財津和夫、TULIP55周年ライブ熱望のお便りに意味深長な「わかりません」

TULIP・財津和夫が、時には自ら歌った作品の曲名を問われたものの、思い出そうとしても答えが出ない様子のRKBラジオ『財津和夫 虹の向こう側』。7月26日の放送では、「コンサート直前の体調管理」、「思い出せない曲名」、「55周年への想い」、といったファンが気になる話題をお届けします。

「ワイルドだろー」な体調管理

「昨年の、関西地区での財津のコンサートは全て行きました。今年の京都(8/20)にも行きます」という、京都在住の方からのお便りの紹介です。
財津「はい。(お便りでも触れている通り)セットリストが変わってしまいまして、残念ながら洋楽が少なめになりました。今のところ2曲かな」
下田「そうですか」
財津「はい、ごめんなさいね。だって洋楽ばっかりでつまんないっていう声もあるんですよ」
下田「そうなの」

財津「8月、お待ちしております」
下田「京都の8月って暑いですね」
財津「暑いんでしょう?」
下田「暑いわよ」
財津「行ったことあります?」
下田「8月にわざわざ旅行しました」
財津「わざわざ?暑さを楽しみに?」
下田「はい」

財津「京都の何がいいんですか?」
下田「やっぱり伝統と蓄積ですか。街のたたずまい。神社仏閣と歴史がある。お店でもお団子屋さんでもかき氷屋さんでも甘味処でも、小規模で昔からのところで、人の手によって作られている。そういう風情が好きです」
財津「昔の良さが そのまま残っている感じを味わえる場所だもんね」
下田「そうですよね」
財津「本当に戦災を受けなくてよかったです」
下田「そうですね」

下田「あまり財津さんが外に出歩かれることはないと思うんですけど、コンサートの土地で、暑い中での体調管理とか何か気をつけてらっしゃることありますか?」
財津「ないですね」
下田「ない。自然体?」
財津「いや、なんか言おうと思ってテーマ考えてたんだけど、ないなあ。わがままな人間なんで、 その1分先を自由に過ごしたいんですよ。だから、外に出たくないなあと思ったらもう出ないし。どうしても出たいなあ、と思うと出るし。それが 暑かろうが寒かろうが どうでもいいと思ってるし」
下田「はい」
財津「それで体調がうまく管理できなくて、コンサートが中止になればそれでもいいや、と思ってるし」
下田「ワイルドですね」
財津「ワイルドだろー?!」
下田「ワイルドだねー(笑)」
財津「いやいや、まあコンサートが中止になると困りますけど。それは、ドキドキしてましたね」
下田「ええ」

財津「前の日、朝起きた時に『体調いいかなあ』とか思うと、夜眠りに入るのが大変だったりすることもあるんです。かと言って体調管理するために腕立て伏せしようとか、深呼吸しようとか、そういうのはないんです」
下田「うん」
財津「やっつけですね。会場着いて、楽屋入って、横曲げ・前曲げ・背伸びを1分ぐらいして終わり」

曲名はわからずじまい

福岡市在住の69歳の男性からのお便りです。
「初めてチューリップを知ったのは中学3年。友人から教えてもらったのがデビュー曲『魔法の黄色い靴』。小さい頃からピアノを習っていたのでクラシックしか聞かない私でしたが、すごく衝撃を受けました。新曲が出ると録音してすぐに楽譜にしてコードをつけて、同じ高校に行った友人に渡していました」

お便りの続きです。
財津「ひとつ財津さんに聞きたいのですが、大晦日にラジオから流れてきた(財津さんの)曲がありました。 ♪ソソドラソ ソソドラソ。これでわかりますでしょうか? この曲はシングルとアルバムには入っていませんでした」
下田「ほー」
財津「んー、ちょっとわかんないなあ」
下田「ソソドラソの歌」
財津「ソソドラソだけじゃちょっとわからん」

下田「歌ってみて」
財津「歌ってみても分かんないですよ」
下田「ふふふ」
財津「ソソドラソ分かんない、ごめんなさい。もうちょい次がないと分かんない」
下田「そうね。大晦日っていうのは何かキッカケになるのかしら」
財津「ラジオから大晦日に流れてきた曲ですから、発売されてるんですよね。もしくはオオヤケに…」
下田「でもシングルとアルバムには入っていない?」
財津「『入りませんでした』っていうことだから、なんか公にはなっているけれども、売り物ではないってことなのかな」
下田「何でしょうね」

財津「ごめんなさいね。えっと、もうちょっと先をお願いします。ヒントがいくつかあると…タイトル分からないってことですよね?」
下田「きっとそうですけどね…新曲が出ると録音して、楽譜にして、コードをつけて友人に渡していたということですから。今だとそういったものがすぐインターネットで調べれば分かったりする訳で」
財津「あー そうですね。YouTubeなんかでも、コード譜っていうのも出てますけども。すごい、音楽好きな人なんですね」
下田「そうですねー、ありがとうございます」

今日の一曲は、TULIP『私は小鳥』(アルバム『無限軌道』に収録)。当時、同じ事務所だったあべ静江がカバーしたことでもよく知られています。

55周年ライブ「なんとかなりませんか?」

TULIPの曲を毎日30年来の相棒のコンポ(ステレオセット)で聴くのが1日の至福の時間です、とのお便りを頂きました。
下田「そして、追伸として『TULIP55周年、なんとかなりませんか?』ですって」
財津「この、TULIP55周年楽しみにしてます、ではなくて『なんとかなりませんか?』っていう この表現がいいですね」

財津「まあ、なんとかならんかねーと思ったりもしているんですけど、こればっかりは明日の自分の身体っていうものが保証できてないんでね」
下田「ええ、ええ」
財津「わかりませんね、どうなるかね」
下田「はい、はい」

財津「ちょっと話は変わりますけど、最近男性のお便りが多くないですか?」
下田「確かに、そうかもしれません」
財津「先週もそうだった。男性のお気持ちが」
下田「はい」
財津「やっぱり年取って、皆さんもやることなくなっちゃったの?」
下田「いやいや」
財津「TULIPの楽曲を聞いてる、っていう人も多くて、嬉しいですね」
下田「そうですね」

財津「いやあ、本当に不思議です。自分が思春期の頃、多感な時に聴いた楽曲って本当に自分の身体の一部ですから。それに触れるだけで、もうタイムスリップするやら、自分の心の奥の奥のところに滑り込んでいって、いい雰囲気を作ってくれるじゃないですか」
下田「ええ」
財津「音楽の力はすごいなって思いますよ」

これまで50周年公演が「最後」と言い切り、55周年ライブには否定的な発言を続けてきた財津ですが、今回の放送では55周年ライブについて「わかりません」と曖昧に言葉を濁したことで、ファンの期待がまた少し膨らんだのではないでしょうか。

次回8月2日の放送も、ホークス戦ナイター中継のため、13時15分(午後1時15分)からの放送に時間変更となります。
「過ぎたるは及ばざるが如し」という話題をお届けします。

財津和夫 虹の向こう側
放送局:RKBラジオ
放送日時:毎週日曜 18時15分~18時30分
出演者:財津和夫、下田文代
番組ホームページ

出演番組をラジコで聴く

※放送情報は変更となる場合があります。

「終戦」ドイツでは? 映画が描いてきたナチ・戦争の姿をドイツ人翻訳家が解説

フリーライターの武田砂鉄が生放送でお送りする朝のラジオ番組、『武田砂鉄 ラジオマガジン』。8月17日は、月曜レギュラーでドイツ出身の翻訳家・エッセイストのマライ・メントライン氏とトークを繰り広げた。

マライ「今日のテーマは、ドイツ社会は映画を通じてナチスの過去とどう向き合ってきたのか、ドイツが制作したナチス映画傑作選です。なんでこのテーマを選んだかというと、日本では8月15日が終戦の日で、今年もテレビで中継された政府主催の全国戦没者追悼式を見て、「ああ、もう81年も経ってて、やっぱりあの戦争との向き合い方って難しいなあ」と思ったんです。ドイツの終戦は1945年5月8日で、日本より3カ月早いんです。ドイツでも過去との向き合い方の問題があって、ヒトラー、そしてナチスの社会的な狂気は、「あれはなんだったんだろう」とか今なお答えが出ていないことが問題になってるんですよね。毎年、日本だと戦争を扱った映画とかドラマが公開されると思うんですけど、ドイツでも第二次世界大戦とかナチズムをテーマにした映画がよく制作されるんです。日本と同じように、決まった時期に出ることはあまりなくて、オールウェイズ出る状態ではあるんですけど、それでもわかるように、なんかその「もやもや」、「あれは何だったんだろう」っていうのが残ってるんでしょうね。で、映画を紹介したいなと思って、一応7本用意してるんですけど多分全部できないので…」

武田「7本!」

マライ「(笑)無理ですね。まあ、とりあえず行っちゃいますかね。まず、ナチズムの誕生の予感というテーマで皆さんに見てほしいのが、『白いリボン』っていう2009年の映画です。舞台は第一次世界大戦の直前。1913年から14年の北ドイツのある村で、子どもたちに対して暴力的な躾が行われてたんですね。宗教的な抑圧もあって、さらに階級社会だったんです。映画の主人公は、新たに村の学校の先生として就任する男性なんですけど、彼はなんとなく「子どもたちが変なんじゃない?」、「なんかちょっと行動が変わってるんじゃないかな?」って気づくんですね。さらにいくつかの不思議があって、暴力的な事件が起こるんです。これはドイツの第二帝国時代後期の権威主義的な人格否定教育がテーマになってるんですね。それにさらされた子どもたちは、その後どうなるのかというテーマでもあるんです。要するに、ファシズムの中で育った子どもたちは、その後どうなるかっていうことです。この子どもたちが大人になったタイミングがナチスドイツの時代なんですよ。そういう権威的な教育システムとかは、結局、ナチズムの下準備みたいなものになってたんじゃないかっていう可能性を問う傑作なわけです」

武田「不気味な感じですよね」

マライ「不気味ですよ。ちょっとミステリー映画っぽい感じですよ。音楽なしで白黒、ハッピーに見る映画ではないんですけど、やっぱ傑作なんですよね」

武田「こういうところから、ナチズムが始まっていったんだっていうのが見えてくるってことなんですね」

マライ「そう、もちろんナチズムだけではなくて、ファシズムそのものを問う作品でもあると監督は言っていて、なるほどなあと思います。で、2本目は『白バラの祈り ゾフィー・ショル、最期の日々』、 2005年の映画です。これは見たことあります?」

武田「ないです」

マライ「ご存知の方も多いと思うんですけど、1943年、ミュンヘン大学で反ナチスのビラをばらまいていたショル兄妹が実在しました。で、逮捕されるんですけど、その最後の尋問と裁判を、妹のゾフィー・ショルを中心に描いた映画です。彼女はキリスト教精神を軸にナチスに抵抗した世界的な偉人として有名だと思います。重要なのは、映画の中に出てくるゾフィーを尋問するゲシュタポの捜査官です。彼の描き方がすごくて、ありきたりな悪役としては描かれてなくて、ゾフィーの知性とか人間性に感心しちゃうんですね。心がちょっと動いちゃうんですよね。それがポイント。それは実際にそうだったらしくて、本人がメモみたいなのを残してるんですけど、どうにかゾフィー・ショルを救いたいって気持ちになるんですね。そこでゲシュタポの捜査官は、ナチスの論理を駆使して、なんとか命を助けようとするんですね。ナチスのシステムの中でこれだったら救えると彼女にも提案するんですね。でも彼女は拒絶するんですよ。偽善だから。そして死刑になるという映画です。で、すごく思うのが、自分があの時代に生きてたら、どれほどのことできてたんだろう。まず、ゾフィー・ショルにはなれなかったんじゃないかなって。どっちかっていうと、そのゲシュタポ捜査官のようなことをやったかな?ぐらいの感覚なんですよね。考えさせられる映画なんですよね。ナチスに、ある意味で感情移入するっていうのが大変興味深いと思います。演技もすごくて、そういう文脈で見てほしい映画です」

武田「やっぱり、完全な悪人と残された善人がいたということではなく、そのグラデーションの中で社会の空気が作られてしまった。だからこそ怖い。だからこそ恐怖があるっていうことなんですかね」

マライ「そうなんですよ。もし自分がその映画の中にいたら。この人だったらなにができたのか。なんかいろいろ思っちゃうんですよね。すごく考えさせられる映画です。」

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