サヘルさんの育った地域では、「困ったときはお互い様。国民はみんなファミリー」という空気感があったそう。
そして女性のパワーがとても強いという。

サヘル「イランでは日本の番組がよく放送されているんですけど、中でもみんな『おしん』が好きなんですね。イランでは女性が家の中であまりにも強すぎるから、男性たちは『おしんみたいな女性っていいよね。きっと結婚したら、僕たちを大事にしてくれるだろう』って」
小島慶子「おしん幻想、みたいなものが生まれてしまったんでしょうね(笑)」

そして話題は、サヘルさんの著書『言葉の花束 困難を乗り切るための“自分育て”』(講談社)へ。

大竹「養母さんのことも書かれてますね。向こうでは、子どもが産める女性は養子縁組ができないと」
サヘル「当時はそのルールがあったんですね。養母はいわゆる健康的な体だったので、私を引き取るために手術を受けて、子どもが産めない体になったんです」

この事実をサヘルさんが知ったのは、18歳のとき。

サヘル「正直なところ申し訳なかったです。養母にはいわゆるエリートの道が用意されていたのに、私と出会って夢を置き、体にもメスを入れて、異国の地に来てトイレ掃除床掃除をして、女性ひとりで育ててくれたこと……人生を台無しにしてしまったなって。でも私が30歳のとき、養母から『普通養子縁組を受ければ、裕福なところに引き取ってもらえたのに』と謝られたんです。いつも笑顔だったけど、ずっと申し訳ないって思っていたんだなって」

サヘルさんは涙声になりながらも「人って血が繋がっているから親子ではなくて、心から繋がったりすれ違ったり、またくっついたりして、何度でも親子になるんですね」と語った。

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